市場はこう信じている——「夜間PTSで上がった銘柄は、翌朝も上がって始まる」。もう一歩踏み込んで「PTSの最後の値段が、そのまま翌日の始値になる」と考える個人投資家も少なくない。株価サイトが東証の終値の隣に「夜間PTS」と「東証終値比」を並べて表示する以上、そう読みたくなるのは自然である。
だが、本当か。今日はこの通説を尋問する。証人は2026年10月2日(金)のTDK(6762)だ。Yahoo!ファイナンスによれば、この日の東証終値は3,198円、夜間PTSの最後の約定は23時57分の3,293円で、東証終値比は95円高(+2.97%)だった。この「+2.97%」が翌営業日の何を語り、何を語らないのか。順に証拠を見ていく。
証言台に立つ通説——PTSとは何か
公平のために、通説を最も強い形で述べておく。東証が閉まった後も、決算や海外の材料は出続ける。夜間PTSはそれを最初に値段へ変える場所であり、そこで付いた値段は「市場が翌朝こう評価するはずだ」という最初の答えである。だから夜間に上がった銘柄は翌朝も高く始まる——筋は通っている。
尋問の前に、PTSが何者かを確認する。PTS(私設取引システム)は取引所ではない。金融商品取引法第2条第8項第10号が定める「電子情報処理組織を使用して」有価証券の売買を成立させる業務で、営むには同法第30条にもとづく内閣総理大臣の認可が要る。運営会社は証券会社(第一種金融商品取引業者)であり、個人は運営会社に直接口座を開けない。ふだん使っている証券会社が取引参加者になっている場合に限り、その証券会社経由で注文を出せる。
値段の決め方は「顧客注文対当方式」が中心だ。買いの指値と売りの指値が一致したところで売買が成立する。東証のような取引所になるわけではなく、JAXの取引説明書によれば、売買金額が取引所全体の一定割合(直近6カ月の1日平均で10%、個別銘柄で20%)を超えると、取引所の免許が必要になる仕組みである。
夜間に開いているPTSは2つだけ
「PTSなら夜も取引できる」というのは半分しか正しくない。各社の公表資料で確認できる取引時間は次のとおりで、夜間の取引を運営しているのはジャパンネクスト証券とJapan Alternative Market(JAX)の2社である。
| PTS | 日中(現物) | 夜間(現物) | 補足 |
|---|---|---|---|
| ジャパンネクストPTS(J-Market) | 8:20〜16:30 | 17:00〜翌6:00 | 休業日前の営業日の夜間は、休業日の6:00まで |
| JAX PTS(Japan Alternative Market) | 8:20〜16:00 | 17:00〜23:59 | 楽天グループ。2024年12月に運用開始 |
| ODX PTS(大阪デジタルエクスチェンジ) | 8:20〜16:00 | なし | 夜間取引は「現時点では行っていない」と自社で明記 |
| Cboeジャパン | — | — | 2025年8月末で日本株のPTS業務を終了 |
もう1点、利用者側の時間は運営時間と一致しない。楽天証券は夜間の受付を17時〜23時59分としている。ジャパンネクストのナイトタイム・セッションは翌朝6時まで開いているが、個人が注文を出せる時間を日付が変わるまでとしている証券会社がある。この差が、尋問2の伏線になる。
尋問1:その値段は、誰がいくら売買して付けたのか
証拠を見よう。10月2日のTDKは、東証で1,149万2,100株、金額にして約364億8,700万円が売買された。同じ日の夜間PTSの出来高は2万4,900株、売買代金は約8,123万円である。株数でも金額でも、夜間は昼間の約0.2%にすぎない。
TDK(6762)の売買代金:東証と夜間PTS(2026年10月2日)
読み方:夜間PTSの「東証終値比+2.97%」は、昼間の約0.2%の売買が最後に付けた値段である。翌朝の始値は、夜に参加しなかった注文も含めて東証の板寄せで決まる。出所:Yahoo!ファイナンス(東証の値と、ジャパンネクスト証券提供の夜間PTSの値。10月4日閲覧)。売買代金は千円単位の表示を億円に換算。
「+2.97%」という見出しの数字は、この0.2%の売買が最後に付けた1本の値段だ。夜間の始値は17時2分の3,206円、高値は23時28分の3,298円。つまり夜の間、じりじりと買い上がる注文が続いたことは確かである。だが、翌朝9時の東証に集まる売買の厚みとは桁が違う。翌朝の始値を決めるのは、夜に参加しなかった残り99%以上の注文のほうだ。
この説明には穴がある、と通説側は言うだろう。決算発表の直後などは夜間の出来高が大きく膨らむ銘柄もある、と。それは事実だ。ただし膨らんだとしても、昼間の売買に並ぶことはまれで、出来高の比率は銘柄ごとに自分で確かめるしかない。出来高を見ずに「東証終値比」だけを読むのは、証人の身元を確かめずに証言を採用するのに等しい。
尋問2:その値段は、何時までの情報を映しているのか
次に時刻を問う。TDKの最後の約定は23時57分だった。10月2日は金曜日で、ジャパンネクストの夜間取引は土曜の朝6時まで開いていたが、その後に約定は表示されていない。そして米国株の取引は、夏時間なら日本時間22時30分に始まり翌朝5時に終わる(ニューヨーク証券取引所の通常取引は米東部時間9時30分〜16時)。23時57分の値段が見ているのは、米国市場の最初の1時間半ほどにすぎない。
東証の大引けから翌朝の寄り付きまで(日本時間、米国は夏時間)
読み方:23時59分で注文を締める証券会社を使う個人にとって、夜間PTSの最後の値段は米国市場の引けを見ていない。翌朝の始値までの空白を埋めるのは、大阪の先物と米国市場の終値である。出所:ジャパンネクスト証券・Japan Alternative Marketの取引説明書、日本取引所グループ、ニューヨーク証券取引所、楽天証券。
図のとおり、夜間PTSの最後の値段から東証の寄り付きまでには9時間前後の空白がある。その間に米国株は引け、大阪取引所の日経225先物はナイト・セッション(17時〜翌6時)を終え、8時45分から日中立会を始める。指数の方向を知りたいなら、個別株のPTSより先物のほうが情報は新しく、売買も厚い。ただし、日経平均先物にはシカゴと大阪の2つの値段があり、水準が異なる点は3連休明けの寄り付きを扱った記事で見たとおりだ。
米国に預託証券(ADR)がある銘柄なら、米国市場で付いた値段も参考になる。Yahoo!ファイナンスはTDKについて米国店頭市場の値段を20.74ドルと表示していた。ただし1株あたりの換算比率と為替をそろえなければ比較できず、売買も薄いことが多い。米国企業の決算でも同じで、時間外取引の値動きが翌日の通常取引で逆を向いた例はマイクロンの決算を扱った記事に書いた。
公平のために言えば、通説が最も強いのはここだ。2024年11月5日、東証は大引けを15時から15時30分に延ばした。大引け後に開示される決算は、翌朝9時まで東証では値段にならない。その間に最初の値段を付けるのは夜間PTSしかない。材料が「東証が閉まった後に出た」場合に限れば、PTSの方向は翌朝の方向を示しやすい。ただし、ジャパンネクストは18時以降の適時開示などで売買を止めることがあると定めており、材料が大きいほど夜間に値段が付かない場合もある。
尋問3:値段の決まり方は、東証と同じか
3つ目は仕組みの違いだ。東証の始値は「板寄せ」で決まる。8時から9時までに集まった注文をまとめて突き合わせ、最も多く売買が成立する1つの値段を探す方式である。一方、PTSの顧客注文対当方式には板寄せがない。JAXの取引説明書は、東証のような気配の更新値幅もなく、売りと買いの値段が合えばすぐに約定し、注文単価の入力ミスがあっても同様だと明記している。
注文の種類も違う。PTSが受け付けるのは指値注文だけで、即時に約定しない分を取り消すIOCなどの条件を付けられるにとどまる。成行注文は出せない。ODXも「PTSでは成行注文は発注できません」と書いている。呼値の刻みは東証より細かく、ジャパンネクストのJ-Marketでは3,000円以下の多くの銘柄が0.1円刻みだ。板が薄い夜に細かい刻みで指値が並べば、少額の注文でも最後の値段は動きやすい。
なお、昼間に証券会社が使う「SOR(スマート・オーダー・ルーティング)」は、東証とPTSの気配を比べて有利な方へ注文を回す仕組みである。夜は東証が閉まっているので、比べる相手がない。夜間の注文はPTSを指定して出すことになり、楽天証券も注文画面で市場を「JAX」か「JNX」に指定するよう案内している。注文の種類の基本は注文方法の解説にまとめた。
通説側の再反論も記しておく。夜間PTSの値段は気配ではなく、実際に成立した売買の値段である。そこに嘘はない。問題は、その値段が「薄い板で」「時間を切られた情報のもとで」「別の方式で」付いたという点にある。
生き残った主張と、死んだ主張
| 主張 | 判定 | 根拠 |
|---|---|---|
| 夜間PTSは大引け後の材料を最初に値段にする | 生存 | 東証の大引けは15時30分、夜間は17時から。翌朝9時まで東証に値段は付かない |
| PTSの最後の値段が翌日の始値になる | 死亡 | 始値は東証の板寄せで決まる。TDKの夜間売買は昼間の約0.2% |
| 夜間PTSは米国市場の動きを織り込んでいる | 重傷 | 楽天証券などの夜間受付は23時59分まで。米国株は日本時間5時(夏時間)まで続く |
| 夜間に上がった銘柄は翌朝も上がる | 重傷 | 大引け後の個別材料なら方向のヒントになり得るが、地合いが夜のうちに変われば根拠を失う |
| PTSは取引所と同じルールで取引できる | 死亡 | 板寄せなし、成行なし、夜間は現物のみ、制限値幅の基準も東証の終値から別に決める |
評決
通説のうち「PTSの値段=翌日の始値」は退ける。「夜間に上がった銘柄は翌朝も上がる」は、条件付きでしか成り立たない。本誌の評決は、通説に3割、反対側に7割である。夜間PTSの値段は「大引け後に出た材料に、最初に誰かが付けた値段」として読むべきもので、翌朝の予言として読むべきではない。
TDKの翌営業日の始値がPTS価格にどこまで近づいたかは、各自で照合してほしい。ただし結果がどちらに出ても、1銘柄の1日で評決は動かさない。太陽誘電との提携を扱った記事のとおり、TDKはこの週に材料が続いていた銘柄でもある。
再審条件
- 夜間の売買代金が昼間の数割に達する銘柄が増えたら。証人の身元が厚くなれば、PTSの値段の信頼度は上がる。
- 個人が翌朝6時まで注文できる環境が広がったら。米国市場の引けまで織り込んだ値段が付けば、尋問2の論点は弱まる。
- PTSの夜間の値段と翌日の始値を、多数の銘柄で長期に比べたデータが公表されたら。方向の一致率が高ければ、評決を通説側へ戻す。
個人投資家のよくある誤解と失敗
夜間PTSは使い方を誤らなければ便利な場所だ。帰宅後に決算を読み、持ち株を少しだけ減らす、といった使い方には向いている。つまずきやすい点を表にまとめた。
| 失敗 | なぜ危険か | 対策 |
|---|---|---|
| 夜間の上昇を見て、翌朝の寄りで成行買い | 夜の値段は薄い売買で付いた1本の値段。寄りで高値づかみになりやすい | 夜間の出来高を昼間と比べ、指値の上限を決めてから出す |
| 夜間に成行のつもりで注文 | PTSは指値だけ。現在値から離れた指値は、板が薄いと一気に約定する | 板の厚みを見て、数回に分けて指値を出す |
| 翌朝6時まで売買できると思い込む | 受付時間は証券会社ごとに違い、23時59分で締める会社もある | 自分の証券会社の受付時間と、使えるPTSを確認しておく |
| 権利付最終日の夜にPTSで買う | 夜間の約定は決済日が昼間より1営業日後ろになり、権利が付かない | 配当や優待の権利取りは、権利付最終日の日中に済ませる |
| 夜間に信用取引で建てようとする | PTS信用取引は東証の立会時間内だけ。夜は現物のみ | 夜間の注文は現物の売買と割り切る |
寄り付きで値が飛ぶ銘柄を持つときの株数の決め方は、ギャップと値幅制限を扱った記事で扱った。夜間PTSの値段は、そのギャップの大きさを見積もる材料の1つとして使うのが妥当である。
夜間PTSの株価は翌日の始値になりますか?
ならない。翌日の始値は東証の寄り付きで、8時から集まった注文を板寄せで突き合わせて決まる。夜間PTSの値段は、昼間よりはるかに少ない売買で付いた参考値として扱うのがよい。
夜間に取引できるPTSはどこですか?
各社の公表資料では、ジャパンネクストPTS(夜間17時〜翌6時)とJAX PTS(夜間17時〜23時59分)の2つである。ODX PTSは夜間取引を行っておらず、Cboeジャパンは2025年8月末で日本株のPTS業務を終えた。実際に注文できる時間は証券会社ごとに異なる。
夜間PTSで成行注文は出せますか?
出せない。PTSが受け付けるのは指値注文で、IOCなどの条件を付けられるだけである。板が薄い時間帯は、現在値から離れた指値がそのまま約定することがあるので、上限・下限を決めて出す。
夜間PTSで信用取引はできますか?
できない。PTS信用取引の時間は東証の立会時間と同じ9時〜11時30分と12時30分〜15時30分に限られ、夜間は現物の売買だけになる。
参照
- 金融商品取引法 第2条第8項第10号、第28条、第30条/e-Gov法令検索
- 上場株式等私設取引システム取引説明書(2024年11月5日改定)/ジャパンネクスト証券
- PTS取引説明書(2025年6月30日)/Japan Alternative Market
- ODXのPTSの特徴/大阪デジタルエクスチェンジ、PTS取引とは?/同
- Cboeジャパン撤退の意味(2025年11月)/日本証券経済研究所
- 現物市場の取引時間の延伸が本日スタート(2024年11月5日)/日本取引所グループ、売買立会時/同、先物・オプションの立会時間/同
- Hours and Calendars/ニューヨーク証券取引所
- JAX市場の夜間取引の取扱い開始(2025年8月15日)/楽天証券
- TDK(6762)の株価・夜間PTS(2026年10月2日の値、10月4日閲覧)/Yahoo!ファイナンス
免責:本記事は情報提供を目的としたもので、特定の銘柄や取引の売買を推奨するものではない。PTSの取引時間、注文の種類、決済日などの制度は変更されることがあるため、最新の内容は各PTS運営会社、日本取引所グループ、利用する証券会社の一次情報で確認してほしい。投資の最終判断は読者自身が行ってほしい。













