似た損益図に正反対のリスク——BWBとレシオ・スプレッド

似た損益図に正反対のリスク——BWBとレシオ・スプレッド

オプション戦略の損益図には、たちの悪い罠がある。まったく違うリスクを持つ二つの構造が、画面の中ではほとんど同じ形に見えることだ。その代表例がブロークンウィング・バタフライ(BWB)とレシオ・スプレッドである。どちらも「山」の形をした損益図を持ち、中央付近だけを見れば見分けがつかない。しかし片方は最大損失が一つの数字で言い切れる「損失限定」の構造、もう片方は横軸を伸ばした先で損失が無限に開いていく構造だ。本稿では二つを並べて分解し、「リスク限定に見える形」をどう検証すべきかまで落とし込む。

要点を先に:BWBはバタフライの翼を左右非対称にした構造で、クレジットで建てられれば片側の翼には損失が発生しない(代償は反対側の広い翼=限定だが実在する損失)。レシオ・スプレッドはBWBから遠い買い翼を1枚抜いた構造で、余った売りレッグが裸になるため損失は無制限。両者の差はたった1枚の買いオプションであり、チャートの表示範囲を狭くすると、その差は見えなくなる。

重要:レシオ・スプレッドは裸の売りレッグを含み、損失が無制限に拡大し得るハイリスク戦略である。本稿は仕組みの解説であり、特定の取引の推奨ではない。スプレッドの基礎は垂直スプレッドを先に読んでほしい。

出発点:対称なバタフライの「山」

通常のバタフライは「コール100買い×1・コール105売り×2・コール110買い×1」のように、中央の売り2枚を等距離の買い2枚で挟む。少額の支払い(デビット)で建ち、満期に指数が中央の105にいれば最大利益、どちらへ大きく外れても損失は支払ったデビットまで——上下とも閉じた、対称な山だ。レンジ想定でプレミアムを取りにいく点はアイアンコンドルと同系統だが、バタフライは「一点狙い」の性格が強い。ここから翼を歪めると、性格の違う二つの構造が生まれる。

ブロークンウィング:翼を歪めてクレジットに変える

BWBは片方の買い翼だけを遠くへずらす。例えば「コール100買い・コール105売り×2・コール115買い」——右の翼だけ幅を5から10へ広げた形だ。遠い権利行使価格ほどオプションは安いから、翼を広げた分だけ建玉コストが下がり、うまくいけば受け取り(クレジット)で建てられる。ここでは純クレジット0.3の例で考える。

ブロークンウィング・バタフライの満期損益(クレジット0.3の例) -5 +0 +5 90 95 100 105 110 115 120 125 C100買い C105売り×2 C115買い 下側は損失ゼロ(+0.3) 最大 +5.3 損失は −4.7 で頭打ち 満期時の指数水準(例示) 損益(ポイント) 翼の幅を左右非対称(5と10)にすることでクレジットで建ち、狭い側の翼には損失が発生しない。数値は説明用の例。
図:クレジットで建てたBWBは、動かない・下がる側では損失が出ない。その代償が反対側の広い翼=実損(−4.7)であり、損失は限定されているが小さくはない。

「片側無リスク」の代償

クレジットで建ったBWBは、指数が下がっても動かなくても+0.3が残る——狭い側の翼には損失が存在しない。その代償が広げた側の翼だ。105と115の間で損益は急坂を下り、115から先は−4.7で頭打ちになる。損失は限定されているが、小さくはない。最大利益+5.3と最大損失−4.7がほぼ釣り合った、「片側だけ無料の保険を付けた一点狙い」と読むのが正確だ。なお「クレジットで建つかどうか」は板の中値ではなく約定後の純額で決まる点は、他の複数レッグ構造と同じである。

レシオ・スプレッド:横軸を伸ばすと現れる「開いた口」

今度はBWBから115コールの買いを1枚抜いてみる。残るのは「コール100買い×1・コール105売り×2」——これがコール・レシオ・スプレッド(1×2)だ。売り2枚に対して買いが1枚しかないため、売りコールの1枚は裸になっている。買い翼を省いた分クレジットは厚くなる(例では+1.0)。そして損益図を115あたりまでしか描かなければ、BWBとほとんど同じ山に見える。

横軸を伸ばすと別物になる——BWBとレシオ1×2(同じ形の罠) -20 -15 -10 -5 +0 +5 90 100 105 110 115 120 125 130 135 レシオの損益分岐 111 115=買い翼の有無が分かれる点 BWB:−4.7で止まる レシオ:落ち続ける 満期時の指数水準(例示) 損益(ポイント) BWB(115C買いあり) レシオ1×2(買い翼なし)
図:110あたりまでのチャートしか見なければ両者はほぼ同じ形に見える。差は115コールを1枚買っているかどうかだけ——その1枚が「損失限定」と「損失無限」を分ける。

差が現れるのは115から先だ。BWBは買い翼が効いて−4.7で止まる。レシオは止まるものがないので、指数が上がるほど損失が直線的に膨らみ続ける。損益分岐の111を超えた「想定以上にうまく上がった相場」で、損失が無限に開いていく——強気方向の急騰で破綻する、一見強気の建玉という、直感に反する性質を持つ。個人投資家がレシオを「リスク限定」と誤認する事故は、たいていチャートの右端が115で切れていることから始まる。

見分け方はレッグの枚数:売り枚数−買い枚数を数える。差がゼロなら裸のレッグはなく、損失はどこかで止まる。差が1枚でもあれば、その方向の損失は無制限だ。損益図の「形」ではなく「枚数の差」で判定する習慣が、この罠への最も確実な防御になる。

スキューがプット型とコール型を別物にする

もう一つ、教科書が省きがちな論点がある。同じ1×2でも、プットで組むかコールで組むかでまったく別の取引になることだ。株価指数のオプション市場では、暴落への保険需要がプット側のインプライドボラティリティを恒常的に押し上げている(ボラティリティ・スキュー)。売り2枚が高く売れるプット型は有利に、安くしか売れないコール型は不利に働く。

スキューが同じ「1×2」を別物にする(モデル試算・日経225) 受取クレジット(ポイント) 723.4 プット1×2 319.5 コール1×2 損益分岐までの距離(σ) 1.18σ プット1×2 0.9σ コール1×2 コール型は1σの内側で損益分岐——しかも上方向は無制限 ブラック・ショールズ・モデルによる試算(日経VI終値30.55・実在の権利行使価格グリッドで2026年9月上旬に計算)。実勢気配ではない。 プットの需要(保険買い)がプット側のIVを押し上げるため、同じ構造でも売れる価格がまったく違う。
図:形は同じ1×2でも、スキューによりプット型はクレジット723ポイント・損益分岐1.18σ、コール型は319ポイント・0.90σ。コール型は1標準偏差の内側で損失圏に入り、しかも上方向の損失は無制限だ。

日経225の実在の権利行使価格グリッドを使ったモデル試算(ブラック・ショールズ、日経VI終値30.55基準・2026年9月上旬計算)では、プット1×2の受取クレジットが723.4ポイント・損益分岐までの距離が1.18標準偏差だったのに対し、コール1×2は319.5ポイント・0.90標準偏差——つまり1σの内側で損失圏に入り、しかもその先の損失は無制限だった。同じ「形」でも、実務で検討に値するのはプット型で、コール型は教材(悪い例)として知っておく戦略、というのが正直な整理になる。

米国の教科書が通用しない点:バックスプレッド(1×2の売買を逆にした形)について、米国の解説には「クレジットで建てられるため、外れた側でも損失は出ない」という定番の一文がある。しかし同じモデル試算では、日経225のバックスプレッドはコール型520.3ポイント・プット型423.7ポイントとどちらも支払い(デビット)になった。スキューと金利の環境が違えば、米国のセオリーはそのままでは移植できない。

日本で組む場合の現実

日経225オプションには複数レッグの一括執行(ストラテジー注文)がなく、全レッグを個別に約定させる。1レッグ1ティックの控えめな仮定でも、約定コストは受取プレミアム比でプット1×2が約2.1%、4本足のプットBWBでは約15.2%に達する(モデル試算)。ミニオプションの実勢スプレッドは2〜5ティックが珍しくないため、レッグ数の多いBWBは建てた瞬間に設計上の優位の大半を失いかねない。執行摩擦・ミニオプションの仕様・ヨーロピアン式決済の利点はジェイド・リザードの解説で詳しく扱ったが、結論は同じだ——精密な構造ほど、日本では「満期まで持ち切る前提」で設計する。SQでの現金決済なら出口の約定コストはゼロで済む。

「リスク限定」を確かめる三つの質問

  • 売り枚数−買い枚数はゼロか。1枚でも売りが余っていれば、その方向の損失は無制限だ
  • 横軸を大きく伸ばして描いたか。最終の権利行使価格から±20〜30%先まで描いて初めて、開いた口が見える
  • 最大損失を一つの数字で言えるか。「たぶん大丈夫」ではなく金額で即答できなければ、それはリスク限定の建玉ではない

裸の売りレッグへの警告:2024年8月5日、日経平均は1日で−12.40%・−4,451.28円という史上最大の下げ幅を記録した。裸の売りを含む建玉のプレミアムは、この種の日が「起きない」前提の分だけ魅力的に見える。三つの質問のどれかに答えられない建玉は、こうした日に口座ごと持っていかれる候補である。

まとめ:形ではなく構造を読む

BWBとレシオ・スプレッドの差は、遠くの買いオプションたった1枚だ。その1枚が「最大損失−4.7」と「損失無制限」を分け、チャートの表示範囲を狭めるとその差は完全に見えなくなる。さらに同じ形でも、スキューはプット型とコール型を別の取引に変え、米国のセオリー(バックスプレッドはクレジット)は日経225ではそのまま通用しない。損益図は結論ではなく入口であり、読むべきはレッグの枚数・約定後の純クレジット・横軸の外側——つまり形の裏にある構造である。

結論:個人投資家が押さえるべき順番は明確だ。まず「売り枚数−買い枚数」で裸のレッグを数える。次に横軸を伸ばして描き直す。最後に最大損失を金額で言い切る。この三つを通過しない建玉は、どれほど美しい山の形をしていても建てない——それが、複雑なオプション構造と付き合うための最小限の規律である。

主な参照資料

よくある質問(FAQ)

バタフライとブロークンウィング・バタフライの違いは何ですか?

翼の対称性です。通常のバタフライは中央の売り2枚を等距離の買い2枚で挟む対称形で、少額の支払いで建ちます。BWBは片方の買い翼だけを遠くへずらした非対称形で、翼を広げた分コストが下がり、クレジットで建てられれば狭い側の翼には損失が発生しなくなります。代償は広げた側の翼の損失が大きくなることです。

BWBはなぜクレジット(受け取り)で建てられるのですか?

遠い権利行使価格のオプションほど安いためです。買い翼を遠くへずらすと買いのコストが下がり、中央の売り2枚の受取がそれを上回れば差し引きがプラスになります。ただしクレジットで建つかどうかは板の中値ではなく、全レッグ約定後の純額で決まります。

レシオ・スプレッドは損失限定ですか?

限定ではありません。売り2枚に対して買いが1枚しかないため、余った売りレッグが裸になり、その方向へ指数が動き続ける限り損失は無制限に拡大します。損益図を狭い範囲で描くとBWBと同じ形に見えることが、この誤認の主因です。

プット型とコール型の1×2はどちらが実務的ですか?

一般にプット型です。指数オプションでは保険需要がプット側のIVを押し上げる(スキュー)ため、売り2枚が高く売れます。モデル試算ではプット1×2のクレジットが723.4ポイント・損益分岐まで1.18σだったのに対し、コール型は319.5ポイント・0.90σと、1標準偏差の内側で損失圏に入るうえ上方向の損失は無制限でした。

バックスプレッドなら「クレジットで建てれば反対側のリスクはない」のでは?

米国の教科書の定番ですが、日経225にはそのまま当てはまりません。モデル試算ではコール・バックスプレッドが520.3ポイント、プット型が423.7ポイントと、どちらも支払い(デビット)になりました。スキューや金利の環境が違えば、クレジット前提のセオリーは成立しないことがあります。

日経225オプションでBWBやレシオは組めますか?

組めますが、複数レッグを一括執行するストラテジー注文がないため全レッグを個別に約定させる必要があります。約定コストはモデル試算でプット1×2が受取プレミアムの約2.1%、4本足のプットBWBでは約15.2%に達し、実勢スプレッドではさらに大きくなり得ます。レッグ数の多い構造ほど、満期(SQ)まで持ち切る前提の設計が現実的です。

※本稿は教育目的であり、特定のオプション取引の推奨ではない。損益図の数値は説明用の例、クレジット・損益分岐・約定コストの数値はブラック・ショールズ・モデルによる試算(日経VI終値30.55基準・2026年9月上旬計算)であり、実勢気配ではない。オプションの売りには受取プレミアムを大きく超える損失リスクがあり、投資判断は自身の責任で行ってほしい。