まず今夜のテープから。木曜のWTI原油は前日比2.5%高、1バレル=77ドル近辺で引けた。買い戻しの号砲は「イランが米国との直接交渉を否定」という一報だ。合意期待で3週間ぶりの安値まで投げられた相場が、否定のヘッドライン一本で戻る。値段はついている。だが正直、筆者はこの戻りの鈍さのほうが気になっている。
古い格言に「噂で買って、事実で売れ」とある。いまの原油はその逆回転だ。合意の噂で投げさせられ、否定で買い戻される。30年テープを見てきたが、在庫でも需要でもなく、言葉だけで9ドルの値幅が出る相場はそう多くない。今夜はこの乱高下を解剖し、筆者の張り方を書き残しておく。基準日は2026年8月6日(米国時間)である。
一週間のテープ——値幅9ドルの往復ビンタ
時系列で並べる。7月23〜24日、ホルムズ封鎖恐怖の頂点でWTIは84.67ドルを付けた。これが今回の「恐怖の値段」だ。8月2日(日)にOPECプラス主要8カ国が9月の増産を決め、3日(月)には「米イランがホルムズ開通で合意に接近」との報道が重なって4.6%安、80.8ドル前後まで売られた。
投げの本番は4日(火)だ。ベッセント米財務長官が「合意は今日か明日にも成り得る」と踏み込み、WTIは一時75.77ドルと3週間ぶりの安値。ブレントは7月13日以来となる80ドル割れまで沈んだ。そして6日(木)、イランの交渉否定で77ドル近辺へ2.5%の反発。高値から安値まで値幅およそ9ドル、率にして1割強。動かした主語はすべて「発言」だった。
この間のニュースの色も書き添えておく。週末にはトランプ大統領が「計画していた対イラン攻撃を直前で中止した」と明かし、イラン指導部を「信じがたいほど二枚舌だ」と罵りながら、それでも「海峡はまもなく開く」と言う。株式市場は合意期待で買われ、原油だけが投げられる。恐怖プレミアムの剥落とは、こういう顔をして進むものだ。
需給の解剖——言葉の下で動いているもの
交渉の現在地:恐怖プレミアムの剥落
報道を突き合わせると、絵はこうだ。ベッセント発言が示した枠組みは「タンカーはイラン側レーンから湾内に入り、オマーン側から出る」という航行回廊。カタール外務省は「複数の草案が回覧され、協議はかなり進んだ段階にある」と認めた(CNN)。5日(水)にはイラン側も「オマーンとの合意文書は起草の最終段階」と表明し、ルビオ国務長官は「前進はあるが最終決着ではない」、トランプ大統領は「海峡はまもなく再開する」と繰り返した。
ところが6日(木)、イランは「米国と直接交渉はしていない」と否定してみせた。ただ、よく読めばこれは交渉の相手方の話だ。イランが認めているのは「オマーンと一時的な安全回廊を協議している」という形式であり、海峡を開ける方向性そのものは否定していない(NBC News)。湾岸の当局者からは「金曜に合意が成る確率は五分五分」との声も漏れている。米国と直接ではなくオマーン経由——面子の立て方の問題であって、方向は「開通」だろう。
ただし、きれいごとだけでもない。イランは先月、海峡内で商船への攻撃を繰り返した当事者であり、5日にはホーシー派がサウジのタンカー攻撃を主張した。恐怖プレミアムはゼロにはならない。剥がれかけてはいるが、まだ床に落ち切ってはいない——これが現在地だ。なお、恐怖の値段が原油から剥げる一方で金が底堅いという原油安・金高の逆行は続いている。資金は供給ショックの賭けを畳み、地政学ヘッジに持ち替えている。
上から被さるOPECプラスの壁
もう一人の主役は日曜に静かに決まった。8月2日、OPECプラスの主要8カ国は9月分として日量18.8万バレルの増産を承認した。これで2023年から積んできた日量165万バレルの自主減産は完全に巻き戻り、2023年以降の減産解除は累計およそ350万バレルに達する。2022年に決めた別枠の約200万バレルは2026年末まで残るが、関係筋は年内の割当据え置きを示唆している。
つまり、ホルムズがどう転んでも9月には増産のバレルが現物に乗ってくる。合意が成れば「開いた海峡+増える供給」、流れても「恐怖の下で増える供給」。需給の分母は着実に膨らむ。戻り売りの根っこはここにある。
水準の地図
値幅を地図にしておく。上から、84.67ドルは恐怖の頂点で、決裂時に試される戻り高値候補。80ドルは心理的節目であり、月曜に投げが始まった水準でもある。79ドルは、当欄が恐怖プレミアム持続シナリオの無効化ラインと事前に引いていた線で、すでに発動済みだ。恐怖プレミアム再燃を追った回で建てた強気の理屈は、自分で決めた線の通りに畳んである。下は75.77ドルが直近安値、74ドルがレンジ下限の目安、70ドルは合意署名なら試しにいく値位置と見る。
図:水準の地図——ホルムズ合意を巡るWTIの攻防ライン
読み方:黒い線が直近2週間の経路。79ドルの旧トリガーは既に発動し、いまは80ドル(損切りライン)と74ドル(レンジ下限)の間で合意報道を待つ形だ。
日柄にも触れておく。恐怖の頂点から2週間。過熱が冷めるには浅いが、値幅では1割の調整をすでに済ませた。ここから先は値幅より日柄——ヘッドラインの空白時間に、相場がどちらへ滲んでいくかを見る局面だ。
筆者の見立て——戻りは売る
結論を先に言う。筆者は弱気だ。方針は戻り売り。75ドル台の突っ込みに飛び乗って売るのは遅い。78〜79ドルへの戻りを待って、分けて売り上がる。根拠は三つある。
- OPECプラスの増産は交渉の帰趨と無関係に9月に来る。合意でも決裂でも供給の壁は立ったままで、上値を重くし続ける。
- イランの「否定」は形式論だ。オマーン経由の回廊協議は続き、草案は回覧されている。行きつ戻りつはあっても、矢印は「開通」に向いている。
- テープが白状している。買い材料であるはずの否定報道が出ても、戻りは2.5%止まりで80ドルに届かない。悪材料に大きく、好材料に鈍い相場は下を向く。押し目買いの手が細い証拠だ。
シナリオは確率で置く。あくまで筆者の主観である。
- A:合意署名(4割)——恐怖プレミアムの完全剥落と増産が重なり、70ドル試し。署名当日は残った買い方の投げで値が飛ぶだろう。
- B:交渉漂流(4割5分)——74〜79ドルのレンジで日柄調整。ヘッドラインのたびに1〜2ドルの往復を繰り返す。
- C:決裂・攻撃再燃(1割5分)——84ドル台の再試し。売り方の踏み上げで値幅が出る、一番荒れる世界だ。
AとBを足せば85%が「下か横」。この非対称性が戻り売りの土台だ。両建てで様子を見るような器用な真似は、筆者はしない。
逆になったら——損切りの線
戻り売りが外れるのはCの世界だ。撤退条件は二つ重なったとき。第一に交渉の決裂——イランが回廊協議そのものを打ち切る、あるいは海峡で新たな商船攻撃が起きること。第二にWTIが終値で80ドルを回復すること。この二つが揃ったら理屈をこねずに買い戻す。損切りは値段で決めておくものだ。ためらえば84.67ドルへの踏み上げに巻き込まれる。ショートカバーの相場は速い。
もう一つ線を引く。決裂報道がないままでも、終値の79ドル超えが2日続いたら玉を半分に軽くする。値幅で守り、日柄でも守る。両方に線を引いておくのが、この商売で長生きするコツだ。
明日の監視リスト
| 監視項目 | 見るもの | 筆者の目線 |
|---|---|---|
| 合意署名の有無 | イラン・オマーンの署名報道。金曜成立の観測は「五分五分」 | 署名なら戻り売りを増し玉、70ドル試しを想定 |
| タンカー通航 | ホルムズ通過隻数と海上保険料率 | 通航増は剥落の実弾。保険料の急騰は逆シグナル |
| 海峡・紅海の攻撃 | イラン関連の商船攻撃、ホーシー派の追加攻撃 | 新たな攻撃+80ドル回復でCへ乗り換え |
| OPECプラス | 9月増産の実行度と次回会合の割当方針 | 据え置き追認なら供給の壁は不動、戻り売り継続 |
| 米CPI(8月12日) | 需要側の温度とドルの向き | 強い数字はドル高経由で原油の上値をさらに抑える |
明日もヘッドラインより先に値段を見る。言葉は嘘をつくが、テープは嘘をつかない。戻りが80ドルに届かないうちは、筆者は売り方に立つ。
主な参照(データ基準日:2026年8月6日・米国時間)
・Trading Economics「Oil Rises as Iran Denies US Talks」
・The National(8月3日・8月4日)
・World Oil「OPEC approves final production quota increase of 2026」
・Forbes(8月2日)
・CNN(8月4〜5日)・CNBC(8月5日)
本稿は執筆時点(2026年8月6日・米国時間)の公開情報に基づく市況メモであり、特定の売買を推奨するものではない。交渉の状況と原油価格は時間単位で急変し得る。掲載した確率と水準はすべて筆者の主観であり、売買の最終判断は各自の責任で行ってほしい。















