評価額270万7,157円。6月11日に公開価格135ドルでスペースX(SPCX)を100株買った人の口座を、10月5日の終値171.09ドルと同日の参照レート1ドル=158円23銭で円に直すと、こうなる。買値の216万7,290円から54万円弱のプラスである。8月5日の上場来安値の時点では46万円のマイナスだった。この差を生んだのは、ほぼ2営業日の値動きだ。
スペースXの株価は10月2日に7.35%高、週明け5日に7.63%高と続伸し、2日間で15.5%上げた。5日の終値は6月18日以来の高さである。売買高は1億3,286万株と、前週の1日6,000万〜8,000万株台から膨らんだ。本稿では、この2日間に何が起き、何が起きていないのかを、円建ての口座から上流へたどっていく。
100株の口座で見る、4つの時点
同じ100株でも、どの時点で円に直すかで景色はまったく違う。下の図は、公開価格、上場来安値、急騰前日、10月5日の4つの時点で、100株の評価額を円に換算したものだ。為替は欧州中央銀行(ECB)の参照レートを使った。証券会社が実際に適用する為替や手数料、税金は含まない。
公開価格で買った100株の円建て評価額(万円)
読み方:買値216万7,290円に対し、8月5日には170万6,227円まで減り、10月5日には270万7,157円まで戻した。10月1日の値は為替を10月5日の参照レートで置いた試算。証券会社の適用レート、手数料、税金は含まない。出所:株価はYahoo!ファイナンスの日足終値、為替はECB参照レート、本誌計算。
8月5日の安値108.27ドルは、公開価格を19.8%下回る水準だった。同じ日の参照レートは157円59銭で、円建てでは買値から21.3%のマイナスになる。そこから10月5日までに株価は58.0%戻した。ただし6月中旬につけた上場来高値はまだ遠い。高値の終値はデータの提供元によって201.80ドルと211.39ドルに分かれ、5日の終値はそのどちらに対しても15〜19%低い。
為替の寄与は小さい。6月11日の160円54銭から10月5日の158円23銭へ、2円31銭の円高である。株価が26.7%上がったのに対し、円建てのリターンは24.9%にとどまる。差の1.8ポイント分が円高による目減りだ。
上流1:日曜日に届いたモルガン・スタンレーのリポート
5日の上昇の材料として米メディアが共通して挙げたのは、モルガン・スタンレーのアダム・ジョナス氏が4日(日曜日)に出したリポートである。題名は「Cheap and Getting Cheaper(割安で、さらに割安になっている)」と報じられている。投資判断は「オーバーウエート」、目標株価は300ドルで、従来の水準を据え置いた。リポートそのものは公開されておらず、本稿の記述は報道にもとづく。
報道によると、同氏の評価では、スペースXは2028年の予想EV/EBIT(企業価値を営業利益で割った倍率)で約30倍と、比較対象の大型AI銘柄の16倍を大きく上回る。それでも成長率で割り引くと0.3倍で、比較対象の中央値0.5倍より約4割安いという理屈だ。1株159ドルの時点で、宇宙事業と通信事業に約127ドル、AI事業に約32ドルの価値を割り振ったとされる。
目標の300ドルは、5日の終値から75.3%上の水準になる。一部の報道は「株価2倍の可能性」と見出しを付けたが、終値からの距離で言えば2倍には届かない。目標株価はあくまで1社のアナリストの見方であり、会社の見通しではない点も押さえておきたい。
上流2:「SI」への改名は、まだ書類になっていない
もう1つの話題が名前だ。イーロン・マスク氏は4日、X(旧ツイッター)で利用者の提案に答える形で、AI部門「SpaceXAI」(旧xAI)を「SpaceXSI」に改めると書き込んだと報じられている。「AIはもうやめだ。SIのほうがいい」という趣旨である。SIはスーパーインテリジェンス(超知能)の略で、トランプ米大統領が9月下旬に出した超知能に関する大統領令を受けた動きとされる。
ただし米証券取引委員会(SEC)の開示システムを確認すると、スペースXの臨時報告書(フォーム8-K)は8月14日付が最後で、それ以降に出ているのは役員の株式売買の届け出などにとどまる。登録上の社名は「Space Exploration Technologies Corp」、ティッカーはSPCXのままだ。改名の対象は会社ではなくAI部門であり、その改名も正式な手続きや実施日は示されていない。「スペースXが超知能企業になった」という見出しは、現時点では経営者の書き込みの段階にある。
上流3:スターシップの軌道到達は、1週間前の出来事
5日には「スターシップが本当の軌道に到達」という速報も出回ったが、これは新しいニュースではない。14回目の飛行は9月28日(協定世界時12時48分)にテキサス州のスターベースから打ち上げられ、2段目の宇宙船が打ち上げの約25分後に軌道投入の噴射を行ったと報じられている。高度は約262〜275キロメートルで、スターリンクの新型衛星「V3」26基を放出し、同日中にハワイ北方の太平洋に着水した。
この翌営業日の9月29日、株価は2.59%高にとどまった。技術的な節目を市場がその日に評価しきらず、1週間後のアナリストの後押しと重なって改めて買われた、という順番で見るのが自然だろう。株価の値幅の大半は、打ち上げの日ではなく10月2日と5日に出ている。
スペースXの終値(2026年7月1日〜10月5日)
読み方:8月5日の安値から10月5日までに58.0%戻した。スターシップが軌道に到達した9月28日の翌営業日は2.59%高にとどまり、値幅の大半は10月2日と5日に出ている。出所:Yahoo!ファイナンスの日足終値。
いちばん上流:売上高の内訳
「AIの売上高が宇宙を抜いた」という言い方も見かけるが、会社の数字で確かめておく。スペースXが8月4日に発表した4〜6月期決算では、売上高は78億1,400万ドルで前年同期比92%増だった。部門別では、スターリンクを中心とする通信が42億9,100万ドル、AIが25億6,100万ドル、ロケットなどの宇宙が9億6,200万ドルである。
| 部門 | 4〜6月期売上高 | 構成比 | 円換算(158円23銭) |
|---|---|---|---|
| 通信(スターリンクなど) | 42億9,100万ドル | 54.9% | 約6,790億円 |
| AI | 25億6,100万ドル | 32.8% | 約4,052億円 |
| 宇宙(ロケットなど) | 9億6,200万ドル | 12.3% | 約1,522億円 |
| 合計 | 78億1,400万ドル | 100% | 約1兆2,364億円 |
AIが宇宙を上回っているのは事実だが、それは4〜6月期に始まった話ではなく、最大の稼ぎ頭はなお通信である。むしろ目を向けたいのは費用の側だ。同じ四半期のAI部門は12億5,700万ドルの営業赤字で、設備投資183億6,900万ドルのうち158億2,800万ドル、86%がAIに向かった。会社全体の最終損益は5億4,100万ドルの赤字である。当サイトの初決算ルポで書いた「スターリンクの黒字でロケットとAIの赤字を養う」構図は、この3カ月で変わったわけではない。
モルガン・スタンレーの価値の割り振りに当てはめると、1株159ドルのうちAIに充てられたのは約2割にすぎない。改名の話題がAIに集まる一方で、株価の土台を支えているのは、報道されたアナリストの評価で見ても売上高の内訳で見ても、通信と宇宙の側だということになる。
口座から見た、3つのシナリオ
以下は筆者の見立てであり、確率は主観である。基準は10月5日の終値171.09ドルとする。
| シナリオ | 筆者の確率 | 条件 | 目安となる水準 |
|---|---|---|---|
| 上値追い | 30% | 7〜9月期決算でAI部門の売上高が通信に迫り、赤字幅が縮む | 6月18日の終値185.00ドルを終値で上回る |
| もみ合い | 45% | 決算待ちで材料が途切れ、2日間の上げの一部を返す | 158.96〜185.00ドル |
| 上げの帳消し | 25% | 改名が書き込みどまりと受け止められ、金利上昇でハイテク株全体が売られる | 9月下旬の水準145〜151ドルへ |
撤退線を1本だけ引くなら、10月2日の終値158.96ドルだ。2日間の上げの起点にあたる上昇の1日目の終値で、ここを終値で割り込めば、5日の上げはアナリストのリポート1本分の反応だったことになる。100株の口座なら、その時点の評価額は為替が動かなければ約251万円で、買値をなお上回る。公開価格を基準にする人にとっての本当の防衛線は、もっと下の135ドルにある。
マスク氏の資産と、私たちの100株
フォーブスは5日、マスク氏の資産が再び1兆ドルを超えたと報じた。株価が167ドル前後だった米東部時間午前10時半の時点で、前週末からの増加は306億ドルとしている。終値で見たスペースXの時価総額はおよそ2兆3,200億ドル、円にして約367兆円である。一方で、公開価格で買った個人の100株は、ここまでの値動きで54万円ほど増えた。同じ株価の動きでも、口座の大きさで受け止め方はまるで違う。
上場直後の需給についてはIPO株の需給の教科書で、7月のスターシップ再打ち上げ前の状況は深層記事で扱っている。米国の長期金利の前提は米10年債利回りの記事にまとめた。
次に口座へ届く変化
- 改名の書類 AI部門の改名が正式な開示(フォーム8-Kなど)になるか。現時点で日付は示されていない。
- スターシップ15回目の飛行 モルガン・スタンレーが次の材料として挙げたと報じられている。日程は未発表。
- 7〜9月期決算 AI部門の売上高と営業赤字、設備投資の配分が焦点。発表日は未発表。
- 米長期金利 米10年債利回りは9月末に2002年以来の水準をつけた。成長株の評価に直接響く。
主な参照
- 日足終値・売買高(2026年6月12日〜10月5日)/Yahoo!ファイナンス、stockanalysis.com
- 公開価格135ドル(目論見書、2026年6月12日提出)/SEC(フォーム424B4)
- 提出書類の一覧(8-Kの有無、登録社名)/SEC EDGAR
- 4〜6月期決算(2026年8月4日)/スペースX
- モルガン・スタンレーのリポート(2026年10月4日付)の報道/Yahoo Finance、Investopedia
- AI部門の改名に関する報道(2026年10月4日)/Fox Business
- スターシップ14回目の飛行(2026年9月28日)/Space.com
- マスク氏の資産1兆ドル(2026年10月5日)/Forbes
- ドル円の参照レート(6月11日・8月5日・10月5日)/欧州中央銀行(Frankfurter経由で取得)
データ基準日:2026年10月5日の米国市場終値(日本時間6日午前5時)。株価はすべて終値である。円換算はECB参照レート(6月11日160円54銭、8月5日157円59銭、10月5日158円23銭)によるもので、証券会社の適用レート、手数料、税金は含まない。上場来高値の終値はデータ提供元により201.80ドルと211.39ドルに分かれるため、本文では幅で示した。モルガン・スタンレーのリポートの内容、AI部門の改名に関するマスク氏の書き込み、スターシップの飛行の詳細、マスク氏の資産額は、いずれも報道にもとづくもので、本誌は原文を確認できていない。改名についてSECへの正式な開示は10月5日時点で確認できない。シナリオの確率は筆者の主観である。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の銘柄の売買を推奨するものではない。投資判断は各自の責任において行われたい。
















