1990年代のウォール街に、ひとつの必勝法があると信じられていた。S&P500への新規採用が発表された銘柄を、指数連動のファンドが買いに来る前に買う。それだけでよかった。当時、採用発表の前日から組み入れの翌営業日までの間に、対象銘柄はS&P500指数を平均7.4%も上回るリターンを上げていたからである。2026年9月21日の取引開始前、デル・テクノロジーズとサンディスクを含む4社がS&P100に採用された。ただしこれはS&P500への新規採用ではなく、既に500に入っている銘柄の100入りだ。この違いが、必勝法の行方を考えるうえで効いてくる。そして当日の値動きは、必勝法の側には立たなかった。
S&P500の採用・除外に伴う超過リターンの平均
読み方:1990年代には採用の発表だけで平均7.4%上がった。直近10年では0.3%しかない。指数に連動する資金は大きく増えたのに、効果はほぼ消えた。
当時と今——2つの数字が示すもの
7.4%という数字の出どころを先に記しておく。ハーバード・ビジネススクールのロビン・グリーンウッド氏とマルコ・サモン氏による論文「The Disappearing Index Effect(消えゆくインデックス効果)」である。金融分野で最も権威のある学術誌の一つ、Journal of Financeの2025年4月号に掲載された。
この論文が示したのは、1990年代に平均7.4%あったS&P500採用時の超過リターンが、直近10年では1%未満(集計値で平均0.3%)まで縮んだという事実である。除外された銘柄の超過リターンも、2010年から2020年にかけてはマイナス0.1%程度、つまりほぼゼロにとどまった。効果は小さくなったのではない。統計的にほぼ消えた。
| 項目 | 1990年代 | 直近10年 |
|---|---|---|
| S&P500採用時の超過リターン(平均) | +7.4% | +0.3% |
| 除外時の超過リターン(2010〜2020年) | 大幅なマイナス | 約−0.1% |
| 指数に連動する運用資産 | 少ない | 大幅に増加 |
| 情報の伝わる速さ | 発表を見てから動く | 候補銘柄は事前に予想される |
奇妙なのは、ここである。指数に連動する資金は、この30年で大きく増えた。買い手が増えたのだから、採用時の値上がりは大きくなるはずだ。ところが現実は逆を向いた。
1986年から2020年代へ——効果がしぼんでいった道のり
効果は一直線に消えたのではない。1986年、シュライファー氏、そしてハリス氏とグレル氏は、それぞれ別の論文で、S&P500への採用発表の前後に約3%の超過リターンが生じることを示した。指数に連動する資産が、まだごくわずかだった時代の数字である。
効果が最も大きくなったのは1990年代で、平均7.4%。指数連動の資産が本格的に膨らんだ2000年代に入ると縮み始めた。ワーキングペーパー版によれば、発表日前後の超過リターンは2000年代の4.1%から2010年代後半には1%程度へ、実施日前後の超過リターンは約1%からほぼゼロへ落ちている。買い手が増えた30年は、そのまま効果が細っていった30年でもあった。
なぜ効果は消えたのか
論文は理由を一つに絞っていない。採用・除外される銘柄の顔ぶれの変化、市場全体の流動性の高まり、需要そのものの縮小、先回りする裁定取引、流動性を供給する投資家の層の厚み。この5つを並べて検証している。
第一に、採用候補が事前に読めるようになった。指数の採用基準は公開されており、時価総額や流動性、黒字の継続といった条件から、候補はあらかじめ絞り込める。第二に、発表から実施までの間に、裁定取引を行う投資家が先回りして買い、指数ファンドに売る。第三に、指数ファンドに株を渡す側、つまり流動性を供給する投資家の層が厚くなった。実施日に一斉に売買しなくても、需要が分散して吸収される。
そして四つ目に、需要そのものが小さくなったという説明がある。近年の新規採用の多くは、S&P中型株指数からの「移籍」である。移籍してくる銘柄は、他の指数に連動するファンドがすでに保有している。市場全体で見た新規の買い需要は、見かけほど大きくない。結果として、指数ファンドが買いに来たときには、株価はすでに動き終わっている。
教訓の形にすれば、こうなる。市場に「誰でも知っている必勝法」が残ることはない。知られた瞬間から、その利益は先回りする人々に分配され、やがて消える。
「今回は違う」論の検証
では、2026年9月21日の入れ替えはどうか。今回固有の事情を3つ確かめておきたい。
ひとつ目。今回採用されるデル、パロアルトネットワークス、アリスタ・ネットワークス、サンディスクの4社は、いずれも既にS&P500の構成銘柄である。S&P100はS&P500の中から選ばれる大型株の指数だからだ。したがって新たに生じる買いは、S&P100に連動する資金に限られる。S&P500に連動する巨大な資金は、すでにこれらの株を保有している。効果が出にくい条件がそろっている。
ふたつ目。発表は9月4日、実施は9月21日の取引開始前である。間には17日、営業日でも11日ある。論文が超過リターンを測るのは、発表の前日から実施の翌営業日までの区間だ。今回の4社について、先回りする側の「稼ぎ場」は9月4日にはもう開いていたことになる。
みっつ目。直近の値動きを見ると、9月18日にサンディスクは10.99%上げ、デルは3.46%下げている。同じ日に採用される2銘柄が、逆方向に動いた。この日はメモリー関連が軒並み買われ、サーバーメーカーが売られた日である。両社を分けたのは指数ではなく、メモリー高で稼ぐ側か、それをコストとして払う側かという違いだった。指数採用そのものが株価を押し上げる力を持つなら、同じ日に採用される2銘柄がここまで正反対に動くのは説明しにくい。むろん1日の値動きで論文の結論が確かめられるわけではないが、少なくともこの日、値動きを決めていたのは指数ではなかった。
歴史が示す3つの教訓
第一に、効果は発表日にも残らなかった。論文は採用効果を、発表日前後と実施日前後に分けて集計している。2010年代には、そのどちらもゼロと統計的に区別がつかない水準まで縮んだ。発表を見て買う戦略も、実施日を待って買う戦略も、1990年代の相場を前提にしている。
第二に、買い手が増えたことは、値動きが大きくなることを意味しない。指数連動の資産は増え続けたのに、効果は消えた。需要の大きさだけでは価格は決まらない。その需要を誰が、いつ、どの価格で引き受けるかが効いてくる。
第三に、採用は理由ではなく結果である。指数に入るのは、既に大きくなった会社だ。デルの株価は2026年に入って水準を切り上げ、9月18日には取引時間中に595.51ドルの最高値を付けた。株価の上昇が先にあり、採用はその後から来ている。採用はその事実の追認であって、これから上がる理由ではない。
実験の結果——採用された日に、何が起きたか
論文の結論は平均値である。個別の銘柄で例外が起きない保証はない。だからこそ、実施日そのものが小さな実験になる。9月21日、その実験の結果が出た。
| 採用4社 | 前週末終値(ドル) | 寄り付き(ドル) | 9月21日(ドル) | 前週末比 |
|---|---|---|---|---|
| デル(DELL) | 568.06 | 586.77 | 574.31 | +1.10% |
| パロアルトネットワークス(PANW) | 363.58 | 364.09 | 371.35 | +2.14% |
| アリスタ・ネットワークス(ANET) | 199.39 | 203.47 | 202.07 | +1.34% |
| サンディスク(SNDK) | 1,791.82 | 1,826.00 | 1,767.89 | −1.34% |
| (参考)フィラデルフィア半導体株指数 | 11,921.69 | 12,145.93 | 12,349.18 | +3.59% |
| (参考)ナスダック総合指数 | 26,522.55 | 26,723.19 | 26,967.79 | +1.68% |
まず正確に書いておく。4社のうち3社は上がっている。「採用された銘柄が下がった」という話ではない。問題は上げ幅の中身にある。この日の半導体株指数は3.59%高、ナスダック総合指数は1.68%高だった。採用4社のうち、半導体株指数を上回ったものは一つもない。指数連動のファンドが買いに来るはずのその日に、4社そろって地合いに負けている。
寄り付きの形も、論文の側に立った。デルは前週末終値568.06ドルに対し586.77ドルで寄り付いた。3.3%の窓を開けたことになる。だがそこから売られ、安値は567.38ドルと前週末の終値を下回った。開いた窓は、その日のうちに閉じている。サンディスクも1,826.00ドルで寄り付いたあと1,766.00ドルまで下げ、前週末比1.34%安で推移した。そしてパロアルトネットワークスは、前週末終値363.58ドルに対して364.09ドルで寄り付いている。窓は、ほとんど開いていない。
除外された側も見ておく。ナイキは1.46%高、サイモン・プロパティ・グループは0.05%高、コルゲート・パルモリーブは1.03%安。除外の当日に投げ売られた銘柄はない。
1日の値動きは、論文の証明にはならない。グリーンウッド氏とサモン氏が測ったのは数百件の平均であり、2026年9月21日はその1件にすぎない。加えてこの日は、CPU関連銘柄が大きく買われた特殊な地合いでもあった。それでも、採用4社が一つ残らず地合いに負け、開いた窓が当日のうちに閉じ、除外4社が売られなかったという並びは、論文の結論と整合的である。少なくともこの日、値動きを決めていたのは指数ではなかった。
除外される側も見ておきたい。ナイキ、ハネウェル・エアロスペース、サイモン・プロパティ・グループ、コルゲート・パルモリーブの4社である。ナイキは現地10月1日、日本時間では10月2日の早朝に決算を出す。除外の10日後だ。論文どおりなら、除外による下落はほとんど観測されないはずだが、決算の結果はそれとは別の力で株価を動かす。2つの力を混同しないことが、この局面での読み方になる。
次の四半期見直しは12月に予定されている(発表日と実施日はS&Pダウ・ジョーンズ・インデックスの告知による)。今回の4社の値動きを記録しておけば、3か月後に同じ検証ができる。デルの現在地とサーバー株の相場つきは、それぞれの記事にまとめている。
主な参照
- Robin Greenwood, Marco Sammon「The Disappearing Index Effect」Journal of Finance, Vol.80 No.2(2025年4月)657〜698ページ/Wiley Online Library、ワーキングペーパー版はNBER(公表版と集計値が一部異なる)
- S&P100・S&P500の構成銘柄入れ替え(2026年9月4日発表、9月21日実施)/S&Pダウ・ジョーンズ・インデックス
- 9月18日の米国株の終値/CNBC
- ナイキの決算日程/ナイキ
データ基準日:2026年9月21日(米東部時間11時42分)。超過リターンの数値は論文の集計によるもので、個別銘柄の結果を保証しない。9月18日の株価は米国市場の終値、9月21日の株価は取引時間中の気配値であり、終値ではない。同日の取引終了は日本時間22日午前5時で、その後の変動は反映していない。除外4社のうちハネウェル・エアロスペースは本稿では集計していない。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の銘柄の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。
















