なぜ原油は1週間で1割近く下げたのに、市場はまだ「来年はもっと安い」とは言い切らないのか。答えは先物の値段の並び方にある。WTI原油の12月限は日本時間11月4日19時43分時点で1バレル95.29ドル、10月30日の清算値104.12ドルから8.5%下げた。それでも1年先の2027年12月限は78.72ドルで、強気・弱気どちらの予想とも離れた場所に値が付いている。
この記事では、先物の値段の並びを「下りの階段」として考えてみてほしい。いちばん上の段が今月の原油、一段下りるごとに1カ月先の原油になる。いま原油の階段ははっきりと下っている。結論を先に言えば、この階段はすでに「1年で16ドルほど安くなる」ことを織り込んでいる。米シティグループが掲げてきた60〜65ドルという弱気の予想は、その階段のさらに下、地下室ぐらいの深さにある。
一段目:今週、何が値段を押し下げたのか
順に見ていく。まず階段のいちばん上の段、つまり目先の原油を押し下げた材料だ。ロイターによると、11月2日にイランの大統領が最高指導者から和平協議についてより大きな権限を与えられたと述べ、トランプ米大統領も「イランは取引をしたがっている」と語った。この日、北海ブレント原油は7.63%下げて104.77ドルで清算した。翌3日はケシュム島への米軍の攻撃が伝わって値が荒れたが、清算値は103.60ドルで、約4週間ぶりの安値だった。この荒れ方は今朝のブレント急落の記事で詳しく書いた。
4日になっても下げは止まっていない。ブレントの1月限は19時43分時点で102.19ドル。同じ1月限の10月30日の清算値113.43ドルから見ると9.9%安い。在庫の面では、米石油協会(API)の統計で原油在庫が527万バレル減ったと報じられた。在庫が減るのは本来は値上がりの材料で、今週の下げは需給ではなく中東情勢の見方の変化で起きている。ここが肝心だ。
用語メモ。限月(げんげつ):先物の受け渡しの月。「12月限」は12月に受け渡す契約。清算値:取引所が毎日決める、その日の基準の値段で、株式の終値にあたる。逆ざや(バックワーデーション):先の限月ほど値段が安い状態。階段が下っている形である。
階段の形:1年で16ドル下る
では階段全体を見てみよう。WTIの各限月の値段を並べると、次の図になる。
WTI原油先物の限月別の値段(ドル/バレル)
読み方:先の限月ほど安い「下りの階段」になっている。1年先は今より17.4%安い。出所:ヤフーファイナンス(日本時間11月4日19時43分時点、取引時間中の値)。
12月限の95.29ドルから、3月限は90.74ドル、6月限は86.02ドル、2027年12月限は78.72ドル。12月限と2027年12月限の差は16.57ドルで、1年先の原油は今より17.4%安い値段で取引されている。ブレントも同じ形で、1月限102.19ドルに対し2027年12月限は84.40ドルだ。
なぜ階段が下っているのか。いま原油が足りないからである。今すぐ手に入る原油には、中東の供給不安の分だけ上乗せの値段が付く。一方、1年先の原油には、その頃には供給が戻っているかもしれないという期待が混ざる。つまり階段の傾きは、市場が「今の高値は一時的だ」と考えている度合いを表している。
そして興味深いのは、階段の傾きが今週ゆるやかになったことだ。12月限と3月限の差は、10月30日の6.63ドルから今は4.55ドルに縮んだ。12月限と2027年12月限の差も22.27ドルから16.57ドルになった。上の段が大きく下がり、下の段はあまり動かなかった。今週の下げは、主に「今の上乗せ」がはがれた下げだったということになる。
予想は階段のどこにあるか
ここで、各機関の予想を階段の上に置いてみる。弱気の代表がシティだ。ロイターは6月18日、シティが今後6〜12カ月で原油が下がり、2027年1〜3月期に1バレル60〜65ドルになるとみていると報じた。ホルムズ海峡の流れが正常に戻れば、値段は弱い需給の実態に「錨を下ろし直す」という理屈だった。9月3日には、ブレントの7〜9月期の予想を86ドルに上げる一方で、10〜12月期は70ドル、2027年は65ドルに据え置いたと伝えられている。この見方がその後変わったかどうか、本誌は確認できていない。
反対側にいるのがゴールドマン・サックスだ。11月2日、12月のブレント予想を90ドルから105ドルに、2027年の平均を80ドルから88ドルに引き上げたと報じられた。日量100万バレルの供給途絶を基本シナリオに置き、湾岸の生産が2025年の水準を日量350万バレル下回り続ける厳しいケースでは140ドルを想定している。米エネルギー情報局(EIA)の10月の短期見通しは、ブレントの2027年1〜3月期を約95ドル、2027年12月を72ドルと置いている。
ブレント原油:予想と先物の位置(ドル/バレル)
読み方:シティの予想は先物の2027年3月限より32〜37ドル低い。EIAの予想は先物とほぼ同じ高さにある。出所:ヤフーファイナンス、EIA、ロイター・インベスティングライブの報道。シティは60〜65ドルの幅の中央を示した。
図にすると、位置関係がはっきりする。ブレントの2027年3月限は97.48ドルで、EIAの1〜3月期予想の約95ドルとほぼ同じ高さにある。シティの60〜65ドルは、その3月限より32〜37ドル低い。2027年12月限の84.40ドルと比べても、なお約20ドル低い。シティの予想が当たるとすれば、階段の傾きどころか、階段そのものが一段丸ごと沈む必要がある。
よくある誤解:先物の値段は予想ではない
注意。「1年先の先物が78ドルだから、1年後の原油は78ドルになる」と読むのは誤りである。先物の値段は、いま売り買いする人たちが合意した値段にすぎず、在庫を持つ費用や、値下がりに備えたい生産者の売りの影響も受ける。過去を振り返っても、1年先の先物は実際の1年後の値段をしばしば外してきた。階段は「市場の今の気分」を映す鏡であって、予言ではない。
もう一つ、個人投資家に関係が深い点がある。原油価格に連動するETFの多くは、期近の先物を持ち、満期が近づくと次の限月に乗り換える。階段が下っている今は、高い段を売って低い段を買う乗り換えになる。原油の値段がそのまま横ばいでも、買い替えた先物が時間とともに上の段へ近づくので、その分が利益になりやすい。逆に階段が上りに変われば、乗り換えるたびに損が出る。原油ETFの成績が原油価格の値動きと一致しない理由の一つがこれである。
現実の数字への当てはめ:次に見る3つの日付
階段の形を変えうる日付を並べておく。まず日本時間5日0時30分の米EIA週間石油在庫統計だ。APIの在庫減が確認されれば、上の段を支える材料になる。次に11月10日のEIA短期見通し。95ドル前後に置いた2027年1〜3月期の予想が引き下げられれば、階段の下の段にも圧力がかかる。そして11月29日のOPECプラス全体会合で、2027年の生産枠が決まる。ロイターによると、主要8カ国は11月1日のオンライン会合で12月の生産目標を据え置いた。
本誌の見方を書いておく。今週の下げは中東の上乗せがはがれる動きで、階段の下の段は大きく動いていない。和平協議が具体的に進めば、上の段はさらに下がり、階段の傾きは平らに近づく。ただ、そこから下の段まで沈むには、実際の供給の回復を数字で確かめる必要がある。シティの60〜65ドルは、その回復が完全に起きた場合の値段であり、今の市場はまだその手前にいる。米国のガソリン小売価格はEIAの統計で11月2日の週に1ガロン4.153ドルと、前週より11.6セント下がった。日本のガソリン価格と補助金の関係は3日の記事で扱っている。
まとめ:階段で覚えて帰る3点
- 原油の階段は下っている。WTIは12月限95.29ドルから2027年12月限78.72ドルまで、1年で16.57ドル下る形だ。
- 今週の下げは上の段に集中し、階段の傾きはゆるんだ。中東の上乗せがはがれた下げである。
- シティの60〜65ドルは階段の下の段よりさらに約20ドル低い。そこへ向かうには、供給の回復が数字で確認される必要がある。
主な参照
- WTI・ブレントの各限月の値段/ヤフーファイナンス
- 10月30日のブレント1月限の清算値/CNBC(ロイター配信)
- 11月2日の下落とイラン情勢/ヤフーファイナンス(ロイター配信)
- シティの60〜65ドル予想(2026年6月18日)/BOEレポート(ロイター配信)
- シティの9月3日の予想/インベスティングライブ
- ゴールドマン・サックスの予想引き上げ(11月2日)/インベスティングライブ
- 短期エネルギー見通し(10月版)/米エネルギー情報局
- 米ガソリン小売価格/米エネルギー情報局
- OPECプラス主要8カ国の決定(11月1日)/CNBC(ロイター配信)
データ基準日:2026年11月4日19時43分(日本時間)。先物価格は取引時間中の気配値で、清算値ではない。ブレントの2027年12月限は同日18時41分の値。10月30日と11月2〜3日の値は清算値。シティとゴールドマン・サックスの予想は報道にもとづくもので、両社のリポート本文は公開されておらず、本誌は確認できていない。シティの9月以降の見直しの有無も確認できていない。APIの在庫統計は報道による。EIAの見通しの四半期の値は月次予想から本誌が平均した概数。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の商品や金融商品の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。















