2022年9月23日、金曜日。英国の財務相が財源の裏付けのない大型減税を打ち出すと、ロンドンの債券市場は崩れた。10年物国債(ギルト)の利回りは、前日の3.626%から3営業日後の27日には4.527%まで跳ね上がった。ポンドは26日に1ドル=1.03ドル台まで沈み、過去最安値を付けたと報じられた。翌28日、イングランド銀行(BOE)は長期国債を「必要な規模で」買い入れると発表し、市場の火を消しにかかった。
4年後のきょう、10月28日、英国はふたたび予算の日を迎える。ポンドドルは27日に1.3378ドルから1.3308ドルへ0.5%下げ(ヤフーファイナンス、日本時間28日7時42分の気配値)、予算の中身を待っている。歴史は繰り返すのか、韻を踏むだけなのか。2つの過去の予算を鏡にして、今日の予算を読む。
当時と今:同じ点と違う点
鏡は2枚ある。1枚目は2022年9月の「ミニ予算」、2枚目は2024年10月30日のリーブス財務相(当時)による予算である。どちらもギルトの利回りが上がり、ポンドが下げた。今日の予算を、この2枚と並べてみる。
| 項目 | 2022年9月(ミニ予算) | 2024年10月(リーブス予算) | 2026年10月(今回) |
|---|---|---|---|
| 予算の性格 | 財源の裏付けのない大型減税 | 増税と借り入れの拡大を同時に | 歳出抑制と小幅の増税が予想されている |
| 直前の10年債利回り | 3.626%(9月22日) | 4.291%(10月29日) | 5.315%(10月23日) |
| その後の10年債利回り | 4.527%(9月27日) | 4.553%(11月5日) | — |
| ポンドドル | 1.1265→1.0745ドル(9月22日→28日) | 1.3012→1.2856ドル(10月30日→31日) | 1.3308ドル(10月28日朝の気配値) |
| BOEの政策金利の方向 | 利上げの途中 | 利下げの途中 | 3.75%で据え置き中、11月利上げの予想も |
最も大きな違いは出発点の高さである。今回は、予算の前から10年債の利回りが5.3%台にある。2022年の危機の最中ですら4.5%台だった。奇しくも、市場はすでに「英国の財政は危うい」という前提で値を付けている。英国の会計事務所EYは10月5日の予算前の分析で、3月時点で236億ポンドあった財政ルール上の余裕(ヘッドルーム)が、金利上昇と景気減速で約110億ポンドまで縮んだとみている。
過去2回の予算の後:10年債利回りの上昇幅(bp)とポンドの変化率(%)
読み方:どちらの予算でも、先に大きく動いたのは国債の利回りで、ポンドはそれを追って下げた。単位は利回りがbp(0.01%)、ポンドが%。出所:イングランド銀行の統計データベースから本誌計算。
当時その後に起きたこと
2022年は、利回りの急騰が年金基金の担保不足を招き、BOEの介入に至った。BOEの発表によれば、長期国債の一時的な買い入れは10月14日まで続けられた。10年債の利回りは介入翌日の28日に4.116%へ下がり、ポンドはその後数カ月かけて戻していった。財務相と首相はほどなく交代している。
2024年の動きはもっと静かだった。予算当日の10年債利回りは4.370%で、前日から0.08ポイントの上昇にとどまった。ところが翌日以降にじわじわと上がり、11月5日には4.553%に達した。ポンドドルは予算の翌日に1.2856ドルへ1.2%下げている。市場はすぐには反応せず、借り入れの規模を数日かけて消化した。当時の教訓は、予算の評価が「当日の値動き」では決まらないということだった。
「今回は違う」論の検証
今回の予算は、ヒーリー財務相にとって初めての予算になる。報道によれば、同財務相は財政規律を重視した歳出抑制策を打ち出すとみられており、増税の規模は50億〜60億ポンドとの予想が出ている。銀行への上乗せ課税の引き上げが有力視されているが、いずれも報道段階で、正式な内容は発表を待つ必要がある。英国の予算演説は、通例では正午の首相質疑の後に始まる。日本時間では28日の21時台になる見込みだ。
ここで構図が逆になる。2022年と2024年は「借り入れが多すぎる」ことが売り材料だった。今回は、規律を重視するほどギルトにはよい材料になるが、景気には逆風となる。みんかぶは、多くのストラテジストがポンドドルの年末の水準を1.30〜1.31ドル付近とみており、オプション市場でも下落に賭ける取引が約3分の2を占めると伝えた。つまり、市場の警戒は「財政の崩れ」ではなく「成長の鈍化」に向いている。
もう一つの違いは物価である。英国家統計局(ONS)が10月21日に公表した9月の消費者物価は前年比3.5%で、8月の3.1%から加速した。コアは2.8%、サービスは3.7%である。政策金利は3.75%で、次の金融政策委員会の発表は11月5日だ。ロイターの調査では11月の利上げを予想する声が出ていると報じられている。利上げが続く国の通貨は、本来は支えられやすい。ポンドが対ユーロで底堅く、ユーロポンドが0.8364と52週の安値圏にあるのはそのためだ。
27日の下げは、英国固有の材料ではなかった点も押さえておきたい。同じ日にユーロドルは0.7%下げ、ドル指数は102.37と52週高値の102.95に迫った(ヤフーファイナンス)。ドル全面高の中で、ポンドはユーロよりも下げが小さかった。ユーロ側の事情はユーロドルの記事で扱った。
歴史が示す3つの教訓
- 教訓1:ポンドより先にギルトを見よ。2022年も2024年も、先に動いたのは国債の利回りで、ポンドはそれを追った。今夜も10年債と30年債の利回りが最初の判定になる。
- 教訓2:当日の値動きで評価を決めるな。2024年は予算当日の利回り上昇が0.08ポイントにすぎず、本当の売りは翌日から5営業日かけて出た。
- 教訓3:出発点が高いときは、少しの失望が大きく効く。今回の10年債は予算前で5.3%台にあり、余裕の小さい財政に市場は敏感になっている。
今回固有の監視点と見通し
テクニカルの位置も確認しておく。ヤフーファイナンスの日足終値から本誌が計算した50日移動平均は1.3401ドル、200日移動平均は1.3432ドルで、現在値は両方の下にある。下には10月14日の取引時間中の安値1.3139ドル、さらに52週安値の1.3012ドル(2025年11月5日)がある。上は26日の終値1.3378ドル、次に50日線と200日線の帯が壁になる。
ポンドドルの節目(ドル)
読み方:現在値は50日線(1.3401ドル)と200日線(1.3432ドル)の下にある。下の目安は10月安値1.3139ドル。出所:ヤフーファイナンスの日足から本誌計算。
以下は本誌の見立てで、期間は11月5日のBOEの発表までとする。予算が規律を示し、ギルトの利回りが落ち着く一方で成長見通しが下方修正され、ポンドドルが1.31〜1.34ドルで方向感を欠くシナリオを50%とみる。財政ルールの余裕の小ささが嫌気されてギルトが売られ、1.3139ドルの10月安値を試すシナリオを30%、ギルトの買い戻しとBOEの利上げ観測が重なって200日線の1.3432ドルを回復するシナリオを20%とする。本誌の撤退の線は、もみ合いシナリオについて終値1.3130ドル割れとする。今夜はFOMCの結果(日本時間29日3時)も続くため、ポンドの値動きはドル側の材料と重なることを覚えておきたい。
- 予算演説と予算責任局(OBR)の見通し(28日、日本時間21時台の見込み)。財政の余裕がいくらに修正されるかが最初の数字になる。
- ギルトの10年債・30年債の利回り。5.4%台(10年債の10月8日の高値5.429%)を上抜けたら、2024年型の「遅れて来る売り」を警戒する。
- 11月5日のBOEの決定。利上げなら物価対策を優先した形になり、ポンドの下支えになる。
予算とFOMCが同じ水曜日に重なる構図は26日の記事でも整理した。FXの基礎知識はFX解説ページで確認できる。
主な参照
- ギルトの名目利回り・ポンドドルのスポット相場(2022年・2024年・2026年10月)/イングランド銀行(統計データベース)
- 2022年9月28日の長期国債の買い入れ発表/イングランド銀行
- 政策金利と次回の発表日/イングランド銀行
- 2026年予算の日程(財務相から下院財務委員会への書簡)/英国政府
- 9月の消費者物価/英国家統計局(ONS)
- 予算前の財政見通し(2026年10月)/EY
- 予算案とポンドの見通し/みんかぶ
- ポンドドル・ユーロドル・ドル指数の日足と気配値/ヤフーファイナンス
データ基準日:2026年10月28日(日本時間7時42分)。ポンドドルの現在値は取引時間中の気配値であり、終値ではない。過去のギルト利回りとポンドドルはイングランド銀行の統計(ポンドドルはロンドン時間午後4時のスポット相場)で、取引時間中の高値・安値とは異なる。2022年9月26日の1.03ドル台の最安値は報道によるもので、集計元によって数値が異なる。今回の予算の内容(増税の規模、歳出抑制など)、予算演説の開始時刻、ヒーリー財務相の就任経緯、11月の利上げ予想は報道によるもので、正式な発表前の情報である。移動平均は本誌の計算。確率は本誌の判断であり、将来の相場を保証しない。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。














