なぜ、ユーロ圏の物価が4%に達してもユーロドルは上がらないのか。答えは、天秤の反対側の皿にある。為替レートは二つの通貨の重さ比べであり、ユーロの皿に載った材料より、ドルの皿に載った材料のほうが今は重い。11月6日22時30分(日本時間)の米10月雇用統計は、そのドルの皿に次の重りを載せるかどうかを決める。
ユーロドルは日本時間6日7時42分時点で1.1222ドル(取引中の値)。4日に1.1265ドルを上抜けたものの、5日は1.1207〜1.1271ドルの値幅で行って来いとなった。本稿の見立ては、雇用統計の前後は1.1150〜1.1300ドルの往来、12月の両中銀会合までは上値の重い展開が本線である。
天秤の仕組みを順に見ていく
為替を天秤として考えてみてほしい。左の皿にユーロ、右の皿にドルが載っている。皿の重さを決める最大の材料は金利、正確には「これから金利がどう動くと市場が見ているか」である。重い皿の通貨が買われ、ユーロドルの数字は右の皿が重くなるほど下がる。
ここが肝心だ。天秤は片方の皿だけでは動かない。ユーロ圏の物価が上がってユーロの皿が重くなっても、同じ時期にドルの皿がもっと重くなれば、天秤はドルの側に傾く。今のユーロドルは、まさにその状態にある。
用語メモ。政策金利:中央銀行が決める短期金利。欧州中央銀行(ECB)は預金ファシリティ金利、米連邦準備制度理事会(FRB)はフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標を使う。非農業部門雇用者数:雇用統計の柱で、農業以外で働く人が前月から何人増えたかを示す。織り込み:将来の利上げや利下げを、市場があらかじめ価格に反映していること。
ユーロの皿:物価は4%、ECBは据え置き
ユーロ統計局が4日に公表した10月のユーロ圏消費者物価(速報値)は、前年同月比4.0%上昇だった。9月の3.8%から伸びが加速している。押し上げたのはエネルギーで、20.8%上昇。一方、エネルギーと食品などを除くコア指数は2.5%で、9月と同じだった。
ECBは10月29日の理事会で預金ファシリティ金利を2.50%に据え置いた。声明は、エネルギー価格の上昇が物価の上振れリスクであると同時に、景気の下振れリスクでもあると指摘し、特定の金利の道筋は約束しないとした。つまり、ユーロの皿に載った重りは「物価が高い」ことであって、「ECBが利上げする」ことではない。物価上昇の中身が輸入エネルギーである限り、それはユーロを買う理由になりにくい。次のECB理事会は12月16〜17日である。
ドルの皿:12月利上げを8割以上織り込む
右の皿はもっと重い。FRBは10月28日、FF金利の誘導目標を3.75〜4.00%に据え置いたが、採決は10対2で、反対した2人はいずれも0.25%の利上げを主張した。声明には「インフレは高止まりしている」とある。CNBCによると、市場は12月8〜9日の会合での利上げを8割を超える確率で織り込んでいる。リッチモンド連銀のバーキン総裁は5日、「失業率は記録的な低水準に近く、インフレは高すぎる。道筋はかなり明快だ」と述べた。
今週の米指標は、その重りを外すものではなかった。4日のADP全米雇用報告は民間雇用が8万6,000人増で、市場予想の7万5,000人を上回った。同じ日のISM非製造業景況指数は54.5と、予想の54.8をわずかに下回ったが、価格指数は73.0と高い。
ユーロドルの水準地図(11月6日朝)
現在値は日本時間6日7時42分の取引中の値。移動平均はYahoo Financeの日足から本誌計算。安値・高値は同日足による。
現実の数字に当てはめる:雇用統計の3つの結果
ファクトセットが集計した市場予想の中央値は、非農業部門雇用者数が6万5,000人増、失業率は4.2%である。予想の幅は5万〜12万5,000人。9月は2万9,000人増だった。米国は11月1日に夏時間が終わり、発表は東部時間8時30分、日本時間では22時30分になる。米国の発表時刻を日本時間に直す作業は、タイムゾーン変換ツールに任せると取り違えが起きにくい。
| 雇用者数 | ドルの皿 | ユーロドルの想定 | 本誌の確率 |
|---|---|---|---|
| 12万5,000人超(予想の上限超え) | 12月利上げがほぼ確実視され、さらに重く | 1.1150ドル、続いて10月29日安値1.1110ドルを試す | 25% |
| 5万〜12万5,000人(予想の範囲内) | 重さは変わらず | 1.1180〜1.1270ドルの往来 | 55% |
| 5万人未満(予想の下限割れ) | 利上げ観測が後退し、軽くなる | 1.1270ドルを上抜け、1.1300ドル台へ | 20% |
確率を下振れ側より上振れ側に厚く置いたのは、民間の雇用指標であるADPが予想を上回っているためだ。ただし、雇用者数だけで天秤は決まらない。平均時給が強ければ、雇用者数が予想並みでもドルの皿は重くなる。
12月までの見通し:本線は1.11〜1.14ドル
12月はFRBの会合(8〜9日)がECB理事会(16〜17日)より1週間早い。天秤の右の皿に先に重りが載る日程である。ユーロドルは50日移動平均の1.1362ドルと200日移動平均の1.1549ドルをともに下回っており、戻りの目安は50日線になる。本誌は、12月の会合までの主な値幅を1.1100〜1.1400ドルとみる。50日線を終値で上抜ければこの見立ては外れたと判断し、1.1550ドル前後の200日線までの戻りを想定し直す。
4日のユーロドルの記事では、1.1265ドルの上抜けで次は1.1355ドルとみた。ECBの参照レートは4日に1.1267ドルを付けたが、5日は1.1224ドルに戻している。上抜けは1日で失敗した。物価の上振れだけではユーロの皿が重くならないことを、相場自身が示した形である。
よくある誤解。「ユーロ圏のインフレ率が米国より高いから、ECBの利上げが先でユーロ高になる」という読みは早い。ECBは10月に据え置き、道筋を約束しなかった。物価の上振れがエネルギー主導である限り、ECBは景気への打撃も同時に気にする。天秤の皿に載るのは物価の数字ではなく、中央銀行が次に何をするかという期待である。
リスク回避の円買いとの違い
5日の米国株急落では、ドル円が円高方向に動いた一方、ユーロドルの動きは小さかった。株安で買われたのはドルでもユーロでもなく、円と金である。ユーロドルを見るときは、株式市場の混乱より、米国の金利見通しという天秤の右の皿に目を向けるほうが筋がよい。株安の背景は中間選挙とAI株の記事にまとめている。
まとめ:天秤を回収する
ユーロドルは二つの皿の重さ比べであり、今は右のドルの皿が重い。覚えて帰ってほしいのは次の3点だ。第一に、ユーロ圏の物価4%はエネルギー主導で、ECBの利上げを約束するものではない。第二に、FRBの12月利上げは8割を超えて織り込まれており、雇用統計はその重りを増やすか減らすかを決める。第三に、50日移動平均1.1362ドルを終値で上回るまでは、戻りは売られやすいとみる。
主な参照
- ユーロ圏10月消費者物価(速報値)/ユーロ統計局
- ECBの10月29日の決定と理事会日程/欧州中央銀行、日程
- FRBの10月28日の決定と会合日程/米連邦準備制度理事会、日程
- 12月利上げの織り込みとバーキン総裁の発言/CNBC
- 雇用統計の市場予想/ファクトセット
- ADP全米雇用報告(10月)/ADP、ISM非製造業景況指数(10月)/ISM(PR Newswire)
- ECB参照レート/欧州中央銀行、相場の日足/Yahoo Finance
データ基準日:2026年11月6日7時42分(日本時間)。ユーロドルの現在値は取引中の値で、終値ではない。移動平均と3カ月の高値・安値はYahoo Financeの日足から本誌が計算したもので、算出方法やデータ提供元により差が出る。12月利上げの織り込み確率は報道時点(米東部時間5日)のもので、日々変わる。シナリオ別の確率と見通しは本誌の見立てであり、将来の相場を保証しない。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の通貨の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。















