9月23日午前10時すぎ、ニューヨーク。画面のドル円が158円台に入った。高値は158円39銭。東京の市場参加者のほとんどは、その瞬間を見ていない。日本は秋分の日で、3日続けて市場が閉まっていたからである。日銀が利上げを決めてから、5日が経っていた。
利上げした通貨が売られる。それ自体は珍しいことではない。だが今回の5日間には、ひとつ特異な点がある。当局が、一度も口を開いていないのだ。
日銀利上げから5日間のドル円
読み方:円を押し下げた最後の一押しは、日本側ではなく米国の景気指標だった。
巻き戻し——9月18日、午前11時54分
話は5日前に戻る。9月18日金曜、午前11時54分。日銀は無担保コールレートの誘導目標を年1.25%程度へ引き上げると発表した。6月の1.00%に続く3カ月ぶり2回目の利上げで、1995年以来の高い水準である。票決は7対2。浅田委員と佐藤委員が据え置きを主張して反対に回った。
その朝の東京市場は、1ドル=156円15〜17銭で始まっていた。安値は155円88銭。発表の瞬間から、円は売られ始めた。日銀が公表した17時時点の相場は157円48〜50銭である。
植田総裁は会見で「政策の局面は変わった」と述べた。だが記者が繰り返し尋ねた「次はいつか」「どのペースで上げるのか」に対しては、約束をしなかった。市場が聞きたかったのは利上げの事実ではなく、その後の速度である。速度が示されなかったとき、円は売られた。
海外市場に移ると、円安はさらに進んだ。外為どっとコムは決定後の高値を158円05銭としている。日足ベースで157円99銭とする集計もあり、1銭単位の高値は情報源によって食い違う。いずれにせよ、158円という大台がこの日に一度触れられた。
その数時間後、東京時間の深夜に
東京時間で日付が19日に変わるころ、ニューヨーク市場に一本の電話が入った。日銀による為替のレートチェックである。複数のメディアが翌20日に報じた。
レートチェックとは、当局が金融機関に「いま、いくらで取引できるか」と問い合わせる行為を指す。実弾は伴わない。電話一本である。だが市場はこれを、介入の前段階と読む。事実、報道が伝わるとドル円は156円台後半まで押し戻された。18日のニューヨーク終値は156円83〜93銭(共同通信)だった。
そして、そこで日本は連休に入った。9月21日が敬老の日、22日が国民の休日、23日が秋分の日。市場も、記者会見も、止まった。
沈黙の5日間
片山さつき財務相は、改造内閣でも留任している。介入を決裁する人物は変わっていない。だが、この5日間に為替について新たな発言をしていない。三村財務官も同様である。財務省からも日銀からも、18日深夜のレートチェックについて、確認も否定も説明も出ていない。
これは怠慢ではない。連休中は記者会見の機会そのものがない。当局が黙っているのではなく、当局が話す場が存在しなかった、というのが正確なところだ。
その間も、為替だけは動き続けた。21日の月曜、ドル円はアジア時間の156円59銭を安値にじりじりと水準を切り上げ、ニューヨーク時間に157円52銭。22日にはニューヨークで日米首脳会談が開かれた。高市首相とトランプ大統領。国連総会に合わせた日程である。だが報じられた議題は中国・台湾情勢、日米同盟、通商であり、為替は公表された議題に入っていなかった。
そして23日。円を押し下げたのは、日本ではなく米国の指標だった。
クライマックス——午前9時45分の数字
米東部時間23日午前9時45分、S&Pグローバルが9月の米PMI速報値を公表した。総合58.4。前月の56.0から大きく上振れ、2021年7月以来の高さである。製造業は57.0(前月53.9、市場予想53.6)、サービス業は58.7(前月56.5、予想56.0)。いずれも大幅な上振れである。企業の投入コストは2022年10月以来の速さで上がっていた。
数字が出た直後から、米国債が売られた。10年債の利回りは5.122%、取引時間中に5.135%。2007年以来の水準である。前日終値の4.967%から15.5bpの上昇だった。金利先物から算出される10月27〜28日の会合での利上げ確率は73%へ跳ね上がった(CME FedWatchの集計、CNBCによる)。
日本が0.25%動かした5日の間に、米国の10年債利回りが1日で0.155%動いた。日銀が1.25%へ引き上げても、米国の政策金利は3.75〜4.00%である。差は開いたままで、しかもこの日、さらに開く方向に動いた。
ドル円は158円台に乗り、高値158円39銭を付けた。9月2日以来の円安水準である。同じ時刻、ユーロドルは1.1390と0.50%のドル高。つまりこれは円が単独で売られたのではなく、ドルが全面高になった局面だった。
| 日付 | 出来事 | ドル円の水準 |
|---|---|---|
| 9月18日 11時54分 | 日銀が1.25%へ利上げ(7対2) | 直前は156円台前半、安値155円88銭 |
| 9月18日 17時 | 日銀公表の東京市場の水準 | 157円48〜50銭 |
| 9月18日 海外時間 | 158円台に到達 | 158円05銭(外為どっとコム) |
| 9月19日 未明 | 日銀がレートチェック(20日に報道) | 156円台後半へ反落 |
| 9月21〜23日 | 東京休場。当局の発言なし | 156円59銭〜158円39銭 |
| 9月23日 9時45分 | 米PMI速報値58.4 | 米10年債5.135%、ドル全面高 |
| 9月23日 14時11分 | — | 158円20銭(高値158円39銭) |
エピローグ——24日、当局が話せる最初の日
9月24日木曜、東京市場が3日ぶりに開く。同じ日、日銀が18日に決めた新しい政策金利1.25%の適用が始まる。決定から適用まで、この6日間の円安はすべて「まだ適用されていない金利」のもとで起きたことになる。
そして24日は、当局が言葉を発することのできる最初の日でもある。158円台という水準は、18日深夜にレートチェックが入ったとされる水準そのものだ。財務相が何を言うか、あるいは何も言わないか。市場はそこを見る。
もっとも、水準そのものが引き金になるとは限らない。三菱UFJ銀行は、158円や160円という数字が自動的に介入を呼ぶわけではなく、値動きの速さのほうが重要だとしている。この5日間の円安は、1円ずつじりじり進んだ。走ってはいない。当局から見れば、まだ電話一本で足りる範囲かもしれない。
もうひとつ、日付がある。9月30日19時、財務省が8月27日から9月28日までの為替介入の実績を公表する。18日深夜のあれが本当にレートチェック止まりだったのか、それとも実弾が入っていたのか。答えはその日に出る。
本誌は9月20日の記事で、158円台への再トライがあっても続かないとの見方を示した。撤退の水準は「159円50銭を終値で上抜けたら」と置いている。23日時点の158円39銭は、その線にはまだ届いていない。見方は生きているが、楽な位置ではない。
利上げの当日に円が売られた構図はこの記事で、連休中の介入警戒はこの記事で扱った。米国側の金利の事情はこちらにある。海外FX業者の比較はFX解説ページにまとめている。
主な参照
- 日銀の金融政策決定(2026年9月18日)/日本銀行
- 9月18日の東京外国為替市場(9時・17時の相場と値幅)/日本銀行
- レートチェックの実施報道/日本経済新聞
- 決定後の高値158円05銭と週間見通し/外為どっとコム
- 9月23日のドル円・ユーロドル・米国債利回りの気配値/CNBC
- 米9月PMI速報値(2026年9月23日公表)/S&Pグローバル
- 10年債利回りが2007年以来の水準/AP通信
- 日米首脳会談の日程/時事通信
- 介入の引き金は水準でなく速度との見方/三菱UFJ銀行の見解
- 為替介入実績の公表予定/財務省
データ基準日:2026年9月23日(米東部時間14時11分)。ドル円の9時・17時の水準と東京の値幅は日銀の公表値(9月18日分)。158円台の高値は情報源により158円05銭と157円99銭に分かれるため、本文では1銭単位の高値を断定していない。9月23日のドル円・米国債利回りは取引時間中の気配値であり、終値ではない。米国市場の取引終了は日本時間24日午前5時で、その後の変動は反映していない。レートチェックは報道にもとづくもので、財務省・日銀は確認も否定もしていない。10月の利上げ確率は金利先物から算出される推計値で、算出元と時点により数値が異なる。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。















