市場はこう信じている——TSMC(台湾積体電路製造)の売上高が過去最高を更新した。AI向け半導体の需要は衰えておらず、製造装置や検査装置を納める日本の半導体株にも追い風になる、と。TSMCが10月8日に公表した7〜9月期の売上高は1兆4,942億台湾ドル。前年同期比で約51%増え、会社が7月に示した見通しの上限も上回った。
だが、本当か。同じ8日の東京市場で、東京エレクトロン(8035)は2.48%安で引けた。今日はこの通説を3つに分けて尋問する。数字は本物か、9月も記録だったのか、そして日本株にとって本当に追い風なのか。
通説の陳述:最も強い形で
まず通説の側に立ち、その主張をできるだけ強い形でまとめておく。TSMCの月次売上高は、同社の投資家向けページで公表される。7月が4,675億8,000万台湾ドル、8月が5,148億600万台湾ドル、9月が5,118億5,700万台湾ドル。3カ月を足すと1兆4,942億4,300万台湾ドルになる。4〜6月期の1兆2,703億8,000万台湾ドルと比べて17.6%の増加だ。1〜9月の累計は3兆8,987億台湾ドルで、前年同期比41.1%増えている。
これは市場予想も上回った。ロイターによると、LSEGが19人のアナリストの予想から算出したスマートエスティメートは1兆4,600億台湾ドルだった。実績はこれを2.3%上回る。TSMCは7月の決算発表で、2026年の売上高の伸びを「40%をやや上回る」に引き上げ、設備投資の計画も520億〜560億ドルから600億〜640億ドルへ引き上げたと報じられている。売上が伸び、投資も増える。装置を売る側にとっては、これ以上ない話に見える。
尋問1:会社予想を上回ったのは、台湾ドル安のおかげではないか
最初に疑うべきは為替である。TSMCは売上高の見通しを米ドル建てで出す。7月16日の発表では、7〜9月期の売上高を446億〜458億ドルと見込んでいた。前提とした為替レートは1ドル=32台湾ドルである。一方、毎月の実績は台湾ドル建てで公表される。台湾ドルが前提より安くなれば、台湾ドル建ての売上高は実力以上に膨らんで見える。
証拠を見よう。ロイターは7〜9月期の売上高を467億1,000万ドルと換算している。1兆4,942億台湾ドルを467億1,000万ドルで割ると、1ドル=約31.99台湾ドルになる。会社の前提の32台湾ドルとほぼ同じだ。つまり為替は結果をほとんど動かしていない。見通しの上限458億ドルとの差は9億1,000万ドル、率にして2.0%。中央値の452億ドルと比べれば3.3%上回る。
TSMCの7〜9月期売上高:見通し・予想・実績(億台湾ドル)
読み方:会社の見通しは米ドル建てのため、前提レート1ドル=32台湾ドルで台湾ドルに直した。実績は上限を約2%上回る。出所:TSMCの7月16日の発表(米SEC提出書類)、月次売上高、LSEG予想はロイター報道。換算は本誌。
公平のために言えば、この尋問は通説の側の勝ちである。上振れは為替の見かけではない。米ドル建てでも上限を超えている。4〜6月期の402億ドルと比べた伸び率は約16.2%で、AI向けの先端品の需要が引き続き強いという読み方は、この数字からは崩せない。
尋問2:「9月も過去最高」は本当か
次は、発表当日に広がった「9月の売上高も過去最高」という言い方である。この説明には穴がある。9月の5,118億5,700万台湾ドルは前年同月比で54.6%増えたが、前月の8月の5,148億600万台湾ドルを0.6%下回った。月次の最高は8月のままである。発表当日、海外の見出しには「9月も記録」という言い回しが並んだが、9月の数字が記録なのは「9月として」の比較であり、月次の最高ではない。
TSMCの月次売上高(2026年、億台湾ドル)
読み方:6月から8月まで階段状に増え、9月に初めて足踏みした。7〜9月の3カ月の合計が四半期の最高になる。出所:TSMC投資家向けページの月次売上高(未監査)。前月比は本誌計算。
小さな違いに見えるが、意味はある。6月から8月まで月次売上は4,426億、4,675億、5,148億台湾ドルと階段を上ってきた。それが9月に初めて足踏みした。前年比の伸び率は8月の53.3%から9月の54.6%へ高まり、加速しているように見える。だが公表された伸び率から逆算すると、前年は9月(約3,311億台湾ドル)が8月(約3,358億台湾ドル)より少なかった。比べる相手が低かった分、伸び率は高く出ている。四半期の記録は事実だ。ただ「勢いがさらに強まった」とまでは、月次の並びからは言えない。
通説の側には再反論がある。半導体の出荷は顧客の検収のタイミングで月ごとにぶれるため、0.6%の減少は誤差の範囲だ、という主張だ。これはもっともである。だからこそ判定は「死亡」ではなく「誇張」にとどめる。次の答えは10月15日に出る。TSMCは同日の台湾時間14時(日本時間15時)に決算説明会を開き、10〜12月期の見通しを示す。
尋問3:日本の半導体株にとって、本当に追い風なのか
ここが本丸である。通説の最後の一歩は、TSMCの好調がそのまま日本の装置株の好材料になるという飛躍だ。証拠を見よう。ロイターの第一報が流れたのは日本時間8日の14時39分。東京市場の取引終了は15時30分で、少なくとも50分ほどは日本株が反応できる時間があった。
結果はこうだ。東京エレクトロンの終値は1万2,190円で前日比2.48%安。日中の安値1万2,180円を付けたのは14時58分で、発表の後である。アドバンテスト(6857)は0.87%安、ディスコ(6146)は0.39%安、レーザーテック(6920)は0.19%安、SCREENホールディングス(7735)は0.03%安。主な5銘柄がそろって前日を下回った。日経平均は993円60銭安の6万9,042円11銭で取引を終えている。
日本の半導体関連株と日経平均:10月8日終値の前日比
読み方:TSMCの売上高の第一報(日本時間14時39分、ロイター)の後も、主な5銘柄はそろって前日を下回って引けた。東京エレクトロンの日中安値1万2,180円は14時58分。出所:Yahoo!ファイナンスの時系列(終値)、本誌計算。
公平のために言えば、この日の下げをTSMCのせいにすることはできない。日経平均そのものが1.42%下げた日であり、売られたのは半導体株だけではない。ここで言えるのは逆の向きのことだけだ。「過去最高」の見出しは、少なくともこの日、日本の装置株を押し上げなかった。米国預託証券(ADR)も同じで、TSMCのADRは米東部時間8日に466.10ドルで寄り付き、前日終値の472.20ドルを下回って始まった。
理由は、装置メーカーの売上を決めるものがTSMCの売上高ではないからだ。東京エレクトロンやアドバンテストが受け取るのは、TSMCが工場に投じる設備投資のほうである。売上高は過去3カ月の結果であり、設備投資は今後の計画である。7月に引き上げたと報じられた600億〜640億ドルの計画を、10月15日にさらに引き上げるのか、据え置くのか。日本株にとって効くのはそちらの数字だ。2日前に尋問したディスコの出荷額も、同じ構図で読める。
設備投資の中身も、日本株にとっては金額と同じくらい重要である。TSMCの4〜6月期のウエハー売上高では、3ナノメートルが30%、5ナノメートルが33%を占め、2ナノメートルも3%に乗った。新しい世代の量産が進むほど、工場には前工程の装置だけでなく、チップを積み重ねる先端パッケージングや、出来上がったチップを検査する装置が必要になる。ただし、その発注がいつ、どの国の工場に、どの装置メーカーへ向かうのかは、売上高の数字からは何も分からない。分かるのは、需要が強いという過去の事実だけである。
もう一点。市場は7月の時点で、すでに強い数字を織り込みにかかっていた。TSMCが4〜6月期に「満点」の決算を出した直後も、半導体株は売られた。その経緯は7月の記事にまとめた。期待が高い銘柄では、予想を上回るだけでは株価は上がらない。上回る幅が期待に届くかどうかで決まる。
生き残った主張と、死んだ主張
| 主張 | 判定 | 根拠 |
|---|---|---|
| 7〜9月期の売上高は過去最高 | 生存 | 1兆4,942億台湾ドルで四半期の最高。前年同期比約51%増、前期比17.6%増 |
| 会社の見通しと市場予想を上回った | 生存 | 米ドル換算467.1億ドルで上限458億ドルを2.0%上回る。LSEG予想も2.3%上回る |
| 上振れは台湾ドル安による見かけ | 死亡 | 換算レートは1ドル=約31.99台湾ドルで、前提の32とほぼ同じ |
| 9月の売上高も月次で過去最高 | 誇張 | 8月を0.6%下回った。「9月として」の最高で、前年比54.6%増は事実 |
| 日本の半導体株に即座の追い風 | 未証明 | 発表後も東エレは安値を付け、主要5銘柄はそろって下落。効くのは設備投資の計画 |
評決
評決を出す。「AI向け半導体の需要は強い」という通説の前半は、証拠に耐えた。為替を除いても会社の見通しの上限を超えており、ここに疑いを差し挟む余地は小さい。一方、「だから日本の半導体株に追い風だ」という後半は、今日の証拠では支えられない。本誌の判断では、通説の前半に7割、後半には3割の信頼しか置けない。
言い換えれば、TSMCの月次売上は「答え合わせ」であって「予告」ではない。日本の装置株の投資家が見るべき予告は、1週間後の決算説明会で示される設備投資の金額と、10〜12月期の売上と粗利率の見通しである。4〜6月期の粗利率は67.7%だった。7〜9月期の見通しは65〜67%で、ここが上限を超えるかどうかも、値上げの効き方を測る材料になる。
再審条件
この評決を覆す材料を、先に挙げておく。
- 10月15日にTSMCが2026年の設備投資を640億ドルより上に引き上げたら。装置メーカーの受注に直結する数字であり、「日本株に追い風」の後半は生き返る。
- 10〜12月期の売上見通しが7〜9月期の467億ドルを大きく上回ったら。9月の足踏みは一時的なものだったことになり、「勢いは衰えていない」側に評決は傾く。
- 逆に、設備投資が据え置かれ、粗利率の見通しが下がったら。売上は強くても投資は増えないという形になり、装置株にとっては今日の値動きが正しかったことになる。
- 次の月次売上(10月分)が8月の5,148億台湾ドルを上回ったら。月次の最高を更新すれば、「誇張」の判定は取り下げる。
日本の読者にとっての目安も記しておく。467億1,000万ドルを10月7日の欧州中央銀行の参照レートから求めた1ドル=158.23円で換算すると、TSMCの3カ月の売上高は約7兆3,900億円になる。韓国のサムスン電子の7〜9月期の営業利益とメモリー価格の関係はこちらの記事で扱った。メモリーとファウンドリー(受託製造)の両方で記録が出たいま、問われているのは需要の強さではなく、その先の投資がどこまで膨らむかである。
主な参照
- 月次売上高(2026年1〜9月、未監査)/TSMC 投資家向け情報
- 4〜6月期決算と7〜9月期の見通し(2026年7月16日、Form 6-K)/米証券取引委員会(SEC)
- 7〜9月期決算説明会の日程(10月15日)/TSMC 投資家向け情報
- 7〜9月期売上高の米ドル換算とLSEG予想/ロイター(Investing.com掲載)
- 2026年の設備投資計画の引き上げ(7月)/トレンドフォース
- 日本株の終値・日中の高値と安値の時刻(10月8日)/Yahoo!ファイナンス
- TSMC ADRの日足(10月7〜8日)/stockanalysis.com
- ドル円の参照レート(10月7日)/欧州中央銀行
データ基準日:2026年10月8日。日本株と日経平均は同日の終値(東京市場は15時30分に終了)。TSMC ADRの466.10ドルは米東部時間8日の始値、472.20ドルは7日の終値で、8日の終値ではない。TSMCの月次売上高は未監査の速報値で、3カ月の合計1兆4,942億4,300万台湾ドルは月次の公表値を本誌が足し合わせたもの。米ドル換算の467億1,000万ドルと、LSEGの予想1兆4,600億台湾ドルはロイターの報道による。前年同期比の約51%はロイターなどの報道による概数である。前年8月・9月の金額は、TSMCが公表した前年同月比の伸び率から本誌が逆算した概数である。設備投資の計画の引き上げは報道に基づくもので、本誌はTSMCの一次資料で金額を確認できていない。換算レート31.99台湾ドルと円換算は本誌の計算である。評決の比率は本誌の判断であり、将来の株価を保証しない。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。















