市場はこう信じている——生成AI向けの需要は戻った。証拠はディスコだ。10月6日16時、同社は7〜9月期の個別出荷額が1,239億円、前年同期比60.0%増で四半期の過去最高になったと発表した。6月に付けた上場来高値から3割近く下げた株価は、7月末の底から戻りの途中にある。60%増という数字は、その戻りに「本物」の判を押したように見える。
だが、本当か。今日はこの通説を尋問する。論点は3つある。60%という伸び率の土台、会社自身が7月に置いた目標との距離、そして10月22日の決算で株価が本当に問われる数字である。
通説の陳述:最も強い形で
公平のために、通説をいちばん強い形で書いておく。ディスコは半導体ウエハーを切る・削る・磨く装置と、その刃などの消耗品で世界的な地位を持つ。AI向けの先端半導体は、チップを薄く削って積み重ねる工程が増えるほど同社の出番が増える。だから出荷額はAI投資の温度計として読まれてきた。
今日の速報値はその温度計が高い位置にあることを示した。7〜9月期(ディスコの呼び方では2026年度第2四半期)の個別出荷額は1,239億円で、4〜6月期の1,165億円を抜いて2四半期続けて最高を更新した。会社は理由を「生成AI向けを中心に、精密加工装置、精密加工ツールともに出荷が高水準で推移した」と説明している。個別売上高も1,185億円(前年同期比38.9%増)で、上期の合計2,136億円は会社の個別予想2,011億円の106.2%に達した。
株価もこの見方に沿って動いてきた。10月6日の終値は6万5,500円(前日比2.78%高)で、この日の高値で引けた。7月30日に付けた安値4万9,400円からは32.6%戻している。日経平均も同じ日に7万円台で引けており、東京市場の値動きの中心に半導体株がいることは前日の記事でも見たとおりだ。
尋問1:60%増は「加速」の証拠か
証拠を見よう。前年同期の比較相手は、2025年7〜9月期の774億円である。この四半期は、直近10四半期の中で2番目に低い。ディスコは当時の速報で、需要は堅調だったが「前四半期に出荷が集中したことにより」前四半期比で16.7%減ったと説明していた。つまり60%増の分母は、たまたま凹んだ四半期だ。
分母を変えると景色が変わる。2年前の2024年7〜9月期の846億円と比べると、今回の1,239億円は46.5%増。2年で5割近く伸びたのだから十分に強い数字だが、1年で6割という印象とは別物である。
もっと直接に勢いを測るのは前四半期比だ。4〜6月期は前四半期比18.7%増だった。7〜9月期は6.4%増である。水準は最高でも、伸びの角度は3分の1に寝た。「60%増」を加速の証拠として読むなら、この説明には穴がある。
ディスコの個別出荷額(四半期、億円)
読み方:最新の1,239億円は過去最高だが、前年同期の774億円は凹んだ四半期だった。2年前の846億円と比べると46.5%増。前四半期比の伸びは18.7%から6.4%に縮んだ。出所:ディスコの個別売上高・出荷額の速報値(各四半期)。
通説の側の再反論も書いておく。ディスコの出荷は四半期ごとに凸凹しやすく、前四半期比の1本で勢いを決めつけるのも乱暴だ。実際、2025年1〜3月期の766億円から2026年7〜9月期の1,239億円まで、6四半期で6割を超えて増えた。直近4四半期の合計は4,286億円で、その前の4四半期(3,378億円)を26.9%上回る。凸凹をならしても、上り坂であることは否定できない。
尋問2:最高記録は「予想超え」を意味するか
ここで注意が要る。ディスコには出荷額の系列が2つある。今日の速報は親会社単体の個別の数字で、決算説明資料に載るのは子会社を含む連結の数字だ。連結のほうが大きい。7月23日の決算資料で会社が示した7〜9月期の連結出荷額の見通しは1,410億円で、「四半期として過去最高額」を見込むと書いていた。
つまり、今日の「過去最高」は会社自身が3カ月前に予告していたことである。サプライズの定義を「会社の見通しを上回ること」に置くなら、最高更新そのものはニュースではない。
では、上回ったのか。個別の1,239億円と連結の1,410億円を直接比べてはいけない。比べられるのは伸び方だ。連結の見通しは4〜6月期の実績1,359億円から3.8%増を想定していた。個別の実績は6.4%増だった。系列が違うので目安にとどまるが、単体の伸びは会社の想定した連結の伸びを上回ったことになる。
売上高のほうは、もう少しはっきり言える。上期の個別予想2,011億円から4〜6月期の実績950億円を引くと、7〜9月期に想定されていた個別売上高は約1,061億円になる。実績は1,185億円で、11.7%上回った。ディスコは装置の売上を顧客の検収時に計上するので、出荷から売上への流れ込みが想定より速かったと読める。
この尋問は、通説の側に点が入った。最高更新そのものは予告済みだったが、個別の数字で見る限り、会社の想定を下回った形跡はない。売上はむしろ上回った。
尋問3:株価が問われる数字は出荷額か
ここが本丸である。7月を思い出したい。4〜6月期の連結決算は営業利益490億円(前年同期比42.2%増)、出荷額1,359億円で過去最高と、中身は強かった。それでも7月24日の株価は前日比12.3%安の6万890円で引けた。日経新聞は「26年7〜9月純利益が市場予想下回る」と見出しを立てた。フィスコの解説によれば、7〜9月期の営業利益見通し559億円が、市場が期待していた600億円強に届かなかった。
売られた理由は出荷額ではなく、次の四半期の利益見通しだった。ディスコは2018年から業績予想を「1四半期先まで」しか出さない。だから決算の日には、終わった四半期の実績と、次の四半期の見通しが同時に出る。株価が反応するのは後者である。
10月22日に出るのは、7〜9月期の連結実績と10〜12月期の見通しだ。会社が7月に置いた7〜9月期の連結予想は、売上高1,285億円、営業利益559億円、純利益396億円。営業利益率は43.5%で、4〜6月期実績の42.9%とほぼ同じ水準を前提にしている。今日の個別売上高が想定を1割上回ったことは、実績が559億円を超える可能性を高める材料になる。だが、7月に売られたときの物差しは「600億円強」という市場の期待だった。その物差しが今どこにあるかは、公開された資料からは確認できない。
株価の位置も見ておく。終値6万5,500円は、6月23日に付けた上場来高値9万1,680円(取引時間中)を28.6%下回る。時価総額は約7兆1,083億円。高値からの戻りはまだ途中で、そのあいだに出荷額は2四半期続けて最高を更新した。数字が良くなっても株価が高値に戻らないのは、市場が出荷額より先、つまり2027年以降の設備投資の持続性を値付けしているからだと考えられる。
夜間取引の反応は小さい。株探によれば、ジャパンネクストのPTSでは22時34分時点で6万5,740円、終値比0.4%高にとどまり、出来高は6,000株だった。速報値の発表後、市場はまだ大きく動いていない。
生き残った主張と、死んだ主張
| 主張 | 判定 | 根拠 |
|---|---|---|
| AI向けの需要は高水準にある | 生存 | 個別出荷額は2四半期連続で最高。直近4四半期の合計は前の4四半期を26.9%上回る |
| 60%増は需要の加速を示す | 死亡 | 分母の774億円は凹んだ四半期。前四半期比は18.7%増から6.4%増へ鈍化 |
| 過去最高はサプライズだ | 重傷 | 会社は7月に連結出荷額の過去最高を予告済み。ただし単体の伸びは想定を上回った |
| 売上は会社の想定を上回った | 生存 | 7〜9月期の個別売上高1,185億円は、上期予想から逆算した約1,061億円を11.7%上回る |
| この数字で株価の高値回復が見えた | 保留 | 7月の急落の原因は次期の利益見通し。10月22日に出る10〜12月期の見通しが判定材料 |
評決
通説は、結論は正しく、根拠の選び方が間違っている。
AI向けの需要が高い水準にあるという結論は生き残った。出荷額は最高を更新し、売上は会社の想定を1割上回った。だが、その根拠として「60%増」を掲げるのは筋が悪い。前年の凹みが作った数字であり、前四半期比で見れば伸びは鈍っている。60%に興奮して買う人は、次の四半期に伸び率が縮んだとき、同じ物差しで失望することになる。
本誌の評決は、通説の側に6割、懐疑の側に4割である。需要の強さについては通説が勝った。だが、株価にとって決定的な10〜12月期の利益見通しはまだ出ておらず、7月の急落はまさにそこで起きた。今日の速報値は10月22日への期待を少し高めたが、答えを先取りしたわけではない。決算を2本の物差しで読む考え方は、7月の決算を扱ったこの記事にまとめてある。
再審条件
この評決を覆す材料を、先に挙げておく。
- 10月22日の連結営業利益が600億円を超えたら。7月に市場が求めた水準を実績で超えれば、懐疑の側の論拠は大きく削られる。
- 10〜12月期の連結出荷額の見通しが7〜9月期の1,410億円を明確に上回ったら。伸びの鈍化という本誌の論点が崩れ、評決は通説の側に傾く。
- 逆に、10〜12月期の見通しが横ばいか減少なら。2025年7〜9月期と同じく「前の四半期に出荷が集中した」形になり、60%増の印象はすぐに剥がれる。
- 米国の大手クラウド企業が設備投資の計画を引き下げたら。ディスコの数字は最終需要の後追いであり、上流の計画変更が先に効く。
主な参照
- 2027年3月期第2四半期 個別売上高および出荷額の速報値(2026年10月6日16時)/東京証券取引所 適時開示(TDnet)
- 4〜6月期の個別出荷額1,165億円の速報値(2026年7月6日)/東京証券取引所 適時開示(TDnet)
- 2025年度第2四半期の速報値と出荷減少の説明(2025年10月6日)/ディスコ IRライブラリー
- 2026年度第1四半期 決算説明資料(連結の実績と7〜9月期見通し、2026年7月23日)/ディスコ
- 4〜6月期決算と上期予想(2026年7月23日16時)/株探
- 7〜9月期の営業利益見通しと市場の期待(2026年7月24日10時47分)/株探(フィスコ)
- 「ディスコ株価、一時12.7%安」(2026年7月24日)/日本経済新聞
- 10月6日の株価・PTS気配(22時34分時点)・時価総額/株探
データ基準日:2026年10月6日。株価は東京証券取引所の10月6日終値(15時30分)。PTSの価格は同日22時34分(日本時間)時点の気配で、終値ではない。上場来高値9万1,680円は6月23日の取引時間中の値で、終値ベースの最高は6月22日の8万8,480円。安値4万9,400円は7月30日の取引時間中の値。出荷額と売上高の速報値は会社による監査前の概数で、確定値と異なる可能性がある。個別(単体)と連結の出荷額は別の系列であり、本文の比較は伸び率の目安にとどまる。7〜9月期に想定されていた個別売上高約1,061億円は本誌の逆算である。市場の期待値「600億円強」は7月24日時点のフィスコの記述で、現在のコンセンサスは確認できていない。評決の比率は本誌の判断である。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。















