2024年11月6日、米大統領選の翌日。テスラの株価は1日で14.75%上げ、251.44ドルから288.53ドルになった。イーロン・マスク氏は選挙戦の終盤、トランプ氏を支援するスーパーPAC「アメリカPAC」に1億1,800万ドルを超える資金を入れていた。賭けは当たった。株価はその後も走り、12月17日の終値479.86ドルは、選挙前日から91%高い水準だった。
2年後のきょう、2026年11月4日。マスク氏は再び選挙に巨額を張り、今度は負けた。最も多くを注ぎ込んだテキサス州の上院選で、民主党のジェームズ・タラリコ氏が共和党のケン・パクストン氏を破った。民主党は上下両院の主導権も奪った。テスラ株は3日の通常取引を398.50ドル(前日比1.32%安)で終え、時間外では米東部時間19時59分に391.64ドルまで下げた。2024年の鏡に、今回はどんな像が映るのか。歴史は繰り返さないが、韻は踏む。その韻を、数字で確かめていく。
テキサスに張られた賭け金
まず賭けの大きさを確認する。推計は報道機関ごとに対象と時点が違い、数字はそろわない。CNBCは10月23日時点で、マスク氏が40の選挙に約3億6,600万ドルを投じたと計算し、今回の選挙で最大の個人献金者だと書いた。ハフポストは10月28日時点で、共和党を支援するスーパーPACへの拠出が4億4,600万ドルを超え、その大半がパクストン氏の救援に使われたと報じた。
テキサス州の上院選だけに絞ると、ニューヨーク・タイムズの分析を引くアルジャジーラとマザー・ジョーンズは、パクストン氏の支援に少なくとも2億1,200万ドル、CNBCは少なくとも1億8,960万ドルとした。フォーチュンはテキサス・トリビューンの報道として、マスク氏が共和党上院の主要スーパーPACである上院リーダーシップ基金に9月9日に7,500万ドル、9月23日に8,300万ドルを拠出し、同基金がそのたびにほぼ同額を新設の「テキサスPAC」に移したと伝えた。広告調査会社アドインパクトの集計では、10月30日時点で両候補の広告に計5億7,320万ドルが投じられ、大統領選を除けば史上最も高い選挙になった。
| 推計の対象 | 金額 | 出所(時点) |
|---|---|---|
| 中間選挙全体(40の選挙) | 約3億6,600万ドル | CNBC(10月23日) |
| 共和党支援のスーパーPACへの拠出 | 4億4,600万ドル超 | ハフポスト(10月28日) |
| パクストン氏の支援 | 少なくとも2億1,200万ドル | ニューヨーク・タイムズ(アルジャジーラ、マザー・ジョーンズ経由) |
| パクストン氏の支援 | 少なくとも1億8,960万ドル | CNBC(10月23日) |
| テキサス上院選の広告費(両候補の合計) | 5億7,320万ドル | アドインパクト(KSAT経由、10月30日) |
結果について、フォーチュンはNBCニュースとディシジョン・デスクHQの予測として、タラリコ氏が1988年以来初めてテキサス州で上院選に勝った民主党員になったと伝えた。州全体の選挙での民主党の勝利も1994年以来だという。得票差は、本稿で確認できた報道には記されていない。選挙戦でタラリコ氏は「この上院の議席はイーロン・マスクのものではない」と訴え、マスク氏はX(旧ツイッター)に「ジェームズ・タラリコには何か深刻な問題がある」と投稿していた。
テスラ株の週足終値(2024年11月〜2026年11月、ドル)
読み方:2024年11月の選挙での勝利は高値を生んだが、その後の政治をめぐる騒動で株価は大きく振れた。点は週ごとの最終取引日の終値。出所:ヤフーファイナンス(日足)、本誌集計。
2024年と2026年の対照表
| 項目 | 2024年11月 | 2026年11月 |
|---|---|---|
| マスク氏の賭け | トランプ氏の当選(アメリカPACに1億1,800万ドル超) | 共和党の議会維持とパクストン氏の当選(推計3億6,600万〜4億4,600万ドル超) |
| 結果 | 勝ち。大統領と議会の両方を共和党が握る | 負け。民主党が上下両院を奪還、テキサスの上院議席も失う |
| 翌日のテスラ株 | 14.75%高(288.53ドル) | 3日終値は1.32%安、時間外で391.64ドル。4日の通常取引はこれから |
| 株価の位置 | 選挙前日は251.44ドル、上昇の起点 | 398.50ドル。52週高値498.83ドル(2025年12月22日)から2割安 |
| 政権との距離 | 新政権の中枢に入る見通し | 大統領とは2025年の対立を経て関係を修復。議会は敵対的になる |
| 規制当局 | 行政府が味方になるとの期待 | 行政府は2029年1月まで同じ政権。変わるのは議会の調査権 |
| 同じ点 | 株価がマスク氏の政治的な立場で動く。企業の業績より先に、選挙の結果が値段に乗る | |
当時、その後に起きたこと
2024年の賭けの勝利は、長続きしなかった。それが鏡の最も重要な部分である。時系列で追う。
2024年12月17日、テスラ株は終値479.86ドルを付けた。年が明けて2025年2月15日、マスク氏の政治活動に抗議する「テスラ・テイクダウン」運動が始まり、米国とカナダを中心にテスラの販売店の前で抗議が広がった。3月10日、テスラ株は1日で15.43%下げて222.15ドルになった。12月の高値から54%安い。この日は米国株全体が売られた日でもあり、下げのすべてをブランドの問題に帰すことはできない。だが、政治と結びついた経営者の会社が、買い手の一部を失いうることを市場が意識した局面だった。
そして2025年6月5日。マスク氏とトランプ大統領の対立が表面化した。ウィキペディアのまとめによれば、この日マスク氏の資産は推計340億ドル減り、テスラ株は新型コロナ以来最悪の下げとなった。ヤフーファイナンスの日足では14.26%安の284.70ドルである。対立は6月5〜7日の第1幕と、6月28日から9月21日までの第2幕を経て、両氏はその後関係を修復した。
つまり2024年の鏡が映すのは「選挙に勝てば株が上がる」という単純な絵ではない。マスク氏の政治は、勝っても負けてもテスラ株の変動を大きくしてきた。2024年11月から2025年6月までに、テスラ株は1日に8%を超えて動いた日が14回あった(本誌計算、ヤフーファイナンスの日足)。
「今回は違う」論の検証
今回の負けがテスラにどう効くか。「今回は違う」と言える点と、言えない点を分けて見る。
違う点1:議会の調査権が敵に回る
ハフポストは選挙前の10月28日、マスク氏は中間選挙の後、召喚権を得た下院民主党の調査をほぼ確実に受けることになると書いた。同じ記事で、民主党のサム・リッカード下院議員は「彼はこの政権から何十億ドルもの税額控除や調達プログラムなどの恩恵を引き出してきた」と述べ、「イーロン・マスクを追及するなら、財布を狙え」と語っている。リッカード氏らは10月23日、スペースXの衛星通信サービス「スターシールド」の速度低下について、ホワイトハウスに調査を求める書簡を送った。
ここで重要なのは、標的がテスラ単独ではないことだ。政府との取引が大きいのはスペースXである。そしてテスラとスペースXの距離は、2024年より格段に近い。テスラは2026年3月にスペースX株を30億700万ドル分取得し、両社の取締役会は統合を検討する特別委員会を設けている(統合構想の記事)。スペースXへの議会の追及は、統合を通じてテスラ株にも跳ね返る。
違う点2:行政府は変わらない
一方で、テスラの事業を直接左右する規制当局は行政府にある。自動運転の安全規制を担う米運輸省道路交通安全局(NHTSA)は、2029年1月までトランプ政権の下にある。議会が多数派でも、大統領の拒否権を覆すには上下両院でそれぞれ3分の2の賛成が要る。無人タクシーの規制を議会が法律で縛る道は、少なくとも2年間は狭い。テスラは9月3日にオースティンで無人タクシー「サイバーキャブ」の乗車サービスを始めており(7〜9月期決算の記事)、この事業の地元テキサスで政治の風向きが変わったことの方が、目先の意味は大きいかもしれない。
言えない点:ブランドの問題は同じ形で残る
マスク氏は2020年にテキサスへ移り、テスラを2021年に、スペースXを2024年に同州へ移したとハフポストは書く。その足元のテキサスで、タラリコ氏は「イーロン・マスクは私たちの土地を、水を、そして自分専用の上院議員を買おうとしている」と訴える広告を流し、勝った。テキサス民主党のスカダー委員長は「イーロン・マスクのような人物にとって、報復が来ないと思うなら間違いだ」と語っている。政治の対立がブランドに跳ね返る構図は、2025年と同じ形で残っている。
業績の土台は2024年当時より弱い。テスラの7〜9月期決算資料によると、売上高は280億4,600万ドルで前年同期とほぼ同じ、営業利益は7億1,800万ドルで前年同期比56%減だった。手元資金は454億4,700万ドルと厚い。株価を支えているのは、利益よりも自動運転とロボットへの期待である。期待で買われる株ほど、経営者への信認の揺らぎに弱い。
日本の投資家への波及:パナソニック
東京市場では4日、テスラに電池を供給するパナソニック ホールディングス(6752)が7.01%安の3,478円(15時23分)となった。10月30日に今期の業績と配当の予想を引き上げたばかりである。この日はAI・半導体株を中心に日経平均株価が一時3,051円安まで売られた日で、パナソニックの下げをテスラの材料だけで説明することはできない。それでも、テスラの株価と経営者リスクは、日本の電池サプライチェーンにとって無関係ではない。テスラが電池の内製化を進めていることは、同社の決算資料にも記されている。
歴史が示す3つの教訓
教訓1:選挙の翌日の値動きは、その後の方向を約束しない。2024年11月6日の14.75%高のあと、テスラ株は1カ月余りで高値を付け、4カ月後には選挙前の水準を下回った。今回の小さな下げも、4日以降の方向を示すものではない。
教訓2:マスク氏の政治は、株価の変動率を上げる。勝っても負けても、2024〜2025年のテスラ株は大きく振れた。個人投資家にとって実務的な意味は、持ち高の大きさである。1日に15%動きうる銘柄として扱う必要がある。
教訓3:本当の痛みは、選挙の夜ではなく後から来る。2025年の大きな下げは、選挙から4カ月後と7カ月後だった。今回も、議会の調査が始まるのは新議会が招集される2027年1月3日以降である。
本誌の見立てを数字で置く。12月3日の年次株主総会までのテスラ株について、2025年のような15%超の下落に向かう確率を25%、350〜420ドルの範囲で推移する確率を55%、スペースXとの統合や無人タクシーの進展を材料に420ドルを上回る確率を20%とみる。下振れの確率を2024年当時より高く置くのは、業績の土台が弱く、議会という新しい敵ができたからである。
今回固有の監視点
- 日本時間4日23時30分、米国市場の通常取引の始まり。上院の結果が確定した後、初めての通常取引になる。時間外の391.64ドルを下回って始まるかが最初の試金石だ。
- マスク氏の発信。2025年6月の下げは、マスク氏自身の投稿で始まった。敗北をどう語るかが、ブランドの問題を広げるか収めるかを決める。
- 12月3日、テスラの年次株主総会。統合の話がどこまで進むか。マスク氏によれば、統合にはテスラの全株式の50%の賛成が必要になる。
- 2027年1月3日、新議会の招集。下院の委員会がマスク氏の企業を調査対象に挙げるかどうか。
- 1月上旬、10〜12月期の納車台数。政治の逆風が販売に表れるかを測る、最初の数字になる。
選挙の結果そのものと市場全体の反応は、中間選挙の速報記事で整理した。
主な参照
- テキサス上院選の結果、上院リーダーシップ基金への拠出、タラリコ氏の発言/フォーチュン(11月3日)
- 中間選挙全体の支出(約3億6,600万ドル)、パクストン氏支援(1億8,960万ドル)、両氏の投稿と広告/CNBC(10月23日)
- スーパーPACへの拠出(4億4,600万ドル超)、議会の調査、リッカード議員とスカダー委員長の発言/ハフポスト(10月28日)
- ニューヨーク・タイムズの分析(2億1,200万ドル)/アルジャジーラ、マザー・ジョーンズ
- 広告費5億7,320万ドル(アドインパクト集計)/KSAT
- 2024年のアメリカPACへの拠出/ウィキペディア(アメリカPAC)、2025年の対立とテスラ株/ウィキペディア(トランプ・マスク対立)、抗議運動/ウィキペディア(テスラ・テイクダウン)
- テスラの株価(日足・時間外)/ヤフーファイナンス、決算資料/テスラ
- パナソニックHDの株価/株探、民主党の両院奪還/NBCニュース
データ基準日:2026年11月4日(テスラ株は3日の米国市場の終値と同日米東部時間19時59分の時間外、パナソニックは4日15時23分)。時間外とパナソニックの株価は取引時間中の数値で、終値ではない。マスク氏の支出額は報道機関ごとに対象と時点が異なる推計で、本稿では統一していない。上院リーダーシップ基金への拠出の合計(1億5,800万ドル)と、同基金向けとされる別の推計(1億6,800万ドル)には差がある。テキサス上院選の得票差は確認できていない。テスラの決算数値は、本誌が10月22日の記事で同社の決算資料から引いたもので、今回はテスラのサイトに接続できず再確認していない。確率は本誌の見立てで、将来の株価を保証するものではない。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の銘柄の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。













