2019年6月13日、安倍晋三首相がテヘランで最高指導者ハメネイ師と会談していたその日、オマーン湾で2隻のタンカーが攻撃を受けた。1隻は東京の国華産業が運航する「コクカ・カレイジャス」だった。北海ブレント原油先物は一時4%近く上げ、終値は1.34ドル高の61.31ドル。それから7年後のきょう、2026年10月20日、イラン革命防衛隊はホルムズ海峡でさらに2隻のタンカーが機雷に触れたと発表した。ブレントの12月物は一時111ドル台後半を付け、5月以来5カ月ぶりの高値となった。
歴史は繰り返さないが、韻を踏む。本稿では、タンカーへの攻撃が原油価格をどこまで、どれだけの期間押し上げてきたかを、1987年と2019年の2つの局面に映して検証する。19日の記事はロシア制裁の緩和でブレントが107ドル台に下げた場面を扱った。きょうの新しい材料は、17日と20日の機雷被害、そして国際エネルギー機関(IEA)のビロル事務局長の発言である。
きょう何が起きたのか
アルジャジーラによると、イラン革命防衛隊は17日(土)、ホルムズ海峡で2隻のタンカーがイランの機雷に触れて炎上したと発表した。20日には、海峡南側の通航路でさらに2隻が被害を受けたと伝え、機雷が敷設された海域の通航は「違法」だと主張した。船名は公表されておらず、死傷者の報告もない。ソウル経済新聞は、データ会社ケプラーの集計として、この2週間で少なくとも18隻の商船が攻撃を受けたと報じた。国際海事機関(IMO)によると、11日には1日で6件の攻撃があり、戦争開始以来最多だった。
紅海側でも緊張が続く。イエメンのフーシ派の報道官は19日、48時間でサウジアラムコのヤンブー施設やシャイバ油田、リヤドの空港などに6回の作戦を実行したと主張した。サウジアラビアは確認しておらず、被害の有無も検証されていない。本稿ではこれを主張として扱う。
価格の動きを確認しておく。19日のブレント12月物の清算値は109.55ドル、WTI11月物は103.66ドルだった。AFPによると、20日のブレントはグリニッジ標準時11時15分ごろに2.0%高の111.69ドルを付けた。ただし上げは続かなかった。Googleファイナンスのデータでは、米東部時間9時43分(日本時間22時43分)のブレント連動先物は109.63ドルと、前日比0.07%高まで縮んでいる。この日の高値は111.97ドルだった。
WTIには注意がいる。「WTIが109ドル超」という見出しは、20日に最終取引日を迎える11月物の値で、薄商いの中で買い戻しが集中した。11月物は一時110.48ドルまで上げ、9時43分には105.33ドルである。一方、取引の中心が移った12月物は99ドル台で推移していると、トルコの英字紙テュルキエ・トゥデイは伝えた。限月の差はけさのWTIの記事で詳しく扱った。
3つの局面を並べる
タンカーへの攻撃が原油市場を揺らした局面は、過去にもあった。1980年代のイラン・イラク戦争中の「タンカー戦争」と、2019年夏のオマーン湾の攻撃である。同じ点と違う点を並べる。
| 項目 | 1987年7月(タンカー戦争) | 2019年6月(オマーン湾) | 2026年10月(いま) |
|---|---|---|---|
| 出来事 | 米海軍が護衛した最初の船団で、タンカー「ブリッジトン」が機雷に触れる(7月24日) | 国華産業のタンカーなど2隻が攻撃を受ける(6月13日) | イランが17日と20日に計4隻の機雷被害を発表 |
| 攻撃の規模 | 1984〜88年にイラクが283回、イランが168回 | 6月13日に2隻 | ケプラーの集計で2週間に少なくとも18隻 |
| 同じ点 | 個々の被害の大きさより、「次にどこまで広がるか」という不安が価格に乗る | ||
| 当日の価格反応 | ブレント現物は19.58ドルと前営業日比2.8%安 | ブレント先物は一時4%近く上げ、終値は2.2%高の61.31ドル | ブレント先物は一時2%高の111ドル台、その後ほぼ前日並みに |
| 違う点 | 当時は世界的な供給過剰で、価格水準が低かった | 平時の攻撃。海峡の通航は続いていた | 2月下旬から戦争状態。現物は先物を大きく上回る |
当時、その後に起きたこと
1987年から見ていく。米国はクウェートのタンカーに星条旗を掲げさせ、海軍が護衛する「アーネスト・ウィル作戦」を7月24日に始めた。その最初の船団で、タンカーのブリッジトンが機雷に触れた。奇しくも、この日のブレント現物は下げている。EIAのデータでは、前日の20.15ドルから19.58ドルへ2.8%安い。7月17日の20.63ドルが当時の天井で、1カ月後の8月24日には17.48ドルと15%下がった。機雷は相場の天井で起きた出来事であり、上昇の始まりではなかった。
2019年はどうか。S&Pグローバルによると、6月13日のブレント先物は攻撃の直後に4%近く上げ、終値は1.34ドル高の61.31ドルだった。EIAの現物価格は12日の61.66ドルから13日に63.28ドルへ上げたが、週明け17日には62.56ドルに戻した。その後の値上がりは、20日にイランが米国の無人機を撃墜した件など、別の材料によるものだった。タンカー攻撃そのものの効果は、数日で薄れた。
対照的なのが、同じ2019年9月14日のサウジアラビアの石油施設への攻撃である。日量570万バレルの生産が止まり、ブレントは週明けに一時19.5%高、終値で14.6%高と、少なくとも1988年以来の上昇率を記録した。この局面はアブカイク攻撃の記事で扱った。違いは明白だ。供給が実際に失われたかどうかである。
ブレント現物価格の推移(2026年1月2日〜10月14日、ドル)
読み方:現物価格は2月下旬の開戦後に急騰し、6月末に一度は戦前の水準近くまで戻ったが、9月半ば以降は再び120ドルを超えている。19日の先物清算値109.55ドルより大幅に高い。出所:米エネルギー情報局(EIA)のブレント現物日次価格(4営業日ごとに表示、注記の日付は実際の値)。
「今回は違う」論を検証する
今回は違う、という見方には根拠がある。最大の違いは、2026年の原油市場がすでに戦争の中にあることだ。EIAのブレント現物価格は、年初の61.98ドルから4月7日に138.21ドルまで上げ、6月30日には70.46ドルまで下げた。その後再び上げ、10月14日は126.55ドルである。日付は異なるが、19日の先物の清算値109.55ドルと比べると、現物は17ドル高い。いま手に入る原油の値段は、画面に出ている先物よりはるかに高い。
この状態では、新たな攻撃が「上乗せ」として効きにくい面がある。市場はすでに高い危険を織り込んでおり、20日の先物が一時2%上げた後に前日並みへ戻ったのは、その表れとみることができる。1987年に機雷が相場の天井で起きたことと、構図は似ている。
一方で、違う点もある。1987年も2019年も、攻撃は散発的だった。今回は2週間で少なくとも18隻と、頻度が高い。IEAのビロル事務局長は20日、ロンドンで開かれたフィナンシャル・タイムズ紙の会議で、ホルムズ海峡は「再び閉鎖されうる」と述べ、「私たちは薄氷の上にいる」と語った。2027年が正常化の年になる「信頼できる道筋は見えない」とも述べている。備蓄の追加放出については「どれだけを、いつ放出するかは各国次第だ」と語った。
歴史が示す3つの教訓
- 教訓1:船への攻撃だけでは、上げは数日で消える。1987年7月も2019年6月も、1週間以内に攻撃前の水準に戻った。きょうの先物も、その日のうちに上げ幅のほとんどを失っている。
- 教訓2:価格を動かすのは、失われた量である。2019年9月のサウジ施設攻撃は日量570万バレルを止め、1日で14.6%上げた。フーシ派が主張するヤンブーやシャイバへの攻撃で、実際の被害が確認されるかどうかが分かれ目になる。
- 教訓3:天井では、悪い知らせにも価格が反応しなくなる。1987年の機雷は相場の天井で起きた。悪材料に先物が上げきれないことは、それ自体が情報である。
今回固有の監視点と、本誌の見方
本誌は今後2週間のブレント先物について、105〜115ドルの範囲での推移を基本シナリオ(確率50%)とみる。上振れのシナリオ(30%)は、サウジの施設被害が確認されるか、機雷で通航路が使えなくなった場合で、115ドルを上抜ける。下振れのシナリオ(20%)は、新たな攻撃が止まり、IEAが追加の備蓄放出を決めた場合で、105ドルを割り込む。確率は本誌の判断である。
| 監視点 | 上振れの合図 | 下振れの合図 |
|---|---|---|
| サウジの施設 | サウジ政府やアラムコが被害を認める | 被害なしの確認、または沈黙のまま輸出が続く |
| ホルムズの機雷 | 船名と被害の公表、通航路の閉鎖 | 新たな被害の発表が途切れる |
| IEAの備蓄 | 放出を見送る、または在庫の減少を警告 | 追加の協調放出を決定 |
| 先物の値動き | 111.97ドル(20日の高値)を終値で上抜ける | 19日の安値圏、107ドル台を割り込む |
日本の家計への波及も見ておく。経済産業省の調査では、10月13日時点のレギュラーガソリンの全国平均は1リットル170.1円で、3週ぶりに0.1円下がった。政府の補助金が170円程度を超える分を抑えているためで、店頭の価格は原油の値動きをそのまま映さない。次の調査結果は21日か22日に公表される。補助金の仕組みと財源の残りはガソリン補助金の記事で整理した。
米国では、農務省が19日に80億ドル規模の燃料支援策を発表した。CBSによると、米国の軽油の全米平均は1ガロン6.32ドルと、1年前の3.62ドルから大きく上がっている。原油高の痛みは、すでに政策を動かす段階にある。
主な参照
- ブレント現物の日次価格(1987年〜2026年10月14日)/米エネルギー情報局(EIA)
- イラン革命防衛隊の機雷被害の発表(2026年10月18日)/アルジャジーラ
- 20日の追加の機雷被害、ケプラーの集計、ブレントの5カ月ぶり高値/ソウル経済新聞
- 週末のタンカー被害とIMOの集計(2026年10月19日)/リビエラ・マリタイム・メディア
- フーシ派の攻撃の主張(2026年10月19日)/アナドル通信
- 19日の清算値/リグゾーン(ブルームバーグ配信)
- IEAのビロル事務局長の発言(2026年10月20日)/アシャルク・アルアウサト、Yahoo Finance
- 2019年6月13日のブレントの値動き/S&Pグローバル、オイル・アンド・ガス・ジャーナル
- タンカー戦争とアーネスト・ウィル作戦/ウィキペディア
- レギュラーガソリンの全国平均(10月13日時点)/時事通信
- 米農務省の燃料支援策と軽油価格/CBSニュース
- 原油先物の気配値(10月20日9時43分=米東部時間)/Googleファイナンス
データ基準日:2026年10月20日(米東部時間9時43分、日本時間22時43分)。20日の原油価格は取引時間中の値で、終値ではない。Googleファイナンスのブレントは、ICEブレントに連動するニューヨーク商業取引所の先物の値で、ICEの12月物と小さな差がありうる。19日の値は清算値である。過去の現物価格はEIAの日次データ(最新は10月14日)による。WTI12月物の水準は報道によるもので、本誌は取引所のデータで確認していない。タンカーの機雷被害はイラン側の発表、サウジ施設への攻撃はフーシ派の主張であり、いずれも独立した確認はない。2019年6月13日の上昇率は「4%近く」とする報道と「4.5%」とする報道があり、本稿は前者に従った。シナリオの確率は本誌の判断で、将来の価格を保証しない。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。
















