2022年6月8日、北海ブレントの現物価格は1バレル129.20ドルを付けた。国際エネルギー機関(IEA)が史上最大の協調放出を決めてから、ほぼ2カ月後のことだった。備蓄を市場に出しても、相場の天井にはならなかったのである。4年後の2026年10月15日(パリ時間)、IEAは再び放出を急ぐと決めた。当時の値動きに、今回の決定を映してみる。
IEAの理事会は、3月に決めた協調放出のうち、まだ出していない約1億バレルの放出を前倒しすると決めた。ロイターによると、これまでに出したのは約3億3,000万バレルである。2,000万バレルを超える軽油をできるだけ早く出すことも盛り込んだ。放出の合計は、当初の4億バレルを上回る見込みだという。
2022年春、二度の放出と二度の高値
2022年2月24日、ロシアがウクライナに侵攻した。IEAは3月1日に6,270万バレル、4月1日に1億2,000万バレルの協調放出を決めた。2度目は、IEAが当時「史上最大」と呼んだ規模である。合計は1億8,270万バレルにのぼった。
相場は放出の決定に従わなかった。米エネルギー情報局(EIA)の集計によると、ブレントの現物は1度目の決定日に110.93ドル。1週間後の3月8日には133.18ドルまで上がった。2度目の決定日は106.13ドルで、4月11日には97.92ドルまで下げた。だがその後また上がり、6月8日に129.20ドルを付けている。
ブレント現物と2022年の協調放出(ドル、週次)
読み方:1度目の決定から1週間で高値を付け、2度目の決定から約2カ月後に再び130ドル近くまで上がった。下げが続いたのは夏以降である。出所:米エネルギー情報局(EIA)のブレント現物の日次終値から、各週の最終営業日(放出決定日と高値・安値の日はその日)を本誌が抽出。
相場が本当に下げ始めたのは夏以降である。12月8日には76.02ドルまで下げた。この間、米連邦準備制度理事会(FRB)は3月から12月までに政策金利を計4.25%引き上げた。下げの時期は、利上げで景気の先行きに不安が広がった時期と重なる。放出の効果だけで下がったとは言いにくい。
2022年と2026年の対照表
| 項目 | 2022年 | 2026年 | 同じか、違うか |
|---|---|---|---|
| きっかけ | ロシアのウクライナ侵攻(2月24日) | イランとの戦争、ホルムズ海峡の混乱(2月28日開始) | 同じ:戦争による供給不安 |
| 放出の規模 | 計1億8,270万バレル(2回) | 4億バレル(3月11日)、最終的に4億バレル超の見込み | 違う:今回は2倍超 |
| 決定日のブレント現物 | 110.93ドル(3月1日) | 90.98ドル(3月11日) | 同じ:決定後も上昇 |
| 決定後の高値 | 133.18ドル(3月8日) | 138.21ドル(4月7日) | 同じ:1カ月以内に高値 |
| 下げた時期の背景 | FRBの大幅利上げ | ホルムズ海峡の再開(6月) | 違う:需要の減少と供給の回復 |
| いまの焦点 | 原油 | 軽油(2,000万バレル超を早期放出) | 違う:製品の不足 |
奇しくも2026年の春も、2022年と同じ形をたどった。3月11日にIEAの加盟32カ国が4億バレルの放出で一致した。それでもブレントの現物は4月7日に138.21ドルを付けた。相場が下げたのは6月で、6月30日には70.46ドルだった。下げた理由はホルムズ海峡の再開とOPECプラスの動きで整理した。
さかのぼって2011年、1カ月で戻った下げ
もう一つの鏡は2011年である。リビアの内戦で原油の供給が細り、IEAは6月23日に6,000万バレルの協調放出を決めた。当時の加盟国は28カ国で、米国が半分の3,000万バレルを出した。
EIAの集計では、ブレントの現物は前日の113.59ドルから、翌24日には104.79ドルまで下げた。2日で7.7%の下げである。だが1カ月後の7月22日には118.99ドルと、決定前を上回った。IEAは9月15日に放出の終了を発表している。当時のIEAは、放出がOPEC諸国の増産までの橋渡しになったと評価した。
「今回は違う」論を検証する
今回が過去と違う点は3つある。1つ目は、新しい放出ではないことだ。英調査会社スパルタ・コモディティーズのアナリストは、ロイターに対し「既存の約束の前倒しで、新たな量ではない」と述べた。JPモルガンも10月7日の時点で、残りの1億バレルは新しい介入ではないと指摘していた。
2つ目は、足りないのが原油より軽油だという点である。ブルームバーグによると、欧州の軽油先物は年初から2倍超に上がった。原油を出しても製油所を通らなければ軽油にはならない。今回、IEAが軽油を名指しで早期に出すとした理由はここにある。
3つ目は政治の圧力である。ブルームバーグは関係者の話として、米国がIEAの計画は不十分だと加盟国に伝えたと報じた。さらに少なくとも1億バレルの追加を非公式に求めたという。正式な提案はなく、ロイターはこの報道を確認できていない。ロイターによると、トランプ政権は11月3日の中間選挙を前に燃料価格を下げたい考えである。
市場の反応は冷静だった。10月15日のニューヨーク市場で、WTI原油先物(11月物)の清算値は97.97ドルで2.88ドル高。北海ブレント先物(12月物)は105.92ドルで0.14ドル安だった。放出の加速は、値下がりの材料として受け止められなかった。
歴史が示す3つの教訓
教訓1:放出は天井にならない
2011年、2022年、2026年3月のいずれも、決定から1カ月ほどの間に高値を付けた。備蓄が埋めるのは数週間分の不足である。供給が戻る見通しがなければ、相場は放出を通り越して上がる。
教訓2:相場を下げたのは別の力だった
2022年に相場が下げた時期は、FRBの利上げの時期と重なった。2026年は、ホルムズ海峡の再開と重なった。放出は時間を稼ぐ手段で、相場の向きを決めたのは供給の回復か需要の減少だった。
教訓3:見出しの数字と新しい量を分ける
今回の「1億バレル」は、3月に決めた4億バレルの残りである。10月2日に主要7カ国(G7)が約束した放出の扱いも、G7の備蓄放出から5日後の記事で見たとおり、相場を長くは抑えなかった。数字を足し合わせて読むと、放出の規模を大きく見誤る。
日本の投資家が見ておくべき点
日本は3月の4億バレルのうち、約8,000万バレルを受け持つと時事通信が報じた。米国に次ぐ規模である。今回の残り1億バレルのうち日本が何バレルを出すかは、本稿の執筆時点で経済産業省から発表を確認できていない。日本の備蓄がどこまで減ったかは、資源エネルギー庁が毎月公表する「石油備蓄の現況」で確かめられる。
監視点は3つある。第1に、軽油の価格である。IEAは今後、軽油に絞った需給の見通しをG7と理事会に報告するとしている。第2に、ブレント先物の105ドル前後の水準である。16日のアジア時間午前(日本時間10時40分ごろ)は105.50ドル前後で、前日の清算値をやや下回った。第3に、ホルムズ海峡の船舶の動きだ。歴史に照らせば、相場の向きを決めるのは放出の量ではなく、海峡を通る船の数である。
参照
- IEAの10月15日の理事会決定(残り約1億バレルの前倒し、軽油2,000万バレル超)/ロイター(MarketScreener掲載)、ザ・ナショナル、NHK
- 米国がIEAの計画を不十分と伝えたとの報道/ブルームバーグ(BOE Report掲載)
- 2026年3月11日の4億バレルの協調放出/IEA発表(energy-pedia転載)、日本の分担/時事通信
- 残り1億バレルとJPモルガンの見方(10月7日)/ロイター(ユーロネクスト掲載)
- 2022年の2度目の協調放出(1億2,000万バレル、合計1億8,270万バレル)/IEA
- 2011年のリビア協調放出/IEA発表(resilience.org転載)、IEAの30日レビュー
- ブレント現物の日次価格/米エネルギー情報局(EIA)
- 10月15日の原油先物の清算値、欧州軽油先物/ブルームバーグ(Rigzone掲載)、16日のアジア時間の気配/ガルフ・ニュース
- FRBの2022年の利上げ/米連邦準備制度理事会
データ基準日:2026年10月16日10時40分ごろ(日本時間)。原油先物の10月15日の値はニューヨーク市場の清算値(終値)、16日の値はアジア時間の取引中の気配値で、両者は性格が異なる。過去の価格は米エネルギー情報局が公表するブレント現物の日次終値で、先物の値とは一致しない。IEAの10月15日の声明は報道を通じて確認したもので、IEAの原文は本稿の執筆時点で参照できていない。米国がIEAの計画を不十分と伝えたとの話は、匿名の関係者にもとづく報道であり、米政府は公式に認めていない。日本の今回の分担について、経済産業省の発表は確認できていない。過去の値動きが将来も同じように起きるとは限らない。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の銘柄の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。
















