10月22日木曜の昼過ぎ、ニューヨーク。モデルナ株の値動きが急に荒くなった。メルクと共同開発しているがんワクチンの第3相試験の数字が、学会の公表時刻を待たずにネット上へ出回り始めたのである。株価は前日終値245.81ドルから一時180.80ドルまで26%下げ、終値は202.63ドル(前日比−17.57%)だった。データ自体は主要評価項目を達成していた。それでも売られた理由と、24日に控える正式発表の意味を、この2日間の動きから組み立て直す。
木曜の昼、数字が先に歩き出した
ブルームバーグの報道によれば、最初に数字が載ったのは医療ニュースサイトだった。記事はほどなく削除されたが、画面の写しがX(旧ツイッター)で広がった。米バロンズは掲載元を「オンコロジー・セントラル」と伝えている。掲載元の名前と掲載時刻は報道ベースの情報であり、会社側は確認していない。欧州臨床腫瘍学会(ESMO)は自身のXアカウントで公表規制(エンバーゴ)が破られたと説明し、データを前倒しで公開した。
その約3時間後の米東部時間14時59分、メルクとモデルナは共同リリースを出した。試験名は「INTerpath-001」。手術で腫瘍を取り切ったステージIIB〜IVの悪性黒色腫(メラノーマ)患者1,137人を2対1に割り付け、個別化がんワクチン「intismeran autogene(開発番号mRNA-4157/V940)」とメルクの免疫薬キイトルーダの併用を、キイトルーダ単独と比べた。メルクのリリースに載った主要な数字は次の通りである。
| 評価項目 | ハザード比(95%信頼区間) | リスク低下 | 2年時点の割合(併用 vs 単独) |
|---|---|---|---|
| 無再発生存期間(RFS、主要評価項目) | 0.58(0.45〜0.75) | 42% | 82.2% vs 70.0% |
| 遠隔転移のない生存期間(DMFS) | 0.62(0.45〜0.85) | 38% | 88.5% vs 80.2% |
| RFS・投与開始から6カ月以内 | 0.99(0.66〜1.49) | 差なし | ― |
| RFS・6カ月以降(事前設定の感度分析) | 0.42(0.30〜0.58) | 58% | ― |
| グレード3〜5の治療関連有害事象 | ― | ― | 14.2% vs 13.4% |
試験の責任医師を務めるメラノーマ・インスティテュート・オーストラリアのジョージナ・ロング教授は、リリースのなかで「切除後のメラノーマを治療する、根本的に新しく個別化された方法」を支持する結果だと述べた。モデルナのステファン・バンセルCEOも「mRNAががん治療を根本から変えうるという確信を強めた」とコメントしている。それでも株価は戻らなかった。
巻き戻し:62ドルの株が、9週間で4倍になるまで
この下げの大きさは、その前の上げの大きさを知らないと読めない。時計を8月18日に戻す。この日のモデルナの終値は62.96ドルだった。翌19日の米東部時間6時45分、両社は同じ試験が中間解析で主要評価項目と重要な副次評価項目を達成したと発表した。数字は伏せたまま「mRNAによるがん治療で初めて成功した第3相試験」と位置づけた。株価はその日のうちに174.38ドルまで上がり、上昇率は177.0%に達した。売買高は1億9,900万株を超え、前日の約46倍だった。その日の詳細はモデルナが1日で2.2倍になった日の記事に、翌日の25%安は目標株価が前日終値を下回った経緯にまとめてある。
モデルナの終値(2026年7月31日〜10月22日、ドル)
読み方:8月19日の中間解析発表で株価は1日で2.8倍になり、10月21日の終値245.81ドルが過去52週の最高値となった。翌22日、数字の流出と正式発表で17.57%下げた。週末値を中心に抜粋。出所:ナスダックの日足終値。
9月以降の上げは、数字の中身を待つ期待で積み上がった。9月21日にモデルナがESMOでの最新データ発表を告知した日、株価は154.04ドルから172.94ドルへ12%上がり、9月下旬には200ドル前後に達した。10月21日には終値245.81ドル、日中高値254.48ドルをつけ、ともに過去52週の最高値になった。2025年末の終値29.49ドルから見ると、木曜の急落後の終値でもなお587%高い。空売りの株数も8月14日時点の5,280万株から9月30日時点の3,086万株へ減っていた(ナスダック公表値)。売り方が手を引き、買い方だけが残った状態で、数字の発表日を迎えたことになる。
流出から正式発表まで(2026年10月22〜24日、米東部時間)
読み方:数字が出回ってから会社の発表まで約3時間、正式な学会発表まではさらに2日ある。株価が反応できるのは26日月曜の取引から。出所:メルク・モデルナ共同リリース、モデルナ(9月21日)、ブルームバーグ、ナスダック。
強気派と慎重派、それぞれが同じ表を読んだ
専門誌バイオファーマ・ダイブの集計によれば、市場の期待は再発・死亡リスクの40〜50%低下だった。モデルナ自身は35%の低下を「臨床的に意味がある」水準としてきた。結果は42%で、期待の幅の下の方に入る。ここで読み方が二つに割れた。
強気の側に立ったのは、TDコーエンのタイラー・バン・ビューレン氏である。同誌によれば、同氏は効果を「非常に説得力がある」と評価した。ただし、遠隔転移のハザード比0.62は「高まっていた期待を下回った」とも書いている。同氏は発表前日の21日に目標株価を40ドルから90ドルへ引き上げたばかりで、判断は「ホールド」のままだった。90ドルは木曜の終値の半分に満たない。
慎重な側の声はもっと率直だった。RBCのトゥン・フイン氏は結果を期待の「下限」とし、第2相の結果から「悪化」したと指摘した。承認の可能性は高いが「商業的な成功ははるかに不確か」だという。ウィリアム・ブレアのマイルズ・ミンター氏は「材料出尽くしの反応が起きている」と書いた。米ヤフー・ファイナンスに転載された記事によれば、シティは患者ごとに腫瘍を採取してワクチンを作る手間に見合う効果かを問い、一部の投資家は「完治の物語」とほかの固形がんへの横展開まで株価に織り込んでいたと指摘した。シティの判断は「売り」、目標株価は80ドルである。バーンスタインも結果を「強い」と認めつつ、「材料出尽くしのイベント」と位置づけた。いずれもアナリストのリポートを報じた二次情報であり、原文は確認できていない。
二つの「49%」を混同しない。第2相試験(KEYNOTE-942)の5年データでは、再発・死亡リスクの低下が49%と報じられた(2026年の米臨床腫瘍学会)。今回の第3相でも、修正ITT集団の感度分析でハザード比0.51、つまり49%低下が出ている。数字は同じだが、集団も追跡期間も違う。主要評価項目の答えは、あくまでITT集団の42%である。
最初の6カ月が、物語の中心になった
数字の読み手が最も時間をかけたのは、表の3行目である。投与開始から6カ月の間、併用群と単独群の再発リスクはほぼ同じだった(ハザード比0.99)。差が開くのは6カ月を過ぎてからで、その後に限ると再発・死亡リスクは58%下がる。
個別化ワクチンは、患者の腫瘍の遺伝子を調べてから製造する。効き始めるまでに時間がかかる仕組みと、この推移は矛盾しない。強気派はここに「時間がたつほど差が開く薬」の姿を見る。慎重派は、早い時期に再発する患者を救えないこと、そして製造の手間と価格に見合うかという問いを見る。同じ0.99という数字が、二つの物語の両方を支えている。
相場の地合いも重なった。同じ22日、ナスダック総合指数は2.60%安の26,008.86で引けた。メタ・プラットフォームズの急落をきっかけに、人工知能(AI)関連株が売られた日である。高く買われていた銘柄から資金が引き揚げられる流れのなかで、モデルナの急落が起きた。下げのすべてをデータのせいにすることはできない。メルクも日中に一時2.8%高の154.02ドルまで上げたあと、終値は1.76%安の147.24ドルで引けた。共同開発の相手も、同じ午後に上げ幅をすべて失ったことになる。
金曜の朝、売りはまだ止まっていない
23日金曜の取引でも売りは続いた。モデルナは寄り付き後に一時183.00ドルまで下げ、米東部時間9時54分には前日比−2.67%の197.22ドルで取引された(取引時間中の値)。木曜の終値ベースでは、1日で時価総額のおよそ170億ドルが消えた計算になる。ロイターは木曜の日中に約240億ドルが失われたと報じており、これは安値圏での計算である。メルクは−1.89%、独ビオンテックは−0.81%だった(いずれも同時刻、取引時間中)。
モデルナ株の節目(ドル)
読み方:23日の株価(米東部時間9時54分、取引時間中)は、22日の終値と安値の間にある。9月21日の終値172.94ドルは、ESMOでの発表告知が株価に乗る前の水準である。出所:ナスダック。
同じ頃、東京では週末の取引がすでに終わっていた。日本の投資家にとってこの話は対岸の火事ではない。米国の個別株やバイオ関連の投資信託を通じてモデルナを保有している個人は少なくない。そして、この先の数日には日付の決まった出来事が三つある。
エピローグ:マドリードの土曜日
舞台は24日土曜のマドリードに移る。ESMO 2026の会長シンポジウムで、ロング教授が最新データ(演題番号LBA1)を発表する。開始は現地時間16時30分、米東部時間10時30分、日本時間23時30分である。モデルナは同日の米東部時間13時(日本時間25日2時)から投資家向けの説明会を開く。米国市場が閉まっている週末の発表であり、反応が株価に表れるのは26日月曜の取引からになる。
学会の場で新しく出てくる可能性があるのは、生存期間の傾向をもう少し細かく示すデータや、サブグループの内訳である。木曜の売りは「第2相より効果が小さい」という読みに支えられていた。この読みを覆す材料が出るか。それとも「6カ月の空白」の説明に終わるか。月曜の寄り付きが最初の答えになる。
その先には11月6日金曜、米東部時間8時(日本時間22時)の7〜9月期決算がある。会社の告知による日程だ。ナスダックが集計する1株損益の市場予想はマイナス1.10ドルで、前年同期のマイナス0.51ドルより赤字が大きい。主力の新型コロナワクチンの売り上げが細るなか、会社はがん領域に将来を賭けている。承認申請の時期について、両社は「規制当局と協議中」とだけ述べ、日付は示していない。肺がんを対象にした三つの第3相試験も続いている。
8月19日に177%上がった株は、10月22日に17.57%下がった。上げた日も下げた日も、試験は「成功」だった。違ったのは、数字が出る前にどれだけの期待が値段に乗っていたかである。土曜のマドリードで語られる詳細と、月曜の売買がその答え合わせになる。米国株全体の流れは22日の米国株寄り付き1時間の記事でも追っている。
主な参照
- 第3相試験INTerpath-001の結果(2026年10月22日14時59分=米東部時間)/メルク・モデルナ共同リリース
- 中間解析のトップライン(2026年8月19日)/メルク
- ESMOでの発表日程(演題LBA1、10月24日)と投資家説明会/モデルナ(2026年9月21日)
- 7〜9月期決算の発表日(11月6日)/モデルナ
- データ流出の経緯と株価反応/ブルームバーグ(ヤフー・ファイナンス転載、10月22日)
- 市場の期待値とアナリストの見方(TDコーエン、RBC、ウィリアム・ブレア)/バイオファーマ・ダイブ
- シティ、バーンスタインの見方/ヤフー・ファイナンス(10月23日)
- TDコーエンの目標株価引き上げ(10月21日)/インベスティング・ドットコム
- 株価・売買高・空売り残高・市場予想/ナスダック
データ基準日:2026年10月23日(米東部時間9時54分)。23日の株価は取引時間中の値であり、終値ではない。それ以外の株価は各日の終値(米東部時間16時)で、ナスダックの公表値にもとづく。データ流出の掲載元と時刻は報道にもとづくもので、会社側は確認していない。アナリストの見解はリポート原文ではなく、報道による引用である。時価総額の減少額は発行済み株式数約3億9,900万株からの概算で、ロイターの約240億ドルは日中安値圏の水準と推定される。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の銘柄の売買を推奨するものではない。投資判断は各自の責任において行われたい。
















