1998年6月17日、ニューヨーク時間の朝7時55分。ニューヨーク連銀が円買いの注文を出したとき、ドル円は142円21銭だった。前日には146円78銭まで円が売られていた。この日、米国は8億3,300万ドルを売り、日本は2,312億円の円買いに踏み切った。ドル円は136円51銭で取引を終えた(ニューヨーク連銀、財務省)。
日米が手を組んで円を買ったのは、長らくこのときが最後だった。28年後の2026年7月31日、同じことが起きた。そして9月25日の朝、片山財務相は閣議後の会見で、ニューヨークでの日米首脳会談でトランプ大統領から「円安への懸念が示されました」と明かした。週明けの市場は一つの問いを抱えている。米国が円安を問題にするとき、円はどこまで戻るのか。歴史の鏡に映してみる。
9月25日に何が語られたか
首脳会談は、国連総会に合わせて現地時間9月22日13時5分から約35分間行われた(外務省)。片山財務相は25日の会見で「官邸ともご相談の上で私から初めて申し上げますが」と前置きし、トランプ大統領から円安への懸念が示されたこと、高市首相が「一般論として、円の過小評価は問題である旨」を発言したことを明らかにした。一連の経緯は「特にサプライズということではございません」と述べ、7月31日の協調介入と8月3日の共同声明が首脳会談でも確認されたとの認識を示した(財務省の会見記録)。
同じ日の21時、片山氏はベッセント米財務長官と電話で会談し、「円の過小評価は問題であるという点を再確認」した(財務省)。ベッセント氏はその後、X(旧ツイッター)に、日本の強い経済のファンダメンタルズを反映した「強い円が望ましい」ことを話し合ったと投稿した。日本時間では25日の深夜0時前後である。
市場は反応した。ドル円は一時156円94銭まで下げ、ブルームバーグによると円の上昇率は最大1.2%と9月7日以来の大きさだった。CNBCによるとニューヨーク終値は157円26銭で、前日から約1%の円高。24日には159円04銭と9月2日以来の円安水準をつけていたから、高値から安値まで2円余り(終値ベースでは1円78銭)押し戻された計算だ。ただし週間で見れば、円は前週末の156円88銭からわずかに安く終わっている。
鏡の中の二つの場面:1985年と1998年
米国が円相場に口を出した場面は、過去に何度もある。最も有名なのは1985年9月22日のプラザ合意だろう。合意の直前、ドル円は240円前後だった。年末には200円前後まで円高が進み、1986年7月には153円台に達した(伊藤隆敏氏の論文)。日銀の月中平均で見ると、1986年9月は154円78銭。1年で80円を超える円高である。
だが、日銀の統計にはもう一つの事実が刻まれている。合意前のドル高の最後の山は、合意の7カ月前にあたる1985年2月の月中平均260円34銭だった。合意の前月の8月には、すでに237円20銭まで下がっている。プラザ合意はドル高の流れを反転させたのではなく、すでに折り返していた流れを加速させたのである。
ドル円の月中平均(1985年1月〜2026年8月)
出所:日本銀行 時系列統計データ(東京市場 ドル・円 スポット 17時時点/月中平均、系列コード FXERM07)。月中平均のため日中の高値・安値とは一致しない(1995年4月の日中安値は79円台、2026年は163円台)。2026年9月分は未公表。
今回により近いのは、冒頭の1998年のほうだ。アジア通貨危機と日本の金融危機のさなかで、円は売られ続けていた。米国は自らドルを売って円を買い、日本と並んで市場に入った。2026年7月の介入が「28年ぶり」と呼ばれるのは、日米がそろって円を買ったのがこの1998年6月以来だからである。
| 項目 | 1998年 | 2026年 | 同じか、違うか |
|---|---|---|---|
| 円安の水準 | 146円78銭(6月16日) | 163円台(7月23日)、直近は159円04銭(9月24日) | 違う。今回のほうが円安 |
| 米国の関与 | 6月17日、米国も8億3,300万ドルの円買い | 7月31日に協調介入。9月は大統領が懸念、財務長官が「強い円」 | 同じ。米国が当事者 |
| 介入後の値動き | 8月の月中平均は144円76銭で、介入のあった6月の平均(140円35銭)より円安 | 9月初めに160円前後まで戻る。9月8日の153円台は日銀の利上げ観測による別の上昇 | 同じ。介入の効果は長続きしなかった |
| 日本の金融政策 | 公定歩合0.5%の超低金利が続く | 政策金利1.25%。9月18日に利上げ | 違う。今回は円を支える方向 |
| 米国の金融政策 | 9月末から11月にかけて3度の利下げ | 9月16日に利上げ(3.75〜4.00%) | 違う。今回は日米の金利差が縮みにくい |
1998年、介入のあとに起きたこと
協調介入の効果は長続きしなかった。日銀の月中平均で追うと、次のようになる。
- 1998年6月:140円35銭。17日に日米協調介入。
- 7月:140円66銭。円は介入の日の水準から売り戻される。
- 8月:144円76銭。介入のあった6月の平均より円安になる。17日、ロシアが債務不履行に陥る。
- 9月:134円50銭。ヘッジファンドのLTCMが破綻の危機に陥り、23日にニューヨーク連銀の仲介で救済が決まる。29日、FRBが利下げに転じる。
- 10月:121円33銭。FRBは15日に臨時の利下げ。円を借りて運用する取引の巻き戻しが広がり、月中平均は8月から2カ月で23円あまり円高に振れる。
- 11〜12月:FRBは11月17日に3度目の利下げ。12月の月中平均は117円40銭まで円高が進む。
円高への転換をもたらしたのは、6月の介入ではなかった。ロシア危機とLTCMで広がったリスク回避、それに続くFRBの利下げと、積み上がっていた円売りの持ち高の崩壊である。介入は時間を稼いだが、流れを変えたのは金利と持ち高だった。
奇しくも2026年も似た形をなぞっている。7月31日の協調介入のあとの円高は長続きせず、9月初めには160円前後まで売り戻された。介入から1カ月あまりである。9月8日の153円53銭は、日銀の利上げ観測による別の上昇だった。その円高も24日には159円04銭まで失われた。ここでも円を動かしたのは介入より金利の見通しだった。
「今回は違う」を検証する
今回は違うと言える材料は、確かにある。第一に日銀の向きが逆だ。1998年の日本は超低金利と金融危機の中にいたが、2026年の日銀は9月18日に政策金利を1.25%へ引き上げ、さらなる利上げを示唆している。第二に介入の規模が桁違いだ。1998年4〜6月期の日本の介入は合計3兆470億円だったが、2026年7月30日から8月26日の介入は15兆3,993億円と月間で過去最大だった(財務省)。
だが、決定的な違いが一つ残る。1998年の秋に円高をもたらした米国の利下げが、今回はない。FRBは9月16日に政策金利を3.75〜4.00%へ引き上げたばかりで、米10年債利回りは5.16%と、日本の10年債(3.08%)を2%ポイント以上上回る。金利差という土台が崩れない限り、言葉と介入だけで流れを変えるのは難しい。15兆円を超える介入でさえ、効果は1カ月あまりで薄れた。
持ち高の面でも1998年とは違う。米商品先物取引委員会(CFTC)によると、9月22日時点で投機筋の円先物は差し引き7万1,982枚の買い越しだった。先物で見る限り、円売りが一方向に積み上がっているわけではない。1998年10月のような急激な巻き戻しの燃料は、少なくとも先物市場には大きく溜まっていない。
歴史が示す3つの教訓
- 言葉と介入は時間を稼ぐ。流れを変えるのは金利だ。1998年の協調介入の効果は2カ月ほどで消え、転換をもたらしたのはリスク回避とFRBの利下げ、持ち高の巻き戻しだった。今回、米国は利上げの側にいる。
- 転換点は、たいてい言葉より先に来ている。直前のドル高の山はプラザ合意の7カ月前だった。ここまでの2026年の円安のピークは7月で、月中平均162円45銭は1986年11月以来の円安水準だった。今回の懸念表明はその2カ月後にあたる。言葉が出たときには、相場はすでに天井をつけているのかもしれないし、そうでないかもしれない。見分ける材料は、言葉ではなく金利の動きにある。
- 米国の言葉は、米国の都合で語られる。トランプ氏は2017年1月、中国と日本を名指しし、通貨安で得をしていると批判した。2024年7月に公開された米ビジネスウィーク誌のインタビューでは、ドル高と円安・人民元安を米企業への「とてつもない重荷」と呼んだ。7月の介入のあとには「我々はいつでも日本のためにそこにいる」と語っている。円安への懸念は、米国の製造業と、11月3日に控える中間選挙の文脈で読む必要がある。
今回固有の監視点
歴史は韻を踏むが、同じ詩を繰り返すわけではない。今回に固有の日付と水準は次のとおりだ。
- 9月30日(水)19時:財務省が8月27日〜9月28日の介入実績を公表する。9月18日夜にレートチェックが報じられたあと、実際の介入があったかが分かる。
- 10月1日(木)8時50分:日銀短観。企業の想定為替レートと物価の見通しが、10月利上げの確率を動かす。
- 10月29〜30日:日銀の金融政策決定会合。利上げなら、1998年にはなかった「日本の金利」という支えが一段厚くなる。
- 11月3日:米中間選挙。米国の言葉が選挙の前後で変わるかどうか。
- 水準:上は159円04銭(9月24日)と163円台(7月の円安ピーク)、下は156円94銭(9月25日の安値)と153円53銭(9月8日)。
1998年の教訓に照らせば、円の行方を決めるのは大統領の言葉ではなく、FRBと日銀の次の一手だ。為替介入の歴史全体は為替介入の40年史に、日銀の利上げがなぜ円高につながらなかったかはこの記事に、159円手前の攻防は9月25日の番付にまとめている。
主な参照
- 片山財務大臣の閣議後記者会見(9月25日)/財務省
- 日米財務大臣電話会談(9月25日)/財務省
- 日米首脳会談(現地時間9月22日)/外務省
- ベッセント財務長官の投稿(9月25日)/時事通信(nippon.com)
- 円の値動き(9月25日)/ブルームバーグ、CNBC
- 9月初めの円安と9月8日の円高(日銀の利上げ観測)/ブルームバーグ
- 9月24日の高値159円04銭/ダイヤモンド・ザイ
- 7月31日の協調介入に関する談話(8月3日)、外国為替平衡操作の実施状況/財務省、財務省
- 過去の介入実績(1998年6月17日を含む)/財務省
- 1998年4〜6月期の為替市場報告(協調介入の時刻と水準)/ニューヨーク連銀
- プラザ合意前後のドル円/伊藤隆敏(ライス大学ベーカー研究所)
- ドル円の月中平均(1985年〜2026年8月)/日本銀行 時系列統計データ
- 米政策金利の推移(1998年の利下げ、2026年9月の利上げ)/FRB、FRB
- LTCMの救済/Federal Reserve History
- 日銀の利上げ(9月18日)/日本銀行
- 投機筋の円の持ち高(9月22日時点)/CFTC
- トランプ氏の過去の発言/フォーチュン(2017年1月)、ビジネスウィーク誌インタビュー記録(2024年7月)、アルジャジーラ(2026年8月)
データ基準日:2026年9月25日のニューヨーク市場終了時点(日本時間26日早朝)。週末の26〜27日に日米の当局者から新たな発言は確認できず、28日のアジア市場の値動きは反映していない。ドル円の月中平均は日銀の東京市場17時時点の値で、日中の高値・安値とは一致しない。2026年7月23日の163円台、9月初めの160円前後、9月8日の153円53銭は報道にもとづく。1998年と2026年の比較は本誌の分析であり、今後の相場を保証するものではない。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。
















