報道はこう伝えている——ニデックが2026年3月期に1兆円規模の減損損失を計上し、岸田光哉社長を解任する。9月28日、この一部報道でニデック(6594)株は前営業日比500円(17.6%)安の2,340円まで売られ、制限値幅いっぱいのストップ安で取引を終えた。東証プライム市場の値下がり率トップである。今日はこの報道を尋問する。
ニデックはすでに会計不正の渦中にあり、2025年10月に東証から特別注意銘柄に指定され、日経平均株価の構成銘柄からも外れている会社である。「またか」で済ませず、何が確定していて何が報道の域を出ないのかを、会社自身の声明と過去の第三者委員会の報告書に照らして切り分ける。
尋問1:会社が実際に認めたのは、どこまでか
証拠を見よう。9月28日午後、ニデックは一連の報道を受けて公式にコメントを発表した。「役員変更及び大規模な減損処理について検討をしているのは事実」としたうえで、「現時点で決定した事実はない」と明言し、今後、開示すべき決定事項や重要事実が生じた場合には速やかに公表するとした。
つまり会社が認めたのは「検討している」という事実だけである。「1兆円」という金額も、「岸田社長を解任」という結論も、会社自身の言葉では確認されていない。報道の一次情報はダイヤモンド・オンラインで、9月25日の臨時取締役会で社長解任が決議されたと伝えている。ブルームバーグと日本経済新聞がこれを相次いで報じ、市場に広がった。だが解任の効力発生や正式な人事異動としての発表は、9月28日夕方の時点で確認できていない。
公平のために言えば、この会社の「検討中」を額面通りに受け取るのは危うい。ニデックはすでに2025年9月の不正発覚以降、会計監査人のPwC Japanから半期報告書のレビューについて複数回「意見不表明」を突きつけられている。監査人が必要な監査証拠を入手できないと判断するほど、社内の実態把握そのものが遅れているというのが、この会社の直近1年の実績である。
尋問2:「1兆円」は、これまでの数字と比べて妥当か
ここが本丸である。ニデックの第三者委員会は今年、2度にわたって数字を示している。3月3日の中間報告書は、創業者の永守重信氏が不正会計を主導した事実は認められないものの、発覚後にこれを計画的に処理することを容認していたと認定し、主に車載事業ののれんや固定資産について、追加で約2,500億円規模の減損の可能性があるとした。同日、創業メンバーの小部博志会長ら役員3人と機械事業本部長が辞任し、2026年3月期は無配とすることも決まった。
ニデックの減損・不正会計インパクト、半年で規模が拡大(億円)
出所:ニデック第三者委員会の中間・最終報告書、ダイヤモンド・オンライン報道(ブルームバーグ・日本経済新聞が追随)。9月28日の数字のみ会社は未確定と説明している。
4月17日の最終報告書では、2021年3月期から2025年4〜6月期までの累計で、純利益への影響額が1,607億円に上ると確定させた。これは「起きてしまった過去の粉飾の後始末」としての金額であり、将来に向けた減損の見積もりとは性質が異なる。今回9月28日に報じられた1兆円は、この1,607億円とも3月時点の2,500億円とも一致しない、さらに大きい第三の数字である。
日本経済新聞は9月28日13時17分の記事で、今回の減損の主な対象は電気自動車(EV)関連事業の固定資産やのれんだと報じている。ニデックのEVトラクションモーター(eアクスル)事業は、中国市場での想定を超える価格競争にさらされ、2024年頃から採算が悪化してきた事業である。永守会長はかつて「競争相手も自分たちも赤字なんて初めて」と述べたことがある。つまり1兆円のうち相当部分は、会計不正そのものではなく、EV事業という成長戦略の失敗を財務諸表に反映させる話である可能性が高い。会計不正の後始末(1,607億円)とEV事業の減損(報道ベースで数千億円規模)を合算すれば、1兆円という水準は数字の上では届き得る範囲にある。ただし合算の内訳は会社から示されておらず、本誌の推定にとどまる。
尋問3:株価はこの1兆円を、信じて売られたのか
もう一つ、証拠を見よう。ニデックの28日終値時点の時価総額は2兆7,906億1,100万円(日本経済新聞調べ)。前営業日の終値2,840円をもとに本誌が算出すると、前日の時価総額はおよそ3兆3,869億円で、1日で失われた時価総額は約5,963億円にあたる。
報道された減損は1兆円規模である。だが株式市場が1日で織り込んだ価値の目減りは、その6割弱にとどまる。理由は複数考えられる。第一に、市場はすでに3月の2,500億円や4月の1,607億円をある程度織り込んでおり、追加の衝撃は差分だけで済むという見方。第二に、減損損失はのれんや固定資産の帳簿価額を引き下げる非資金的な会計処理であり、手元のキャッシュフローや事業の継続力そのものを毀損するわけではないという受け止め。第三に、ストップ安は「売り気配」で値が付いた結果であり、まだ全ての投資家の売買が成立していない可能性である。いずれにせよ、株価の反応だけを見る限り、市場は1兆円という数字を全面的には信じていない、あるいは織り込み済みと判断しているようにみえる。
なお、ニデックは2025年10月28日付で東証から特別注意銘柄に指定されており、同時に日経平均株価の構成銘柄からも除外されている(11月5日にイビデンと入れ替え)。したがって28日のニデック株の急落は日経平均を直接押し下げてはいない。日経平均は6営業日ぶりに反落し、前週末比486円58銭安の6万5,877円62銭で終えたが、その主因は5日続伸後の利益確定売りとAI関連株を巡る思惑の対立であり、ニデック固有の材料ではない。東証株価指数(TOPIX)採用銘柄としての影響にとどまる。
生き残った主張と、死んだ主張
| 主張 | 判定 | 根拠 |
|---|---|---|
| 役員変更と大規模な減損処理を検討している | 生存 | ニデック自身が9月28日に公式コメントで認めた、唯一の確定事実 |
| 岸田光哉社長の解任が決議された | 未確定 | ダイヤモンド・オンラインの報道のみ。会社は「決定した事実はない」と明言 |
| 減損は1兆円規模になる | 未確定 | 報道ベースの数字。3月の2,500億円、4月確定の1,607億円とは別の第三の数字 |
| EV事業の不振が減損の主因 | 生存(傍証あり) | 日本経済新聞が主な対象と報道。中国での価格競争悪化は2024年から公知の事実 |
| 市場は1兆円をそのまま信じて売った | 死亡 | 時価総額の減少は本誌算出で約5,963億円。報道された金額の6割弱にとどまる |
| ニデック株急落が日経平均を押し下げた | 死亡 | 2025年11月5日付で日経平均の構成銘柄から除外済み。TOPIXのみに影響 |
評決
報道の「方向性」は生き残り、「数字」は保留、というのが本誌の評決である。
ニデックが役員体制と財務諸表の両方で大きな見直しを迫られているのは、会社自身が認めた事実であり、3月・4月と2度にわたって規模を拡大させてきた開示の経緯とも整合する。方向性としての信頼度は7割とみる。一方で「1兆円」という具体的な金額と「社長解任」という具体的な人事は、9月28日夕方の時点で一次情報がダイヤモンド・オンラインの単独報道にとどまり、会社は明確にこれを確定事実として認めていない。具体的な数字・人事の確度は3割にとどめておく。
この区別には実務的な意味がある。方向性だけを材料に売買するなら、すでに市場は反応済みだ。だが具体的な1兆円という数字を前提に投資判断を組み立てるのは、現時点では一次情報のない報道1本に依拠することになる。
再審条件
この評決を覆す、あるいは確定させる材料を、日付とともに挙げておく。
- 9月30日、2026年3月期有価証券報告書の提出期限。本来6月30日が期限だったが、会計不正と1,000件超の品質関連事案、関税関連の調査に時間を要するとして関東財務局の承認を得て延長された、まさにその期限日である。ここで減損額と役員体制が正式書面として確定する可能性が高い。
- 10月下旬、東証による特別注意銘柄の指定解除審査。2025年10月28日の指定からおよそ1年後にあたり、ニデックが1月28日付で提出した改善計画の実行状況が問われる。解除されるか、継続・強化されるかで、株式としての信頼回復の道筋が変わる。
- 正式な人事発表の有無。岸田社長の解任が会社として公式に発表されるか、あるいは「検討の結果、現体制を維持する」といった逆の結論が出るか。
- PwC Japanの監査意見。2026年3月期の本決算に対して「意見不表明」が続くか、条件付きであれ意見が表明されるか。後者であれば財務の透明性回復への評価材料になる。
個人投資家のためのチェックリスト
- 「1兆円」はまだ会社の数字ではない。ニュースの見出しと、会社が公式に認めた「検討している」という一文の間には、まだ距離がある。
- 日経平均連動の投資信託・ETFへの直接的な影響は限定的。ニデックは2025年11月5日付で日経平均株価の構成銘柄から外れている。TOPIX連動商品には影響が残る。
- 9月30日と10月下旬の2つの日付を覚えておく。報道の当否が書面で確定する最初の機会になる。
- ストップ安の翌営業日の値動きに注意する。売り気配のまま値が付かなかった場合、翌日にさらに値幅が広がる可能性がある。
単一銘柄の急落が指数全体の見え方を左右した直近の例としてはアドバンテスト1銘柄が日経平均を押し下げた9月11日の記事がある。9月28日の東京市場全体の値動きは権利付き最終日の需給を扱った記事にまとめた。
主な参照
- ニデックの株価・時価総額(2026年9月28日終値)/日本経済新聞
- 「巨額減損損失の計上」報道と株価反応/日本経済新聞、日本経済新聞(EV関連が主対象)
- 社長解任・1兆円規模減損の一次報道/ダイヤモンド・オンライン
- ニデックの公式コメント(役員変更・減損は検討中、決定事実なし)/Yahoo!ニュース(ブルームバーグ配信)
- 第三者委員会・中間報告(2,500億円規模の追加減損の可能性、役員辞任)/ブルームバーグ
- 第三者委員会・最終報告(累計純利益影響1,607億円)/日本経済新聞
- 有価証券報告書の提出期限延長(6月30日→9月30日)/日本経済新聞
- PwC Japanによる意見不表明/日本経済新聞
- 特別注意銘柄の指定と日経平均構成銘柄からの除外(イビデンに交代)/日本取引所グループ、日本経済新聞
- 特別注意銘柄の改善計画提出と審査時期/Response
- 28日の日経平均終値(486円58銭安)/日本経済新聞
- EVトラクションモーター事業と中国での価格競争/日本経済新聞、財界オンライン
データ基準日:2026年9月28日の東京市場終値。時価総額の前日比較(約5,963億円の減少)は日本経済新聞が公表する28日終値時点の時価総額と、前営業日終値2,840円をもとに本誌が算出した推定値であり、会社発表の数値ではない。「1兆円」の減損額、社長解任の決議、EV事業と会計不正の内訳比率は、いずれも本稿執筆時点で会社が公式に確定したものではなく、報道および本誌の推定に基づく。ニデックは今後、開示すべき決定事項が生じ次第公表するとしており、内容は本稿の掲載後に変更・確定する可能性がある。PwC Japanによる意見不表明は過去の期について報じられた事実であり、2026年3月期本決算への監査意見を予断するものではない。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の銘柄の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。















