市場はこう信じている——日本のマネーが米国債から逃げている。米財務省の統計では、日本の米国債保有額は2026年2月末の1兆2,393億ドルから7月末の1兆1,039億ドルへ、5カ月で1,354億ドル減った。国内では新発10年国債の利回りが30年ぶりの水準まで上がり、わざわざ米国まで利回りを取りに行く理由が薄れた。米10年債利回りが2002年以来の5.31%まで上がったのは、最大の海外の買い手が手を引いたからだ。筋は通っている。
だが、本当か。今日はこの通説を尋問する。問うのは3点である。減ったのは誰の米国債か。民間の資金は本当に流出したのか。そして、利回りの計算は通説の味方なのか。
通説の陳述:最も強い形で
まず通説の側の証拠を、公平に並べておく。米財務省の対米証券投資統計(TIC)によると、日本の米国債保有額は2月末の1兆2,393億ドルが直近の山で、4月末の1兆2,099億ドルから7月末の1兆1,039億ドルまで3カ月続けて減った。7月末の水準は、表に載る2025年7月以降の13カ月で最も低い。
国内の金利は上がっている。財務省の国債金利情報で、10月5日の10年債利回りは3.085%。この系列で3.085%以上を付けたのは1996年8月27日の3.179%が最後で、それ以来の高さである。6日の10年債入札では表面利率が3.1%に引き上げられ、30年ぶりの水準になったと日本経済新聞と共同通信が報じた。一方、米財務省が公表した10月5日の米10年債利回りは5.31%で、この水準を上回るのは2002年5月14日以来ない。30年債は5.66%だった。米10年債が2002年以来の高さに達した経緯は10月1日の記事で扱った。
資金の流れにも変化がある。財務省の週次統計で、国内の主要投資家による海外の中長期債の売買は、2025年に終わる52週の合計で11兆9,724億円の買い越しだった。2026年に入ってからは9月26日までの39週で4兆3,432億円の売り越しに転じている。ここまでは通説に有利だ。
尋問1:減ったのは、誰の米国債か
TICの「日本」という数字には、民間の銀行や生命保険会社だけでなく、日本政府が持つ外貨準備も含まれる。そして2026年、日本政府は大規模な円買い・ドル売り介入を2度実施している。
証拠を見よう。財務省の外国為替平衡操作の実績によると、介入は4月30日に6兆2,787億円、5月4日に7,802億円、5月6日に4兆6,759億円で、4〜6月期の合計は11兆7,349億円だった。続いて7月30日から8月26日までの期間に15兆3,993億円。6月29日〜7月29日と8月27日〜9月28日の期間はいずれも0円である。介入でドルを売るには、手元のドル資産を現金に換える必要がある。
その痕跡は外貨準備の内訳に残っている。財務省の「外貨準備等の状況」で、外貨準備のうち証券は2月末の1兆183億5,000万ドルから7月末の9,273億3,200万ドルへ、910億ドル減った。とりわけ介入のあった5月は、4月末の1兆72億4,100万ドルから9,316億7,800万ドルへ、1カ月で756億ドル減っている。同じ5月、預金は4月末の1,621億9,700万ドルから1,622億3,500万ドルへと、ほぼ動いていない。介入の原資は預金ではなく、主に証券の売却で賄われたとみるのが自然だ。
2026年2月末→7月末の増減(億ドル)
読み方:日本の保有額が減った1,354億ドルのうち、910億ドルは同じ期間に政府の外貨準備の証券が減った額と重なる。外貨準備の証券には米国債以外も含まれ、時価の変動も入るため、完全に一致する数字ではない。出所:米財務省のTIC表5、財務省の「外貨準備等の状況」。差し引きは本誌計算。
つまり、TICで日本の保有額が減った1,354億ドルのうち、約3分の2(67%)にあたる910億ドルは、同じ期間に政府の外貨準備の証券が減った額と重なる。この説明には穴がある、という反論は可能だ。外貨準備の証券はすべてが米国債ではなく、金利上昇による値下がりも含んでいる。だから910億ドルがそのまま「政府が売った米国債」ではない。それでも、政府部門の動きを除かずに「日本マネーの流出」と呼ぶのは、証拠の読み方として粗い。
もう1つ、米財務省自身が付けている注意書きがある。TICの国別の数字は米国内のカストディアン(保管機関)などからの報告に基づき、海外で保管された米国債は実際の持ち主の国に正しく振り分けられないことがある、と明記している。同じ2月末から7月末に、英国の保有額は8,973億ドルから9,983億ドルへ1,010億ドル増えた。ロンドンを経由した保有が、どの国の投資家のものかはこの表からは分からない。
尋問2:民間の資金は、本当に流出したのか
では政府を除いた残り、つまり1,354億ドルから910億ドルを引いた444億ドルは、民間の売りなのか。ここで時価の問題が出てくる。TICの保有額は時価で測られており、金利が上がれば、何も売らなくても保有額は減る。米10年債利回りは2月27日の3.97%から7月31日の4.75%まで0.78%上がった。2月末に利率3.97%の10年債を持っていたなら、7月末までに価格は約6.2%下がった計算になる(本誌試算)。444億ドルの中には、この目減りが相当含まれているはずだ。
売買そのものを見るなら、財務省の週次統計が手がかりになる。主要な銀行、保険会社、投資信託などの報告に基づく数字で、TICの期間に対応する3月7日終了週から8月1日終了週までの22週で、海外中長期債の売買は1,746億円の買い越しだった。22週のうち11週は売り越しだが、合計すればほぼ横ばいである。民間が米国債から逃げ出した、という絵とは合わない。
公平のために言えば、この統計は米国債だけでなく海外の債券全体を対象にしている。米国債を売って欧州の債券を買えば、合計は動かない。また、年初来の4兆3,432億円の売り越しの多くは、2月までの売りと8月以降の売りで占められている。8月8日終了週から9月26日終了週までの8週では1兆5,072億円の売り越しだった。民間の側でも、2025年のような大幅な買い越しは止まった。ここは通説が正しい。
尋問3:利回りの計算は、通説の味方か
ここは通説の側が強い。為替の変動を避けたい生命保険会社などは、ドルを買うと同時に先物でドルを売る「為替ヘッジ」をかける。そのコストはおおむね日米の短期金利の差で決まる。10月5日の1年物の利回りは、米国が4.47%、日本が1.638%で、差は2.832%。これを米10年債の5.31%から引くと、ヘッジ後の利回りは約2.48%になる(1年金利差による本誌の概算で、実際のヘッジ取引のコストとは異なる)。日本の10年債の3.085%を0.6%ほど下回る。
| 比べるもの | 利回り(10月5日) | 読み方 |
|---|---|---|
| 米10年債(為替ヘッジなし) | 5.31% | ドル円が1年で154円89銭より円高になれば、日本国債に負ける |
| 日本10年債 | 3.085% | 1996年8月以来の高さ |
| 米10年債(為替ヘッジあり・概算) | 約2.48% | 日米の1年金利差2.832%を差し引いた本誌の概算 |
| 日本30年債 | 4.166% | 長期の負債を持つ生命保険会社が比べる年限 |
| 米30年債(為替ヘッジなし) | 5.66% | 米財務省のデータで2001年7月以来の高さ |
為替ヘッジをかける投資家にとって、米国債より国内債のほうが有利な状態はすでに年初から続いている。2月27日時点でもヘッジ後の米10年債は約1.51%で、日本の10年債の2.132%を下回っていた(同じ方法による本誌の概算)。国内の金利が上がるほど、この差は保険会社の資産配分を国内へ向ける力になる。生命保険会社が国債を買い増すかどうかは、長期金利3%を尋問した記事でも論点になった。
ただし、通説のもう一方の結論、「日本マネーが戻れば円高になる」は証拠と合わない。日米10年債の利回り差は6月30日の1.75%から10月5日の2.225%へ広がった。それでもドル円は、ECBの参照レートから算出した値で162.44円から158.23円へ円高に動いている。この間には8月までの円買い介入があり、金利差でも資金の帰還でもなく、政府の売りが相場を動かした局面が混ざる。
生き残った主張と、死んだ主張
| 主張 | 判定 | 根拠 |
|---|---|---|
| 日本の米国債保有額は減っている | 生存 | TICで2月末から7月末に1,354億ドル減。4月末から3カ月連続で減少 |
| 減少は日本の民間マネーの流出による | 死亡 | 同じ期間に外貨準備の証券が910億ドル減り、減少額の67%に相当する |
| 民間は米国債を売り越している | 重傷 | 3月〜7月の22週は海外中長期債を1,746億円買い越し。8月以降の8週は1兆5,072億円の売り越し |
| 2025年のような大幅な買いは止まった | 生存 | 2025年は11兆9,724億円の買い越し、2026年は39週で4兆3,432億円の売り越し |
| 為替ヘッジ後なら国内債のほうが有利 | 生存 | ヘッジ後の米10年債は約2.48%(概算)、日本10年債は3.085% |
| 資金が戻れば円高になる | 重傷 | 6月末以降の円高には介入が混ざり、民間の資金帰還の効果を切り出せない |
評決
通説は、売り手を取り違えている。
2月から7月にかけての日本の米国債保有額の減少は、主に政府の円買い介入と、金利上昇による時価の目減りで説明できる。民間の主要投資家は、その期間の合計で見れば海外債券をほとんど売っていない。本誌の評決は、「日本の民間マネーが米国債から逃げている」という通説に対して、反対側に6割5分傾く。
残りの3割5分は、通説が先を見ている部分である。為替ヘッジ後の利回りは国内債が上回り、民間の買い越しは2025年から一転して止まり、8月以降は売り越しが目立つ。流出がまだ統計に表れていないだけ、という読み方は否定できない。
実務上の注意が1つある。7月30日から8月26日の介入(15兆3,993億円)を受けて、8月末の外貨準備の証券は7月末から878億ドル減っている。次に公表されるTICの8月分では、日本の保有額がもう一度大きく減る可能性が高い。そのとき「日本が米国債を投げ売り」という見出しが出ても、中身の多くは政府の介入の後始末である。
再審条件
この評決を覆す材料を、先に挙げておく。
- 10月7日午前8時50分に財務省が公表する9月末の外貨準備。8月27日から9月28日の介入は0円だった。それでも証券が大きく減っていれば、介入以外の理由で政府が米国債を減らしていることになり、評決の前提が変わる。
- TICの8月分で、日本の減少額が878億ドルを大きく超えたら。外貨準備の証券の減少で説明できない分が膨らめば、民間の売りが本格化した証拠になる。
- 財務省の週次統計で、海外中長期債の売り越しが数週続いたら。8月以降の売り越しが一時的なものでなければ、評決は通説側へ傾く。
- 日米の短期金利の差が縮んだら。FRBの利下げなどで米国の短期金利が下がれば、ヘッジ後の米国債が国内債を再び上回り、資金が国内に戻る理由そのものが弱まる。
個人投資家にとっての接点も記しておく。外国債券の投資信託を選ぶとき、為替ヘッジありの商品は、いまの金利水準ではヘッジのコストが利回りの半分以上を削る。ヘッジの有無の選び方は為替ヘッジの記事に、日銀の利上げと円相場の関係は9月会合の「主な意見」の記事にまとめた。為替取引の基本はFX解説ページで確認できる。
主な参照
- 国別の米国債保有額(表5、2026年7月分まで)/米財務省(TIC)
- 米国債利回りの推移(2001年〜2026年)/米財務省
- 外国為替平衡操作の実施状況(日次・月次)/財務省
- 外貨準備等の状況(2026年2月末〜8月末)/財務省
- 対外及び対内証券売買契約等の状況(週次)/財務省
- 国債金利情報(過去データ)/財務省
- ユーロの参照レート(ドル円の算出元)/欧州中央銀行
- 10年国債の表面利率3.1%への引き上げ(報道)/日本経済新聞
データ基準日:2026年10月5日の終値ベース(日米の国債利回り、ドル円)。米国債利回りは米財務省が公表するイールドカーブ・レート、日本国債は財務省の国債金利情報で、いずれも取引時間中の値ではない。ドル円は欧州中央銀行の参照レート(中部欧州時間14時15分ごろ)のユーロ円とユーロドルから算出した値である。TICの国別保有額は2026年7月末分が最新で、時価ベースであり、海外で保管された分は持ち主の国に正しく振り分けられない場合がある。外貨準備の証券には米国債以外の証券も含まれる。財務省の週次統計は指定報告機関ベースで、米国債に限らず海外の中長期債全体を対象とする。ヘッジ後利回り、価格の下落率、損益分岐の為替レートは本誌の概算である。10年国債の表面利率3.1%は報道によるもので、本誌は財務省の入札結果の原文を確認できていない。評決の比率は本誌の判断であり、将来の金利や為替の水準を保証しない。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。















