4,865円。2026年1月28日、信越化学工業(4063)の株価はこの値で取引を終えた。前日比11.16%安で、2019年以降の決算翌日の値動きとしては最大の下げだった。前日の夕方、同社は10〜12月期の決算と同時に、一部株主による1,400億円相当の株式の売り出しを発表していた。そこから株価は6月3日に7,806円まで6割上げ、きょう10月26日は5,783円で引けた。高値から26%下の水準で、同社は27日(火)15時30分に4〜9月期の決算を発表する。
本記事は、同社自身が公表した過去29回の決算発表日を鏡にして、翌日の値動きの幅を確率で示す。結論を先に書く。鏡が映すのは「10月の決算は静か」という韻である。ただし今年は、その韻を崩しうる材料が三つ重なっている。
29回の記録:大きく動くのは1月と7月だった
信越化学のIR資料室には、2019年7月以降の決算説明電話会議の要旨が29回分ある。その日付を決算発表日とし、発表日の終値と翌営業日の終値を比べた。翌日に5%を超えて動いたのは29回中8回(28%)で、上げが4回、下げが4回だった。値動きの絶対値の平均は4.01%である。
時期で分けると、景色ははっきり変わる。直近3年の12回では5%超が6回あり、平均の振れ幅は5.46%に広がった。それ以前の17回は5%超が2回、平均2.99%にとどまる。もう一つの区分は月だ。10月の決算は7回あり、7回とも翌日の値動きが5%以内に収まった。最大は2023年の4.39%高、平均の振れ幅は2.50%である。大きく動いたのは、通期予想を初めて出す7月と、資本政策が重なった1月だった。
信越化学の決算翌日の値動き(直近12回)
読み方:直近12回のうち6回で5%を超えて動いた。10月の上期決算(2023〜2025年)は3回とも5%以内だった。発表日の終値から翌営業日の終値までの変化率。出所:信越化学工業のIR資料(発表日)、Yahoo!ファイナンスの日足終値から本誌計算。
当時と今の対照表
鏡に映す過去は二つある。一つは冒頭の2026年1月、もう一つは1年前の2025年10月の上期決算だ。後者は今回と同じ時期の決算で、同じく「通期予想を据え置くかどうか」が問われた。
| 項目 | 2025年10月(前年の上期決算) | 2026年1月(売り出し発表) | 2026年10月(今回) |
|---|---|---|---|
| 発表日/翌日の値動き | 10月24日/−3.67% | 1月27日/−11.16% | 10月27日/? |
| 通期予想と市場予想 | 経常利益の会社予想7,000億円は、市場予想を5.7%下回った | 9カ月で7月の予想の約8割に到達と説明 | 会社予想7,700億円に対し、市場予想は7,994億円(3.8%上) |
| 資本政策 | 大型の自社株買いで手元資金が減ったと説明 | 1,400億円相当の売り出しと、約1,000億円の自社株買いの予定 | 7月に2,500億円の自社株買い。中間配当は記念配当20円込みで78円の予定 |
| 半導体ウエハー | 300mmの需要は回復基調 | AI向けが好調、従来分野も底入れ | 300mmは各社フル稼働。6月の出荷数量は単月で過去最高 |
| 塩化ビニル(塩ビ) | 中国からの輸出で需給が緩む | 市況は底打ち、値上げに着手 | 5月後半からアジアで値上げが巻き戻し |
| 株価の位置 | — | 年初来安値(4,865円) | 6月の高値7,806円から26%下(5,783円) |
同じ点は、会社予想が市場予想を下回ったまま上期決算を迎える構図だ。1年前、マネックス証券の銘柄スカウターによれば、同社の上期の経常利益3,673億円はアイフィスのコンセンサスを1.6%下回り、通期予想7,000億円は据え置かれた。翌日は3.67%安だった。今年も、アイフィスの集計(株予報Pro、10月23日時点)で通期の経常利益の市場予想は7,994億円と、会社予想7,700億円より3.8%高い。
違う点は、事業の重心である。1年前は塩ビの市況悪化が利益を削っていた。いまは半導体材料が利益の過半を稼ぐ。4〜6月期の営業利益1,737億円のうち、電子材料事業が1,019億円と59%を占めた。
当時その後に起きたこと
信越化学の株価(2025年10月1日〜2026年10月26日、日足終値)
読み方:売り出しを嫌気した1月28日の4,865円を底に6月3日まで60%上げ、7月の通期予想で流れが変わった。出所:Yahoo!ファイナンスの日足終値(株式分割を調整済み)。
2026年1月の11%安は、決算そのものより売り出しへの反応だった。決算説明会で斉藤恭彦社長は、売り出しの狙いを株式の流動性向上と株主層の多様化と説明した。受け渡し後には、残り約1,000億円の自社株買いを実施するとも述べている。株価は1月28日の4,865円を年初来安値に反転した。6月3日の7,806円まで、約4カ月で60%上げた。
その上昇を止めたのが7月24日の第1四半期決算だった。同社はこの日、2027年3月期の通期予想を初めて公表した。営業利益7,000億円(前期比10.2%増)、経常利益7,700億円である。社長は電話会議で「この業績予想がアナリストの予想を下回るものであることは認識しており、その差は生活環境基盤材料セグメントで生じている」と述べた。同じ日に2,500億円の自社株買いも打ち出したが、翌営業日の27日は8.30%安だった。始値は3.42%安で、取引時間中に下げ幅を広げた。1年前の2025年7月も、初めての通期予想を出した翌日に9.45%下げている。
「今回は違う」論の検証
違い1:AI半導体株の急落のさなかにある
フィラデルフィア半導体株指数(SOX)は23日(金)の終値が10,779で、52週高値(取引時間中)の14,655から26%下にある。東京ではキオクシアが高値から65%下げた(キオクシア、高値から65%安|2018年の鏡)。信越化学の株価も、6月高値からの下落率はSOXとほぼ同じ26%である。
ただし、事業の状況は株価ほど悪くない。7月の電話会議で同社は、300mmウエハーについて「ウエハーメーカー各社とも現在既にフル稼働の状況」と説明した。今後は「ウエハーメーカー能力律速」になりつつあり、7〜9月期以降も高水準が続くとの見方である。6月の300mmウエハーの出荷数量は、単月として過去最高だった。需要が供給能力を上回る局面では、価格交渉の主導権は売り手に移りやすい。決算の数字が強くても株価がセクターに引きずられるのか。それとも数字が株価をセクターから引き離すのか。これが今回の第一の分岐である。
違い2:塩ビの弱さは7〜9月期に表れやすい
米国の塩ビ子会社シンテックは12月期決算のため、信越化学の連結には1四半期遅れで取り込まれる。つまり信越化学の7〜9月期には、シンテックの4〜6月期が入る。同社は7月に、海外市場の値上げが「5月後半から巻き戻しを被っている」と説明した。アジアでの在庫の積み増しと需要の減退が理由だという。この巻き戻しの影響が、今回の決算に出やすい。生活環境基盤材料事業の営業利益は、4〜6月期に前年同期比34%減の348億円だった。前期の1〜3月期には185億円まで落ちている。
4〜6月期の営業利益:前年同期からの増減(億円)
読み方:半導体材料の増益188億円を、塩ビ・か性ソーダの減益180億円がほぼ打ち消した。7〜9月期にはシンテックの4〜6月期(値上げの巻き戻し局面)が入る。出所:信越化学工業の2027年3月期第1四半期決算短信。
違い3:翌日の反応は中銀イベントの前に出る
今週は29日(木)未明に米連邦公開市場委員会(FOMC)の結果、30日(金)に日銀の決定会合の結果が出る。信越化学の決算翌日にあたる28日(水)の値動きは、これらの前に出る。決算の中身が比較的素直に株価に表れやすい日程である。今週の他の主力株の決算(日立・キーエンス・カプコン決算|翌日5%超は22回)には、中銀の結果と重なるものもある。
為替の影響は小さい。同社は7月以降の想定為替レートを1ドル=160円程度とし、経常利益の為替感応度を1円あたり年間37億円としている。欧州中央銀行(ECB)の参照レートで見た7〜9月のドル円の平均は159円29銭で、想定とほぼ同じだった。下期を157円で見直すと仮定しても、本誌の試算では経常利益への影響は約55億円にとどまる。通期予想の0.7%程度である。
歴史が示す3つの教訓
- 大きく動くのは、予想が「出る日」と資本政策の日である。5%超の8回のうち、2025年以降の4回はいずれも、通期予想の初公表(7月)か売り出しの発表(1月)、あるいは本決算(4月)の日だった。10月の上期決算は7回とも5%以内で、通期予想がすでに出ているぶん、驚きは小さくなりやすい。
- 会社予想は控えめに見えて、よく当たる。2025年7月に出した2026年3月期の営業利益予想は6,350億円で、実績は6,352億円だった。経常利益も予想7,000億円に対し実績7,082億円である。当時は市場予想の方が高かったが、結果は会社予想に近かった。市場予想との差を「上方修正の余地」とみなすのは早計である。
- 自社株買いは下げを止めない。2026年7月は2,500億円の自社株買いと同時の発表でも、翌日は8.30%安だった。株価を決めたのは還元策ではなく、利益の見通しだった。
本誌の確率:翌日5%超は35%
過去29回全体で見ると、5%超の確率は28%になる。直近3年の12回では50%、10月だけに限れば7回中0回だ。本誌は、振れ幅が大きくなった最近の地合いを重く見て、28日(水)の終値で5%を超えて動く確率を35%とみる。方向は下にやや傾ける。株探によれば信用倍率は18.41倍(23日時点)と、買い残が売り残を大きく上回る。失望したときに売りが出やすい需給である。
| シナリオ | 確率(本誌) | 28日終値の値動き | きっかけ |
|---|---|---|---|
| 基本:静かな10月 | 65% | ±5%以内 | 通期予想を据え置き。電子材料は堅調、塩ビは想定内の弱さ |
| 下振れ | 20% | 5%超の下落 | 塩ビの落ち込みが想定より深い、または通期予想の引き下げ |
| 上振れ | 15% | 5%超の上昇 | 通期予想の引き上げ、ウエハー値上げの明言、追加の株主還元 |
中期の見方も添える。株予報Proによると、アナリスト14人の目標株価の平均は7,991円で、14人中11人が「強気」の評価だった。株価はその平均を大きく下回る。それでも本誌は、半導体株全体の調整が続く限り、決算だけで6月の高値圏に戻るのは難しいとみる。2027年3月期の通期予想が引き下げられた場合、この見方はさらに慎重な方向へ修正する。
今回固有の監視点
27日15時30分の発表で、個人投資家が最初に確かめたい数字を並べる。7〜9月期の経常利益の目安は本誌の計算である。通期予想7,700億円から4〜6月期の実績1,921億円を引くと、残り3四半期で5,779億円になり、1四半期あたり約1,926億円が必要だ。市場予想7,994億円から逆算すると約2,024億円になる。
| 確認するもの | 前回の値 | 株価に追い風 | 株価に逆風 |
|---|---|---|---|
| 7〜9月期の経常利益 | 4〜6月期1,921億円 | 約2,024億円超(市場予想の水準) | 約1,926億円未満(会社予想の水準を下回る) |
| 通期の営業利益予想 | 7,000億円 | 引き上げ(市場予想は7,322億円) | 引き下げ |
| 電子材料事業の営業利益 | 1,019億円 | 1,000億円台を維持、ウエハー値上げの進展 | 前四半期から減益 |
| 生活環境基盤材料事業の営業利益 | 348億円 | 300億円台を維持 | 1〜3月期の185億円に近づく |
| 中間配当 | 予定78円(記念配当20円を含む) | 予定どおり決議、追加の還元策 | — |
| 下期の想定為替レート | 1ドル=160円程度 | — | 円高方向への見直し(影響は小さい) |
数字の次に聞きたいのは、電話会議での言葉だ。7月に同社は、ウエハーの長期契約の一部が来年いっぱいで満了すると説明し、投資を支える価格設定に取り組むと述べた。契約更新の進み具合と値上げの手応えが語られれば、塩ビの弱さを補う材料になる。逆に、塩ビの値上げが再び巻き戻されているとの説明が出れば、下期への慎重さが株価に重くのしかかる。
26日の東京市場は日経平均が503円下げ、半導体株が指数を押し下げた(日経平均503円安、3銘柄で603円の押し下げ)。信越化学は0.74%安の5,783円だった。
主な参照
- 決算発表の日時(10月27日15時30分)/信越化学工業 IRカレンダー
- 2027年3月期第1四半期決算短信(セグメント別・四半期推移・通期予想)/信越化学工業
- 第1四半期決算説明電話会議要旨(ウエハー、塩ビ、想定為替、自社株買い)/信越化学工業
- 2026年3月期第3四半期決算説明電話会議要旨(売り出し)/信越化学工業
- 2026年3月期第1四半期決算説明電話会議要旨(前期の通期予想)/信越化学工業
- 創立100周年記念配当の実施及び配当予想の修正/信越化学工業
- 過去の決算説明会資料(決算発表日の一覧)/信越化学工業 IR資料室
- 通期予想とアイフィスのコンセンサス(2025年10月、2026年7月)/マネックス証券 銘柄スカウター、同
- 市場予想(10月23日時点)と目標株価の平均/株予報Pro、同
- 26日の終値と信用倍率/株探
- 塩ビの市況を慎重に見た通期予想/ニュースイッチ(日刊工業新聞)
- 株価の日足終値/Yahoo!ファイナンス、ドル円の参照レート/欧州中央銀行
データ基準日:2026年10月26日の東京市場の終値(信越化学工業5,783円)。SOXは23日(金)の米国市場の終値、52週高値は取引時間中の値。決算翌日の値動きは、決算説明電話会議の日付を発表日とみなし、発表日の終値から翌営業日の終値までの変化率で計算した。過去の発表時刻はすべてを確認できておらず、一部が取引時間中だった場合は値動きの一部を取りこぼしている可能性がある。市場予想はアイフィスの集計で、情報ベンダーによって差がある。7〜9月期の経常利益の目安とドル円の影響は本誌の試算であり、会社や市場の予想ではない。シナリオと確率は本誌の判断で、将来の株価を保証しない。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の銘柄の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。















