686円。26日の東京証券取引所で、天然ガスに投資する上場投資信託「WisdomTree 天然ガス上場投資信託」(1689)はこの値で取引を終えた。日中には680円まで下げ、この1年で最も安い値を付けている。同じ日の夕方、欧州では天然ガスの指標価格が4年ぶりの高値に達した。「ガスが高い」というニュースと「ガスのETFが安い」という値札は、どちらも本当である。食い違いの理由をたどると、日本の電気代とガス代がこの冬どう動くかが見えてくる。
本記事では、まず世界の天然ガスに四つの値段があることを確かめる。次に欧州の値上がりがどの経路で日本の家計に届くのかをたどり、月々の負担を円で示す。最後に、次に値段が動く日付を並べる。米国のガスとアジアのLNG(液化天然ガス)の値段の差の仕組みは、21日の天然ガス2.9ドル、アジアLNGの10分の1で詳しく扱った。本稿はその後に起きた欧州の急騰を起点にする。
値段の分解:天然ガスには四つの値段がある
欧州の天然ガスの指標は、オランダの取引拠点の名前をとったTTFと呼ばれる。ニューヨーク商業取引所に上場するTTF先物(期近)は26日の欧州時間に、1メガワット時あたり97.35ユーロまで上げた。日本時間18時25分の時点では96.09ユーロで、23日(金)の清算値93.85ユーロより2.4%高い。米インベスティング・ドットコムは、期近物が3.6%高の97.19ユーロを付け、ほぼ4年ぶりの高値になったと伝えた。米オイルプライス・ドットコムも「2022年以来の高値」と報じている。月足でさかのぼると、これを上回っていたのは2022年12月である。
1カ月前の9月28日の終値73.44ユーロからは31%上がった。1年前(2025年10月24日)の32.02ユーロと比べると3倍である。単位をそろえて比べるため、100万BTU(英国熱量単位)あたりのドルに直すと約31.5ドルになる(26日のユーロドル1.1202ドル、1メガワット時=3.412百万BTUで本誌換算)。
同じ天然ガスの四つの値段(100万BTUあたり、ドル)
読み方:欧州とアジアのスポットは米国の12倍前後。日本の平均はその半分ほどで、原油に連動する長期契約が値上がりを和らげている。出所:Yahoo Finance(先物)、財務省の貿易統計、ブルームバーグの報道(OilPrice.com経由)。換算は本誌。
同じガスでも、どこで誰が買うかで値段は10倍以上違う。米国の指標であるヘンリーハブ(11月限)は日本時間19時34分に2.509ドルと、5.0%下げていた。暖かい天候の予報で米国内ではガスが余っている。アジアのスポット(その場で1カーゴ単位で買う取引)は、ブルームバーグによれば20日に30ドルを超え、2022年12月以来の水準となった。オイルプライス・ドットコムなどが同社の報道として伝えている。
そして日本全体の平均の値段は、それよりずっと低い。財務省が21日に公表した9月の貿易統計(速報)によると、LNGの輸入は477万9,000トン、5,905億6,100万円だった。1トンあたり12万3,574円で、税関長公示レートの平均157.43円で割ると785ドル、100万BTUに直すと約15.1ドルになる(1トン=約52百万BTUで本誌換算)。前年同月の1トンあたりの値段の約1.5倍だが、アジアのスポットの半分ほどにとどまる。日本の電力会社やガス会社が買うLNGの多くは、原油価格に連動する長期契約だからだ。米S&Pグローバルは、日本の既存の長期契約の多くが財務省の公表する原油輸入価格に連動していると伝えている。
上流をたどる:欧州はなぜ高値を払うのか
欧州の急騰の背景には、貯蔵の不足がある。インベスティング・ドットコムによれば、欧州連合(EU)の地下ガス貯蔵は容量の約74.6%しか埋まっていない。この時期としては2009年以来の低さだという。ロシアのタス通信は、欧州のガス貯蔵の業界団体GIEのデータを引いて、12日時点の貯蔵率を73.94%と伝えた。過去5年平均を14.91ポイント下回る。暖房の季節に入る前に貯蔵を十分に積み増せなかったため、冬の間はLNGの輸入に頼る度合いが高くなる。
その輸入元が細っている。世界のLNG輸出で大きな比重を占めるカタールは、ホルムズ海峡の封鎖とイランの攻撃で、ラスラファンの液化設備に被害を受けた。国営カタールエナジーは不可抗力(フォースマジュール)を宣言している。修理には最長5年かかるとの見通しを同社は示した。米エネルギー情報局(EIA)によれば、2024年には世界のLNG取引の約5分の1が、主にカタールからホルムズ海峡を通っていた。インベスティング・ドットコムは、中東から欧州へのLNGの到着が前年より約8割少ないとしている。
欧州とアジアは、残ったカーゴを奪い合う関係にある。米国やアフリカで積まれたLNG船は、高い値を付けた側へ向かう。欧州のTTFが上がれば、アジアの買い手も同じ水準まで値を上げないと船を確保できない。ロイターの報道をもとにオイルプライス・ドットコムが7月に伝えたところでは、カタールエナジーは2026年に米国産LNGをスポットで最大33カーゴ買い、日本、韓国、インドなどの顧客に回した。財務省の統計でも、9月の日本の米国からのLNG輸入額は前年同月の6.4倍(541.6%増)に膨らんでいる。
日本の手元の在庫は厚い
欧州と日本で決定的に違うのは、手元の在庫である。資源エネルギー庁が21日に公表した集計によると、大手電力会社が持つ発電用LNGの在庫は10月18日時点で254万トンだった。前年の10月末の187万トンより36%多く、2021〜2025年の10月末の平均210万トンも21%上回る。
大手電力の発電用LNGの在庫(万トン)
読み方:最新の在庫は過去平均より21%、前年の10月末より36%多い。日本は欧州と違い、高値のスポットを急いで買う立場にはない。出所:資源エネルギー庁「発電用LNGの在庫状況」(2026年10月21日公表)。
つまり日本は、少なくとも足元では「高いスポットを慌てて買う」立場にはない。ここが欧州との差であり、日本の電気代が欧州のガス価格と同じ速さでは上がらない理由の一つである。ただし在庫は冬の寒さで減る。寒波が来て在庫を補う必要が出れば、日本の買い手も30ドル台のスポットに手を伸ばすことになる。
私たちの請求書まで:値上がりは時間差で届く
欧州やアジアの値上がりは、すぐには請求書に載らない。大手電力の電気料金には燃料費調整という仕組みがあり、原油、LNG、石炭の3カ月間の貿易統計の価格をもとに毎月の調整額を決める。関西電力の公表例では、2021年11月〜2022年1月の貿易統計を、2022年4月分の料金に反映している。輸入の時点から料金までに、おおむね3〜5カ月の時差がある計算だ。
欧州のガス高が日本の請求書に届くまで
読み方:輸入の時点から料金まではおおむね3〜5カ月かかる。関西電力の例では、2021年11月〜2022年1月の貿易統計を2022年4月分の料金に反映した。出所:財務省、関西電力の公表資料をもとに本誌作成。各社の算定期間は契約によって異なる。
この順番に当てはめると、10月に高値で買われたスポットのカーゴは、年明け1〜3月ごろの料金に効いてくる。ちょうど暖房で電気とガスを最も多く使う時期である。しかも国の電気・ガス料金の支援は9月使用分で終わった。資源エネルギー庁によれば、9月使用分の支援は電気(低圧)が1キロワット時あたり3.5円、都市ガスが1立方メートルあたり14円だった。10月使用分からはこの値引きがない。
家計への換算:月いくら、年いくら
電気を月260キロワット時使う家庭と、400キロワット時使う家庭で試算した。燃料費調整の単価が1円上がるごとの負担増と、終わった支援の分を並べる。
| 変化 | 月260kWhの家庭(月/年) | 月400kWhの家庭(月/年) |
|---|---|---|
| 燃料費調整が1kWhあたり+1円 | +260円/+3,120円 | +400円/+4,800円 |
| 燃料費調整が1kWhあたり+2円 | +520円/+6,240円 | +800円/+9,600円 |
| 燃料費調整が1kWhあたり+3円 | +780円/+9,360円 | +1,200円/+14,400円 |
| 9月使用分の電気の支援(3.5円)がない場合 | +910円(1カ月分) | +1,400円(1カ月分) |
| 都市ガス月30㎥の支援(14円)がない場合 | +420円(1カ月分) | |
政府は2027年1〜3月使用分の電気・ガス料金の支援を再開する方向で調整していると、TBSやテレビ朝日系が21日に報じた。財源は今年度の予備費が軸とされる。ただし本稿執筆時点で、政府の正式な決定や支援の単価は発表されていない。上の表の負担増の一部が支援で相殺される可能性はあるが、どこまで戻るかはまだ分からない。
生活防衛と投資の接点:何に連動するかを確かめる
冒頭の天然ガスETFに戻る。東京証券取引所の銘柄資料によれば、1689はブルームバーグの天然ガス指数(米国の天然ガス先物をもとにした指数)への連動を目指す。値段の元になっているのは米国のヘンリーハブであって、欧州のTTFでもアジアのLNGでもない。欧州のガスが4年ぶりの高値を付けた日に、このETFが1年ぶりの安値を付けたのはそのためである。なお同じ資料では、NISAの成長投資枠の対象外とされている。
9月28日から10月26日までの騰落率
読み方:欧州のガスが3割上がった1カ月に、米国のガス先物をもとにする1689は9%近く下げた。名前が「天然ガス」でも、連動する値段は違う。出所:Yahoo Finance。TTFは26日18時25分の値、株価とETFは26日の東京市場の終値。本誌計算。
欧州とアジアのガス高の恩恵を受けやすいのは、むしろ国内のエネルギー株だった。26日の東京市場の終値で、国内最大の石油・天然ガス開発会社INPEX(1605)は4.90%高の4,049円、東京ガス(9531)は2.85%高の6,413円、大阪ガス(9532)は2.97%高の5,962円だった。INPEXはガスと原油の値上がりがそのまま収入を押し上げる立場にある。東京ガスと大阪ガスは、燃料の値上がりを料金に転嫁するまでの時差で、四半期ごとの利益が振れやすい。
家計の側から見れば、エネルギー株はガス代や電気代の上昇に対する一種の「保険」と考えることもできる。ただし保険料に当たる値下がりのリスクは大きい。中東の情勢が和らげば、ガス価格は短い期間で大きく下げうる。ここでは選択肢として並べるにとどめ、どれかを推奨するものではない。原油と国内のガソリン代の関係は、同じ日のブレント原油116ドル、ガソリン補助金に出口論で扱った。
本誌の見通し:TTFは2週間で85〜105ユーロ
| シナリオ | 確率(本誌) | TTF(期近、1MWhあたり) | きっかけ |
|---|---|---|---|
| 基本:高止まり | 50% | 85〜105ユーロ | 中東からの供給は戻らず、寒さも平年並み |
| 上振れ:100ユーロ定着 | 25% | 105ユーロ超 | 欧州に寒波、またはLNG船への攻撃が続く |
| 下振れ:急反落 | 25% | 85ユーロ割れ | 米国とイランの交渉が進み、ホルムズ海峡の通航が戻る兆し |
本誌は高止まりを基本とみる。貯蔵の不足は数週間では埋まらず、冬の需要はこれから本番を迎える。一方で、インベスティング・ドットコムによれば、カタールの仲介役がテヘランで米国と連絡を取りながら緊張緩和を探っている。交渉が実を結べば、上げ幅の大きかった分だけ下げも速い。終値で85ユーロを割り込めば、本誌は基本シナリオを下振れ側へ切り替える。
日本の平均輸入価格については、年内に大きく下がる展開は見込みにくいとみる。長期契約の値段を決める原油は、ブレントが23日に116.72ドルと高い水準にある。スポットの値上がりは、在庫の厚い日本には遅れて、薄く届く。その分、年明けの料金への影響は長引きやすい。
次に請求書へ届く変化の日付
| 日付 | 出来事 | 家計への意味 |
|---|---|---|
| 毎週(次回は10月25日時点分) | 資源エネルギー庁が発電用LNGの在庫を公表 | 在庫が平均を割り込めば、日本もスポットを買う側に回る |
| 10月29日(木)〜30日(金) | 欧州中央銀行と日銀の金融政策決定会合 | 円相場を通じて、円建ての燃料価格に効く |
| 10月下旬〜11月下旬 | 大手電力が12月分・1月分の燃料費調整単価を順次公表 | 夏の高い燃料価格がどこまで料金に乗るかが分かる |
| 11月18日(水) | 財務省が10月の貿易統計(速報)を公表 | 10月のLNGの輸入価格。年明けの料金の材料になる |
| 時期未定 | 政府が1〜3月の電気・ガス料金の支援を決定するか | 支援の単価次第で、上の換算表の負担増が一部相殺される |
ホルムズ海峡の封鎖がエネルギーの安全保障に突きつけた課題は、ホルムズ海峡危機が突きつける化石燃料依存の終焉で論じた。
主な参照
- TTFの値動き(3.6%高の97.19ユーロ、ほぼ4年ぶりの高値)、EUの貯蔵率、中東からのLNGの到着、カタールの仲介/Investing.com(2026年10月26日)
- TTFが2022年以来の高値/OilPrice.com(Pressbee転載)(2026年10月26日)
- TTF先物、ヘンリーハブ先物、ユーロドル、国内株とETFの価格/Yahoo Finance
- アジアのLNGスポットが30ドル超、2022年12月以来(ブルームバーグの報道)/OilPrice.com、Inspenet(2026年10月20日)
- 9月の貿易統計(LNGの輸入量・輸入額、米国からの輸入、税関長公示レート)/財務省、財務省(次回公表日)
- 日本の長期契約の価格連動/S&P Global
- EUの貯蔵率(12日時点、GIEのデータ)/タス通信
- カタールの不可抗力宣言、修理期間、米国産LNGの購入/OilPrice.com(ロイターの報道)
- ホルムズ海峡を通るLNG取引の比重/米エネルギー情報局
- 発電用LNGの在庫(10月18日時点)/資源エネルギー庁
- 電気・ガス料金の支援単価(2026年7〜9月使用分)/資源エネルギー庁
- 燃料費調整の算定期間と反映月(2022年4月分の例)/関西電力
- 1〜3月の電気・ガス料金支援の再開を調整/TBS NEWS DIG、テレビ朝日系(ANN)
- 1689の連動対象とNISAの扱い/日本取引所グループ
- 欧州中央銀行と日銀の会合日程/欧州中央銀行、日本銀行
データ基準日:2026年10月26日19時40分(日本時間)。TTFの96.09ユーロは日本時間18時25分、ヘンリーハブの2.509ドルは19時34分の取引時間中の値で、終値ではない。93.85ユーロと9月28日の73.44ユーロ、1年前の32.02ユーロは各日の清算値。INPEX、東京ガス、大阪ガス、1689の株価は26日の東京市場の終値。100万BTUへの換算は本誌によるもので、換算係数によって数値は多少ずれる。アジアのスポット価格は報道ベースで、指標の公式な評価値は確認していない。EUの貯蔵率は報道により数値と比較の基準が異なる。政府の電気・ガス料金支援の再開は報道段階であり、正式決定ではない。シナリオと確率は本誌の判断であり、将来の価格を保証しない。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の銘柄の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。アイキャッチ画像:「LNG Carrier Alto Acrux」by kenhodge13(Flickr、CC BY 2.0、トリミング)。
















