9月1日の東京債券市場で、新発10年物国債の利回りが一時3%を超えた。1996年9月以来、30年ぶりの水準である。市場はこう説明している——日銀が9月に利上げする、だから金利が上がった。今日はこの通説を証言台に立たせる。結論を先に言えば、日銀は主犯ではない。前日の8月31日に締め切られた、ある書類のほうが重い。
通説の陳述:日銀の利上げ観測が3%を作った
公平のために、通説を最も強い形で述べておく。
日銀は6月15日から16日の金融政策決定会合で、政策金利を0.75%から1.00%へ引き上げた。1995年9月以来、約31年ぶりの1%台である。同じ会合で国債買い入れの減額停止も決めた。買い手が退かない代わりに、政策金利は上げていく構えだ。
次の会合は9月17日から18日。市場では追加利上げの観測が根強い。加えて8月28日、米連邦準備制度理事会のウォーシュ議長がジャクソンホールで「インフレ率は高すぎる」と述べ、9月の米利上げ確率は57%台へ上がった。米10年債利回りは4.78%。日米ともに金利が上がる局面なら、日本の長期金利が3%に届くのは自然である。
筋は通っている。だが、本当か。証拠を見よう。
尋問1:なぜ「9月1日」だったのか
日銀の9月会合は17日である。まだ半月以上ある。ウォーシュ議長の講演は8月28日で、その直後の営業日である8月31日に東京市場は開いていた。31日の10年債利回りは2.941%。3%には乗っていない。
3%を超えたのは翌9月1日である。では8月31日の引け後から9月1日にかけて、何があったか。財務省が2027年度予算の概算要求を締め切った。
一般会計の要求総額は143兆円前後。4年続けて過去最大を更新した。膨らんだ理由は二つある。第一に、これまで補正予算で手当てしてきた恒常的な施策を当初予算へ一本化した。この一本化だけで約20兆円が乗った。第二に、要求上限を設けない新しい投資枠を創設した。高市政権が掲げる「責任ある積極財政」の看板であり、この青天井の枠に10兆円を超える要求が集まった。
通説側はこう反論するだろう。概算要求は要求にすぎず、査定を経て圧縮される。毎年の恒例行事だ、と。もっともである。だが今年はひとつ違う点がある。日本経済新聞は「市場は警戒解かず」と報じ、要求のうち金額が「未定」のまま提出された項目が多いことを指摘した。上限のない枠に、金額未定の要求が並ぶ。債券市場が値付けを迫られたのは、確定した数字ではなく確定していないことそのものである。
尋問2:カーブの形は、利上げ観測だけで説明できるか
この説明には穴がある。数字を並べる。
10年国債利回り3.002%は、何でできているか
政策金利1.00%に、9月の利上げ見込み0.25%ポイントを足しても1.25%にしかならない。10年国債利回り3.002%との差は1.75%ポイント。この部分は将来の短期金利の予想では説明できず、長く貸すことへの上乗せ、すなわち期間プレミアムにあたる。利上げ観測が主因なら、まず短い年限が動く。今回動いたのは10年である。
現在の政策金利は1.00%。市場が織り込む9月利上げが実現しても1.25%である。仮に年内にもう一度あっても1.50%。ところが10年債利回りは3.002%だ。政策金利の到達点として現実的な1.25%と比べても、1.75%ポイントの開きがある。
長期金利は、将来の短期金利の予想平均に上乗せ分を足したものである。上乗せ分を専門用語で期間プレミアムと呼ぶ。長く貸すことへの上乗せだ。利上げ観測が金利を押し上げているのなら、動くのは主に予想平均のほうで、2年債のような短い年限がまず反応する。
だが8月28日の米国市場では、2年債利回りが0.128%ポイント上げたのに対し、10年債は0.058%ポイント、30年債は0.022%ポイントしか上がらなかった。利上げ観測が主因のとき、金利は短い年限から動く。日本で起きているのはその逆である。10年が3%を抜きにいった。
公平のために言えば、日本の長期金利には米金利の影響が直接及ぶ。米10年債が4.78%まで上がれば、日本の10年債も引っ張られる。この経路は否定できない。だが引っ張られるだけなら、上乗せ分は増えない。1.75%ポイントという開きの大きさは、上乗せ分が膨らんでいることを示している。
尋問3:株式市場は、どちらの説明で動いたか
債券市場の解釈は、同じ日の株式市場に痕跡を残す。9月1日の東京市場を見る。
| 銘柄 | 9月1日終値 | 前日比 | 金利上昇との関係 |
|---|---|---|---|
| 三菱UFJ(8306) | 3,700円 | +0.54% | 貸出金利の上昇で利ざやが広がる |
| 三井住友(8316) | 7,009円 | +0.49% | 同上 |
| みずほ(8411) | 8,697円 | +0.86% | 同上 |
| 東京エレクトロン(8035) | 54,980円 | −2.59% | 割引率の上昇で高PER株が売られる |
| ディスコ(6146) | 56,590円 | −2.63% | 同上 |
| アドバンテスト(6857) | 33,380円 | −0.92% | 同上 |
| TOPIX | 4,181.86 | +0.62%(9日続伸) | 銀行・内需の比重が高い |
| 日経平均 | 66,215.34 | −0.15% | 値がさの半導体株の比重が高い |
銀行が買われ、半導体が売られ、TOPIXが9日続伸した。これは金利上昇そのものへの反応であって、財政不安への反応とは言い切れない。ここは通説側に分がある。財政不安が主役なら、銀行株も国債の含み損を警戒して売られてよいはずだ。
ただし一点だけ付け加える。円は159.99円で、金利が上がったのに大きく円高へ振れていない。通常、自国の金利上昇は通貨高を招く。金利が上がっても通貨が買われないとき、市場はその金利上昇を「発行体の信用に対する上乗せ」と読んでいる可能性がある。決定的な証拠ではない。だが無視もできない。
生き残った主張と、死んだ主張
| 主張 | 判定 | 理由 |
|---|---|---|
| 日銀の9月利上げ観測が金利を押し上げた | 一部生存 | 方向としては正しい。ただし政策金利1.00%と10年3.002%の1.75%ポイント差は説明できない |
| 米金利上昇に引っ張られた | 生存 | 米10年債4.78%。連動の経路は実在する。ただし上乗せ分の拡大は説明しない |
| 3%突破は9月1日に起きた偶然である | 死亡 | 8月31日は概算要求の締切日。翌営業日に3%を抜いた順序は偶然にしては整いすぎている |
| 概算要求は査定で削られるから影響は軽い | 一部死亡 | 例年ならそのとおり。今年は上限なしの投資枠と「金額未定」の項目が並ぶ点が違う |
| 財政懸念が主因なら銀行株も売られるはず | 生存 | 実際に銀行株は買われた。この反論には答えきれていない |
| エネルギー輸入コストの上昇も効いている | 生存 | ホルムズ情勢でWTIは87ドル台。輸入インフレは金利上昇の下地になる |
評決
評決は「日銀6割、財政4割」ではない。「日銀4割、財政6割」である。
理由は三つに絞られる。第一に、タイミングが概算要求の締切と一致している。第二に、政策金利の現実的な到達点と10年金利の差が1.75%ポイントあり、利上げ観測だけでは埋まらない。第三に、金利が上がっても円が買われていない。
米財務長官のベッセント氏が日本に対し財政規律の強化と利上げの検討を促したと伝わったことも、この読みを補強する。外から見ても、問題は金融政策ではなく財政の側にあると認識されている。
ただし「日銀4割」は小さくない。9月17日から18日の会合で追加利上げがあれば、短い年限が動き、カーブ全体が押し上げられる。財政と金融の両方が同じ方向に効く月になる。
家計と投資への翻訳
誤解が多いので先に整理する。住宅ローンの変動金利は、10年国債利回りではなく短期プライムレート、つまり政策金利に連動する。今回の3%突破が直ちに変動金利を押し上げるわけではない。押し上げるのは9月の日銀会合のほうだ。一方、フラット35のような長期固定金利は10年国債利回りを土台にしている。今回動いたのは固定金利の側である。
預金と国債の関係も変わった。メガバンクの1年定期は年0.400%、普通預金は8月3日から年0.4%。これに対し個人向け国債の変動10年は、9月発行分の初回金利が年1.87%である。変動10年の金利は基準金利に0.66を掛けて決まるため、10年債利回りが3.00%で推移すれば、次回以降は年1.98%前後まで上がる計算になる。この論点は金利水準別の資産の並び方で扱った枠組みがそのまま使える。
債券ファンドを保有している場合は逆に働く。金利が上がれば既発債の価格は下がり、基準価額は目減りする。「金利上昇は債券に追い風」という理解は、これから買う人にだけ当てはまる。
再審条件
この評決を覆すデータを先に置いておく。
- 12月の予算編成で要求が大幅に圧縮された場合。143兆円が例年並みの圧縮率で削られ、それでも10年金利が3%台に留まるなら、財政要因の比重は下げるべきである
- 9月の日銀会合で追加利上げがあり、その後に長期金利が低下した場合。利上げで長期金利が下がるのは、市場が金融引き締めを財政インフレへの歯止めと評価した証拠になる。この場合は日銀の比重が上がる
- 円が160円台から明確に円高へ振れた場合。金利上昇と通貨高が同時に起きるなら、上乗せ分は信用ではなく成長期待だったことになる
- 銀行株が売られ始めた場合。国債の含み損が意識され始めたときは、市場の解釈が変わった合図である
直近の日程は明快だ。9月15日から16日に米FOMC、17日から18日に日銀会合。介入後の9月に中銀会合が二つ待つ構図に、財政の論点が加わった。8月に2.93%を「30年ぶり」と書いた時点では、まだ財政は主役ではなかった。半月で主役が入れ替わっている。
この記事で分からないこと
- 概算要求の143兆円は「前後」として報じられた見通し値であり、確定値ではない。査定後の当初予算額は12月に決まる
- 「日銀4割・財政6割」は本記事の判定であり、計測値ではない。市場参加者の内訳を直接観測する手段はない
- ベッセント財務長官の発言は報道によるもので、原文との一字一句の一致は確認していない
- 個人向け国債の次回金利は、募集時点の基準金利で決まる。1.98%前後という数値は現在の利回りが続いた場合の計算値である
主な参照
- 長期金利3%突破と背景/日本経済新聞、Investing.com
- 2027年度概算要求143兆円前後/時事通信、共同通信
- 金融政策決定会合の決定と日程/日本銀行
- 株価・国債利回り・為替(2026年9月1日)/CNBC
- 個人向け国債の金利と仕組み/財務省
データ基準日:2026年9月1日(東京市場終値および同日夕方の債券市場)。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の売買を推奨するものではない。金利・株価・為替は常に変動する。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。














