米国の天然ガスはなぜ、アジアのLNG(液化天然ガス)の10分の1の値段で取引されているのか。そして米国で安くなっているのに、なぜ東京の電気代は過去最高を更新するのか。答えは「井戸の水」と「船で運ぶ水」の違いにある。21日午後7時41分(日本時間)、米ニューヨーク商業取引所の天然ガス先物(ヘンリーハブ、11月限)は100万BTU(英国熱量単位)あたり2.883ドルを付けた。この限月としては取引が始まって以来の安値だ。同じ頃、北東アジアのLNGのスポット価格は30ドル前後にある。
この記事では、一つの比喩で通して考えてみてほしい。米国の天然ガスは、自分の庭の井戸からくむ水だ。日本が買うLNGは、遠くの井戸の水を凍らせて船に積み、危険な海峡を通って運んでくる水である。同じ水でも、値段は運び方で決まる。
同じ天然ガス、場所でこれだけ違う(100万BTUあたりドル)
読み方:米国の井戸元の値段は、アジアのスポットの約10分の1。日本の平均輸入価格は長期契約が中心のため、スポットより低いが米国の約5倍ある。出所:Yahoo Finance、JOGMEC、OGJ、報道(アジアのスポット)。倍率は本誌計算。
庭の井戸はあふれている——米国の天然ガスが安い理由
順に見ていく。まず庭の井戸、つまり米国の需給だ。ロイターがLSEGのデータをもとに伝えたところでは、米本土48州の天然ガス生産は8月と9月に日量1,133億立方フィートと過去最高を記録した。10月はこれまで1,114億立方フィートとやや減ったが、それでも歴史的な高水準にある。一方、輸出を含む需要は今週が日量1,060億立方フィートで、過去5年平均の1,170億立方フィートを大きく下回る。
需要が弱いのは天気のせいだ。同じロイターの報道は、11月上旬まで平年より暖かい天候が続くとの予報を下落の理由に挙げた。暖房の季節が遅れれば、くみ上げた水の行き場がない。ガス先物の11月限は13日の清算値3.283ドルから、21日の取引時間中には2.883ドルまで約12%下げた。
貯水槽も満ちている。米エネルギー情報局(EIA)が15日に公表した週間在庫統計では、10月9日までの1週間に670億立方フィートが積み増され、地下貯蔵の在庫は3兆5,670億立方フィートになった。前年同期より3.9%少ないが、過去5年平均を1.3%上回る。EIAは10月6日の短期エネルギー見通しで、2026年の米国の乾性ガス生産を日量1,122億立方フィートと予想した。2025年の1,076億立方フィートを上回り、年間で過去最高になる計算だ。
ここが肝心だ——井戸の水は、船に積める量しか海を渡れない
では、庭の井戸があふれているなら、その水を日本へ運べば済むのではないか。ここが肝心だ。天然ガスを船で運ぶには、セ氏マイナス162度まで冷やして液体にしなければならない。その液化設備の能力に上限がある。
ロイターによると、米国のLNG輸出基地に流れ込むガスの量は10月に日量181億立方フィートで、過去最高は4月の188億立方フィートだった。つまり、輸出の窓口はほぼ目いっぱい使われている。生産量1,114億立方フィートのうち、海を渡れるのは6分の1程度にすぎない(本誌計算)。残りは国内で使うしかなく、余れば値段が下がる。井戸がどれほどあふれても、給水船の数が増えない限り、遠くの町の水不足は解消しない。
用語を3つだけ押さえておく。①ヘンリーハブ:米ルイジアナ州のパイプラインの集積地で、米国の天然ガス先物の基準となる価格。②JKM:日本と韓国に届くLNGのスポット価格の代表的な指標。③TTF:オランダの取引拠点の価格で、欧州のガス価格の基準。価格の単位はいずれも100万BTUあたりのドルで比べられる(TTFは通常1メガワット時あたりのユーロで表示する)。
遠くの井戸は止まっている——アジアと欧州が高い理由
次に、船で運ぶ水の側を見る。米石油ガス専門誌OGJは20日、カタールとアラブ首長国連邦(UAE)のLNG輸出が2月下旬以降、約8割止まっていると報じた。3〜9月の両国の輸出は月平均17.3億立方メートルで、危機前の平均93.7億立方メートルを大きく下回る。ホルムズ海峡の混乱で、遠くの大きな井戸の一つが事実上ふさがれた状態だ。
その結果、限られた給水船をアジアと欧州が奪い合っている。OGJによると、欧州のTTFは19日に1メガワット時あたり約88ユーロ、100万BTUに換算すると約29ドルだった。欧州連合(EU)のガス貯蔵率は18日時点で74.6%と、過去5年平均の約89%を大きく下回る。アジアでは、12月渡しの北東アジア向けスポット価格が16日までの週に29.30ドルと、2022年12月以来の高値を付けたと報じられている。20日にはLNG船への攻撃が伝わり、30ドルを超えたとの報道もある。ヘンリーハブの2.88ドルと比べると、ざっと10倍の開きだ(本誌計算)。
井戸から東京の電気代まで——米国の安さが届かない経路
読み方:米国の安値は2段目の液化設備でせき止められる。日本の電気代は4段目と5段目の値段で決まる。出所:ロイター(LSEGのデータ)、OGJ、財務省、東京電力の試算(NHK・ANNの報道)。
現実の数字に当てはめる——日本の輸入と東京の電気代
ここで日本の数字に当てはめてみる。財務省が21日に公表した9月の貿易統計(速報)によると、LNGの輸入量は477万9,000トンで前年同月比7.3%減った。ところが輸入額は5,905億6,100万円で39.2%増えている。量が減って金額が増えたのだから、値段が上がったということだ。1トンあたりに直すと12万3,574円で、前年同月の約1.5倍になる(本誌計算)。
運び手の顔ぶれも変わった。中東からの輸入は18万6,000トンで67.2%減った一方、米国からは53万トンで316.7%増えた。止まった遠くの井戸の代わりに、米国の井戸の水を船で運んでいる構図が数字に表れている。ただ、それでも米国の安さは日本の値札にはほとんど届かない。米国の安値は「井戸元」の値段であって、液化して太平洋を渡る費用と、限られた船を世界と奪い合う値段が上に乗るからだ。
そして家計への到達点が電気代である。NHKとテレビ朝日系のANNによると、東京電力は11月使用分の平均的な家庭の電気料金を9,738円と試算した。前月より177円高く、2カ月連続で過去最高を更新する見通しだ。試算は9月の貿易統計の燃料価格の速報値にもとづく。政府の電気・ガス料金の補助は9月使用分で終わっており、10月と11月の使用分には適用されない。共同通信によると、政府は2027年1〜3月使用分を対象に補助の検討に入ったが、まだ決まっていない。
もう一つ覚えておいてほしいのは、日本の電気代が「後追い」で動くことだ。電気料金の燃料費調整制度は、過去数カ月の平均の輸入燃料価格を、数カ月遅れで料金に反映する。日本の電力会社が買うLNGの多くは原油価格に連動する長期契約で、エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)の集計では8月の日本の平均輸入価格は100万BTUあたり14.16ドルだった。スポットの約30ドルより低い一方、原油高は長期契約の価格にも遅れて効いてくる。給水船の値段が上がってから、蛇口の値段が上がるまでには時間がかかる。
よくある誤解:「米国のガスが安くなったから、日本の電気代もそのうち下がる」。これは成り立たない。米国のヘンリーハブと日本の電気代をつなぐ管は、液化設備の能力という細い管しかない。米国の値段が2ドル台に下がっても、日本の電気代を決めるのは原油連動の長期契約とアジアのスポット価格、そして円相場である。米国のガスが安いことは、日本にとっては「米国産LNGの調達先としての魅力」を高める話であって、目先の電気代を下げる話ではない。
この先をどう見るか——ヘンリーハブの見通しと監視点
本誌の見立てを示す。ヘンリーハブは、暖冬予報が続く限り11月上旬まで3ドルを挟んだ上値の重い展開が続くとみる。目安の値幅は2.6〜3.3ドル。ただし下値は限られる。理由は二つある。第一に、12月限は21日の取引時間中に3.243ドルと、11月限より約35セント高い。市場はすでに冬の需要を先の限月に織り込んでいる。第二に、EIAは2026年のヘンリーハブの平均を3.48ドルと予想しており、足元の2.88ドルはそれを大きく下回る。11月限の取引最終日は10月28日で、その後は12月限が期近になり、見かけの価格は一段上に移る。
見立てが外れる条件も書いておく。11月の寒波予報が出れば、2026年1月の冬の嵐「ファーン」のときのように急騰しうる。連続物の52週高値は1月28日の7.827ドルだった。逆に、生産が8〜9月の過去最高に戻り、在庫の積み増しが予想を上回り続ければ、4月28日に付けた52週安値の2.483ドルが視野に入る。
| 日時(日本時間) | 材料 | 見るポイント |
|---|---|---|
| 10月22日 23時30分 | EIA週間在庫統計(10月16日までの週) | 前週の670億立方フィートを上回る積み増しなら下押し |
| 10月28日 | ヘンリーハブ11月限の取引最終日 | 期近が12月限に移り、見かけの価格が上がる |
| 随時 | 米国の11月の気温予報 | 寒波予報が出れば、2.6〜3.3ドルの値幅の上抜け |
| 随時 | ホルムズ海峡とカタールの輸出 | アジアのスポットが30ドルを保つか |
| 11月10日 | EIA短期エネルギー見通し | 2026年の生産と価格予想の修正 |
まとめ——井戸の水と船で運ぶ水
比喩に戻ろう。米国の庭の井戸はあふれ、水は安い。だが日本へ届く水は、凍らせて船に積み、危ない海峡を避けて運ぶ水である。その船は足りず、遠くの大きな井戸はふさがれている。だから同じ天然ガスが、米国では2.88ドル、アジアでは30ドル前後という10倍の差で取引される。覚えて帰ってほしいのは次の3点だ。
- 米国の天然ガス安は、生産の高水準と暖かい天気による「井戸元」の話で、液化設備の上限がある限り日本には届かない。
- 日本の9月のLNG輸入は量が7.3%減り、金額が39.2%増えた。東京電力の11月使用分は9,738円と2カ月連続で過去最高の見通しだ。
- 電気代は燃料価格を数カ月遅れで追う。いまのアジアのスポット高と原油高は、冬の料金にも残りやすい。
原油市場とホルムズ海峡の状況はブレント原油の記事とWTI反落の記事で、9月の貿易統計の全体像はこちらで扱っている。
主な参照
- ヘンリーハブ先物(11月限・12月限・連続物)の価格と清算値/Yahoo Finance、清算値の確認/スプレイグ・エナジー
- 週間在庫統計(10月9日までの週)/米エネルギー情報局
- 短期エネルギー見通し(生産・価格・LNG輸出の予想、10月6日)/米エネルギー情報局
- 米国の生産・需要・LNG輸出基地向けのガス量、暖冬予報(LSEGのデータ)/ロイター(PGJ掲載)、ロイター(ビジネス・レコーダー掲載)
- カタール・UAEの輸出停滞、TTF、EUの貯蔵率/OGJ(10月20日)
- アジアのLNGスポット価格が30ドル超え(ブルームバーグの報道を引用)/オイルプライス・ドットコム
- 9月の貿易統計(LNGの輸入量・輸入額・国別)/財務省
- 日本のLNG平均輸入価格(8月)とJKMの推移/JOGMEC
- 東京電力の11月使用分の試算(9,738円)/NHK、ANN(Yahoo!ニュース掲載)
- 政府による来年1〜3月の補助の検討/共同通信(Yahoo!ニュース掲載)
データ基準日:2026年10月21日午後7時41分(日本時間)。ヘンリーハブの2.883ドルと12月限の3.243ドル、TTFの一部は取引時間中の値で、終値ではない。13日の3.283ドルと20日の2.963ドルは清算値で、20日分は情報ベンダーの値であり取引所の公表値は確認できていない。「限月として取引開始以来の安値」はYahoo Financeの11月限の日足による。アジアのLNGスポット価格は報道にもとづくもので、指標の名称が明示されていないものを含む。ヘンリーハブとの約10倍の差、LNG1トンあたりの価格の伸び、輸出に回るガスの比率は本誌の計算である。東京電力の9,738円は同社の試算を報道で確認したもので、同社の発表資料そのものは本稿執筆時点で閲覧できなかった。燃料費調整制度の説明は一般的な仕組みを示したもので、反映の時期は電力会社と料金プランにより異なる。値幅の見立ては本誌の判断であり、将来の価格を保証しない。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の商品や銘柄の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。
















