11月1日日曜、協定世界時の午前6時。日本では午後3時である。バイナンスは、約63億ドルを奪われた事件から3日目に、顧客の出金の第1段階を開くと予告していた。最初に開いたのはビットコインの出金だった。窓口が開けば、預けた資産を引き揚げる顧客が殺到し、ビットコインは売られる。市場の多くはそう身構えていた。ところが翌2日の昼、ビットコインは7万8,000ドル台にいた。CoinGeckoの集計では日本時間11時48分に7万8,454ドルで、出金再開の前より高い。
資金は確かに出ていった。それでも価格は崩れなかった。本稿は、事件の瞬間から出金再開までの3日間をたどり、その理由と、まだ残る問いを整理する。
20分間の出来事
始まりは10月29日木曜の夜(協定世界時)だった。日本では30日の早朝にあたる。調査会社TRMラボによると、攻撃者はバイナンスのウォレットから10のブロックチェーンにまたがって約63億6,000万ドルを移した。Al Jazeeraは、その大半が約20分間のうちに動いたと伝えている。バイナンス自身の被害の見積もりは約63億ドルで、暗号資産の流出としては過去最大の規模になる。
その直前、ビットコインは8万ドル台にいた。CoinGeckoの1時間ごとの価格では、30日午前1時(日本時間)に8万1,692ドルをつけている。事件が伝わると売りが広がり、31日午前4時には7万6,360ドルまで下げた。Al Jazeeraは6週間ぶりの安値と伝えている。高値からの下落率は6.5%である。事件当日の値動きはバイナンス流出の記事で詳しく追った。
バイナンス流出から出金再開までの4日間(日本時間)
読み方:流出から安値までは約1日、出金再開後に売りは広がらなかった。価格はCoinGeckoの1時間ごとの値(取引時間中)。出所:バイナンスの復旧報告(10月31日・11月1日)、Al Jazeera、CoinGecko。
巻き戻し:会社の金で穴を埋める
30日、バイナンスは出金を止めたまま、再開までの時間を示した。Al Jazeeraによると、目標は約45時間以内だった。共同最高経営責任者のリチャード・テンはX(旧ツイッター)で「調査はまだ、特定の個人に責任を帰していない」と書いた。
31日、バイナンスは3本目の復旧報告を出した。被害額の約90%をすでに補ったという。資金の出どころは三つあった。利用者保護のための基金「SAFU」の一部、先物取引の保険基金の一部、そして会社の自己資金である。会社は損失の穴埋めに63億4,000万ドル超を充てたとした。ビットコイン、イーサリアム、テザーなど主要10銘柄は「100%裏付けがある」とし、10月31日0時(協定世界時)時点の準備金の証明を公開した。
11月1日の4本目の報告で、補った割合は約95%に上がった。残りの5%は時価総額で上位10位に入らない銘柄で、流動性が低く、調達に時間がかかるという。報告はこう結んだ。「利用者の資金は安全だ。盗まれた資金の損失は、利用者ではなくバイナンスが負担する」。
窓口が開いた日
出金の第1段階は、11月1日の協定世界時6時から9時のあいだに始まった。対象はビットコインのほか、イーサリアム、BNBチェーン、トロン、ソラナ、XRPなどのネットワーク上の主要な資産で、過去1週間に出金の要望が多かった順に選んだという。
資金は出ていった。ロイターは、顧客の引き出しが36億ドルを超えたと伝えた。CoinPostは、出金再開から9時間半で純流出が約5,700億円、預かり資産の2.1%に達したと報じた。24時間の純流出を58億ドルとする集計もある。数字は集計の方法と時点で異なるが、数十億ドル単位の資金が取引所の外へ出たことは共通している。
同じ頃のビットコインは、7万7,000ドル台後半で動いていた。1日午後6時(日本時間)には7万8,122ドルをつけ、2日午前も7万8,000ドル前後を保った。出金と売りは同じではない。取引所から引き出したビットコインを、利用者が自分のウォレットや別の取引所に移しただけなら、市場で売られたわけではない。価格の動きを見る限り、窓口に並んだ人の多くは、売るためではなく手元に置くために並んでいたと読める。
誰が盗んだのか、金はどこにあるのか
調査会社のTRMラボは、攻撃を「トレーダートレイター」と呼ばれる集団の犯行と高い確度で結び付けた。米連邦捜査局(FBI)が、2025年に起きた取引所バイビットの流出事件で名指しした集団である。Al Jazeeraは、この集団を北朝鮮のラザルス・グループにつながる部隊と説明している。
Al Jazeeraによると、約30億ドルはすでに凍結された。残りの約33億ドルがどうなったのかについて、バイナンスは同記事の時点で説明していない。この資金が今後、どの経路で現金化されるのかは分かっていない。盗まれた資産が市場で売られれば、価格の重荷になりうる。ここが、出金再開を乗り切った後もなお残る最初の問いである。
同じ頃、東京では
2日の東京では、日経平均が前場を195円安で終えた。米国のAI関連株安が続き、半導体株の一部が売られた。そのなかでビットコインの円建て価格は、11時40分に1BTC=1,237万3,546円だった。10月30日に本誌が伝えた1,210万円台から、わずかに戻した水準である。
10月は、例年なら上がりやすいとされる月だった。だが今年は月間で下げて終わった。その経緯と11月の分かれ目は10月の月足の記事で取り上げた。事件の前から、原油高と米国の利上げ観測がビットコインの上値を抑えていた。流出事件は、その上に重なった一撃だった。
エピローグ:火曜日の証明
物語はまだ終わっていない。バイナンスは、ゼロ知識証明を使った準備金の完全な証明に40〜50時間かかるとし、11月3日火曜(協定世界時)までに出すと約束している。利用者はそれで、自分の資産が少なくとも1対1で裏付けられていることを確かめられるという。同じ3日、米国では中間選挙の投票がある。6日には米10月雇用統計が出る。
窓口を開いた日、売りは来なかった。次に試されるのは、約束した証明が期日どおりに出るかどうかと、凍結を免れた資金の行方である。31日の安値7万6,360ドルは、その二つの答えが出るまで、市場が振り返る地点であり続けるだろう。
主な参照
- 出金の段階的な再開、補てん率95%、利用者負担なしの表明/バイナンス(Recovery Update #4、11月1日)
- 補てん率90%、資金の出どころ、準備金の証明の日程/バイナンス(Recovery Update #3、10月31日)
- 流出の規模、テン氏の発言、TRMラボの分析、凍結額/Al Jazeera
- ビットコインのドル建て価格(1時間ごと)/CoinGecko
- ビットコインの円建て価格/Yahoo Finance
- 出金再開後の純流出/ロイター、CoinPost(いずれも11月1日配信)
データ基準日:2026年11月2日 日本時間11時48分。ビットコインの価格は取引時間中の値で、取引所や集計会社により差がある。暗号資産は24時間取引のため終値はない。流出の時刻と規模、攻撃者の特定、凍結額、出金再開後の純流出は報道や調査会社の分析によるもので、捜査当局が確定させた数字ではない。補てん率と準備金に関する記述はバイナンスの発表にもとづく。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の暗号資産の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。














