なぜ、売上が17%増えたのに、本業の稼ぎは減ったと言えるのか。答えは、増えた分の大半が一度きりのトークン販売だったからだ。米ステーブルコイン発行大手のサークル・インターネット・グループ(CRCL)が11月4日に発表した2026年7〜9月期決算は、売上高と準備金収入の合計が8億6,500万ドルで前年同期比17%増だった。だがこのうち1億8,200万ドルは、同社が新たに立ち上げたブロックチェーン「アーク」のトークン(ARC)の先行販売による収入である。これを除くと合計は約6億8,300万ドルで、前年同期の7億4,000万ドルを約8%下回る。
この決算を読むために、サークルを一つのダムとして考えてみてほしい。ダムに貯まる水が、利用者から預かったドル(USDCの発行残高)。水が落ちる高さが金利。水車が回して生む電力が、準備金収入である。そして下流の村々に払う水利権の代金が、販売パートナーへの支払いだ。この比喩で決算を順に見ていくと、サークルの株価が何で決まるのかがはっきりする。
ダムの仕組み:預かったドルを国債で運ぶ
まず原理から押さえる。USDCは、1USDCを1ドルと交換できるように設計されたステーブルコイン(価格を法定通貨に連動させた暗号資産)である。利用者がドルを持ち込むとUSDCが発行され、サークルは受け取ったドルを準備金として保有する。準備金の大半は短期の米国債などで運用される。利用者には利息を払わない。だから運用益はそのままサークルの収入になる。これが準備金収入だ。
つまり、電力(準備金収入)は「水量×落差」で決まる。水量は平均発行残高、落差は準備金の利回りである。7〜9月期の平均発行残高は733億ドルで前年同期比8%増えた。一方、同社が「準備金利回り」と呼ぶ指標は3.5%で、前年同期から0.61%ポイント下がった。水量は8%増えたのに、落差がそれ以上に低くなった。その結果、準備金収入は6億5,800万ドルと、前年同期の7億1,100万ドルから8%減った。
用語メモ。準備金収入:USDCの裏付けとして持つドル資産(短期国債など)の運用益。サークルの収入の柱である。準備金利回り:準備金の運用利回り。米国の短期金利、つまり米連邦準備制度理事会(FRB)の政策金利にほぼ連動する。RLDC:売上高と準備金収入の合計から、販売・取引などのコストを引いた額。会社が重視する「手元に残る粗利」にあたる。
ダムで見るサークルの稼ぎ方(2026年7〜9月期)
読み方:1〜3が本業の電力、4が下流への支払い、5がダムの外から来た一度きりの収入。出所:サークルの決算資料(米証券取引委員会への提出書類)。比喩は本誌。
数字への適用:売上17%増の中身
次に、決算の数字をダムの部品に当てはめる。会社の発表資料にある損益計算書から、主要な項目を前年同期と並べた。
| 項目(ダムの部品) | 2026年7〜9月期 | 前年同期 | 前年同期比 |
|---|---|---|---|
| 準備金収入(電力) | 6億5,762万ドル | 7億1,124万ドル | −8% |
| その他の収入 | 2億726万ドル | 2,852万ドル | +627% |
| うちARCトークンの先行販売 | 1億8,200万ドル | — | — |
| 売上高と準備金収入の合計 | 8億6,489万ドル | 7億3,976万ドル | +17% |
| 同・ARC先行販売を除く(本誌計算) | 約6億8,289万ドル | 7億3,976万ドル | 約−8% |
| 販売・取引などのコスト(水利権の代金) | 4億1,163万ドル | 4億4,761万ドル | −8% |
| RLDC(手元に残る粗利) | 4億5,300万ドル | — | +55% |
| 純利益(継続事業) | 2億2,600万ドル | — | +5% |
| 調整後EBITDA | 3億1,700万ドル | — | +85% |
ここが肝心だ。17%の増収も、85%増の調整後EBITDAも、ARCの先行販売という一度きりの収入に大きく支えられている。会社自身も、調整後EBITDAの伸びの理由として「ARCトークンの先行販売収入と販売コストの減少」を挙げている。ダムの比喩でいえば、電力の売り上げは落ちたが、ダムの横で新しく掘った井戸の水を一度だけまとめて売った、という四半期である。
収入の内訳:前年同期と比べる(百万ドル)
読み方:合計8億6,489万ドルのうち、ARCの先行販売を除いた本業の収入は約6億8,289万ドルで、前年同期の7億3,976万ドルを下回る。ARC以外のその他収入は、その他収入2億726万ドルからARC先行販売1億8,200万ドルを引いた本誌計算。出所:サークルの決算資料。
公平のために、良い面も書いておく。販売・取引などのコストは4億1,163万ドルで、前年同期から8%減った。準備金収入に対する比率は約63%で、前年同期の約63%とほぼ同じ水準を保った。水利権の代金が電力の減少と同じ割合で減ったので、ダムの経営が悪化したわけではない。オンチェーンでのUSDCの取引量は13兆9,000億ドルで、前年同期比49%増えた。水は以前よりよく流れている。
水量:発行残高は1年で増えていない
もう一つ見落とせないのが、期末の水量だ。9月末のUSDCの発行残高は739億ドルで、前年同期比0%、つまり1年前とほぼ同じだった。それでも平均残高が8%増えたのは、前年の7〜9月期は期中に残高が急増しており、期中平均(本誌の逆算で約679億ドル)が期末の737億ドルを大きく下回っていたためである。会社が掲げる「景気循環を通じて年40%の残高成長」という複数年の目安と比べると、足元の水量は止まっている。
市場でのシェアも少し下がった。会社の定義する米ドル連動ステーブルコインの中でのUSDCのシェアは期末で27%、前年同期から1.83%ポイント低下した。一方で、明るい材料もある。暗号資産交換業者の世界大手バイナンスは、サークルへの1億ドルの出資と、USDCの普及に向けた提携の拡大・更新を発表した。新興国でのUSDCの利用を広げる狙いだ。上流から新しい水路を引く話であり、水量の回復につながるかどうかが今後の焦点になる。
落差:中間選挙と金利が効く理由
では、落差(金利)が動くと電力はどれだけ変わるのか。単純な計算で確かめてみる。平均残高733億ドルのまま準備金利回りが0.25%ポイント下がると、年間の準備金収入は約1億8,300万ドル、四半期では約4,600万ドル減る。7〜9月期の準備金収入の約7%にあたる。これは販売コストを引く前の数字で、実際の利益への影響はその一部になる。それでも、FRBの利下げ1回分でこれだけ動く。サークルの株は、暗号資産の株であると同時に、米国の短期金利の株でもある。
11月4日の市場は、この落差を下げる方向に動いた。米中間選挙で民主党が上下両院を制し、米国債利回りが下がった。米財務省の公表で11月3日の10年債利回りは4.95%、4日の日本時間22時27分の気配は4.921%である。ただしサークルの準備金は主に短期の国債で運用されるので、効くのは10年債より短期金利のほうだ。3日の1カ月物国債の利回りは4.03%で、今の準備金利回り3.5%を上回っている。短期金利を決めるのはFRBの政策であり、選挙が直接動かすものではない。落差の行方は、12月のFOMCまでの米国の物価と雇用の指標で決まる。
よくある誤解:「暗号資産の相場が上がればサークルは儲かる」。半分しか正しくない。ビットコインの値上がりは取引を活発にし、USDCの需要を増やすことはある。だがサークルの収入の大半は準備金の利息であって、暗号資産の値段そのものではない。7〜9月期の準備金収入が8%減った理由も、会社の説明では準備金利回りの低下であって、暗号資産の値動きではない。逆に、暗号資産が好調でも金利が下がれば、収入は減る。見るべきは相場ではなく、水量(発行残高)と落差(短期金利)である。
株価の位置と本誌の見立て
株価は前日3日の終値が72.08ドル。決算発表後の時間外取引では、日本時間22時43分に73.93ドルと約2.6%高い水準で取引された。ヤフーファイナンスによる52週の高値は140.00ドル、安値は49.90ドルで、株価は高値のほぼ半分の位置にある。市場は、先行販売で膨らんだ見た目の数字より、通期の会社見通しが変わらなかったことを好感しているようにみえる。会社は2026年通期の「その他の収入」を3億1,000万〜3億3,000万ドル(ARCの先行販売を含む)、RLDCの利益率を41.7〜43.7%とする見通しを据え置いた。
本誌の見立てを示す。次の決算(2026年10〜12月期)で、ARCの先行販売を除いた収入が前年同期を上回る確率は35%とみる。理由は2つある。第一に、期末の発行残高が1年前と変わらず、水量の増加が期待しにくい。第二に、落差を決める短期金利が今より大きく上がる材料は乏しい。逆に、この見立てが外れる条件もはっきりしている。12月末までにUSDCの発行残高が800億ドルを超えるか、FRBが利上げに踏み切れば、本業の収入は前年を上回る可能性が高まる。確率は本誌の見立てで、計算式から出したものではない。
日本の投資家にとっての意味
USDCは日本でも使える。金融庁の登録一覧によると、SBI VCトレードは2025年3月4日付で電子決済手段等取引業者として登録され、取り扱う電子決済手段はUSDCである。日本の利用者がUSDCを持つとき、受け取れる利息はない。その裏側で準備金の利息を受け取っているのが、サークルという会社だ。USDCを使う立場と、サークルの株を持つ立場では、同じ金利の変化が逆の意味を持つことは覚えておいてよい。
暗号資産の相場全体の流れは、同じ日のビットコインと民主党議会の記事で、バイナンスの流出事件の経緯はこちらの記事で扱っている。ステーブルコインをめぐる欧州の議論はECBの警告の記事にある。
まとめ:ダムの比喩で覚えて帰る3点
ダムの比喩に戻ろう。第一に、サークルの電力(準備金収入)は「水量×落差」で決まり、7〜9月期は落差の低下で8%減った。第二に、17%の増収は、ダムの横の井戸の水(ARCトークンの先行販売1億8,200万ドル)を一度だけ売った効果が大きく、それを除けば約8%の減収である。第三に、次に見るべきは期末の水量(USDCの発行残高739億ドル)と、落差を決める米国の短期金利だ。この2つが同時に上向くまで、本業の回復は数字に表れにくい。
主な参照
- サークルの2026年7〜9月期決算(損益計算書、主要指標、通期見通し、バイナンスの出資、ARCトークン)/米証券取引委員会(サークルの提出書類)、サークル投資家向け情報
- 米国債利回り(11月3日の1カ月物・10年物)/米財務省
- サークル株の終値・時間外の気配値・52週高安、米10年債利回りの気配値/ヤフーファイナンス
- 電子決済手段等取引業者の登録一覧(SBI VCトレード、USDC)/金融庁
データ基準日:2026年11月4日、日本時間22時45分時点。サークルの株価のうち72.08ドルは3日の終値、73.93ドルは4日の時間外取引の気配値で、終値ではない。米10年債利回りの4.921%は取引時間中の気配値である。決算の数値は会社の発表資料にもとづき、四捨五入の関係で合計が合わない場合がある。「ARC先行販売を除く」収入と金利感応度(0.25%ポイントで四半期約4,600万ドル)は本誌の単純計算で、販売コストや運用構成の変化は考慮していない。確率は本誌の見立てであり、将来の業績や株価を保証しない。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の銘柄や暗号資産の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。















