10月29日木曜、グリニッジ標準時22時12分。オマーンの飛び地ムサンダム半島の港町ハサブから北東へ25カイリの海上で、ホルムズ海峡を外へ抜けようとしていた1隻のタンカーに、小さなボートが左舷から近づいた。英海軍系の海事安全機関UKMTOによれば、ボートは船体の喫水線より上に爆発物を2個取り付けて離れた。数分後の爆発で機関室から火が出て、船は一時、動けなくなった。
ミサイルでも無人機でもない。船に直接貼り付ける「吸着機雷(リムペットマイン)」である。日本時間では30日の朝7時過ぎにあたる。この一件が、10月最後の取引日となった30日の原油相場の空気を決めた。ニューヨーク商業取引所のWTI原油12月限は前日比2.12ドル高の104.12ドルで清算され、北海ブレントの1月限も2.63ドル高の113.43ドルで清算した。原油は4カ月続けて月間で上昇する流れだと伝えられている。本稿は、前日にフーシ派のサウジ製油所攻撃とブレント12月限の満期を扱った記事の続きにあたる。新しいのは、攻撃の「手口」が変わったことと、金曜の清算値、そして週明けに続く3つの日付である。
シーン1:ハサブ沖、機関室の火
UKMTOの報告は淡々としている。火は消し止められ、乗組員は無事で、環境への影響もない。船は次の寄港地へ向けて航海を続けた。米海事ニュースサイトのgキャプテンは、英リスク管理会社EOSリスク・グループのマーティン・ケリー氏の話として、船名を「LOUISE 1(ルイーズ・ワン)」と伝えている。
ケリー氏が気にしたのは、今回の被害の小ささではない。爆発物は喫水線の上に付けられていた。「喫水線より下に付けられた吸着機雷なら、大きな損傷と浸水を招く」と同氏は述べ、錨を下ろして待機している船に気づかれずに取り付けられる恐れがあると警告した。今回は警告射撃に近い一撃だったとも読める。
この夜の事件は1件ではなかった。米海事専門誌マリタイム・エグゼクティブによれば、同じ29日の16時(グリニッジ標準時)ごろには別のタンカーが正体不明の飛来物に当たり、3時ごろにはハサブのすぐ北で小型の木造船(ダウ船)が燃えて沈んだ。同誌は、安全保障アナリストのババク・タグバイー氏の見方として、実行したのはイラン革命防衛隊(IRGC)海軍の特殊部隊だったとも伝えている。ただし、UKMTO自身は攻撃の主体を特定していない。
ハサブ沖から週明けまでの時間軸(日本時間)
読み方:攻撃から清算まではほぼ1日。週明けは日曜のOPECプラス、火曜の米中間選挙、水曜のEIA統計と、3つの日付が続く。出所:UKMTO(gキャプテン、マリタイム・エグゼクティブ経由)、OilPrice.com、株探(MINKABU PRESS)、Oil & Gas 360、米エネルギー情報局。
巻き戻し:10月、海峡で何が積み重なったか
吸着機雷は、10月に積み上がった出来事の最後の1枚にすぎない。米エネルギー情報サイトのオイルプライス・ドットコムは27日の記事で、10月のペルシャ湾での海上事件が30件を超え、9月の14件から倍以上に増えたと伝えた。米国とイランの戦争が始まって8カ月で、海上攻撃が最も激しくなった月だという。サウジアラビアから中国への航路の運賃は1バレルあたり約33ドルに達したとも書いている。原油そのものの値段とは別に、運ぶだけでそれだけかかる計算である。
機雷そのものも新しい話ではない。本誌は10月20日に、ホルムズ海峡の機雷と1980年代の「タンカー戦争」を重ねて読んだ。当時の主役は海に浮かべる機雷だった。今回は、人がボートで近づいて船に貼り付ける。航路の掃海で取り除ける種類の脅威ではないところが違う。
そして29日、IRGCは海峡で4隻のタンカーが機雷に触れたと主張した。米中央軍は主要な航路の機雷を除去したと説明していたが、IRGCの報道官ホセイン・モヘビ氏はそれに反論するように「ホルムズ海峡の現実は、空と陸と海で決まる」と述べた。翌30日にも、IRGC海軍は「認められていない航路」を使った3隻のタンカーが燃え、爆発したと国営メディアを通じて主張した。うち1隻は約200万バレルの原油を積んで機雷に触れたという。ロイター通信はこの主張を確認できていないと伝えている。
対立軸:「選挙の後」を読む人と、「交渉」を待つ人
この1週間、原油市場には2つの物語が並んで流れていた。ひとつは、11月3日の米中間選挙が終われば、米国がイランへの軍事攻撃を再開するという物語である。オイルプライス・ドットコムは27日、選挙の後に衝突が強まるとの見方が市場で広がっていると書いた。ブルームバーグも30日、米国がイランへの攻撃を再開する兆しを受けて原油が上がったと報じている。
もうひとつは交渉の物語だ。同じ27日の記事によれば、カタールとパキスタンが米トランプ政権とイランの間を取り持ち、緊張を和らげようと動いている。この物語が強いうちは、ブレントが115ドル前後で頭を押さえられてきた。
先のケリー氏は、両方の物語にまたがる指摘をしている。マリタイム・エグゼクティブによれば、同氏はこのところ海峡でのイランの攻撃が減っていたことに触れ、それが中間選挙の前後に米国との衝突が再び起きる前触れかもしれないと述べた。同時に、船会社がUKMTOなどに攻撃を報告しない例が増えており、件数そのものが少なめに出ている可能性もあると付け加えた。静けさは、本当の静けさとは限らない。
クライマックス:金曜14時30分、ニューヨーク
30日の取引は、アジアの時間帯から熱を帯びていた。オイルプライス・ドットコムによれば、ブレントは同日のアジア取引で117ドルを付けた。この日に満期を迎えた12月限の値段である。
ニューヨーク時間の14時30分(日本時間31日3時30分)、WTI12月限は104.12ドルで清算された。前日比2.12ドル高、上昇率は2.08%である。ブレントは、指標が切り替わった1月限が113.43ドルで清算し、2.63ドル高(2.37%高)となった。満期を迎えた12月限が117ドル台で取引される一方、1カ月先の1月限は113ドル台にとどまった。目先の受け渡しほど高い値が付くこの形は、「今すぐ手に入る原油」が足りないと市場が見ていることを表す。
同じ頃、ニューヨークの株式市場は別の物語の中にいた。日本時間4時24分(ニューヨーク時間15時24分)の時点で、ダウ平均は662ドル安、ナスダック総合指数は3.29%安と、AI関連株の売りが広がっていた。COMEXの金12月限は1オンス3,889.20ドルと3.53%下げている。いずれも取引時間中の値であり、終値ではない。原油だけが別の方向へ動いた一日だった。株安は景気が冷える心配の表れだが、原油が反応したのは需要ではなく、海峡を通る供給だった。
米国内の在庫も、上昇の背景にある。米エネルギー情報局(EIA)が28日に公表した10月23日終了週の統計では、商業用の原油在庫が190万バレル減って4億1,060万バレルとなり、過去5年平均を約4%下回った。ガソリン在庫は390万バレル増えたが、ディーゼルなどの留出油在庫は150万バレル減り、5年平均を約10%下回っている。
エピローグ:日曜、火曜、水曜
物語の次の章は、3つの日付で書かれる。最初は11月1日の日曜日だ。石油輸出国機構(OPEC)とロシアなどでつくるOPECプラスの主要7カ国が会合を開く。ロイター通信が27日に関係者3人の話として伝えたところでは、12月の生産目標は据え置かれる見通しで、議論の焦点は2027年の生産枠に移りつつある。据え置きなら相場への影響は小さい。サプライズは「増産」の側にしかない。
2つ目は3日の火曜日、米中間選挙の投票日である。市場がこの日を「その後」の起点として見ている以上、結果が出た後の米政権の発言ひとつで値段が動きうる。3つ目は4日の水曜日で、EIAが通常の日程どおりなら米東部時間10時30分(日本時間5日0時30分)に10月30日終了週の在庫統計を出す。在庫の減少が5週続くかどうかが焦点になる。
本誌は、この先の筋書きを3つに分けて見ている。最も可能性が高いのは、吸着機雷のような小さな攻撃が散発的に続き、ブレント1月限が110ドル台で上下する展開で、確率はおよそ5割とみる。米国の軍事行動が再開され、ブレント1月限が満期を迎えた12月限の117ドル台を上回っていく展開はおよそ3割。カタールとパキスタンの仲介が形になり、リスクの上乗せ分がはがれる展開はおよそ2割だ。最後の道に入ったかどうかは、WTI12月限が29日木曜の清算値102.00ドルを割り込んで引けるかで判断できる。そうなれば、この1週間の「機雷の物語」は終わり、「交渉の物語」に主役が移ったと読むべきだろう。
日本の読者にとっての接点は、給油所の値段である。政府のガソリン補助は12月から段階的に縮む予定で、その仕組みは補助縮小の記事にまとめた。中東の原油価格が下がらないまま補助だけが減れば、その差は店頭の値段にそのまま出てくる。ハサブ沖の小さなボートは、遠い話のようでいて、年末の家計の数字につながっている。石油元売りの決算に表れた精製マージンの追い風については、エクソン・シェブロン・BPの決算記事で詳しく見た。
主な参照
- 吸着機雷による攻撃、船名、ケリー氏の発言、IRGCの30日の主張(2026年10月30日)/gCaptain
- 攻撃の時刻(22時12分GMT)、同日の他の事件、報告件数の過少の指摘(2026年10月29日)/The Maritime Executive
- UKMTOの報告内容、IRGC報道官の発言、アジア時間のブレント117ドル(2026年10月30日7時30分=米中部時間)/OilPrice.com
- 10月の海上事件の件数、運賃、仲介の動き(2026年10月27日)/OilPrice.com
- EIA週次在庫統計(10月23日終了週)の数値/OilPrice.com、公表日程/米エネルギー情報局
- WTI12月限の清算値104.12ドル(2026年10月31日3時50分=日本時間配信)/株探(MINKABU PRESS)
- ダウ平均・ナスダック・金・WTIの取引時間中の値(10月30日15時24分=米東部時間)/株探(MINKABU PRESS)
- ブレント1月限・WTIの清算後の気配(113.43ドル、104.12ドル)/OilPrice.com
- OPECプラス主要7カ国の11月1日会合と12月目標据え置きの見通し(2026年10月27日、ロイター通信の報道)/Oil & Gas 360
データ基準日:2026年10月30日(米東部時間)。WTI12月限104.12ドルとブレント1月限113.43ドルは30日の清算値である。ダウ平均・ナスダック・金・WTIの103.54ドルは米東部時間15時24分時点の取引時間中の値で、終値ではない。ブレント12月限の117ドルはアジア時間の取引中の値で、同限月の最終清算値は本稿では確認できていない。一部の配信は、時間外を含むWTIの通常取引終了時の値を103.09ドルとしており、清算値とは異なる。船名「LOUISE 1」は民間リスク会社の話としてgキャプテンが伝えたもので、UKMTOは船名を公表していない。攻撃の主体についての見方、米国の軍事行動の再開、IRGCの主張(3隻・4隻の被害)はいずれも報じられている段階で、本誌は独自に確認していない。「4カ月連続の月間上昇」は報道に基づくもので、9月末の清算値との比較は本誌では行っていない。OPECプラスの会合結果は本稿の公開時点で出ていない。3つの筋書きと確率は本誌の見立てであり、将来の価格を保証しない。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。















