1ビットコイン、1,209万8,980円。30日23時48分(日本時間)、国内の暗号資産交換業者ビットフライヤーの板に表示された直近の約定値である。コインチェックでは、過去24時間の高値が1,292万2,570円だった。0.1ビットコインを持つ人なら、まる1日で8万円あまりが消えた計算になる。この値段の裏側には、日本時間30日の明け方に海外の交換所バイナンスから流れ出た、約63億6,000万ドル、円に直して約1兆円の暗号資産がある。
本誌は同じ30日の朝、ビットコインの8万ドル割れの主因がFRBかバイナンスかを検証した。その後の半日で、話は大きく動いた。ブロックチェーン分析会社TRMラボが流出額を約63億6,000万ドルと推計し、北朝鮮のハッカー集団「トレーダートレイター」の犯行と高い確度で判断したのである。本稿では、私たちの画面に映る値段から出発して、事件の上流へさかのぼる。
画面の値段を分解する:24時間で何が起きたか
ドル建てで見ると、米交換所クラーケンのビットコインは日本時間23時48分に7万6,900ドルだった。過去24時間の高値8万1,882ドルから6.1%下で、安値は7万6,330ドル10セントである。イーサリアムは2,231ドル28セントで、24時間の高値2,376ドル99セントから6.1%安い。ドル円は同じ時刻に157円28銭前後で、円建ての値段はドル建てとほぼ同じ割合で下げている。
下げは暗号資産そのものにとどまらない。米国市場では、交換所を運営するコインベース・グローバルが日本時間23時48分に139ドル59セントで取引され、前日の終値160ドル59セントから13%安い。日中に付けた136ドル90セントは過去52週の安値である。ビットコインを大量に持つストラテジーも130ドル26セントと、8%安だ。米国株全体の動きは米国株の寄り付き1時間の記事にまとめた。
上流をたどる1:4時間で10のチェーンから流出
バイナンスからの流出、何時に何が起きたか(日本時間)
読み方:盗みそのものは4時間足らずで進み、凍結はその1時間後から始まった。時刻はTRMラボが示した協定世界時に9時間を足した。出所:TRMラボ、investingLive。
TRMラボの分析によると、犯行の準備は少なくとも36時間前に始まっていた。協定世界時の28日朝(日本時間28日夕方)から、資金の出どころを隠す「ミキシング」サービスのトルネードキャッシュを通じて、少額の資金が実行役の財布に集められた。本番は協定世界時29日20時5分、日本時間で30日5時5分である。バイナンスのXRPの財布5つから2億3,346万XRPが送り出され、20時20分にはビットコインの「ホットウォレット」から1万8,270ビットコインが出ていった。ホットウォレットとは、すぐに出金できるようインターネットにつながった状態で管理する財布のことだ。
イーサリアムの財布からは、ビットコインの送金の3分24秒後に16万7,464イーサリアムと63種類のトークンが一度に抜かれた。その後も23時台まで、イーサリアム、トロン、ソラナ、アバランチなど合わせて10のブロックチェーンで流出が続いた。TRMラボは、犯人がバイナンスのホットウォレットの署名の仕組みそのものを握ったとみている。バイナンスは本稿執筆時点で、原因を公表していない。
上流をたどる2:約1兆円の内訳と、凍結された約4,250億円
流出額の内訳(億ドル、流出時点の価格)
読み方:上の7本の合計が約63.6億ドル。下の2本は内数ではなく、凍結された額と犯人がなお持つ額で、評価の時点が異なるため足し合わせない。出所:TRMラボ。
流出額の6割はイーサリアムのチェーン上の資産で、約37億9,000万ドルに上る。このうち米ドルに連動する「ステーブルコイン」が大きい。テザーのUSDTが18億7,500万、サークルのUSDCが8億2,300万である。ビットコインは1万8,270枚、流出時点の価格で約14億7,000万ドルだった。いまのビットフライヤーの値段で円に直すと、約2,210億円になる。
ステーブルコインは、発行会社が特定の財布を凍結できる。この仕組みが今回は大きく効いた。TRMラボによると、協定世界時30日0時30分時点で、テザーが約17億7,000万USDT、サークルが約8億2,500万USDCを凍結し、ほかの発行体の分を合わせて約27億ドル、円で約4,250億円が動かせなくなった。一方で、犯人の手元にはなお42万イーサリアム超と1万8,270ビットコイン、合わせて約24億ドルが残る。TRMラボは、次の段階でブリッジ(チェーン間の移転の仕組み)や交換サービス、相対取引の業者を使った資金洗浄が進むとみている。
上流をたどる3:なぜ北朝鮮なのか、なぜ市場は売るのか
TRMラボが犯行をトレーダートレイターと結びつけた根拠は、手口の共通点である。トルネードキャッシュから少額ずつ実行役の財布に資金を入れること、盗む前に時間をかけて準備すること、事前に手に入れた署名を一気に使うことの3つで、2025年2月の交換所バイビットの流出事件と重なるという。米連邦捜査局(FBI)は、そのバイビット事件を同じ集団の犯行と特定している。今回の約63億6,000万ドルは、バイビット事件の約15億ドルの約4倍で、記録に残る暗号資産の盗難として最大だ。なお別の分析会社チェイナリシスは、流出額を約59億ドルと推計したと伝えられている。
市場が売る理由は、盗まれた金額そのものより、その後の流れにある。犯人の手元に残る約24億ドルのイーサリアムとビットコインは、いずれ売られるか、別の資産に換えられる。TRMラボによると、犯人はすでに3億2,500万USDTを約12万2,300イーサリアムに換えており、その実質の値段は市場より1割以上高かった。急いで換金するためなら損も厭わない売り手がいる、という事実が相場の重しになる。加えて、世界最大級の交換所で出金が止まれば、そこに資産を置く投資家は他の場所で売って現金を確保しようとする。
家計への換算表:保有量ごとの24時間の目減り
| 保有量 | 24時間の高値で評価 | 23時48分の値段で評価 | 差 |
|---|---|---|---|
| 0.01ビットコイン | 12万9,226円 | 12万1,020円 | −8,206円 |
| 0.05ビットコイン | 64万6,129円 | 60万5,100円 | −4万1,029円 |
| 0.1ビットコイン | 129万2,257円 | 121万199円 | −8万2,058円 |
| 0.5ビットコイン | 646万1,285円 | 605万997円 | −41万288円 |
表の数字は、高値で買った人の損失ではない。24時間前に同じ量を持っていた人の評価額がどれだけ減ったかを示している。たとえば0.1ビットコインなら約8万2,000円が、まる1日で評価から消えた。買値が7万ドル台であれば、損益はまだ買値の近くにある。本誌の8万ドル割れの記事では、9月17日の終値7万6,354ドル(クラーケン)を節目として紹介した。いまの値段は、その水準とほぼ並んでいる。
生活防衛と投資の接点:取れる選択肢を並べる
今回の事件は、海外の交換所で起きた。日本で登録を受けた交換業者には、利用者の暗号資産を自社の資産と分けて管理し、原則としてインターネットから切り離した「コールドウォレット」で保管する義務がある。コールドウォレット以外で管理できる量には、利用者の暗号資産全体の5%という上限が設けられている。2026年の法改正で何が変わるかは、暗号資産の金融商品取引法への移行をまとめた記事にある。
そのうえで、保有者が取れる選択肢を並べておく。どれかを推奨するものではない。第一に、どこに、どれだけ置いているかを確かめること。海外の交換所に資産がある場合、出金の再開を待つあいだは動かせない。第二に、自分で鍵を管理する方法である。交換所の流出からは切り離せるが、鍵をなくせば誰も取り戻してくれない。第三に、値動きそのものへの備えである。暗号資産が資産全体に占める割合を決めておき、それを超えた分だけを調整する考え方がある。どの選択肢にも費用と手間があり、正解は保有額と目的で変わる。
本誌の見立て:1〜2週間のシナリオ
| シナリオ | 確率 | 中身 | 見分ける目安 |
|---|---|---|---|
| 7万〜8万ドルでもみ合い | 50% | 出金が再開し、凍結の拡大で売り圧力が和らぐが、米国の利上げ観測が上値を抑える | バイナンスの出金再開と原因の公表 |
| 7万ドル割れ | 30% | 犯人の手元の約24億ドルが市場に流れ、損失の穴埋めをめぐる不安が広がる | 犯人の財布からの大口の移転、交換所からの資金流出 |
| 8万ドル回復 | 20% | 損失の全額補填が確認され、売られすぎの反動が出る | バイナンスの補填の財源と時期の明示 |
次に画面へ届く変化
最初に来るのは、バイナンスの出金の再開である。同社は日本時間30日9時ごろ、すべての入出金を止めたうえで、損失は自社で補うと表明したと報じられている。再開の時期について、複数の海外メディアは48時間以内を目指すと伝えているが、本誌は同社の発表を直接確認できていない。次に、同社が約束した原因の詳しい報告がある。犯人の手元の資金がどこへ動くかは、TRMラボなどの分析会社が随時公表している。
相場全体では、来週は米国の重要な日程が重なる。11月3日の米中間選挙と、週末の米雇用統計である。米連邦準備制度理事会(FRB)が12月に利上げに動くかどうかの見方が、ビットコインのような金利の付かない資産の値段を左右する。暗号資産と同じく取引所の手数料に頼る米国企業の収益構造は、ロビンフッドの暗号資産収入を検証した記事でも扱った。
主な参照
- 流出額・内訳・時系列・犯行の特定・凍結額(2026年10月30日)/TRMラボ
- バイナンスの入出金停止と損失補填の表明(2026年10月30日)/investingLive
- チェイナリシスの流出額の推計(2026年10月30日)/investingLive
- ビットコインの円建て価格(日本時間30日23時48分)/ビットフライヤー、コインチェック
- ビットコインとイーサリアムのドル建て価格/クラーケン
- コインベースとストラテジーの株価、ドル円/Yahoo Finance
- 国内の交換業者の分別管理とコールドウォレットの規制/モノリス法律事務所
データ基準日:2026年10月30日(日本時間23時48分)。暗号資産の価格は取引時間中の値であり、日足の終値ではない。24時間の高値・安値は各交換所の直近24時間の値で、取引所によって異なる。流出額はTRMラボの推計(流出時点の価格)で、バイナンスは損失額を確定していない。円換算は本誌がドル円157円28銭で計算した概算である。チェイナリシスの推計、バイナンスによる補填の表明と出金再開の時期は報道にもとづくもので、本誌は同社の発表を直接確認できていない。バイナンスの日本法人への影響について、本稿執筆時点で確認できた情報はない。シナリオの確率は本誌の見立てである。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の暗号資産や銘柄の売買を推奨するものではない。投資判断は各自の責任において行われたい。















