買収される会社の株は、発表の日に上がるものだ。ところが11月2日、米マーベル・テクノロジー(MRVL)による買収で合意したルメンタム(LITE)の株価は、取引開始前の気配(米東部時間2日8時29分)で788.51ドルと、前営業日比6.21%安だった。なぜ買われる側が売られるのか。答えは代金の払い方にある。マーベルは現金ではなく自社株で払う。この買収は、外貨で給料を受け取る約束に似ている。
この記事では、その「外貨建ての給料」という比喩を最後まで使う。順に見ていくのは、約束の中身、値札が毎日書き換わる仕組み、そしてルメンタムの好決算がなぜ株価を支えなかったのか、の3点だ。
約束の中身:1株につきマーベル株4.5株
両社が11月2日に発表した合意の骨組みは単純だ。ルメンタムの株主は、1株につきマーベル株4.500株を受け取る。現金は端数の調整分しか出ない。両社の発表によれば、これは1株あたり約1,132ドル、10月28日の終値に対して約23.9%の上乗せに当たる。企業価値で見た買収額は1,150億ドル。完了後の持ち分は、マーベルの既存株主が約67%、ルメンタムの株主が約33%になる。
ここが肝心だ。約束されているのは「4.5株」であって、「1,132ドル」ではない。外貨で給料をもらう人を考えてみてほしい。契約書には「毎月1万ドル」と書いてある。円に直した手取りは、受け取る日のドル円しだいで増えも減りもする。ルメンタムの株主にとっての「ドル」はマーベル株だ。マーベル株が下がれば、受け取る価値もそのまま下がる。
用語を3つだけ押さえる。①交換比率:買われる会社の1株と引き換えに渡す、買う会社の株数。今回は4.5で固定されている。②買収プレミアム:買収の値段が、噂が出る前の株価をどれだけ上回るか。今回の23.9%は10月28日の株価で計算した数字だ。③鞘(さや):交換比率で計算した理論上の値段と、実際の株価の差。買収が破談になるリスクと、完了までの待ち時間の対価である。
値札が書き換わる:1,132ドルから883.80ドルへ
1,132ドルという値札は、マーベル株が251.65ドルだった10月28日の終値で計算されている。翌29日、米ブルームバーグ通信が両社の交渉を報じると、マーベル株は13.24%下げて218.34ドルで引けた。株式で払う大型買収は、既存株主の取り分を薄める。市場はそれを嫌った。30日には半導体株の全面安が重なり、マーベル株はさらに10.05%下げて196.40ドル。2営業日で21.96%を失った。
ルメンタム1株の「値札」はこう書き換わった(ドル)
読み方:交換比率は4.5で動かないが、マーベル株が下がったぶん値札は小さくなった。10月30日の終値で計算した4.5株の価値(883.80ドル)は、噂が出る前のルメンタム株(913.95ドル)を下回る。出所:ヤフー・ファイナンスの株価、両社の発表資料。4.5株の価値は本誌計算。11月2日は取引時間外の気配値。
給料の比喩に戻ると、契約を結ぶ直前にドルが2割安くなったようなものだ。10月30日の終値で計算し直すと、4.5株の価値は883.80ドルになる。噂が出る前のルメンタム株の終値は913.95ドルだった。つまり金曜日の終値で見るかぎり、買収の値段は、噂が出る前の株価を3.3%下回っていた。23.9%あったはずの上乗せは、発表の前に消えていたのである。
| 時点 | マーベル株 | 4.5株の価値 | ルメンタム株 | 鞘 |
|---|---|---|---|---|
| 10月28日 終値(噂の前) | 251.65ドル | 1,132.43ドル | 913.95ドル | —(上乗せ23.9%) |
| 10月29日 終値(交渉の報道) | 218.34ドル | 982.53ドル | 919.53ドル | 6.9% |
| 10月30日 終値 | 196.40ドル | 883.80ドル | 840.70ドル | 5.1% |
| 11月2日 取引開始前(米東部時間8時29分)(発表後) | 190.43ドル | 856.94ドル | 788.51ドル | 8.7% |
表の最後の列を見てほしい。発表の後、鞘はむしろ広がった。市場は、買収が本当に完了するかどうかに確信を持っていない。完了の見込みは2028年上半期で、1年半前後先だ。その間に両社の株主総会の承認と、各国の規制当局の審査を通る必要がある。外貨建ての給料にたとえれば、支払日が1年半後で、しかも支払われない可能性が残っている。その分だけ、いまの値段は割り引かれる。
好決算が株価を支えなかった理由
ルメンタムは同じ朝、11月5日に予定していた7〜9月期(2027年度第1四半期)の決算を前倒しで発表した。中身は強い。売上高は12億6,000万ドルで前年同期比136.5%増。純利益は3億6,030万ドル、調整後の1株利益は4.57ドルだった。8月に示した見通し(4.05〜4.35ドル)の上限を超えている。10〜12月期の売上高見通しは15億7,500万〜16億2,500万ドルで、中央値なら前期比で約27%増える。
ここで比喩が効いてくる。昇給が決まった人が、同時に「給料はこれから全部外貨で払う」と告げられたとしよう。昇給分の価値は、もう自分の会社の業績では決まらない。ドルの値動きで決まる。ルメンタム株も同じだ。交換比率が固定された瞬間から、株価は自社の決算ではなく、マーベル株の値動きにつながれる。好決算の効き目が見えにくいのはこのためである。
ルメンタムの四半期売上高(億ドル)
読み方:売上高は2四半期で6割近く増える見通しだ。それでも株価は、交換比率の固定によってマーベル株の値動きにつながれている。出所:ルメンタムの決算発表(8月11日、11月2日)。10〜12月期は会社見通しの中央値を本誌が計算。
マーベルの側から見ると
払う側の株主にとって、この買収は「自分の財布の3分の1を差し出す取引」だ。完了後、マーベルの既存株主の持ち分は約67%に下がる。その見返りとして会社が示したのは、年10億ドルを超えるコスト削減の見通しと、完了後1年目から調整後の1株利益を押し上げるという説明だ。手に入るのは、ルメンタムの高出力レーザー、光トランシーバー、光回線スイッチ、そしてインジウムリン系の化合物半導体の製造能力である。マーベルのマット・マーフィーCEOは、この機会を「一世代に一度」と表現した。
マーベルは同時に、8〜10月期(2027年度第3四半期)の売上高が従来の見通しどおりになりそうだと明らかにした。中央値は据え置き、幅を上下5%から上下2%に狭めた。買収を発表する日に本業の不安を消しておく狙いが読み取れる。ただ、株価の反応を見るかぎり、市場は「持ち分が薄まる」ことへの警戒をまだ解いていない。
よくある誤解:「買収価格1,132ドル」だからルメンタム株は1,132ドルに向かう、は間違いだ。1,132ドルは10月28日のマーベル株価で計算した過去の値札にすぎない。いまの値札は「マーベルの株価×4.5」で、マーベルが動くたびに変わる。さらに完了までの時間と破談のリスクの分だけ、実際の株価はその値札より安く取引される。ニュースの見出しの数字だけで、上値の余地を見積もらないことだ。
日本の投資家が見ておくこと
発表は日本時間2日の夜で、東京市場の取引が終わった後だった。3日は文化の日で休場のため、東京の光通信や電子部品の関連株がこのニュースに反応するのは4日の水曜日になる。米国では同じ時点で、光通信のコヒレント(COHR)が前週末比1.60%高、シエナ(CIEN)が0.77%安と、同業の反応は分かれた。東京の関連株は、米国の光通信株の動きを持ち越しやすい。4日の寄り付きを見る前に、米国の光通信株の3日の終値を確かめておきたい。
この1週間の背景には、10月30日の半導体株の急落がある。その日の詳しい経緯はAI株急落の記事に、光部品株が売られる理由の整理はメモリーと光部品の講義にまとめた。
まとめ:外貨建ての給料を受け取る前に
比喩を回収しよう。ルメンタムの株主は、昇給と同時に「給料は1年半後に、マーベル株という外貨で払う」と告げられた。だから株価は、自社の好決算ではなく、マーベル株の値動きと、支払いが本当に実行されるかどうかで決まる。覚えて帰ってほしいのは次の3点だ。
- 株式交換の買収で約束されるのは株数であり、金額ではない。今回は1株につき4.5株。
- 見出しの「1,132ドル」は10月28日の値札。10月30日の終値では883.80ドルで、噂の前の株価を下回っていた。
- 鞘は完了までの1年半の時間と、破談のリスクの値段である。鞘が広がるのは、市場が完了に確信を持っていない合図だ。
主な参照
- 買収の合意(交換比率4.500、1株約1,132ドル、上乗せ約23.9%、企業価値1,150億ドル、持ち分67%対33%、2028年上半期の完了見込み、年10億ドル超のコスト削減)/マーベル・テクノロジー、米証券取引委員会(ルメンタムの提出書類)
- ルメンタムの7〜9月期決算と10〜12月期の見通し/ルメンタムの発表(ストックタイタン掲載)
- ルメンタムの7〜9月期の会社見通し(8月11日公表)/ルメンタム
- 交渉の報道と10月29日の株価の反応/モトリーフール
- 株価の終値と取引時間中の値/ヤフー・ファイナンス
データ基準日:2026年11月2日。10月28〜30日の株価は終値。11月2日の株価は取引開始前(米東部時間8時29分)の取引時間中の値で、終値ではない。4.5株の価値、鞘、マーベル株の下落率、見通しの中央値の伸び率は本誌の計算である。交渉を最初に報じたのはブルームバーグ通信とされるが、本記事はその報道を二次情報で確認した。買収の完了は株主総会と規制当局の承認を条件としており、条件や時期は変わりうる。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の銘柄の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。













