まず下の数字を見てほしい。ドル円は11日の海外市場で159円15銭前後(米東部時間7時20分)。前日10日は159円29銭で引け、円はG10通貨のなかで最弱となった。7月30日から31日にかけての日米協調介入が作った安値155円24銭から、下落幅の約45%を7営業日で取り戻した計算になる。ブルームバーグは10日、介入の効果は短命だと報じた。数字にすれば「半分」——本稿は介入相場の現在地を、4枚の図で確認する。
介入後の戻し率
45%
163.99→155.24の下落幅8.75円のうち3.91円を回復
日米政策金利差
250–275bp
介入では1bpも縮まない
次の節目
8/12
米7月CPI(21:30)。総合3.4%・コア2.5%が予想
※ 相場データは米東部時間2026年8月11日7時20分時点。介入規模はいずれも推計であり、財務省の確定値は8月28日19時(日本時間)に公表される。
45%——介入が作った円高の、ほぼ半分が消えた
図1:介入が押し下げた分の45%が、7営業日で戻った
読み方:ゲージが100%に届けば介入前の163円99銭に戻ったことを意味し、現在の45%は「介入が押し下げた分の半分が、7営業日で巻き戻された」状態を指す。
計算を確認する。7月23日の163円99銭から協調介入直後の8月3日安値155円24銭までの下落幅は8円75銭。現在の159円15銭は安値から3円91銭の戻りで、下落幅に対する回復率は44.7%——ほぼ半分だ。ブルームバーグが「介入効果は短命」と報じた根拠はこの比率にある。速さも際立つ。8月6日時点の戻し率は36%で、当時の焦点は帯の上端158円60銭を試せるかだった。そこから3営業日で9ポイントを積み増し、上端そのものが論点でなくなった。
その上端は、すでに破られている。155円24銭から158円台後半という介入後の膠着レンジの上限158円60銭を、10日の終値159円29銭が明確に上抜けた。当局が「躊躇しない」と予告した水準を市場が試し、反応はなかった——という事実だけが残った形になる。ここから先の参照点は、介入で作られた価格帯ではなく、介入前に相場が滞留していた162〜164円へと移る。破られた上端は、戻ってきたときに抵抗として機能することがあるが、現時点でその再テストは起きていない。
4月の単独介入と7月末の協調介入——効果の半減期を比べる
図2:規模ではなく「持続」で比べる——効果の半減期
読み方:左右で比べるのは金額ではなく右端の「持続バー」の長さで、規模が大きいほど効果が長持ちするわけではないことがひと目で分かる。
比較対象は4月の単独介入だ。財務省の確定値で11兆7,349億円、過去最大の規模だったが、効果は約6週間で消えた。今回は日米の協調——2011年以来の協調介入であり、米国が円買いに回るのは1998年以来という「格上げ」がなされた。片山財務相とベッセント米財務長官は8月3日にそろって実施を認め、ともに追加行動を「躊躇しない」と述べている。規模の推計は幅が大きく、ロイターは日銀当座預金の増減から366億ドル、Wolf Streetは2日合計で約13兆8,000億円と見積もる。確定値は8月28日19時の財務省公表を待つほかない。
注目すべきは規模ではなく、減衰の速さだ。4月は約30営業日かけて全戻しした。今回は7営業日で45%。単純に線形で延ばせば全消滅まで約16営業日——4月の半分強の時間しかもたない計算になる。協調という格上げは初動のインパクトを確かに大きくしたが、持続時間を延ばしてはいない。介入が何を動かし何を動かさないのかは効果測定の別稿で整理したとおりで、今回のデータはその結論を追認する方向に働いている。
なぜ戻るのか——弾は有限、円売りの動機は毎日再生産される
図3:弾は有限、動機は毎日湧く——だから戻る
読み方:左は一度撃てば減る有限のストック、右は毎営業日つくり直されるフローで、量ではなく「補充されるかどうか」の差が戻りの速さを決めている。
理由は構造にある。介入は有限の弾だ。原資は外貨準備であり、撃てば減る。一方で円を売る動機は毎日再生産される。日米の政策金利差250〜275bpは介入によって1bpも縮まない。円を借りてドルで運用するキャリー取引の収益は、介入の有無にかかわらず日々積み上がる。そこに財政への懸念と、エネルギー・輸入コストが重なる。WTIは10日に5%上昇して82ドル台を回復し、円建て輸入コストの増加という円売り材料が再燃した。介入は価格を動かすが、価格を動かしている理由には触れていない——これが7営業日で半分戻った最大の説明になる。
今週の値動きで最も示唆的なのは、9月のFed利上げ観測が8月初旬の72%から約50%へ後退したにもかかわらず、円が売られたことだ。理屈の上では利上げ観測の後退は金利差の縮小期待、すなわち円高要因のはずだが、実際には効かなかった。円売りが金利差だけで動いていないことの傍証になる。したがって流れを本当に変えるには、①9月のFed利上げ観測が完全に消えるか、②日銀が追加利上げに動くか(政策金利は1.00%、植田総裁は物価の上振れリスクを注視すると述べており9月会合の扉は開いている)、③第2弾の協調介入が実行されるか——このいずれかが要る。三つとも、単独では十分でない可能性がある。
3つのシナリオ——CPI・第2弾・9月の政策
| シナリオ | 発火条件(トリガー) | ドル円の想定 | 確度の目安 |
|---|---|---|---|
| ①円安継続・160円台を試す | 12日の米7月CPIが予想(総合3.4%・コア2.5%)どおりか上振れし、当局が159円台でも動かない。WTIが82ドル台以上で定着 | 159.5〜161.5円 | 45% |
| ②膠着に戻る | CPIが予想を下回り9月Fed利上げ観測がさらに後退、同時に日米当局の口先介入が強まる。158円60銭の再テストで頭を抑えられる | 157.0〜159.5円 | 35% |
| ③円高反転 | 第2弾の日米協調介入が実行される、または日銀が9月会合での追加利上げを明確に示唆する。金利差が実際に縮む見通しが立つ | 154.0〜157.0円 | 20% |
読み方:三つのうち二つ(①②)は円安から膠着の範囲にとどまり、円高に振れるには当局か日銀の新しい行動が必要という非対称が、確度の配分にそのまま表れている。
確度は本記事の判断であり、市場の織り込みそのものではない。最短の分岐点は12日21時30分の米7月CPIだ。総合3.4%・コア2.5%といずれも鈍化が見込まれており、予想どおりの鈍化なら「利上げ観測は下がるが金利差は今すぐ縮まない」という今週と同じ構図が続く。コアが2.5%を上回れば①が本線、明確に下回れば②へ傾く。いずれのケースでも③に必要なのは指標ではなく政策当局の行動であり、そこがこの相場の非対称性の正体になる。
想定レンジの根拠も戻し率で説明できる。①の上限161円50銭は戻し率で言えば約72%に相当し、そこを超えれば残りは高値163円99銭までの2円半しかない。つまり①が進行した時点で、実質的な目標は「介入前の水準への全戻し」に切り替わる。逆に③の154円台は介入時の安値155円24銭を割り込む領域で、これは第2弾が前回より強い水準まで押し下げた場合にのみ到達する。個人投資家にとって重要なのは、①と②が価格の慣性で自然に実現するのに対し、③だけは誰かが新しい行動を起こさなければ実現しないという点だ。円高方向のポジションは、常にイベント待ちのコストを抱えることになる。
見るべき6つの水準と日程
- 8月12日21:30・米7月CPI:総合3.4%・コア2.5%が分岐点。コアが上回れば①、下回れば②へ
- 158円60銭:破られた帯の上端。ここを日足終値で下回り直すまで、円高転換のシグナルとは見なさない
- 155円24銭:協調介入が作った安値。ここを割り込めば介入は「効いた」と再評価できる
- 8月28日19:00・財務省の介入実績:366億ドル〜13.8兆円という推計のどこに着地するか。上振れなら弾の消費が想定より速い
- 9月の日銀会合:政策金利1.00%からの追加利上げ。三条件のうち唯一、金利差を実際に縮める材料になる
- WTI原油:82ドル台からさらに上昇するなら、輸入コスト経由の円売り圧力が続く
この記事の前提が崩れる条件:①ドル円が160円台に乗せても日米当局が動かず、口頭の警告も出ない場合、「躊躇しない」の信認は失われ、本稿の確度配分は①へ大きく偏る。②逆に第2弾の協調介入が実行されれば、45%という戻し率の議論は一度リセットされ、新しい安値を起点に計算し直すことになる。③日銀が9月会合で追加利上げに踏み切れば、「介入では金利差は1bpも縮まない」という本稿の中心的な論拠そのものが失効する。
主な参照(データ基準日:米東部時間2026年8月11日7:20)
Bloomberg(介入効果の減衰・G10最弱)/Business Standard(159円突破)/CNBC(片山財務相・ベッセント米財務長官の確認)/The Japan Times(1998年以来の米国の円買い参加)。介入規模はいずれも報道ベースの推計であり、当局の確定値ではない。相場水準は執筆時点の値。
本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の取引を推奨するものではない。為替取引には預託額を上回る損失が生じるリスクがある。投資判断は自己の責任で行っていただきたい。














