全国のガソリンスタンドの価格板に、軽油159.4円と出ている。この5カ月で最も高い週でも159.5円、最も安い週で156.6円。ほとんど動いていない。ところが同じ2026年9月4日、太平洋の向こう側では軽油に相当するディーゼルが1ガロン5.85ドル——リッター換算で約241円という、統計開始以来の最高値を付けた。日本の価格板が動かないのは、原油が落ち着いているからではない。1リットルあたり26.2円が、表示される前に引かれているからである。
その5.85ドルは、何の値段だったのか
米自動車協会(AAA)の全米平均で、ディーゼルは9月4日に1ガロン5.85ドルを付けた。それまでの最高値は2022年6月の5.816ドルで、4年ぶりの更新である。1年前からの上昇率はおよそ6割。ガソリンではなくディーゼルだけが、この夏に記録を作った。
1ガロンは3.785リットル、9月4日のドル円は156.24円だった。5.85ドルをリットルに直すと1.545ドル、円に直すと約241円になる。同じ日の日本の軽油は159.4円である。日本は長く「燃料が高い国」の代表格だったが、ディーゼルに関しては、その順位が入れ替わった。
原油は高値から24%安い。記録を作ったのは原油ではない
ここが、この話のいちばん奇妙なところだ。9月5日時点でICEブレントは1バレル96.28ドル。52週高値の126.41ドルから約24%下にいる。WTIは91.48ドルで、同じく高値から約23%下。原油はむしろ、この1年でかなり安くなった側の資産である。
52週高値からの距離(2026年9月4〜5日終値ベース)
読み方:バーが長いほど「1年の高値から遠い」。原油は高値から2割以上下にいるのに、小売のディーゼルだけが0%=史上最高値の位置にいる。詰まっているのは油井ではなく製油所である。
それでも小売のディーゼルが最高値を付けるということは、値上がりが起きている場所が原油と小売のあいだ——つまり製油所にある、ということになる。原油をディーゼルに変える工程の取り分を示すクラックスプレッドは、8月17日に1バレル102.20ドルを付けた。ディーゼルのクラックが3桁に乗ったのは史上初めてで、それまでの記録も同じ2026年3月中旬の97〜98ドルだった。記録は、この1年のあいだに2度書き換えられている。
なぜ製油所だけが詰まったのか
理由は3つ重なっている。第1に、ウクライナの長距離ドローンがロシアの製油所を継続的に叩き、ロシア側も一時ディーゼルの輸出を制限した。国際市場から消えた量はピークで日量140万バレル規模と推計されている。第2に、イランがホルムズ海峡の通航を実質的に止めたことで、湾岸側の精製・出荷能力も傷んだ。第3に、これらとは別に、採算の合わない製油所の恒久閉鎖が世界各地で進んでいた。2026年4〜6月期には、閉鎖と戦災を合わせて世界の製油能力が日量450万バレル、率にして5.4%落ちたとの試算がある。
結果として、米国の留出油(ディーゼルや暖房油)の在庫は8月初旬におよそ1億710万バレルまで減った。同じ時期としては1996年以来の低さで、8月の水準としては1951年以来の少なさだという。原油は市場にある。それを軽油に変える設備が足りない。今回の値上がりは、産油国の話ではなく工場の話である。
クラックスプレッドとは。原油1バレルを買って製品に変え、売ったときの粗利のことだ。製油所の取り分と言い換えてもいい。ここが広がっている局面では、原油が下がっても店頭価格は下がらない。逆に原油が上がっても、クラックが縮めば店頭は落ち着く。私たちが見ている価格板は、原油相場そのものではなく「原油+製油所の取り分+税+補助金」の合計である。
日本の価格板が動かない理由——表示の前に引かれている26.2円
資源エネルギー庁の調査で、8月31日時点の全国平均はレギュラーガソリンが170.0円、軽油が159.4円だった。軽油の内訳は本体112.9円、軽油引取税32.1円、石油石炭税2.8円、消費税11.6円である。
| 軽油159.4円の内訳(2026年8月31日) | 金額 |
|---|---|
| 本体価格 | 112.9円 |
| 軽油引取税 | 32.1円 |
| 石油石炭税 | 2.8円 |
| 消費税(10%) | 11.6円 |
| 合計 | 159.4円 |
この159.4円は、燃料油価格の激変緩和措置による支給を反映した後の数字である。9月3日から9日までの支給単価は、ガソリン・軽油ともに1リットル26.2円と公表された。26.2円は消費税がかかる前の段階で差し引かれているため、店頭価格への効果は税込みで約28.8円分になる。単純に足し戻せば、いまの軽油は約188円、レギュラーガソリンは約199円という計算になる。
つまり日本の価格板は、相場が安定しているから動かないのではない。動く分を制度が吸っている。国は9月に入って予備費6,136億円を基金に積み増している。これは相場ではなく、財政である。
家計と事業者に、いくら効いているか
| 使い方 | いまの支払い | 補助金がなければ | 差額 |
|---|---|---|---|
| 軽油1リットル | 159.4円 | 約188円 | 約29円 |
| 軽油を月1,000リットル使う運送事業者 | 約15.9万円 | 約18.8万円 | 約2.9万円/月 |
| レギュラーを月40リットル給油する家庭 | 6,800円 | 約7,950円 | 約1,150円/月 |
| 同・年間(40リットル×12回) | 約8.2万円 | 約9.5万円 | 約1.4万円/年 |
月1,000リットルというのは、大型トラック1台をおおむね常時走らせている程度の量である。1台あたり月2.9万円、10台なら月29万円。運送業の利益率を考えれば、これは福利厚生ではなく損益そのものだ。米国のトラック事業者には、この28.8円に相当する緩衝材がない。同じ地政学リスクを浴びながら、日米で店頭価格の動きがこれほど違う理由は、そこにある。
燃料を売る側と、買う側
記録的なクラックスプレッドは、原則として精製する側に有利に働く。国内3社の9月4日終値は、ENEOSホールディングスが1,345.5円、出光興産が1,470円、コスモエネルギーホールディングスが4,347円だった。いずれも52週安値からは大きく戻していて、ENEOSは877.5円から5割超の水準にいる。
ただし、その9月4日は3社とも下落している(ENEOS−1.93%、出光−1.31%、コスモ−1.52%)。記録的な精製マージンは、毎日株価に反映されるわけではない。マージンがいつまで続くか、そして製油所の復旧がいつ始まるかのほうが、株価にとっては大きい。出光の750億円計画が、ホルムズ正常化という前提の上に立っていた話は、この裏返しである。
燃料を買う側の陸運は、同じ日にむしろ上げた。ヤマトホールディングス1,965円(+1.45%)、SGホールディングス1,481円(+0.95%)、NIPPON EXPRESSホールディングス5,612円(+0.68%)。日本の陸運が米国の同業ほど燃料費に痛めつけられていないのは、繰り返しになるが、制度が28.8円を吸っているからである。
ここが投資として難しい点。日本の燃料価格は相場ではなく制度に強く依存している。制度が縮小に向かえば、日本の価格板は米国に遅れて追いつく。逆に制度が維持されるなら、国内の陸運や消費関連は守られる代わりに、財政の側に負担が積み上がる。どちらの筋書きでも、見るべきは原油価格そのものではなく、毎週更新される支給単価と、国会での予算の扱いである。
次に価格板が動く日
- 毎週水曜:資源エネルギー庁の石油製品価格調査が公表される。支給単価も週次で更新される。
- 9月10日:米国の8月生産者物価指数。エネルギーは卸段階のほうが先に動く。
- 9月11日:米国の8月消費者物価指数。ディーゼルは輸送費を通じて食品などに遅れて効いてくる。
- 今月:日本の8月全国消費者物価指数。補助金がある以上、日本のエネルギー項目は米国ほど跳ねない。
- すでに決定:OPECプラスは9月6日の会合で10月の増産を見送った。6カ月続いた増産の停止である。ただし今回の値上がりの主因は原油の量ではないため、この決定が店頭価格に与える影響は限定的とみるのが自然だ。
いま起きていることを一文にすれば、こうなる。原油は1年の高値から2割以上安いのに、それを軽油に変える工場が世界中で足りず、米国では小売価格が史上最高値を付けた。日本の価格板がまだ159.4円で止まっているのは相場のおかげではなく、1リットルにつき約28.8円を国が肩代わりしているからである。ガソリン170円と円安が家計に同時に効いた8月の話と合わせて読むと、いま私たちが払っている価格の何割が相場で、何割が政策なのかが見えてくる。
主な参照
- 米ディーゼル小売価格の最高値更新(2026年9月4日)/CNBC、NPR
- ディーゼルのクラックスプレッドと世界の製油能力/RBN Energy
- 国内のガソリン・軽油の全国平均価格(2026年8月31日)/資源エネルギー庁 石油製品価格調査
- 燃料油価格の激変緩和措置・支給単価26.2円(2026年9月3日以降)/資源エネルギー庁 特設サイト
- 原油・石油製品先物および国内株価(2026年9月4〜5日)/CNBC Markets
- OPECプラスの10月生産方針(2026年9月6日)/The National
データ基準日:2026年9月4日の市場終値および同8月31日の国内価格調査。燃料価格および補助金の支給単価は週次で変動する。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の銘柄の売買を推奨するものではない。記載の水準および試算は執筆時点のものであり、将来の価格を保証しない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。
















