7月24日金曜、テキサス州スターベース。整備塔の脇には全高120メートルの機体が再び立っている。ブースター20とシップ40——8日前、33基のラプターエンジンのうち4基が点火手順で沈黙し、史上初の「全段点火直前の自動中止」で世界を落胆させた組み合わせだ。エンジン2基を交換し、木曜は熱帯性暴風雨ベルサの雲がまた延期させた。3度目の発射ウィンドウが開くのは現地時間夕方5時45分——日本時間なら土曜25日の朝7時45分である。そしてニューヨークの取引画面では同じ金曜、この会社の株券SPCXが112ドル台、前日比5%近い下落で推移していた。上場からわずか43日。135ドルで売り出され、225ドルまで熱狂し、110ドルまで冷え切った——時価総額にして約1兆ドルが1カ月あまりで蒸発した史上最大のIPOが、今夜、空の上で審判を受ける(基準日2026年7月24日。株価は米東部時間24日13時前後の値、打ち上げ前に執筆)。
SPCX:上場43日のジェットコースター
6月の熱狂と7月の冷却。折り返し点は7月16日、発射台の上だった。
出所:各取引所・報道(2026年7月24日時点)。
第一幕:6月、世界は555億ドルの札束で答えた
物語は6月11日に始まる。スペースXはこの日、1株135ドルで5億5,556万株を売り出した。調達額750億ドル——アリババの3倍、史上最大のIPOである。応募は募集額の2倍を超え、個人投資家向けの配分は当初計画の3割から2割強へ絞られた。翌12日、初値150ドル、終値160.95ドル。その瞬間の時価総額約2.1兆ドルは、同じマスク帝国のテスラをわずかに上回った。4営業日後の6月16日には一時225.64ドル——IPO価格から67%上の空へ。だがこの熱狂には、最初から仕掛けが組み込まれていた。発行済み131.7億株のうち、市場で売買できる株はわずか6.5億株前後——5%に満たない。買いたい世界と、売れる株の極端な不均衡。品薄が作った打ち上げ花火だった。
品薄の花火は、逆回転も速い。7月中旬に整理した下落の経緯のあと、7月16日の発射台での直前中止が決定打になった。翌17日、SPCXは123.99ドルと初めてIPO価格を割り込み、下げは7営業日連続まで伸びた。テスラの決算ミス(7月22日夜)がマスク銘柄全体を引きずり、23日には上場来安値110.85ドル。ベータ値は約6——S&P500が1%動くとき、この株は6%動く計算だ。そして影の主役が空売り勢である。IPO直後に浮動株の5%程度だった空売り残は、6週間で約31%へ膨張。貸株は浮動株の半分に達し、借株コストは急騰、米国の新規上場株として史上最も空売りされた銘柄になった。彼らの含み益はすでに155億ドル。今夜の打ち上げは、この巨大なショートの山への着火試験でもある。
第二幕:株券の下にある会社——S-1が明かした素顔
熱狂と暴落の間で見落とされがちなのが、肝心の事業である。上場申請書類(S-1)が明かした2025年の売上は187億ドル、純損失49億ドル。中身は三層に分かれる。稼ぎ頭はスターリンク——売上114億ドル(前年比+48%)、営業利益44億ドルと唯一の安定黒字部門で、契約者は3月末時点で1,030万人、約9,600機の衛星が支える。打ち上げ事業は売上40億ドルだが、スターシップ開発に年30億ドル規模を投じて赤字。AI部門(旧xAI)は売上32億ドルに対し営業損失63.5億ドル——これが全社を赤字に沈め、S&P500採用(GAAP黒字が要件)を早くて2027年半ばまで閉ざしている。注目すべきはAI部門の延命装置だ。メンフィスの巨大データセンター「コロッサス」の余剰計算力を、Anthropicが月12.5億ドル・3年総額450億ドルで借りる契約がS-1に記されている。ただし契約には90日前通告での解約条項があり、AIインフラの回収可能性が問われるこの相場では、450億ドルという見出しの数字ほど堅くはない。
第三幕:今夜の空——採点表は3項目
今夜のフライト13は、意図的に軌道へ乗せない約1時間の試験飛行だ。だが市場が採点するのは3項目に絞られる。第一に、33基のラプターが全基点火するか——8日前に失敗した、まさにその瞬間の再試験。第二に、量産型スターリンクV3衛星20機の初展開——スターリンクの次世代を積む初飛行で、成功すれば通信容量の桁が変わる物語が動き出す。第三に、宇宙空間でのラプター再点火——スペースX自身が「スターシップが軌道へ行くための決定的な一歩」と呼ぶ関門で、これが通らない限りV3は軌道飛行を許されない。NASAが固唾を飲んで見ている理由もここにある。アルテミス3号は2027年に地球低軌道でスペースXとブルーオリジン両社の着陸船試験機とドッキングする計画に再編され、月面着陸は2028年のアルテミス4号へ——「準備ができた着陸船と行く」(NASA探査部門幹部)という椅子取りゲームの最中だ。競争相手ブルーオリジンは5月末にニューグレンの地上爆発事故で発射台を損傷しており、今夜の再点火が決まれば、月への椅子は再びスペースXへ傾く。
二つの結末——そして月曜の寄り付き
打ち上げは米市場の引け後にある。つまりどちらの結末も、週末を挟んだ月曜朝の窓(ギャップ)として現れる。成功の結末はこう書かれるだろう——再点火成功、V3展開成功。個人投資家の掲示板が唱える「130〜150ドル回復」説に、31%まで積み上がった空売りの買い戻しが燃料を注ぐ。借りられる株はもう2割を切っており、踏み上げの構造条件は揃っている。失敗の結末は淡々と冷たい。「発射中止のたびに、いまや財務的な代償が付く」(CFRA)。モルガン・スタンレーは今朝のレポートで「多くの投資家は100ドルを視野に入れている」と書き、HSBCは本日ホールド(目標115ドル)で調査を開始した。オプション市場には2028年12月満期・行使価格80ドルのプットが1万7,000枚積まれた形跡もある(単一ソースの観測値)。ウォール街の目標株価は115ドルから800ドルまで7倍の開き——コンセンサス(約235〜246ドル、現値のほぼ2倍)は、実は誰も合意していないことの証明である。
だが本当の崖は、今夜ではない。8月4日、上場後初の決算。その2営業日後の8月6日、約9億1,150万株——現在の浮動株の約2.4倍、時価にして1,100億ドル超——のロックアップが解除される。今夜の炎が物語を動かしても、8月6日の供給は算数を動かす。株数が3.4倍になる市場で、品薄が作った値段は品薄の論理では守れない。追加の解除条件(175.50ドルを10日中5日維持)が現値の56%上で「事実上の空文」と化していることも、今の水準の低さを物語る。物語と算数が戦うとき、短期は物語が勝ち、最後は算数が勝つ——43日間のジェットコースターが教えたのは、結局その一行である。
日付だけは決まっている
- 日本時間7月25日(土)7:45〜9:15:フライト13の発射ウィンドウ。採点は①全基点火②V3衛星20機の展開③宇宙での再点火。結果は月曜朝の窓に出る。
- 8月4日(月)引け後:上場後初の決算。スターリンクの成長率とxAIの損失縮小が焦点。ガイダンスは初提示になる可能性。
- 8月6日(水):約9.1億株のロックアップ解除。浮動株2.4倍の供給イベント。この日を境に「品薄の株」ではなくなる。
- 11〜12月:地球・火星の会合周期。無人スターシップの火星打ち上げをマスク氏が予告(本人発言ベース)。
- 2027年:アルテミス3号の軌道上試験。月着陸船の椅子取りゲームの判定年。
最後に、保有・参戦を考える読者への視点を一つだけ。この株を今夜の打ち上げで買うか売るかは「物語」への賭けであり、8月6日をどう越えるかは「算数」への備えである。ベータ6の株に、両方を同じ資金でやってはいけない。打ち上げに賭けるなら週明けの窓で消えてよい金額で、事業に賭けるならロックアップ後の需給が落ち着く水準——アナリスト弱気派が並べる100〜115ドル帯の攻防——を見てからでも、月もアルテミスも逃げはしない。
- フライト13:Space.com(ライブ)、Spaceflight Now、Wikipedia(Flight 13)
- 株価・需給:stockanalysis.com・TradingView(7/24日中)、S3 Partners・Ortex(空売り集計・報道経由)
- 事業・契約:SpaceX S-1(2026年5月20日提出)、CNBC(Anthropic契約)
- アナリスト評価・アルテミス:各社イニシエーション報道(MS・GS・HSBC・CFRA・Raymond James)、Scientific American
免責事項:本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品への投資を勧誘・推奨するものではない。本稿は打ち上げ実施前に執筆しており、結果・株価は大きく変わり得る。株価・空売り統計は2026年7月24日執筆時点の概数、目標株価は各社公表時点のもの。オプションの建玉等、単一ソースの情報はその旨を明記した。投資判断はご自身の責任で行われたい。
















