2011年9月6日、ロンドンの取引画面に1トロイオンス1,920.94ドルという数字が灯った。金の史上最高値である。当時の見出しは債務上限問題と欧州債務危機で埋まり、金はもはや2,000ドルを通過点としか見られていなかった。それから15年、金は4,429ドルで先週末を終えた。数字は倍以上になった。だが現在の位置は、あの日と同じく「天井から下りてくる途中」である。
2026年1月29日、金は5,595ドルの史上最高値を付けた。そして同じ日のうちに28分間で約380ドル、率にして7%近く崩れた。9月4日終値の4,429ドルは、そのピークから20.8%下にある。安値圏では下落率が28%に達した局面もあった。あの9月6日から15年というこの節目に、市場の記憶を照らしてみたい。
対照表——2011年、2020年、そして2026年
| 項目 | 2011年9月6日の天井 | 2020年8月の天井 | 2026年1月29日の天井 |
|---|---|---|---|
| ピーク価格 | 1,920.94ドル | 約2,075ドル | 5,595ドル |
| そこからの下落率 | −45.5% | −22.1% | −20.8%(最大時は約28%) |
| 底を打った時期 | 2015年12月(1,046ドル) | 2022年9月(約1,616ドル) | 未確定 |
| 下落に要した期間 | 4年3カ月 | 約2年1カ月 | 7カ月経過 |
| 高値回復まで | 約8年11カ月(2020年8月) | 約3年7カ月(2024年3月) | 未確定 |
| 主因 | 米利上げ観測とドル高、欧州危機の後退 | 実質金利の上昇とFRBの利上げ | レバレッジ解消、実質金利の上昇、ドル高 |
金の主要な天井と、そこからの下落率
読み方:過去3回の天井では、下落が終わるまでに2年半から4年3カ月かかった。今回の20.8%は、過去の下落局面の入口の深さと同程度であり、それ以上でも以下でもない。「もう十分下げた」と言い切れる材料は、この図の中にはない。
三度とも、引き金は同じ場所から引かれている。米国の実質金利、つまり名目金利からインフレ率を引いた値の上昇である。金は利息を生まない資産だから、他の安全資産が利息を払い始めれば、相対的な魅力を失う。この単純な関係は40年変わっていない。
当時その後に起きたこと——2011年からの4年3カ月
2011年9月の天井のあと、金がすぐに崩れたわけではない。2012年いっぱいは1,600ドルから1,800ドルの間で保ち合い、多くの市場参加者は「押し目」だと考えていた。決定的だったのは2013年で、4月に二営業日で13%超という当時としては記録的な下落が起き、その後バーナンキ議長が資産購入の縮小に言及したことで下落基調が定着した。
底値を付けたのは2015年12月、1,046ドル。FRBが9年半ぶりの利上げに踏み切ったのと同じ月だった。ここに、今日の相場を見るうえで最も重要な事実がある。金が下げ続けたのは利上げが「行われていた」期間ではなく、利上げが「予想されていた」期間だったということだ。実際に利上げが実施されるころ、金はすでに底を這っていた。
実質金利とは。名目の金利からインフレ率を差し引いた、実質的な利回りのこと。実質金利がプラスで上昇していく局面では、利息を生まない金は不利になる。逆に実質金利がマイナスに沈む局面では、現金や債券を持つことのほうが目減りするため、金が選ばれやすくなる。金価格を1つの指標で追うなら、原油でも株価でもなく、これである。
「今回は違う」論を検証する
違う点1:中央銀行が買い手として残っている
これは構造的に違う。JPモルガンの分析によれば、2021年から2025年にかけての各国中央銀行の金購入は四半期あたり平均225トンで、その前の10年のおよそ2倍のペースだった。2026年に入って公表ベースの購入は大きく減ったが、中国を中心に非公表の買いは旺盛とみられている。中国の金輸入は2026年1〜3月期に317トンに達した。2011年からの下落局面には、これほど価格に鈍感な買い手はいなかった。
違う点2:戦争が金を下げた
直感に反するが、2026年の中東情勢は金にとって逆風として働いた面がある。原油高がインフレ期待を押し上げ、その結果FRBの利下げが織り込みから外れ、実質金利とドルが上昇したためだ。地政学リスクが高まれば金が買われるという通説は、この局面では成立しなかった。金が「戦争」ではなく「平和」で買われた週があったのは、同じ理屈の裏返しである。
同じ点:予想が価格を作っている
JPモルガンは2026年6月9日時点で、2026年末に6,000ドル、2027年末に6,300ドルという目標を示していた。同時に弱気シナリオも明示している。「米国の成長と雇用が堅調なまま、インフレが加速し続け、FRBが利上げに動く場合」がそれだ。9月4日に発表された8月の雇用統計は16万2000人増と予想を大きく上回り、9月利上げの確率は市場で五分五分から6割程度まで戻った。銀行自身が名指しした弱気シナリオの条件が、そのまま現実になっている。
円建てで見ても、逃げ場は狭かった
日本の個人投資家にとって重要なのは、ドル建ての下落率ではなく円建ての下落率である。ここで多くの人が期待するのは、円安がドル建ての下落を打ち消してくれることだ。今回はそうならなかった。
2026年1月29日のドル円は153.31円だった。5,595ドルを円に直し、1グラムあたりに換算すると約27,578円になる。9月4日は156.25円で、4,429ドルは約22,249円である。円建ての下落率は19.3%。ドル建ての20.8%と比べて、緩和されたのはわずか1.5ポイントにすぎない。この7カ月で円が対ドルで1.9%しか下げていないためだ。円安が外貨建て資産の下落を吸収してくれるという経験則は、円が動かない局面では働かない。
なお銀はさらに厳しい。9月4日終値は1オンス66.75ドルで、52週高値の121.79ドルから45.2%下にある。金と銀の下げ方の差は、銀が工業用途を持つぶん景気の影響を受けやすいという性質から来ている。金銀レシオが示した歪みは、この局面でさらに開いた。
歴史が示す3つの教訓
第1に、金の下落局面は長い。過去3回とも、天井から底までに2年から4年を要した。今回はまだ7カ月である。20.8%という数字を見て「もう十分下げた」と判断できる材料は、少なくとも歴史の側にはない。
第2に、金は利上げの実施ではなく観測で下げる。2015年12月の底が示したとおり、実際に政策が動くころには織り込みが終わっていることが多い。9月16日のFOMCで仮に利上げが決まったとしても、それが追加の下落材料になるとは限らない。むしろ「利上げの回数がここまで」と市場が線を引いた瞬間のほうが、価格にとっては転機になりうる。
第3に、高値の回復には下落よりさらに長い時間がかかる。2011年の天井を超えるのに8年11カ月、2020年の天井を超えるのに3年7カ月を要した。金を持つ意味は値上がり益ではなく、他の資産と違う動き方をすることにある——という位置づけを崩さないほうが、この資産とは長く付き合える。
今回固有の監視点
見るべきは3つある。まず9月11日の米消費者物価指数と、9月16日のFOMC。実質金利の方向がここで決まる。次に、西側の金ETFからの資金流出が続くかどうか。JPモルガンはFRBの利上げ局面で持続的な流出が起き、それが価格の重しになりうると指摘していた。最後に中央銀行の購入動向で、こちらは公表が遅れるため四半期ごとの確認になる。
2011年9月6日、金は天井を打った。その日に高値を買った人が名目で報われるまでには、9年近くかかった。歴史は繰り返さないが、韻を踏む。踏んでいる韻がどこまで同じかを確かめる作業だけは、値段が動く前に済ませておきたい。
主な参照
- 金・銀の価格および52週高値安値(2026年9月4日終値)/CNBC Markets、Rio Times
- 2026年1月29日の史上最高値と急反落/Bullion Trading LLC
- 中央銀行の購入動向と価格見通し(2026年6月9日)/J.P. Morgan Global Research
- 2011年9月6日の最高値と2015年12月の安値/Hudson Institute
- ドル円の日次レート(2026年1月29日・9月4日)/Frankfurter(欧州中央銀行参照相場)
データ基準日:2026年9月4日の市場終値。過去の価格および期間は各出典の報道値にもとづくもので、集計方法により差がある。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の商品の売買を推奨するものではない。過去の値動きは将来の結果を保証しない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。













