2012年3月5日、米連邦取引委員会(FTC)は、ウエスタンデジタル(WD)が日立のハードディスク駆動装置(HDD)事業を買収する条件として、パソコン向けHDDの製造資産を東芝に売り渡すよう求めた。作り手が減りすぎないよう、当局が東芝を受け皿に選んだのである。それから14年後のきょう、10月6日。今度はその東芝が、HDDの心臓部品をめぐって米シーゲイト・テクノロジーと競り合っていると伝わった。売り手はTDKで、株価は一時7.28%上げた。
何が報じられたのか
米ブルームバーグ通信は10月6日、関係者の話として、シーゲイトと東芝がTDKのHDD用磁気ヘッド事業の買収を競っていると報じた。東芝が春に交渉を始め、夏にシーゲイトがより高い価格を提示したという。買収額は最大で数十億ドル、円にして数千億円規模になる見込みとされる。ヘッドはディスクにデータを書き込み、読み出す部品だ。報道によれば、TDKはシーゲイト、東芝、WDのHDD大手3社すべてに納める唯一の独立系メーカーで、電池や受動部品、センサーなど成長分野に投資を振り向けるため売却を検討している。どの買い手でも独占禁止法上の審査が避けられない、とも伝えている。
TDKはこの報道について、株価の取引時間中に適時開示を出していない(株探の銘柄ニュースで15時40分時点に確認)。報道の段階であり、会社が売却を決めたわけではない。それでも東京市場の反応は大きかった。TDKの株価は前日比181円高(5.25%高)の3,628円で引け、13時08分には3,698円まで上げた。売買代金は1,164億円を超えた。日本経済新聞は、証券会社による投資判断の引き上げも買い材料になったと伝えている。
TDK株の10月6日の値動き(東証)
読み方:朝から高かったが、上げ幅が広がったのは報道が伝わった後場だった。高値から終値までに70円押し戻されている。出所:株探(10月6日の終値・高値・始値)。
2012年と2026年、同じ点と違う点
| 論点 | 2011〜2012年(HDD本体の再編) | 2026年(ヘッドの争奪) |
|---|---|---|
| 買われる側 | 日立のHDD事業(約43億ドル)、サムスン電子のHDD事業(13億7,500万ドル) | TDKのHDD用磁気ヘッド事業(最大で数十億ドルと報道) |
| 買い手 | WD、シーゲイト | シーゲイトと東芝が競合(報道) |
| 当局の懸念 | 完成品メーカーが減り、値上げが起きやすくなる(水平の集中) | 部品の供給元を競合の一社が握る(垂直の囲い込み) |
| 東芝の立場 | WDから3.5インチHDDの製造資産を受け取る側 | 自ら買い手として名乗りを上げる側 |
| 背景の需要 | 当局が問題視したのはパソコン向けHDD | AIデータセンター向けの大容量HDD |
当時の経緯を確かめておく。WDは2011年3月7日に日立グローバルストレージテクノロジーズの買収で合意し、2012年3月8日に完了した。対価は現金39億ドルと、約9億ドル相当のWD株2,500万株だった。欧州委員会は2011年11月23日、3.5インチHDDの生産資産の売却を条件に承認した。中国商務省は、日立側の事業を少なくとも2年間、独立した競争相手として維持することを求めた。WDの発表文によれば、東芝はこの売却で3.5インチHDDを作れるようになり、ニアライン(データセンター向けの大容量品)の生産能力も広げた。
同じ年、シーゲイトはサムスン電子のHDD事業を13億7,500万ドルで買った。半分が現金、半分が交換可能な貸付債券で、欧州委員会は2011年10月19日に承認し、取引は12月19日に完了した。こうしてHDDの完成品メーカーは、シーゲイト、WD、東芝の3社に集約された。きょう名前の挙がった3社そのものである。
その後に起きたこと
HDD業界の再編:2011年から2026年まで
読み方:2012年に資産を受け取った東芝が、2026年には部品事業の買い手として名前が挙がる。出所:WD・シーゲイトの米証券取引委員会への提出資料、FTC、日本経済新聞、ブルームバーグ。
2012年の再編で、当局は作り手の数を守ることに力を注いだ。だが部品の層では別の集中が進んでいた。シーゲイトは2025年の年次報告書で、ヘッドや記録媒体など重要と考える部品の多くを自社で設計・製造していると説明し、HDDメーカー向けの独立系の部品供給元は限られているとも書いている。その数少ない外部の供給元がTDKであり、東芝にとっては替えのきかない調達先になる。
東芝自身も姿を変えた。2023年12月20日に東京証券取引所の上場を廃止し、日本産業パートナーズ(JIP)が率いる企業連合の傘下に入っている。日本の個人投資家が今回の争奪戦に株式で関われるのは、売り手のTDKと、米国に上場するシーゲイトとWDである。東芝がHDDの生産能力を倍増させる計画とシーゲイト・WD株の反応は10月2日の記事で扱った。
TDKが手放そうとしているもの
TDK「磁気応用製品」部門の四半期売上高(億円)
読み方:部門の売上高は4四半期続けて増えた。部門にはヘッドのほかHDD用サスペンションとマグネットが含まれ、ヘッド単体の数字ではない。出所:TDKの2026年3月期決算短信と2027年3月期第1四半期決算短信。
TDKはHDD用ヘッドを単独で開示していない。ヘッドはHDD用サスペンションとマグネットとともに「磁気応用製品」部門に入っている。この部門の2026年3月期の売上高は2,629億円で、前期から17.6%増えた。全社の売上高2兆5,048億円の10.5%にあたる。利益の伸びはさらに大きく、部門利益は約34億円から約270億円へ約8倍になり、売上高に対する利益率は1.5%から10.3%へ上がった。決算短信は、ヘッドとサスペンションでICT市場向けの販売が増えたと説明している。
勢いは足もとでも続く。2026年4〜6月期の部門売上高は816億円で前年同期比49.6%増、部門利益は95億5,000万円だった。四半期ごとの売上高は4期続けて増えている。つまりTDKは、利益が戻ってきた局面でこの事業を売ろうとしていることになる。高く売れる時に売る判断とも、需要の山がいつまでも続かないとみた判断とも読める。部門の数字にはマグネットも含まれるため、ヘッド事業単体の売上高や利益はこの数字より小さい点に注意したい。
「今回は違う」は本当か
違う点は3つある。第1に、争点が水平から垂直へ移った。2012年の当局は完成品の作り手が3社から2社に減ることを恐れた。今回シーゲイトが勝てば作り手の数は変わらないが、東芝とWDは競合からヘッドを買うことになりうる。審査はこの供給の継続をどう担保するかに向かうだろう。第2に、需要の質が違う。2012年にFTCが問題にしたのはパソコン向けのHDDだった。いま買い手を動かしているのは、AIデータセンター向けの大容量品の需要である。第3に、売り手が完成品メーカーではなく部品メーカーである。
一方で、韻を踏む点もある。買い手は再編で生き残った同じ顔ぶれで、どの取引も複数の国の当局の承認を要する。2012年のWDの例では、合意から完了まで約1年かかった。今回も、仮に合意しても完了までに時間がかかる可能性は高い。
歴史が示す3つの教訓
- 当局は条件を付けて通すことが多い。2012年の2件はいずれも承認されたが、WDには資産売却と独立運営の条件が付いた。今回も「不許可」より「条件付き」を想定するほうが自然である。
- 条件の受け手が次の主役になることがある。2012年に資産を受け取った東芝は、14年後に買い手として現れた。条件の中身が、業界の勢力図を長く決める。
- 時間がかかる。合意から完了まで、WDは約1年を要した。報道の段階で値幅を取りにいく取引は、その時間に耐えられるかを考えておきたい。
今回固有の監視点
| 監視点 | いつ・どこで | 読み方 |
|---|---|---|
| TDKの公式な説明 | 適時開示、10月30日の決算発表 | 売却の検討を認めるか、売却益や資金の使い道に触れるか |
| 買い手が誰になるか | 報道、各社の発表 | シーゲイトなら供給継続の約束が焦点、東芝なら資金調達の手当てが焦点 |
| 当局の審査 | 米国、欧州、中国などの競争当局 | 2012年のような条件付き承認になるか。審査期間の長さ |
| HDD需要の持続性 | シーゲイト・WDの決算、ニアライン向けの出荷 | 需要が鈍れば、売却価格の前提も変わる |
なお、シーゲイト株は年初から223%超上昇した一方、6月18日の上場来高値からは約22%下にあるとStocktwitsは伝えている。TDK株の夜間取引(PTS)の見方はこちらの解説にまとめた。
主な参照
- 「Seagate Is Said to Battle Toshiba for TDK’s Hard-Drive Head Unit」(2026年10月6日)/ブルームバーグ、要約はInvesting.com
- TDKの株価(10月6日)と報道の伝達時刻/株探、株探ニュース
- 株価上昇の要因(2026年10月6日)/日本経済新聞
- 2026年3月期 決算短信と2027年3月期 第1四半期決算短信/TDK(通期)、TDK(第1四半期)
- 日立のHDD事業の買収完了(2012年3月8日)/WD(米証券取引委員会への提出資料)、FTCの同意命令(2012年3月5日)/FTC
- 欧州委員会の承認と合意日/WDの四半期報告書
- サムスン電子のHDD事業の買収完了(2011年12月19日)/シーゲイト(米証券取引委員会への提出資料)
- 部品の内製と独立系供給元/シーゲイト 2025年度年次報告書
- 東芝の上場廃止/日本経済新聞
- シーゲイト株の年初来騰落と高値からの下落率/Stocktwits
データ基準日:2026年10月6日の東京市場終値。買収の交渉と金額はブルームバーグが関係者の話として報じたもので、TDK、シーゲイト、東芝の公式発表ではない。TDKの適時開示は株探の銘柄ニュースで同日15時40分時点に確認した範囲で、その後に開示が出ている可能性がある。磁気応用製品部門の数字はHDD用ヘッド、HDD用サスペンション、マグネットの合計で、ヘッド事業単体の数字ではない。部門利益の倍率は本誌が決算短信の数字から計算した。日本経済新聞が伝えた投資判断の引き上げについて、本誌は証券会社名を確認できていない。シーゲイト株の騰落率はStocktwitsの報道による。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の銘柄の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。アイキャッチ画像:HDDのヘッドとディスク(Matthew Field撮影、ウィキメディア・コモンズ、CC BY-SA 3.0、トリミング)。














