2023年3月31日、経済産業省は先端半導体の製造装置など23品目を輸出管理の対象に加える案を示した。名指しこそしなかったが、行き先として念頭にあったのは中国である。前年10月に米国が始めた対中規制に、日本が歩調を合わせた瞬間だった。それから3年半後の2026年10月16日、同じ構図の知らせが台北から届いた。台湾の経済部長(経済相)、龔明鑫(きょう・めいきん)氏が、AIサーバーと最先端の半導体を輸出管理の対象に加える考えを明らかにしたのである。日本の株式市場にとって、2023年の記憶は何を教えるのか。当時の日本と、いまの台湾を並べてみる。
台北で何が語られたか
台湾の中央通信社(CNA)によれば、龔氏は12日に米ブルームバーグの取材に応じ、その内容が16日に伝えられた。台湾はAIサーバーと最先端の半導体を輸出管理の品目に加える方針で、規則が施行されれば、規制対象の機器を中国へ送ることは台湾の貿易法に基づく刑事罰の対象になる。龔氏は「管制品目に関する今後の措置の一部は米国と歩調をそろえる。台米の相互貿易協定で相当程度の約束をしたからだ」と述べたという。実施の時期は示していない。
ここで言う相互貿易協定は、2026年2月に署名された台米の協定を指す。米通商代表部(USTR)の概要によれば、米国は台湾からの輸入品に「最恵国税率か15%の高いほう」を課す。同じ概要は、台湾が2025〜2029年に米国から液化天然ガス(LNG)と原油を444億ドル、民間航空機を152億ドル、電力設備を252億ドル買う計画も記す。ただし輸出管理には直接触れておらず、両国が「経済・国家安全保障の協力を強める」とするにとどまる。輸出管理と協定を結びつけているのは、龔氏の説明である。
もう一つの話題は米国への工業団地だ。中央通信社の英語版フォーカス台湾によれば、台湾は米国に1カ所あたり20億〜40億ドル規模の工業団地をつくる構想を持つ。資金は企業が出し、政府は融資保証や、ビザ・用地をめぐる米当局との調整で後押しする。台湾積体電路製造(TSMC)や、エヌビディア向けのAIサーバーを組み立てる鴻海精密工業(フォックスコン)に部品を納める中小企業の進出を助ける狙いで、最初の候補地はテキサス州とされる。ブルームバーグは用地を確保済みと報じたが、経済部は「適切な時期に説明する」としている。
2023年の日本と2026年の台湾:対照表
| 項目 | 2023年の日本 | 2026年の台湾 |
|---|---|---|
| 規制する側 | 経済産業省(外為法の省令改正) | 経済部(貿易法に基づく輸出管理) |
| 対象 | 先端半導体の製造装置など23品目(洗浄・成膜・露光・エッチングなど) | AIサーバーと最先端の半導体(品目の詳細は未公表) |
| きっかけ | 2022年10月の米国の対中規制強化 | 2026年2月署名の台米相互貿易協定での約束(経済部長の説明) |
| 発表から施行まで | 3月31日に案を公表、5月23日公布、7月23日施行(約4カ月) | 時期は未定 |
| 中国の名指し | なし(中国向けは個別許可が必要に) | 報道では中国向けが念頭 |
| 同じ点 | 米国の規制に後から歩調を合わせる形。対象は「先端」に限られ、汎用品は外れる | |
| 違う点 | 日本は「つくる道具」を、台湾は「できあがったAIの製品」を絞る。日本の装置メーカーへの影響は台湾の方が間接的になる | |
当時、その後に起きたこと
2022年から2026年へ:対中規制の年表
読み方:日本は米国の規制から約9カ月後に施行した。台湾は協定署名から8カ月後に方針を示したが、施行時期は未定。出所:経済産業省に関する報道、東京エレクトロン、米通商代表部、台湾中央通信社。
2023年の規制が日本の装置メーカーの中国売上を断ち切ったかといえば、数字はそう語らない。東京エレクトロンの決算資料によれば、規制の施行から約1年後の2024年4〜6月期、同社の売上高に占める中国の比率は49.9%と、およそ半分に達していた。中国向けの売上高は2,770億円である。規制は最先端の装置に絞られており、それ以外の装置への中国の需要は止まらなかったことを、この数字は示している。
東京エレクトロンの売上に占める中国の比率(%、四半期)
読み方:日本の規制施行から約1年後の2024年4〜6月期に中国比率は49.9%に達し、その後は30%前後へ下がった。同じ期間に台湾の比率は14.4%から25.4%へ上がった(図には含まない)。出所:東京エレクトロン決算資料(2026年7月30日)。
その後、比率は段階的に下がった。2025年1〜3月期に34.3%、2026年1〜3月期には26.8%まで下がり、直近の2026年4〜6月期は30.4%(2,229億円)だった。代わって伸びたのが台湾である。台湾向けの比率は2024年4〜6月期の14.4%(800億円)から、2026年4〜6月期には25.4%(1,861億円)へ上がり、韓国(20.8%)を抜いて中国に次ぐ2番目の市場になった。中国の比率が下がった理由には、規制だけでなく中国の投資の一巡もあるとみられ、規制の効果だけを切り出すことはできない。ただ、売上の重心がAI向けの最先端の工場が集まる台湾へ移ったことは、数字の上ではっきりしている。
「今回は違う」論を検証する
今回は違う、と言える点は3つある。1つ目は、対象が川下であることだ。2023年の日本は製造装置そのものを絞ったが、台湾が絞るのはAIサーバーと先端チップという完成品に近いものである。米国はすでにエヌビディアなどの先端AI半導体の対中輸出を規制しており、台湾の措置は、台湾を経由する抜け道をふさぐ意味合いが強い。日本の装置メーカーにとって、直接の売上が減る話ではない。
2つ目は、台湾が装置メーカーにとって最大級の顧客であることだ。東京エレクトロンの売上の4分の1は台湾向けで、台湾の工場が米国の規制体系に深く組み込まれるほど、その投資は政治的に守られた需要になる。テキサスの工業団地構想も、台湾の供給網が米国に広がる話であり、日本の装置や素材にとっては納入先が増える可能性を持つ。3つ目は、日本自身が同じ道の上にいることだ。日本政府は14日、ニューヨーク州のグローバルファウンドリーズの工場に最大210億ドルを投じる計画を示したと報じられている。その経緯はこの記事で扱った。
一方で、2023年と同じ点もある。規制は発表から施行までに時間がかかり、その間に駆け込みの需要が生まれうる。そして規制の対象は「最先端」に限られ、線引きの細部で影響の大きさが変わる。台湾は品目の詳細も施行時期も示していない。中身が見えるまで、市場は結論を急ぐべきではない。
16日の市場はどう反応したか
16日の市場は、このニュースにほとんど反応していない。台湾の加権指数は141.39ポイント高(0.3%高)の47,111.26で引けた。前日に1,655.96ポイント下げた後の小反発である。TSMCは20台湾ドル安(0.82%安)の2,420台湾ドルで引けたが、中央通信社は決算発表の翌日の動きと伝えており、輸出管理との関係には触れていない。海外投資家は8営業日続けて台湾株を売り越した。
東京市場では、日経平均株価が898.34円高(1.39%高)の65,324.29円と7営業日ぶりに反発した。東京エレクトロンは265円高(2.56%高)の10,630円、アドバンテストは190円高(0.55%高)の34,530円で引けた。いずれも終値である。前日に大きく売られたAI半導体株の買い戻しが中心で、台湾のニュースとの因果を示す材料は見当たらない。15日の東京の半導体株の下げはこの記事で整理した。
歴史が示す3つの教訓
- 規制の発表と売上の変化には時差がある。日本の規制から1年後、東京エレクトロンの中国比率はむしろ5割に達していた。見出しの日に結論を出すと誤る。
- 需要は消えず、場所を変える。中国の比率が下がる間に、台湾の比率が上がった。規制の勝ち負けは、投資がどこへ移るかで決まる。
- 線引きの細部が影響を決める。2023年の対象は23品目で、汎用の装置は外れた。台湾も品目の詳細と施行時期が出るまでは、影響の大きさを測れない。
今回固有の監視点
- 台湾の経済部が示す品目と施行日。AIサーバーの部品まで広がるかどうかで、台湾の電子部品メーカーと日本の納入先への影響が変わる。
- 東京エレクトロンの7〜9月期決算。中国と台湾の比率がどう動いたか。4〜6月期は中国30.4%、台湾25.4%だった。
- 台米協定の議会手続き。台湾の立法院での承認の状況は、本誌では確認できていない。
- テキサスの工業団地の具体化。進出企業と投資額が見えれば、日本の素材・装置の納入機会も測れる。
主な参照
- 経済部長の発言と輸出管理の方針(2026年10月16日)/中央通信社
- 米国での工業団地構想(2026年10月16日)/フォーカス台湾
- 台米相互貿易協定の概要(2026年2月)/米通商代表部
- 台湾株・TSMCの終値(2026年10月16日)/中央通信社、海外投資家の売買/同
- 地域別売上高構成比(2026年7月30日)/東京エレクトロン
- 日経平均、東京エレクトロン、アドバンテストの終値(2026年10月16日)/株探
- 2023年の日本の輸出管理強化(23品目、7月23日施行)/ニュースイッチ、マイナビニュース
データ基準日:株価と指数は2026年10月16日の終値(東京は15時30分、台北は13時30分)。東京エレクトロンの地域別売上は2026年7月30日公表の決算資料(2024年4〜6月期〜2026年4〜6月期)。経済部長の発言はブルームバーグの取材を伝えた台湾中央通信社の報道によるもので、品目の詳細と施行時期は公表されていない。テキサスの用地確保は報道ベースで、経済部は確認していない。日本政府のグローバルファウンドリーズ向け投資は報道によるもので、本誌は一次資料で確認できていない。中国比率の低下の理由は本誌の見方を含む。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の銘柄の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。
















