なぜ、景気が良いという知らせで株が売られるのか。答えは、株の値段が「将来の利益」そのものではなく、「将来の利益を、今のお金に換算したもの」だからである。換算に使うレートが金利だ。9月23日の米国市場では、そのレートが一段と上がった。米10年国債の利回りは5.122%、取引時間中には5.135%を付けた。2007年以来の高さである。
この記事では、天秤(てんびん)を思い浮かべてほしい。片方の皿に「無リスクで得られる利回り」、もう片方の皿に「AI関連企業が将来生むはずの利益」を載せる。どちらが重いかで、資金の行き先が決まる。今日起きたのは、片方の皿に重りが足された、それだけのことだ。順に見ていく。
強い景気指標が株価に届くまでの4段階
読み方:①から④まで、悪い知らせは一つもない。景気が強いという事実が、金利を経由して株価にとっての逆風に変わる。
重りを足したのは、1本の景気指標だった
米東部時間9月23日の午前9時45分、S&Pグローバルが9月の米購買担当者景気指数(PMI)の速報値を公表した。総合指数は58.4。前月の56.0から大きく上げ、62カ月ぶり、すなわち2021年7月以来の高水準となった。
内訳も強い。製造業は57.0で、前月の53.9から大きく切り上がった。市場予想は53.6だったから、3ポイント以上の上振れである。52カ月ぶり、2022年5月以来の水準になる。サービス業は58.7(前月56.5、予想56.0)で、59カ月ぶり、2021年10月以来の高さだ。ここが肝心だが、この指数は50が好不況の分かれ目で、58台というのは「かなり強い拡大」を意味する。雇用は2022年6月以来の速さで増え、製造業に限れば2021年2月以来の勢いだった。
問題は、その次にある。同じ調査で、企業が支払うコスト(投入価格)の上昇ペースが2022年10月以来の速さになった。原因として挙げられたのは燃料と輸送費で、人件費の圧力も広がっているという。同社のチーフビジネスエコノミスト、クリス・ウィリアムソン氏は「米国の企業活動は好調が続いており、9月の生産は5年超ぶりの速さで伸びている」としたうえで、「企業は価格決定力を強めつつあり、その分だけ物価見通しにとって懸念材料になる」と述べた。
ただし、ここは正確に読む必要がある。上がったのは企業が支払う側のコストであって、企業が受け取る販売価格の上昇率は、8月より高いものの3月から7月にかけての水準は下回っている。いま起きているのは、消費者物価がすでに再加速したという話ではない。コスト増を十分に転嫁できていない状態である。中央銀行が警戒するのは、この転嫁が後から効いてくることのほうだ。
用語を3つだけ。
PMI=購買担当者に「先月より良いか悪いか」を聞いて指数化したもの。50が分かれ目。速報性が高く、公式統計より先に出る。
無リスク利回り=米国債を満期まで持てば、ほぼ確実に得られる利回り。株式投資の「機会費用」であり、天秤の片方の皿に載る重り。
投入価格=企業が仕入れや人件費で支払うコスト。ここが上がると、いずれ売値に転嫁されるか、利益が削られるかのどちらかになる。
天秤の片方が重くなると、何が起きるか
ここから原理を分解する。まず、金利が上がると債券の魅力が増す。これは分かりやすい。5%で確実に回るなら、わざわざ値動きの荒い株を持つ理由が減る。天秤の片方に重りが載った状態だ。
だが、株式にとってより効くのは二つ目の経路である。株価は、将来の利益を「割り引いて」現在価値にしたものだ。10年後の100万円は、今の100万円より価値が低い。どれだけ低く見るかを決めるのが割引率で、その土台が国債の利回りである。
つまり、利回りが上がると将来の利益は軽く評価される。そしてここが重要なのだが、その影響は一律ではない。利益が遠い将来にある企業ほど、強く削られる。今期すでに稼いでいる企業の価値はあまり変わらないが、「5年後、10年後に大きく稼ぐはずだ」という期待で買われている企業は、割引率の変化に大きく振られる。AI関連株の多くは後者にあたる。
三つ目の経路が、中央銀行である。FRBは9月16日に政策金利を3.75〜4.00%へ引き上げたばかりだ。採決は12対0、参加者18人のうち16人が年内もう1回の利上げを見込んでいた。そこへ今日の指標が来た。金利先物から算出される10月27〜28日の会合での利上げ確率は73%へ跳ね上がった(CME FedWatchの集計、CNBCによる、米東部時間9月23日)。1カ月前は1割にも満たない水準だった。
現実の数字に当てはめる
理屈を並べたので、今日の実際の値動きに当てはめてみてほしい。まず債券から。
| 年限 | 9月23日 | 前日終値 | 変化幅 |
|---|---|---|---|
| 米2年債 | 4.903% | 4.777% | +12.6bp |
| 米10年債 | 5.122% | 4.967% | +15.5bp |
| 米30年債 | 5.409% | 5.303% | +10.6bp |
10年債が15.5bp動くのは、1日の値動きとしては大きい。しかも2年債より10年債、10年債より長い年限が動いており、曲線全体が上に持ち上がっている。景気の強さと物価の両方を織り込みにいった形だ。
そして株式である。ここで、前日までの文脈を押さえておきたい。ナスダック総合指数は9月21日に27,122.09で6月2日以来の最高値を更新し、22日にも27,244.28と2営業日続けて最高値を塗り替えていた。今日はその翌日にあたる。
9月23日の主な値動き(米東部時間14時11分時点)
出所:CNBCの気配値。取引時間中の数値であり、終値ではない。マクドナルドは投資家向け説明会の内容が材料で、金利要因とは切り分けて見る必要がある。
下げ方に注目してほしい。ダウ工業株30種が0.50%安、S&P500種が0.65%安なのに対し、ナスダック総合は1.10%安、フィラデルフィア半導体株指数は1.50%安である。指数が「重い」ほど下げが小さく、成長期待で買われてきたものほど下げが大きい。先ほどの割引率の話が、そのまま並びに出ている。
個別でも同じだ。ブロードコムが2.69%安、インテルが2.59%安、マイクロン・テクノロジーが2.13%安、エヌビディアが1.63%安。一方でマクドナルドの5.40%安は別の理由で、同社が投資家向け説明会でフランチャイズ支援に85億ドルを投じる計画を示したことが嫌気された。指数の下げとは切り分けて見る必要がある。
上がったものもある。パロアルトネットワークスが3.47%高、クラウドストライクが4.46%高と、サイバーセキュリティ関連が逆行高となった。ただし、この日に何が起きてこれらが買われたのかを一次情報で特定することはできていない。値動きは事実だが、理由は推測の域を出ない。
よくある誤解
「株が下がったのだから、景気が悪くなったのだろう」——これは今日に関しては逆である。今日の下げの出発点は、景気が予想より強かったという知らせだ。景気後退を織り込んだ下げと、金利上昇を織り込んだ下げは、同じ「下げ」でも中身がまったく違う。前者では国債が買われて利回りが下がり、ディフェンシブ株が買われる。後者では国債が売られて利回りが上がり、割高な成長株ほど売られる。今日は後者だった。国債利回りが上がっているかどうかを見れば、どちらの下げかはすぐに判別できる。
もう一つ、注意したい点がある。今日の半導体株の下げをもって「AI相場が終わった」と読むのは早い。フィラデルフィア半導体株指数は9月21日に4.29%、22日に2.06%上げたあとの1.50%安である。9月18日の終値と比べれば、なお5%近く高い水準にいる。上昇が止まったことと、下落に転じたことは別である。
日本の読者にとっての意味
この話は、遠い国の債券市場の話では終わらない。東京市場は9月21日から23日まで休場で、次の立会は24日である。つまり今日のこの動きは、まだ日本の株価に一度も反映されていない。
そして為替。日米の金利差が再び開く方向に動いたことで、ドル円は1ドル=158円20銭まで円安が進んだ。取引時間中の高値は158円39銭である。日銀が9月18日に政策金利を1.25%へ引き上げたにもかかわらず、円は売られている。日本側が0.25%動かす間に、米国側の10年債利回りが1日で0.155%動いてしまえば、金利差の綱引きは米国側の都合で決まる。
日本の長期金利にも波及する。米国債の利回りが上がれば、日本国債の利回りにも上昇圧力がかかる。長期金利3%とお金の置き場所で扱った論点が、そのまま次の段階に進むことになる。
まとめ:天秤を回収する
冒頭の天秤に戻る。今日、片方の皿に載った重りは5.122%という数字だった。もう片方の皿に載っているのは、AI関連企業が5年後、10年後に生むはずの利益である。後者は変わっていない。企業から何か悪い知らせが出たわけではない。変わったのは、それを量る秤のほうだ。
覚えて帰ってほしいのは3点である。
- 今日の株安の原因は、景気の悪化ではなく景気の強さである。強い景気と加速するコストが、追加利上げの観測を押し上げた。
- 金利上昇は、利益が遠い企業ほど強く削る。だから同じ日の下げでも、ダウよりナスダック、ナスダックより半導体株のほうが大きくなる。
- どちらの下げかは、国債利回りを見れば分かる。利回りが下がっていれば景気不安の下げ、上がっていれば金利の下げである。今日は後者だった。
次の確認日は近い。9月30日に米8月のPCE物価指数、10月1日に日銀の「主な意見」と9月短観、10月2日に米9月の雇用統計が並ぶ。今日の指標が示した「強い景気と強いコスト」が本物かどうかは、そこで一度答え合わせができる。
FRBの利上げそのものの整理はこの記事に、9月21日にCPU関連株だけが買われた局面はこの記事にまとめている。日銀の利上げと円安の関係はこちらで扱った。
景気が良いニュースで株が下がるのは、いつも起きることなのか。
いつもではない。金融政策が引き締め方向にあるときに起きやすい現象である。中央銀行が利下げを模索している局面では、強い経済指標は企業業績の追い風として素直に好感されることが多い。逆に、インフレを抑えるために利上げが必要な局面では、強い指標は追加利上げの根拠となり、株式にとって逆風になる。同じニュースの意味が、金融政策の局面によって反転する。
長期金利が上がると、なぜハイテク株のほうが大きく下がるのか。
株価は将来の利益を現在価値に割り引いた合計として考えられる。割引率が上がると、遠い将来の利益ほど大きく目減りする。成熟企業は今期すでに利益を出しているため影響が小さいが、成長企業は価値の多くが数年先から十数年先の利益に依存しているため、同じ金利上昇でも評価額の下がり方が大きくなる。
PMIは公式の政府統計と何が違うのか。
PMIは民間の調査会社が企業の購買担当者に聞き取りを行い、前月と比べて改善したか悪化したかを指数化したものである。50が分かれ目で、速報性が高いのが特徴だ。一方で回答者の主観にもとづくため、生産量や売上高といった実額を示すものではない。方向感を早く知るための指標であり、水準そのものを政府統計と直接比べることはできない。
主な参照
- 米9月PMI速報値(2026年9月23日公表)/S&Pグローバル
- 株価・指数・国債利回りの気配値(9月23日14時11分=米東部時間)/CNBC
- 10年債利回りが2007年以来の水準/AP通信
- ナスダック総合指数の最高値更新(9月21日・22日)/ロイター
- FRBの利上げ(2026年9月16日、3.75〜4.00%)/CNBC
- マクドナルドの投資家向け説明会/ブルームバーグ
- 米PCE・雇用統計の公表予定/米商務省経済分析局、米労働統計局
- 日銀の公表予定(短観・主な意見)/日本銀行
データ基準日:2026年9月23日(米東部時間14時11分)。米国株・国債利回り・為替はいずれも取引時間中の気配値であり、終値ではない。同日の米国市場の取引終了は日本時間24日午前5時で、その後の変動は反映していない。PMIの予想値は市場集計で、集計元により差がある。10月の利上げ確率は金利先物から算出される推計値で、算出元と時点により数値が異なる。サイバーセキュリティ関連株の上昇について、理由を一次情報で特定することはできていない。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。














