市場はこう信じている——米国とイランの外交協議が進み、ホルムズ海峡再開への具体的な道筋が見えてきた。だから9月25日、WTI原油は前日比2.20ドル(2.3%)安の1バレル92.41ドルへ下げ、ブレント原油も2.28ドル(2.1%)安の104.32ドルで週を終えた。ロイターによれば、ニューヨークで米イラン両国の交渉筋が「段階的な戦争終結の道筋」を探っており、イランがホルムズ海峡を再開し、米国が経済封鎖を解除する案が協議されているという。地政学リスクプレミアムが剥げ始めた、という読み方である。
だが、本当か。その「道筋」の具体的な内容は、金曜の引け後からわずか1日で公になった。イランのアラグチ外相がカタール経由で米側に伝えた案は、7日間の段階的スケジュールだった。米国が凍結資産120億ドル(12 billion dollars)の解放、イラン産原油への制裁解除、イラン港湾への海上封鎖の終了に応じれば、4〜5日でその履行を確認し、6日目にホルムズ海峡を再開、7日目に本格交渉に入るという内容である。トランプ大統領は9月26日、ホワイトハウスで記者団に「その提案は拒否した(I reject the proposal)」と述べた。今日はこの「道筋」という通説を尋問する。
尋問1:金曜に価格が織り込んだ「道筋」は、そもそも実在したのか
まず、金曜の下落が何を根拠にしていたかを確認する。ロイターの記事は、米イラン交渉筋がニューヨークで協議していると報じたが、その時点で具体的な条件は明らかになっていなかった。市場は「交渉が進んでいる」という事実そのものに反応した。
公平のために言えば、この交渉自体は作り話ではない。イランのアラグチ外相と米特使ウィトコフ氏の接触は複数の通信社が確認しており、外交チャンネルは実際に動いていた。問題は、その先に何があったかである。土曜になって明らかになった具体案は、米国がこれまで一貫して拒んできた要求——凍結資産の解放、産油制裁の解除、海上封鎖の終了——を並べたものだった。アラグチ外相自身の見立てでも、米側の条件履行確認に4〜5日、再開は6日目という日程であり、「今すぐ再開」という話では最初からなかった。つまり金曜の市場が買った「道筋」は、条件だけを見れば、成立の見込みが薄い提案の入り口に過ぎなかった。
尋問2:トランプ氏の拒否は「新しい情報」だったのか
ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)の報道を各社が引用したところによれば、米政府高官はトランプ氏が提案を「すぐに(quickly)」却下したと述べている。イランが米側の要求を実際に満たすかどうかへの懐疑が理由だという。トランプ氏はABCニュースなどに「その提案は拒否した」と明言し、さらに自身のTruth Socialでホルムズ海峡を「トランプ海峡」と改名した地図を投稿した。
証拠を見よう。金曜の下落から拒否の報道まで、経過した時間は1日に満たない。市場が「進展」に賭けた翌日に、提案の当事者である米大統領がほぼ即座にそれを退けた。これは、金曜の価格が織り込んだ成立確率が、そもそも高すぎたことを示す一つの証拠になる。この提案には穴がある、というより、提案そのものの当事者の一方が最初から乗る気ではなかった可能性が高い。
ただし、これも公平に見る必要がある。イランのアラグチ外相は9月27日、「まだ公式な回答は受け取っていない」と述べ、外交チャンネル自体は閉じていないと繰り返した。トランプ氏の発言は記者団への口頭コメントであり、正式な外交文書での拒絶ではない。「道筋が完全に消えた」と断定するのは、通説の逆を行く藁人形になりかねない。生き残っている部分と、死んだ部分を分けて考える必要がある。
尋問3:「中間選挙後に空爆再開」は、増分のリスクをどちらに動かすのか
ここが本丸である。WSJの報道は、トランプ氏が側近に「11月の中間選挙後に新たな空爆作戦に踏み切る可能性が高い」と語ったとも伝えている。これは、市場にとって二重の意味を持つ。
第一に、これは「ホルムズ再開が近い」という通説には不利な証拠である。米国側の想定が空爆の再開である以上、正常な通航への道筋が近いとは言えない。第二に、しかし同時に、これは「目先で新たな軍事的エスカレーションが起きる」というもう一つの悲観シナリオにも不利な証拠になる。11月の中間選挙は最短でも5〜6週間先であり、トランプ氏自身の想定に従えば、それより前に大規模な作戦再開は想定されていない。つまり市場が今向き合っているのは、「再開」でも「再エスカレーション」でもない、期日の見えない停滞——足踏み状態である。
足踏み状態そのものは、金曜の下落を正当化しない。だが全面的な戦闘再燃が目先にないという点では、金曜の楽観の一部と整合する。通説は、正しい理由と間違った理由を1つの値動きの中に混ぜていたことになる。
生き残った主張と、死んだ主張
| 主張 | 判定 | 根拠 |
|---|---|---|
| 米イランの外交協議は進んでいる | 生存 | アラグチ外相と米特使ウィトコフ氏の接触は複数の通信社が確認。イランは公式回答待ちとして交渉継続を否定していない |
| ホルムズ海峡は近く正常な通航に戻る | 死亡 | トランプ氏は7日案を「すぐに」拒否。イラン案でも再開は最短で提案受諾から6日目、無条件の即時再開ではなかった |
| 金曜の2%超の下落は「進展」を正しく反映していた | 重傷 | 提案の当事者である米大統領がほぼ1日で却下。市場が織り込んだ成立確率は高すぎた可能性が高い |
| 目先で軍事的エスカレーションが再燃する | 死亡 | WSJ報道によれば米側の想定は「11月の中間選挙後」の空爆再開。5〜6週間は現状の足踏みが続く見立て |
| 中東の地政学リスクプレミアムは消えた | 死亡 | 再開も再燃もしていない「停滞」状態。プレミアムがゼロになる根拠にはならない |
評決
通説は、根拠を取り違えている。
米イランの外交チャンネルが動いていること自体は事実であり、この部分は生き残った。だが「だからホルムズ海峡は再開に向かっている」という因果の後半は、提案の当事者である米大統領がほぼ1日で拒否したという事実と整合しない。本誌の評決は、金曜の下落のうち、外交進展という実体を正しく反映した部分を3割、「まだ受諾されていない提案」に対する期待——検証前の前提に賭けた部分を7割とみる。この7割の多くは、拒否が伝わった時点で理屈の上では消えているはずの部分である。
同時に、目先で戦闘が再燃するという悲観シナリオにも軍配は上げられない。米側の想定が「中間選挙後」である以上、少なくとも数週間の足踏みが続く可能性のほうが高い。上下どちらかに大きく傾く材料ではなく、金曜に剥がされたプレミアムの一部が、月曜以降に戻ってくるかどうか——それが最初の検証点になる。原油高が家計に届くまでの時間差についてはこの記事で、8月のホルムズ掃海報道で海運株が腰折れした経緯はこちらで扱った。
再審条件
この評決を覆す材料を、先に挙げておく。
- イランが修正案を公式に提示し、米側が交渉再開を認めたら。「外交チャンネルは生存」の評決が「道筋も生存」へ格上げされる。
- タンカー追跡データでホルムズ海峡の通航量が平常時に戻れば。再開が実際に進んでいる証拠になり、金曜の下落は正当化される。
- 11月の中間選挙前に新たな攻撃(タンカー、サウジ施設、ホルムズ周辺)が起きれば。「目先のエスカレーションはない」という評決が覆り、リスクプレミアムの再拡大が正当化される。
- 中間選挙を過ぎても米側から軍事行動の兆候がなければ。「足踏みが数週間続く」という評決の期間がさらに伸びる。
日本の読者にとっての接点は、輸入構造そのものにある。経済産業省のデータをS&Pグローバル・コモディティ・インサイツが集計したところでは、2025年上期(1〜6月)の日本の原油輸入のうち、中東産が95%超を占めた。国別ではアラブ首長国連邦(UAE)が44%、サウジアラビアが40%、クウェートが7%、カタールが4%である。ホルムズ海峡の通航状況がどちらに動くかは、他国以上に日本の輸入コストへ直結する構造が変わっていない。
為替では、9月25日時点の欧州中央銀行(ECB)参考レートでドル円は157.59円だった。円の動きとエネルギー価格の関係はこの記事で、週前半のドル円の値動きはこちらにまとめている。
主な参照
- WTI・ブレント原油の9月25日終値、下落の背景(ロイター配信記事の転載)/BOE Report(ロイター配信)
- 原油気配値(9月25日終値、9月27日取得時点で「1日遅れ」表示)/Oilprice.com
- イランの7日間提案の詳細、凍結資産120億ドルの内容/アルジャジーラ
- 提案の詳細とトランプ氏の直接発言「I reject the proposal」/ABCニュース(オーストラリア)
- トランプ氏の発言「They made a proposal but I rejected it」、中間選挙後の空爆再開の見立て(WSJ報道の引用)/The National
- アラグチ外相「公式回答はまだ受け取っていない」/NBCニュース
- 日本の原油輸入における中東依存度(2025年上期、経産省データの集計)/S&Pグローバル・コモディティ・インサイツ
- ドル円のECB参考レート(9月25日)/Frankfurter(ECB参考レート)
データ基準日:2026年9月25日(原油はニューヨーク市場の終値、ドル円はECB参考レート)。本稿を書いている時点(日本時間9月28日未明)では、ニューヨーク・マーカンタイル取引所の原油電子取引はまだ週明けの取引を再開しておらず、トランプ氏の拒否表明(9月26日)を受けた市場の最初の反応は、月曜のアジア時間の取引まで確認できない。凍結資産「120億ドル」はアルジャジーラおよびABCニュースの報道による報道内容であり、米政府・イラン政府による公式発表ではない。イラン側は本稿執筆時点で提案への「公式回答」を受け取っていないとしており、交渉の状態は流動的である。本誌の評決比率(3割・7割)は本誌の判断であり、将来の価格水準を保証しない。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。
















