2008年9月22日、ニューヨーク・マーカンタイル取引所(NYMEX)で最終取引日を迎えたWTI原油の10月限は、1日で16.37ドル上げて120.92ドルで清算した。翌月の11月限は109.37ドルにとどまり、期近と翌月限の差は11.55ドルに開いた。18年後の2026年10月19日、満期を翌日に控えたWTI原油の11月限は2.25ドル高の103.66ドルで清算し、12月限の98.54ドルとの差は5.12ドルになった。同じ日、北海ブレントは0.31ドル安だった。上がったのは「いま受け渡される原油」だけである。
満期直前に期近だけが跳ねる現象は、相場の世界で「締め上げ(スクイーズ)」と呼ばれる。歴史を振り返ると、この形は2008年と2022年に現れ、その正反対の極端が2020年4月のマイナス37.63ドルだった。過去の局面と並べると、今回と韻を踏む点と、踏まない点がはっきりする。
19日に起きたこと:期近だけが走った
まず事実を確認する。19日(米東部時間)のNYMEXで、WTI原油11月限は前週末比2.25ドル(2.22%)高の103.66ドルで清算した。前週末16日の清算値は101.41ドルである。一方、12月限の清算値は98.54ドル、2027年1月限は96.67ドルだった。ブレント12月限は0.31ドル安の109.55ドルである。清算値は米東部時間14時30分(日本時間20日3時30分)の取引に基づく。
相場の材料は二方向から来た。米国のトランプ大統領が16日に署名した大統領令でロシア関連の制裁と関税を一部免除したと伝わり、原油はアジア時間に売られた。フィスコによると、WTI12月限は時間外で96.74ドルまで下げた。その後、イエメンのフーシ派によるサウジアラビアへの攻撃と、ホルムズ海峡の南でタンカーが機雷に触れたとの報道が供給不安を呼び戻し、12月限は99.72ドルまで切り返した。米国の燃料販売会社マンスフィールド・エナジーは、ケプラーのデータを引用し、湾岸からの原油輸出が前週は日量約850万バレル(7日平均)に落ちたと伝えている。
ただ、地政学の材料はブレントにも12月限にも等しく当たるはずだ。ブレントは下げ、12月限も98ドル台にとどまった。2ドルを超えて上げたのは、翌20日に取引を終える11月限だけである。米ヤフー・ファイナンスの日足で概算すると、11月限と12月限の差は14日に約1.2ドル、16日に約2.4ドルで、19日に5.12ドルまで広がった。差が開いたのは満期の直前の数日間に集中している。
WTI各限月の清算値と11月限の差(10月19日、ドル)
読み方:11月限(103.66ドル)を基準に、先の限月ほど安い逆ざやである。最初の一段(12月限との5.12ドル)だけが、その先の一段ごとの差(約2ドル)より大きい。満期を控えた11月限だけが押し上げられている形だ。出所:米ヤフー・ファイナンスの前日清算値(OilPrice.comの前日比から逆算した値と一致)、本誌計算。
先物の期限の数え方も確かめておく。CMEのWTI原油先物は、受け渡し月の前月25日の3営業日前に取引を終える。25日が営業日でない場合は、さらに1営業日さかのぼる。2026年10月25日は日曜日なので、11月限の最終取引日は10月20日(火)になる。受け渡しの初回通知日は22日(木)である。満期まで建玉を持ち続けた買い手は、オクラホマ州クッシングで原油の現物を受け取る義務を負う。引き渡す現物を持たない売り方は、20日までに買い戻すか、別の限月に乗り換えるしかない。
鏡に映す:2008年、2022年、そして2020年
米エネルギー情報局(EIA)は、NYMEXの期近(1番限)と2番限の日々の清算値を1985年から2024年4月まで公表していた。この系列で、期近が2番限を4ドル以上上回った日は2日しかない。2008年9月22日の11.55ドルと、2022年3月8日の4.05ドルである。19日の5.12ドルはこの2日の間に入る。ただし、EIAの系列は2024年4月で途切れている。2026年春の原油急騰の局面で限月差がどこまで開いたかは、本記事では確認できていない。「史上2番目」とは言えない理由である。
期近と2番限の差:過去の極端と今回(ドル)
読み方:プラスは期近が高い締め上げ、マイナスは期近が投げ売られた形。EIAの1985〜2024年4月の系列で、差が4ドル以上の日は2008年9月22日と2022年3月8日の2日だけだった。2024年5月以降の数値は比較していない。出所:EIA(2008・2020・2022年)、米ヤフー・ファイナンスとInvestrade(2026年)、本誌計算。
2008年9月:満期日の11.55ドル
2008年7月3日、WTI期近は145.29ドルで清算した。EIAの系列で最も高い清算値である。そこから2カ月半で原油は100ドル近くまで下げ、9月22日に10月限の満期を迎えた。当日の上げ幅16.37ドルは、EIAの期近系列で2020年4月21日の限月交代による見かけの変動を除けば最大である。当時のクッシング在庫は1,525万バレル(9月19日の週)しかなかった。
2022年3月:侵攻後の4.05ドル
2022年2月下旬のロシアによるウクライナ侵攻のあと、期近は3月8日に123.70ドルで清算した。この日の期近と2番限の差が4.05ドルである。このときは満期日ではなく、限月の構造全体が「目先ほど高い」逆ざや(バックワーデーション)に傾いた。クッシング在庫は2,222万バレル(3月4日の週)だった。
2020年4月:正反対の極端
締め上げの裏返しが2020年4月20日である。新型コロナで需要が消え、クッシング在庫は5,974万バレル(4月17日の週)に膨らんでいた。翌日に満期を迎える5月限は、現物を受け取る場所のない買い手の投げ売りで、マイナス37.63ドルで清算した。2番限は20.43ドルで、差はマイナス58.06ドルである。タンクが空に近いと期近は跳ね、満杯に近いと期近は沈む。同じ仕組みが、逆の方向に働いた。
対照表:数字で並べる
| 項目 | 2008年9月22日 | 2022年3月8日 | 2020年4月20日 | 2026年10月19日 |
|---|---|---|---|---|
| 期近の清算値 | 120.92ドル | 123.70ドル | −37.63ドル | 103.66ドル |
| 2番限の清算値 | 109.37ドル | 119.65ドル | 20.43ドル | 98.54ドル |
| 期近と2番限の差 | +11.55ドル | +4.05ドル | −58.06ドル | +5.12ドル |
| 期近の満期との関係 | 満期日当日 | 満期と無関係 | 満期前日 | 満期前日 |
| クッシング在庫(直前の週) | 1,525万バレル | 2,222万バレル | 5,974万バレル | 2,661万バレル |
出所:EIA(期近・2番限の清算値は2024年4月までの系列、クッシング在庫は週次統計)。2026年10月19日の清算値は米ヤフー・ファイナンスの前日清算値とInvestradeの市況記事で照合した。クッシング在庫は2026年10月9日の週。
| 過去と同じ点 | 過去と違う点 |
|---|---|
| 満期の直前に期近だけが跳ね、翌月限との差が開いた(2008年と同じ形) | クッシング在庫は2,661万バレルで、2008年の1,525万バレルより1,000万バレル以上多い。しかも直近は4週連続で積み増している |
| 限月の構造全体が逆ざやで、目先の原油ほど高い(2022年と同じ形) | ブレントは同じ日に下げた。2008年や2022年と違い、世界の指標がそろって上がった日ではない |
| 背景に中東とロシアという二つの供給不安がある(2022年と同じ構図) | 米政府はロシア制裁の一部免除に動いた。供給を増やす政策が、上げの日と同時に出ている |
当時その後に起きたこと
歴史の鏡で最も役に立つのは、締め上げの「翌日以降」である。EIAの期近系列で追うと、次のようになる。
- 2008年9月23日:期近が11月限に替わり、106.61ドル。前日の11月限109.37ドルから2.76ドル安い。チャート上の「1日で14ドル安」の大半は、限月交代による見かけの下げだった。
- 2008年10月21日:70.89ドル。満期日から1カ月で4割強下げた。
- 2008年12月19日:33.87ドル。期近は2番限を8.49ドル下回り、逆ざやは3カ月で正反対の順ざや(コンタンゴ)に転じた。
- 2022年3月15日:侵攻後の高値から1週間で96.44ドル。限月差は1.65ドルまで縮んだ。ただし6月7日には119.41ドルまで戻している。
WTI期近の清算値(2008年7月〜12月)
読み方:9月22日の跳ねは満期を迎えた10月限だけの動きで、翌日には限月交代で106.61ドルに戻った。その後は金融危機による需要の崩壊が重なり、12月19日には33.87ドルまで下げた。出所:米エネルギー情報局(EIA)のNYMEX期近清算値。
2008年は金融危機という需要の崩壊が重なった特殊な例で、満期の締め上げそのものが下落を招いたわけではない。読み取るべきは因果ではなく形である。満期の締め上げは、その限月が消えると同時に終わる。そして次の限月の値動きは、締め上げではなく需給の本体で決まる。
「今回は違う」を検証する
今回は違う、という見方には根拠が二つある。第一に在庫だ。EIAによると、クッシング在庫は10月9日の週に186.2万バレル増えて2,660.7万バレルになった。2026年の最低だった7月24日の週の1,859.9万バレルから約800万バレル積み上がっている。2008年のように受け渡し地点のタンクが空に近いとは言いにくい。それでも期近が跳ねたのは、現物の欠乏よりも、満期を前にした売り方の買い戻しという建玉の事情が大きいと、編集部はみる(編集部の見立て)。
第二に、それでも曲線全体は強い。19日の清算値で、11月限103.66ドルに対して2027年12月限は80.89ドルで、差は22.77ドルに達する。米国全体の商業用原油在庫も10月9日の週に855.7万バレル減って4億1,557.7万バレルになった。期近の跳ねは満期の事情でも、その下にある「目先の原油が足りない」という構造は2022年に近い。言い換えれば、11月限の5ドルは満期とともに消えるが、12月限の98ドル台を支える需給は消えない。
ETFとCFDの保有者が見るべき点
日本の個人投資家にとって身近なのは、東証のWTI原油価格連動型上場投信(1671)と、証券会社のCFDである。1671の連動対象は、運用会社の決算短信によれば「WTI原油先物の直近限月の清算値の円換算価格」だ。19日の東京市場の終値は6,583円で、前営業日比89円(1.37%)高だった。この上げは、米国で19日の清算値が決まる前の値動きである。
注意したいのは、限月の乗り換えで生じる「見かけの値下がり」だ。期近の価格を連続でつないだチャートは、11月限が消えた時点で12月限に切り替わり、19日の清算値ベースなら5.12ドル(4.9%)下がって見える。保有者が損をしたわけではない。逆ざやのもとでは、高い期近を売って安い次の限月を買い直すので、同じ金額で持てる量は約5.2%増える(103.66÷98.54から本誌計算)。これが逆ざやで買い手に生じるロールの利益である。ただし、その利益は次の限月の価格が上がって期近の水準に近づく場合に実現する。期近の価格に連動しているつもりで、締め上げの上げ幅まで取れると考えるのは誤りだ。乗り換えの具体的な日程は1671の運用会社、CFDは各社の規定を確認してほしい。
歴史が示す3つの教訓
- 教訓1:期近の値段は「受け渡しの事情」を含む。2008年の120.92ドルも2020年のマイナス37.63ドルも、満期の限月の値段だった。翌月限は109.37ドルと20.43ドルで、世界の原油の値打ちを示したのはむしろそちらだった。
- 教訓2:締め上げは限月とともに終わる。2008年は満期の翌日、期近の価格は限月交代だけで14ドル下がって見えた。見かけの急落を相場の転換と読み違えない。
- 教訓3:曲線の形は数週間で反転しうる。2008年は3カ月で11.55ドルの逆ざやが8.49ドルの順ざやに変わった。逆ざやが続く前提でロールの利益を見込むのは危うい。
奇しくも、2008年も2022年も、締め上げの直後に原油は大きく下げた。ただ、これは歴史が繰り返すという意味ではない。韻を踏むのは「満期の跳ねは消える」という形であって、その後の方向まで同じになる保証はない。2022年は1週間で下げた後、3カ月で再び119ドル台に戻っている。
今回固有の監視点とシナリオ
11月限が消えた後の主役は12月限である。水準は次のとおりだ。
WTI12月限:見るべき水準(ドル)
読み方:96.74ドルと99.72ドルは時間外を含む19日の12月限の取引レンジ(フィスコ)。98.54ドルは12月限の清算値、103.66ドルは満期を控えた11月限の清算値。96.74ドルを清算値で割り込めば、本記事の見方(シナリオA)を取り下げる。
| シナリオ(編集部の見立て) | 確率 | 中身 | 目安 |
|---|---|---|---|
| A:静かな満期 | 50% | 11月限は20日に買い戻しを終えて満期を迎え、限月差は縮む。12月限は中東の報道に振られつつ横ばい | 12月限が96.74〜99.72ドルの範囲 |
| B:逆ざやの深化 | 30% | 湾岸の輸出減少が続き、12月限そのものが上がる。2022年3月型 | 12月限が99.72ドルを上抜き、100ドル台で清算 |
| C:締め上げの反動 | 20% | ロシア制裁免除の具体化やホルムズの緩和で、満期後に売りが先行する。2008年9月型の形 | 12月限が96.74ドルを下回って清算 |
編集部の見方は、シナリオAを軸とする。この見方を取り下げる線は、12月限が96.74ドル(19日の安値、時間外を含む)を清算値で割り込むことだ。その場合、19日の上げは満期の事情だけで、需給の本体は弱まりつつあると読み直す。
- 10月20日(火)米東部時間14時30分(日本時間21日3時30分):11月限の最終清算。満期の値が12月限からどれだけ離れて終わるか。
- 10月21日(水)米東部時間10時30分(日本時間23時30分):EIA週間石油統計。クッシング在庫が5週連続で増えるか。増えれば「タンクは空ではない」という見方が強まる。
- 10月22日(木):11月限の初回通知日。受け渡しの手続きが始まる。
原油の別の側面は、これまでの記事でも扱った。19日のブレントの値動きはブレント原油107ドル台に反落の記事に、ブレントとWTIの価格差は2011年と比べた記事に、現物と先物の差は現物が先物より33ドル高い局面の記事にまとめている。
主な参照
- WTI期近・2番限の日次清算値(1985〜2024年4月)/米エネルギー情報局(EIA)
- クッシング原油在庫(週次)/EIA
- 米国の商業用原油在庫(週次)/EIA
- 週間石油統計の公表日程/EIA
- 10月19日の清算値(WTI11月限・ブレント)/Investrade
- 各限月の清算値と分足/米ヤフー・ファイナンス、OilPrice.com
- 11月限の最終取引日と初回通知日/FuturesClock
- 19日のNY原油(12月限の値幅と材料)/株探(フィスコ)
- ロシア制裁の一部免除、タンカーの触雷、湾岸の輸出量/Mansfield Energy
- 1671の連動対象/日本取引所グループ(適時開示)、終値は株探
データ基準日:2026年10月19日の清算値(米東部時間14時30分、日本時間20日3時30分)。先物価格はすべて清算値で、取引時間中の値ではない。ただし12月限の96.74〜99.72ドルは時間外を含む19日の取引レンジ(フィスコ)である。フィスコは12月限の通常取引終了時の値を98.39ドルと報じており、本記事が採用した清算値98.54ドルと異なる。限月差の推移(14日・16日)は米ヤフー・ファイナンスの日足からの概算である。2008年・2020年・2022年の数値はEIAの系列による。EIAは2024年4月以降の先物系列を公表しておらず、それ以降の限月差との比較はしていない。フーシ派の攻撃やタンカーの触雷、湾岸の輸出量は報道に基づくもので、本記事は独自に確認していない。シナリオの確率は編集部の見立てであり、将来の価格を保証しない。CFDの限月交代の扱いは業者ごとに異なる。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。















