市場はこう信じている。中央銀行が政策金利を引き上げれば、その国の通貨は買われる。金利の高い通貨にお金が集まるからだ。日銀が利上げを決める見通しだと事前に報じられて以降、市場の関心は「上げるかどうか」から「上げた後に円がどちらへ動くか」へ移っていた。ところが当日、円は買われるどころか売られ、一時1ドル=158円台を付けた。今日はこの通説を尋問する。
ドル円の9月18日(東京9時から24時、30分足)
読み方:日銀が利上げを発表した11時54分の後、円は売られた。日銀公表の17時時点は157円48〜50銭。金利差が縮む決定が出た日に、円安が進んだことになる。
通説の陳述——最も強い形で
公平のために、通説を最も強い形で述べておく。為替は2国間の金利差で動く。日銀が1.00%から1.25%へ引き上げ、FRBが3.75〜4.00%で止まれば、日米の政策金利差は3.00ポイントから2.75ポイントへ縮む。差が縮めば、円を売ってドルを買う動機は弱まる。事実、2022年以降の円安は、日米の金利差が大きく開く過程で進んだ。7月下旬に163円台まで円安が進んだ局面も、この説明で整合的に読めた。通説は、ここまでは正しい。
だが、本当か。9月18日の値動きを証拠として見よう。日銀は11時54分、無担保コールレートの誘導目標を1.25%程度へ引き上げると発表した。6月会合の1.00%に続く3カ月ぶり2回目の利上げで、1995年以来の高い水準である。日銀が公表した9時時点の相場は156円15〜17銭、17時時点は157円48〜50銭。この間の円安は1円33銭で、発表前に付けた東京の安値155円88銭から数えれば1円60銭になる。海外市場では158円台を付けた。金利差が縮んだその日に、円は売られている。
尋問1:「織り込み済みだった」という反論
通説側の最初の反論はこうだ。今回の利上げは事前に織り込まれていた。だから材料出尽くしで売られただけで、金利差の理屈が壊れたわけではない。
この反論には根拠がある。日本経済新聞は会合前、日銀が1.25%への引き上げを決める見通しだと報じていた。民間エコノミスト調査では回答者のほぼ全員が9月の利上げを予想し、OIS(翌日物金利スワップ)市場でも利上げはほぼ完全に織り込まれていた。織り込みの度合いは調査と時点でばらつくため、ここでは水準を特定しない。つまり、18日の発表そのものは、ほとんど誰も驚かせていない。
ならば問いは次に移る。織り込み済みの利上げで通貨が売られるなら、為替を動かしているのは「利上げしたかどうか」ではない。「この先どのペースで上げるか」の見積もりである。証拠を見よう。18日、国債の利回りは低下した。利上げの日に、である。集計元によって水準は分かれ、フィスコ集計の東京終値は2年債1.82%台、CNBCの気配値は1.84%台だった(日本相互証券と財務省の公表値は、18日分が未掲載である)。いずれも前日より低い。
ただし、この低下の大半は発表前に起きている。10年債利回りは午前の取引で前日比4.5bp低い水準まで下げており、朝方の消費者物価の下振れ、原油安、前日の米金利低下が効いていた。11時54分の決定後は、むしろ小幅に戻している。だから「利上げを受けて利回りが下がった」とは書けない。言えるのは、18日の東京市場が、すでに「この先のペースは緩い」という前提で動いていたということである。
株式市場の反応も同じ方向を指す。金利が上がれば利ざやが改善するはずの銀行株が売られた。三菱UFJフィナンシャル・グループは0.88%安、三井住友フィナンシャルグループは0.70%安、みずほフィナンシャルグループは0.63%安。保険株も東京海上ホールディングスが1.18%安、第一生命ホールディングスが0.91%安だった。利上げで最も素直に買われるはずの銘柄群が、利上げの日に負けている。しかも日経平均はこの日、半導体株に主導されて882円70銭高の6万5018円95銭と1.38%上げた。指数が上がった日に、金利に敏感な銘柄だけが売られたことになる。東証プライムの値上がりは509銘柄、値下がりは998銘柄だった。
ここで通説側は再反論できる。銀行株の下落は単なる材料出尽くしであり、1日の株価から為替の因果を読むのは強すぎる、と。その指摘は正しい。だからこの節で言えることは一つだけだ。18日の東京市場では、金利の絶対水準が上がったことよりも、その先の道筋が緩やかに見直されたことのほうが、値付けに効いていた。
尋問2:7対2という票決
では、ペースの見積もりを下げさせたものは何か。声明に書いてある。票決である。
利上げは全員一致ではなかった。賛成7、反対2。浅田統一郎委員は、生鮮食品を除く消費者物価の上昇率が足もとで2%を下回るなか、経済の状況も必ずしも強いとはいえないとして、据え置きを主張した。佐藤綾野委員は、経済・物価情勢が現時点で大きく加速しているわけではないとして、このタイミングでの利上げは適切ではないとした。9人のうち2人が「まだ早い」と言った事実は、次の一手までの距離を市場に測り直させる。
公平のために言えば、反対は緩和側からだけではなかった。声明の別紙「経済・物価の現状と見通し」のうち、物価の見通しに関する記述に、高田創委員と田村直樹委員が反対している。2人の理由は逆で、基調的な物価上昇率は既に2%目標に概ね達している、というものだ。ただし2人とも、利上げそのものには賛成票を投じている。つまり9人の政策委員会は、2人がハト派方向、2人がタカ派方向へ割れ、5人が中心に残る構図になった。ここは通説側に有利な材料でもある。ハト派2人だけを見て「日銀は及び腰」と読むのは、証拠の半分しか見ていない。
それでも市場が円売りで答えたのは、植田和男総裁の会見が、ペースについて何も約束しなかったからである。総裁は「物価上昇率を2%程度で安定させる観点が重要になり政策の局面が変化した」と述べた。連続利上げや利上げ幅の拡大について問われると、物価情勢次第だとしたうえで、特定のやり方を「排除せず」と答えている。同時に「3か月に1回とか、何か特定のものを念頭に置いているかと言われれば、それはない」とも述べた。排除もしないが、約束もしない。為替にとっては、後者のほうが重い。
尋問3:物価指標は利上げを支持していたか
3つ目の論点は、利上げの根拠そのものである。同じ日の朝8時30分、総務省が8月の全国消費者物価指数を公表した。生鮮食品を除く総合は前年比1.7%上昇。市場予想の1.8%上昇を下回り、7月の1.8%上昇から鈍化した。2%割れは8カ月連続である。目標を下回る数字を見た当日に、日銀は利上げしたことになる。浅田委員が反対理由に挙げたのも、この数字だった。
だが、この説明には穴がある。内訳を見ると、生鮮食品とエネルギーを除く総合は1.9%上昇で、生鮮食品を除く総合の1.7%を上回っている。エネルギーが0.7%下落したためだ。電気・ガス代の補助金が再開されたことが効いている。補助金は政策で入れたり抜いたりできる。つまり1.7%という数字は、基調的な物価が冷えたことの証拠ではなく、補助金が押し下げた後の数字である。日銀の見方も同じで、声明の別紙は、2026年度後半以降、原油高や半導体価格の上昇、円安を背景に、生鮮食品を除く総合が「2%をはっきりと上回る水準まで」高まると予想している。
ここで通説側は反撃できる。声明の文言は、むしろタカ派である。「経済・物価・金融情勢に応じて、引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していく」と明記し、基調的な物価上昇率が2%を超えて上振れるリスクにも言及した。書かれた文字だけを読めば、日銀は利上げを続けると言っている。市場はその文字ではなく、票決と会見の温度を取引した。
生き残った主張と、死んだ主張
| 主張 | 証拠 | 判定 |
|---|---|---|
| 利上げすれば、その通貨は買われる | 東京の安値155円88銭(発表前)から17時の157円48銭へ1円60銭の円安。金利差は縮んだ | 死んだ |
| 動かすのは利上げの有無ではなく、その先のペースの織り込み | 利上げはほぼ完全に織り込み済み。当日は国債利回りが低下(下げの大半は発表前)し、銀行株も下落 | 生き残った |
| 2人の反対票が、追加利上げ観測を後退させた | 票決7対2。会見でペースの明示なし | 生き残った(ただし反対は両方向から出ている) |
| 物価が弱いから利上げは無理筋だった | コアは1.7%だが、コアコアは1.9%。エネルギーは補助金再開で0.7%下落 | 死んだ |
| 日銀は利上げに及び腰である | 声明は「引き続き政策金利を引き上げる」と明記。タカ派側からも2人が反対 | 証拠不十分 |
評決
評決を出す。「利上げ=通貨高」という通説は、今回については成立しなかった。本誌の確信度は7割。すなわち、為替を動かしたのは金利差の水準ではなく、金利差がこの先どう動くかの見積もりだったとみる。日銀は金利を上げ、同時に、上げ続けるという約束を出さなかった。市場は前者を織り込み済みとして無視し、後者を新しい情報として売った。
この評決には限定条件が付く。1日の値動きは証拠として弱い。しかも、円安はその日のうちに止まった。18日のロンドン時間に158円台を付けた後、財務省の指示で日銀が為替レートのチェックを実施したと複数のメディアが報じた。報道はその後に円が一時156円台後半まで戻したことも伝えているが、レートチェックの前後で何銭動いたかを特定できる一次情報はない。レートチェックは介入の前段階とされる手続きで、実弾を伴わない。それでも当局がこの水準で動いたこと自体は、157円から158円という水準に神経をとがらせている証拠になる。ニューヨーク市場の終値は156円83〜93銭(共同通信)だった。判定は「9月18日の円安は、利上げの有無ではなくペースの見積もりで説明できる」までであり、「日銀の利上げは今後も円安をもたらす」ではない。
その後の経過も記しておく。東京市場は9月21日から23日まで休場に入った。連休初日となる21日のドル円は、アジア時間の156円59銭を安値に水準を切り上げ、米東部時間11時42分時点で157円52銭。18日のニューヨーク終値156円83〜93銭からさらに円安が進んだが、決定直後に付けた158円近辺までは戻していない。実弾の介入は確認されていない。そして18日のレートチェックについて、財務省・日銀のいずれからも21日時点で確認も否定も出ていない。日本が連休で当局の記者会見の機会がないためだが、この沈黙が続くこと自体が、いまの市場の警戒感を支えている。
再審の条件
- 10月1日8時50分 日銀の「主な意見」。9月会合で、追加利上げのペースについて多数がどう語っていたかが分かる。連続利上げに前向きな意見が並べば、この評決は見直しになる。
- 10月29〜30日 次回の金融政策決定会合。例年どおりなら「経済・物価情勢の展望」もこの回だが、日銀の公表予定では未確定である。物価見通しの上方修正があれば、ペースの織り込みは切り上がる。
- 財務省の対応 18日のロンドン時間に、日銀が財務省の指示でレートチェックを実施したと報じられた。実弾の介入ではないが、当局が動いた事実は残る。東京市場は19日から23日まで5日間開かず、22日は11年ぶりの「国民の休日」にあたる。薄商いの中で円安が進めば、次は実弾もありうる。介入の歴史が示すのは、効くかどうかは水準ではなく局面で決まるということだ。
- 9月24日 新しい誘導目標の適用開始日。東京市場は21〜23日が休場で、24日が次の取引日になる。
FRBの利上げと市場の反応は別記事に、銀行各社のドル円予想の割れ方はこちらの記事にまとめた。海外FX業者の比較はFX解説ページに掲載している。
主な参照
- 金融市場調節方針の変更について(2026年9月18日、票決と反対理由)/日本銀行
- 2026年8月の全国消費者物価指数/総務省統計局
- 9月18日の東京外国為替市場(9時・17時の相場と値幅)/日本銀行
- 植田総裁の記者会見での発言/時事通信(nippon.com掲載)、日本経済新聞
- 9月18日の東京市場と債券・銀行株の動き/財経新聞(フィスコ)、日本経済新聞
- 利上げ観測の事前報道(9月11日)/日本経済新聞
- ドル円の推移/CNBC
- レートチェックの実施と円の反発/日本経済新聞
データ基準日:2026年9月21日(米東部時間11時42分)。9月18日の市場データはニューヨーク市場の終値まで。ドル円の9時・17時の水準と値幅は日銀の公表値、158円台は海外市場での取引で、報道により水準に幅がある(外為どっとコムは決定後の高値を158円05銭とし、日足ベースで157円99銭とする集計もある)。9月21日のドル円は取引時間中の気配値であり、終値ではない。同日の米国市場の取引終了は日本時間22日午前5時で、その後の変動は反映していない。国債利回りは集計元により水準が異なり、日本相互証券と財務省は9月18日分を未掲載。株価は東京市場の終値。判定と評決は本誌の見解であり、将来の為替水準を保証しない。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。
















