10月9日金曜、東京。気象庁が「エルニーニョ監視速報」の第409号を公表した。いつもは淡々とした月例の文書だが、この号の要約には見慣れない言葉が並んでいた。春に始まったエルニーニョ現象は「9月に入り過去最大の強さとなっている」。監視海域の海面水温は平年より4.0度高く、1949年以降で最も高かった1997年12月の3.6度を上回った。そして冬にかけて過去最大の強さが続く見込みを「100%」とした。
その2週間後、商品市場ではこの数字が値札に変わり始めている。ニューヨークの粗糖先物は10月15日に1ポンド21.13セントと過去1年の最高値で引け、シカゴのコメ先物は10月22日に過去1年の高値を更新した。だが同じ期間に小麦は1割以上値を下げている。観測史上最強のエルニーニョは、すべての農産物を押し上げているわけではない。押し上げているのは、アジアの畑で育つものだ。
ワシントンの予報官が付けた「83%」
気象庁の発表の前日、10月8日。米海洋大気局(NOAA)の気候予測センターは、月例の診断文書で同じ海を別の物差しで測っていた。太平洋の赤道域、ニーニョ3.4と呼ばれる海域の海面水温は平年より2.1度高い。予報官たちは、強い、あるいは非常に強いエルニーニョが2027年1〜3月まで続く確率を「83%超」とした。
文書にはもう一つ、異例の数字があった。1950年以降で最も強い、いわば歴史的な規模に達する確率である。9〜11月の平均で54%、10〜12月で83%、11〜1月で70%。言い換えれば、この冬の海は、1997年や2015年の「スーパーエルニーニョ」として記憶される年をも上回る公算が大きい。
エルニーニョが強まると、太平洋の西側、つまりインドネシアやオーストラリア東部、インドなどでは雨が減りやすい。逆に南米の一部では雨が増える。海の温度は、遠く離れた畑の雨量を通じて、食料の値段に届く。
ローマの統計が先に気づいていた
時計を少し巻き戻す。10月2日、ローマに本部を置く国連食糧農業機関(FAO)は9月の世界食料価格指数を136.0と発表した。前月から1.5%、前年同月から5.8%の上昇である。目を引いたのは砂糖だった。砂糖の価格指数は114.0と前月比6.1%上がり、3カ月続けて上昇して2025年4月以来の高さになった。
FAOは理由をいくつも挙げている。欧州のてん菜の不作、タイの減産見通し、そしてインドの作柄への懸念である。インドについてFAOは、平年を下回る降雨と「強まるエルニーニョの状況」を名指しした。植物油の価格指数も198.6と前年同月比18.3%高く、FAOはパーム油の価格が4カ月続けて上がったことを主因に挙げている。パーム油の主産地はインドネシアとマレーシアである。
エルニーニョと商品市場、この3週間
読み方:気象の公表が先に出て、先物の値上がりが後を追った。出所:国連食糧農業機関、米海洋大気局、気象庁、Yahoo Finance(先物終値)。
アジアの畑から上がった値段
その後の3週間で、先物市場は気象の数字に追いついてきた。ニューヨークの粗糖先物は9月23日の17.75セントから10月22日には20.13セントへ13.4%上がった。途中の10月15日には21.13セントで引け、過去1年の最高値を付けている。アラビカ種のコーヒー豆先物も同じ期間に275.90セントから312.45セントへ13.2%上がった。コーヒーの主産地には、エルニーニョの年に乾燥しやすいインドネシアやベトナムが含まれる。
コメも動いた。シカゴ商品取引所の粗米先物は10月22日に100ポンドあたり17.455ドルで引け、過去1年の高値を付けた。2025年12月17日の安値9.38ドルから、ほぼ倍になった計算である。ただしこれは米国産米の先物で、その上昇をエルニーニョだけで説明できる材料はない。アジアについては、ロイター通信が10月19日の分析記事で、雨期の遅れの予報を受けてインドネシアのコメ価格が過去最高を付け、アジアの主要輸出国のコメ価格も今年に入って10〜13%上がったと伝えている。同じ記事は、インドの砂糖も10年あまりで最も弱いモンスーンを受けて最高値にあるとし、輸出規制の可能性に触れた。
主な農産物先物の騰落率(9月23日→10月22日の終値)
読み方:アジアの雨に頼る砂糖とコーヒーが2ケタ上昇した一方、小麦は2ケタ下落した。粗米は米国産米の先物である。出所:Yahoo Financeの期近物終値から本誌計算。
上がらなかった作物
物語には反対側の登場人物もいる。シカゴの小麦先物は9月23日の708.50セントから10月22日には624.75セントへ11.8%下がった。FAOの9月の統計では小麦は上昇していたが、FAO自身はその理由を黒海沿岸や北米の乾燥に求めており、エルニーニョは挙げていない。ニューヨークのカカオ先物も同じ期間はほぼ横ばいで、10月22日は1日で4.5%下げた。
この対比が、今回のエルニーニョの性格を語っている。値段が上がっているのは、インド、タイ、インドネシアといったアジアの雨に頼る作物である。北半球の穀倉地帯の小麦は、別の筋書きで動いている。「エルニーニョで食料がすべて値上がりする」という単純な話ではない。
日本の台所に届くまで
日本は砂糖の原料、食用油の原料、コーヒー豆の多くを輸入に頼っている。ここから先は本誌の見方である。先物の値上がりが小売価格に届くまでには、在庫や契約の期間を通じて数カ月の時間差があるのが普通だ。今回の上昇が年明け以降の値上げの材料になる可能性はあるが、その幅は円相場にも左右される。ドル円は10月23日に一時156円台と1カ月ぶりの円高水準を付けたが、円がこのまま強くなれば、ドル建ての値上がりは一部が打ち消される。
もう一つの経路はエネルギーである。米国の天然ガス業界の専門紙NGIは、エルニーニョのもとで米国の11月が例外的に暖かくなるとの予報を伝えている。暖冬なら暖房の燃料の需要は減る。日本の冬の天候について気象庁は、9月の時点ではエルニーニョの影響ははっきり出ていないとし、最新の季節予報を参照するよう求めている。米国の天然ガスとアジアのLNGの価格差は、天然ガスの解説記事で扱った。物価全体の動きは全国消費者物価の記事にある。
エピローグ——次の日付
物語はまだ途中である。11月6日、FAOが10月の世界食料価格指数を公表する。砂糖と植物油が4カ月目の上昇を記録するかが最初の答え合わせになる。11月12日には、NOAAが次の診断文書を出す。10〜12月に歴史的な規模に達する確率83%が、どう書き換えられるか。気象庁も例月どおりなら11月上旬に次の監視速報を出す。
1997年の冬、記録的なエルニーニョはインドネシアに深刻な干ばつと大規模な森林火災をもたらした。その記録が、29年ぶりに塗り替えられた。海が先に動き、統計が気づき、値段が追いかける。日本の台所がこの物語の最後の場面に登場するかどうかは、これから数カ月の雨と円が決める。
主な参照
- エルニーニョ監視速報No.409(2026年10月9日)/気象庁
- ENSO Diagnostic Discussion(2026年10月8日)/米海洋大気局 気候予測センター
- 世界食料価格指数(2026年9月分、10月2日公表)/国連食糧農業機関
- 粗糖・コーヒー・粗米・小麦・カカオの先物終値/Yahoo Finance
- インドネシアのコメ、インドの砂糖の価格と輸出規制の懸念(ロイター通信の分析記事、10月19日)/ロイター通信(転載)
- 米国の11月の暖冬予報/NGI
データ基準日:先物価格は2026年10月22日(米国時間)の終値。先物は期近物の連続データで、限月の乗り換えにより値が飛ぶことがある。気象庁とNOAAは監視する海域と基準が異なり、数値を直接比べることはできない。インドネシアのコメとインドの砂糖の価格はロイター通信の報道にもとづくもので、本誌は一次統計で確認していない。米国産の粗米先物の上昇とエルニーニョの関係を示す一次情報はない。日本の小売価格への波及に関する記述は本誌の見方であり、将来の価格を保証しない。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の商品や銘柄の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。アイキャッチ画像:B.navez/Wikimedia Commons(CC BY-SA)。














