2002年10月22日、ブラジル中央銀行の公表レート(PTAX)は1ドル=3.9552レアルを付けた。年初の2.3066レアルから、レアルの価値は4割以上失われていた。5日後の大統領選の決選投票で、労働者党のルイス・イナシオ・ルラ・ダ・シルバ氏が勝つと市場が見込んでいたからである。24年後のきょう、同じ名前の候補が勝ち、レアルは再び売られている。だが、売られ方は当時とまるで違う。
25日の決選投票で、ルラ大統領は得票率51.79%で4選を決めた。相手のフラビオ・ボルソナロ上院議員は48.21%だった。予測市場のポリマーケットは21日時点でフラビオ氏の勝利を約8割の確率で見込んでいた。26日、米国に上場するブラジル株ETF(iシェアーズMSCIブラジル、EWZ)は米東部時間10時6分の時点で前週末比23.29%安。ブラジル中銀の26日朝の公表レートは1ドル=5.6052レアルで、前週末の5.0377レアルから11.3%のレアル安となった。
ブラジル関連の米国上場銘柄の騰落率(10月26日米東部時間10時6分、前週末終値比)
読み方:銀行・金融株の下げが最も大きく、国営石油会社のペトロブラスがそれに続く。財政と国家の関与への不安が、金融と国営企業に集中して表れている。取引時間中の値で、終値ではない。出所:stockanalysis.com。
当時と今:3つの「ルラ勝利」を並べる
ルラ氏が大統領選に勝つのは2002年、2006年、2022年に続いて4回目である。市場の反応がはっきり記録に残る2002年と2022年を、今回と並べた。違いを生んだのは、勝者そのものではなく、勝利が事前にどれだけ織り込まれていたかである。
| 項目 | 2002年(初当選) | 2022年(3選) | 2026年(4選) |
|---|---|---|---|
| 投票前の市場の想定 | ルラ氏の勝利を織り込み済み | 接戦 | 相手候補の勝利が優勢(予測市場で約8割) |
| 投票前の通貨の動き | 年初から10月22日までにドル高・レアル安が71%進行 | 大きな偏りなし | 10月23日のPTAXは5.0377レアルと落ち着いていた |
| 投票翌日のレアル | 3.8015→3.7406と1.6%のレアル高 | 5.3454→5.2570と1.7%のレアル高 | 5.0377→5.6052と11.3%のレアル安(26日朝の公表値) |
| 投票翌日の株価 | ボベスパ指数は終値で4.4%安 | EWZは終値で3.88%高 | EWZは取引時間中に23%超安、ボベスパは取引停止を経て17%安 |
| 同じ点 | 財政規律への疑いが最大の売り材料であること | ||
| 違う点 | 選挙前に売り尽くされていた | 当初は「様子見」で買われた | 選挙後に一気に売られ、議会は野党が優勢とされる |
2002年の売りは選挙の前に起きた。米JPモルガンが算出するブラジルの国債の上乗せ金利(EMBI+スプレッド)は、選挙1カ月前の9月27日に2,443ベーシスポイントと、この指標で過去最高を付けた。国際通貨基金(IMF)は9月6日に304億ドルの融資枠を承認している。だから投票翌日のレアルは、むしろ買い戻された。今回は逆で、市場は相手候補の勝利に賭けていた。賭けが外れた分が、1日で一気に値段に出た。
当時その後に起きたこと:中銀が利上げで答えた
2002〜03年のドル・レアル(PTAX、1ドルあたりレアル)
読み方:線が上がるほどレアル安。2002年は選挙の5日前に頂点を付け、当選後は中銀の利上げと財政黒字の維持を受けてレアル高に転じた。出所:ブラジル中央銀行(SGS系列1、PTAX売値)。
2002年の物語には続きがある。ブラジル中銀は選挙前の10月15日に緊急利上げを行い、実効の政策金利(セリック)は17.87%から20.90%に上がった。選挙後も11月に21.90%、12月に24.90%、翌2003年1月に25.40%と利上げを重ね、2月20日の26.26%で頂点を付けた。新政権は財政黒字の目標を守る姿勢を示し、利下げに転じたのは2003年6月である。
結果として、選挙から1年後の2003年10月28日、PTAXは2.8675レアルとなった。選挙直後の3.7406レアルから、レアルは対ドルで約30%上がった計算である。ボベスパ指数は2002年10月28日の9,573から1年後に1万8,227と、ほぼ90%上がった。上乗せ金利も646ベーシスポイントまで縮んだ。ただし、この回復には、利上げによる景気の犠牲と、政権が市場の求める財政運営を実際に選んだという条件が付いていた。
「今回は違う」論を検証する
今回が2002年と構造的に異なる点は3つある。第1に、ブラジル中銀の手元の余地である。政策金利は9月16日の会合で0.25%下げられて13.75%で、すでに高い。インフォマネーによると、26日朝の金利先物は2031年1月物が前週末の12.575%から14.460%へ約1.9%上がった。市場はすでに利上げを先取りし始めている。次回の金融政策委員会(Copom)は11月3〜4日である。
第2に、議会である。ロイターによると、フラビオ氏の自由党(PL)と友党は下院で280議席超、上院で最大50議席を得る可能性がある。政治学者のオリバー・ストゥンケル氏は、ルラ氏が最初から「レームダック」になりうると指摘した。大統領が財政拡大を望んでも議会が止める可能性がある一方で、改革も進みにくい。第3に、結果そのものが争われている。インフォマネーによると、フラビオ氏は投票時間の延長を理由に「結果を認めることはできない」と述べ、無効を求める考えを示した。26日朝の時点で、裁判所が訴えを受理したとの報道はない。
奇しくも、2022年にも似た場面があった。投票翌日の2022年10月31日、EWZは3.88%上がったが、10日後の11月10日には1日で6.53%下げ、PTAXは5.3064レアルまで上がった。ブラジリアン・リポートによると、この日ルラ氏は社会支出の拡大を優先し、支援策を歳出上限の対象から外す可能性に言及した。勝利の直後よりも、新政権の財政の方針が見えた段階で売りが来た。今回は、その売りが初日に前倒しで来たと読むこともできる。
日本の投資家への波及
東京市場では、NEXT FUNDSのブラジル株式指数・ボベスパ連動型上場投信(1325)が26日、前日比15.08%安の277.7円で取引を終えた。日本経済新聞は、取引時間中に一時16%下げたと伝えた。円との関係では、ブラジル中銀の公表値から計算した1レアルあたりの円相場は、前週末の約31.15円から26日朝に約28.07円となり、9.9%下がった。通貨選択型の投資信託でブラジルレアルコースを持つ人は、債券や株式の値動きとは別に、この為替の下落を基準価額で受けることになる。
歴史が示す3つの教訓
- 値段を決めるのは結果ではなく、事前の織り込みとの差である。2002年は選挙前に売り尽くされ、投票翌日はレアル高だった。今回は織り込みが逆だったため、初日の下げが大きくなった。
- 回復の鍵は中銀と財政の答え方にある。2002〜03年の回復は、中銀が26%台まで利上げし、政権が財政黒字を守ったうえでのものだった。条件がそろわなければ、1年で9割高という当時の再現は期待できない。
- 最初の下げで終わるとは限らない。2022年は投票の10日後に、財政の方針をめぐって改めて売られた。閣僚人事、とくに財務相の顔ぶれが2度目の山になりうる。
今回固有の監視点
- EWZの終値:取引時間中は23%超安。終値がどこで決まるかで、記録的な下げかどうかが確定する。
- フラビオ氏の異議申し立て:選挙高等裁判所や最高裁判所が受理するかどうか。長引けば政治の不確実性が続く。
- 11月3〜4日のCopom:利下げを止めるか、利上げに転じるか。2002年のような緊急利上げの有無が、レアルの下値を左右する。
- 財務相の人選と財政目標:2022年の教訓どおり、2度目の売りの引き金になりうる。
- 国債入札の再開:インフォマネーによると、ブラジル国庫は今週の固定利付債と物価連動債の入札を中止した。再開時の需要が、国内投資家の信頼を測る物差しになる。
今週はFRBや日銀など主要中銀の会合も重なる。日程は中銀番付にまとめた。円相場の見方はドル円の見通しを参照してほしい。為替の基礎はFX解説ページにある。
主な参照
- ドル・レアルの公表レート(PTAX、2026年10月23日・26日)/ブラジル中央銀行
- 2002〜03年のPTAX、ボベスパ指数、実効セリック金利の時系列/ブラジル中央銀行(SGS)
- 政策金利の決定(2026年9月)/ブラジル中央銀行
- EMBI+ブラジルのスプレッド/イペアデータ(JPモルガン算出)
- 2002年のIMF融資の承認/国際通貨基金
- 開票結果と投票率/リオ・タイムズ
- フラビオ氏の発言、金利先物、国債入札の中止、ボベスパの取引停止/インフォマネー・CNNブラジル
- 予測市場の見込み(10月21日)/ファイナンスフィーズ
- 2022年11月10日のルラ氏の発言と市場の反応/ブラジリアン・リポート
- 議会の勢力とストゥンケル氏の見方/ロイター
- ブラジル株ETF(1325)の下落/日本経済新聞・NEXT FUNDS
- 米国上場ETF・ADRの株価と日足/stockanalysis.com
データ基準日:2026年10月26日(米東部時間10時6分)。EWZと各ADRの騰落率は取引時間中の値で、終値ではない。寄り付き前の気配値(EWZで約27〜28%安との報道)とも異なる。レアル相場はブラジル中銀の26日朝の公表値(現地時間10時11分)で、市場の実勢とは差がある。前週末の基準もPTAX、実勢の終値、ECBの参照レートで異なるため、報道によってレアル安の幅は11〜12.5%と幅がある。ボベスパ指数の17%安は取引停止明けの気配で、終値ではない。1レアルあたりの円相場はブラジル中銀の公表値からの本誌計算である。2002年の数値は中銀の公表系列による終値・公表値で、政策金利は実効金利(年率)を示した。2022年11月10日の下げの幅はstockanalysis.comのEWZ終値とブラジル中銀のPTAXによる。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。













