まず下のタイル4枚を見てほしい。米国の30年国債は5.17%——終値ベースで5%超えが30日以上続くのは2007年以来だ。ところが円投資家が為替ヘッジをかけると、その5.17%は約2.5%に縮む。一方、日本の預金は政策金利1.00%に対してインフレが1.6%で、実質ではまだマイナス0.6%。そして金は、金利がこれだけ高いのに4,300ドル前後で踏みとどまっている。教科書が教えてきた「預金・債券・株・金のバランス」は、この4枚の時点ですでに書き換わっている。
本稿はこの新しい資産地図を1枚ずつ図解する。文章は図の解説にすぎない。数値はすべて執筆時点(2026年8月8日)のものだが、図が描く構造——「実質で見る」「ヘッジ後で見る」「買い手の交代」——は、金利レジームが変わるまで数カ月単位で使える地図のはずだ。
図1:実質金利マップ——「現金の地位」が日米で逆転した
教科書の1行目は「預金は無リスク・無収益」だった。図1はそれが半分だけ過去になったことを示す。米国は政策金利3.50〜3.75%に対しコアCPIが2.6%(6月)で、ドルの現金は持っているだけで実質プラス1%前後。米30年債なら実質プラス2.5%に達する。数十年ぶりに「待つこと」に報酬が付く国が戻ってきたわけだ。しかも市場は9月の追加利上げを約72%織り込んでおり、この報酬は当面消えそうにない。
日本は逆だ。政策金利1.00%に対しコアCPIは1.6%で、円預金の実質はマイナス0.6%。JGBは10年2.80%・30年3.97%と名目では様変わりしたが、実質に直すとプラス1.2〜2.4%で、米国の水準にはまだ届かない。つまり同じ「現金」でも、ドルの現金と円の現金はもはや別の資産クラスである——資産地図の出発点はここにある。
図1:実質金利マップ——現金が「働く」米国、まだ目減りする日本
図1の読み方:ゼロ線より右にあれば「持っているだけで実質的に増える」——米国は現金ですらプラス、日本は現金がまだマイナスで、預金の意味そのものが国によって逆転している。
図2:ヘッジの橋——為替ヘッジをかけると「アメリカの5%」は消える
ならば円投資家はドルの現金や米債に乗り換えればいい——そう考えたくなるが、図2がこの時代の中心的な恒等式を突きつける。為替ヘッジのコストは日米の短期金利差でほぼ決まり、執筆時点でおよそ2.5〜2.75%。米30年の5.17%からこれを引くと、着地は2.5%前後だ。JGB10年の2.80%とほぼ同じ高さに戻ってしまう。ヘッジをかけた瞬間、「アメリカの5%」は橋の途中で消え、日本の金利水準に着地する。それでも5%の米国債を買っているのは誰かは別稿で図解した。
したがって選択肢は実質2つしかない。ヘッジなしで5.17%と為替リスクをまるごと取るか、ヘッジ付きで「実質的にJGB」を持つか。前者のリスクの大きさは、直近2週間でドル円が155〜164円を往復し、2011年以来となる日米協調介入まで飛び出したことが物語る。為替はもはや「おまけ」ではなく、円投資家にとって米国資産の最大の変動要因である。
図2:ヘッジの橋——5.17%から2.5%への滝
図2の読み方:左端の5.17%からヘッジコスト約2.6%を引くと着地は2.5%前後——為替ヘッジ付きの米国債とは、手数料を払ってJGBとほぼ同じ利回りを買う行為だと分かる。
図3:金の需給トルク——価格が3割下げても、中央銀行は買い続けた
教科書で金は「金利を生まない保険」であり、5%時代には最も分が悪いはずの資産だ。ところが図3の右側を見てほしい。2026年4〜6月期、ETF投資家が45トンを売り越す一方で、中央銀行は289トンの純購入——4〜6月期として過去最大を記録した。個人が降りた分を、公的部門が黙々と拾っている構図だ。
価格の道のりも「静かな保険」の値動きではない。1月29日に5,597ドルの史上最高値、7月中旬に3,975ドルまで29%の調整、そして執筆時点で4,300ドル前後へ反発している。国債が5%を払う世界で金が4,000ドル台を維持しているという事実そのものが、各国政府が「通貨と金利への保険料」を払い続けている証拠であり、5%時代の地図から金が消えない理由でもある。
図3:金の需給トルク——公的な買いが民間の売りを吸収する
図3の読み方:価格が3割下げる間も中央銀行の買いは記録的ペースで続いた——買い手が「個人のETF」から「公的部門」へ交代したことが、4,000ドル台の下値を支える構造だ。
シナリオ表——4資産の序列は「次の金利」で並び替わる
地図に株を書き込もう。S&P500は7,700ポイント台の史上最高値圏(ダウは8月5日に最高値)にあり、上位10銘柄が指数の約38%を占める。問題は株価の高さそのものではなく、比較対象だ。国債が5%を出す世界では、株の益回りと国債利回りの差——リスクを取ることへの上乗せ——は歴史的に見て薄く、株は初めて「無リスクの5%」との真剣な競争を強いられている。
そこで下の表では、次の金利レジームがどちらへ動くかで4資産の序列がどう並び替わるかを整理した。執筆時点の市場は9月の米追加利上げを約72%織り込んでおり、メインシナリオは①である。
| シナリオ | 預金・現金 | 債券 | 株 | 金 |
|---|---|---|---|---|
| ① 米利上げ継続(執筆時点のメイン) | ドル現金の実質プラスがさらに拡大。王座を維持 | 長期債は価格に逆風。短期で回すのが定石 | 益回りと国債の差が一段と薄く、高PER株に逆風 | 金利は逆風だが中銀買いが下支え。レンジ想定 |
| ② 米転換・利下げ | 実質利回りが縮み、現金の王座が終わる | 超長期が主役に。デュレーション17.5なら−0.5%で+8.75% | 割引率の低下は追い風。ただし集中度38%の逆回転に注意 | 実質金利の低下で追い風。最高値圏を再試験へ |
| ③ 日本正常化加速(政策金利1.5%超へ) | 円預金の実質マイナスがようやく解消へ | 既存JGBには価格逆風。新規の買い場は改善 | 円高が輸出株の重し。内需・金融株にはプラス | 円建て金価格は円高で目減りしやすい |
表の読み方:自分のポートフォリオがどのシナリオに賭けているかを知らずに資産を持つことこそ最大のリスク——各セルは方向感の整理であり、精密な予測ではない。
この地図が書き換わる条件:①米国が利下げに転換し、現金の実質プラス1%が消えたとき ②日銀の政策金利が1.5%を超え、円預金の実質マイナスが解消したとき ③日米短期金利差の縮小でヘッジコストが1%台へ低下し、「ヘッジの橋」の高低差がなくなったとき。いずれかが起きたら、本稿の図は前提から描き直しになる。
チェックリスト——自分の資産地図を点検する5項目
最後に、この地図を自分のポートフォリオに当てはめるための点検項目を5つに絞る。いずれも銘柄選びの前段——「地図の読み方」の話である。
- 実質で見る:名目利回りからインフレ率を引いてから比較する。円預金の1%は実質−0.6%、ドル現金の3.6%は実質+1%——名目の比較は地図を歪める
- ヘッジの有無を先に決める:決めてから利回りを読む。ヘッジ後の米債はほぼJGBであり、「5%」を根拠にした外債投資はヘッジなしを選んだ場合の話だ
- デュレーションを測る:超長期債は金利±0.5%で価格が∓8.75%動く(デュレーション17.5の場合)。これは年間利息5.17%の約1.7年分——債券と金利の基礎を確認してから乗る
- 集中度を点検する:S&P500は上位10銘柄で約38%。「指数を買えば分散」はこの時代には成り立ちにくい
- 為替をひとつの資産クラスとして扱う:155〜164円を2週間で往復した相場が示すとおり、円建てリターンの最大の変動要因は多くの場合、資産そのものではなく為替である
主な参照:Trading Economics(米30年債利回り)/CFO Brew(30年債・5%超の持続)/GoldSilver(中銀買いとETF売りの乖離)/CNBC(日米協調介入)/Kraken Economic Brief(8月5日・市場概況)。データ基準日:2026年8月8日(執筆時点)。
本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の売買を推奨するものではない。金利・価格はすべて2026年8月8日(執筆時点)の値であり、その後変動している可能性がある。シナリオ表・チェックリストは執筆時点の政策・制度を前提とした構造の整理である。投資判断は自身の責任で行ってほしい。
















