10月14日水曜、米ニューヨーク州マルタ。2009年から半導体を作り続けてきた工場「Fab 8」の隣の空き地に、日本の資金で最大2棟の新工場が建つことが決まった。米半導体受託生産大手グローバルファウンドリーズ(GFS)は同日、日米両政府の「戦略的投資イニシアティブ」のもとで最大210億ドル(約3兆3,000億円)の資金を受け、新工場の技術提供と運営を担うと発表した。日本が約束した5,500億ドルの対米投融資で、半導体の工場は初めてだ。同社株は4.80%高で引けた。お金を出すのは日本、工場を動かすのは米国企業。その間で、日本の企業は何を得るのか。
マルタの朝
同社が米証券取引委員会に提出した発表文によれば、まず約100億ドルで300ミリウエハーの工場を1棟建てる。用地は許認可を取得済みで、年内に着工し、2029年の稼働を予定する。フル稼働すれば年約90万枚のウエハーを生産できる。さらに約100億ドルが投じられれば、2棟目も建てる。建設と周辺の産業で約2万7,000人、工場で1,000人を超える雇用を見込む。
「この規模の工場には、資本以上のものが要る」。ティム・ブリーン最高経営責任者(CEO)は発表文でそう語り、同社が選ばれた理由として技術と運営の実績を挙げた。役割分担ははっきりしている。日本が投資の資金を出し、グローバルファウンドリーズは技術と製造のノウハウを出して工場を動かす。作るのは最先端のAI向け半導体ではなく、自動車や産業機器、通信インフラに使われる「基盤的な」半導体だ。
同じ14日、ワシントンではドナルド・トランプ大統領がSNSに投稿していた。日本経済新聞によれば、大統領は「私の指示のもと日本が210億ドルにのぼる投資に必要な資金を提供する」と書いた。ハワード・ラトニック商務長官も発表文で「大統領の歴史的な日米貿易合意が、また大規模な製造業投資を米国にもたらした」と述べている。
関税交渉から1年余り、3つ目の束
5,500億ドルの対米投融資、半導体工場までの道のり
読み方:最初の2つの束は電力・エネルギーで、半導体の工場は今回が初めてになる。日付は米東部時間を含む。出所:内閣官房、財務省、国際協力銀行、日本経済新聞、グローバルファウンドリーズの発表文。
時計を巻き戻す。2025年7月、日本は米国との関税交渉で、対日関税の引き下げと引き換えに5,500億ドルの対米投融資を約束した。9月4日、両政府はその中身を了解覚書にまとめる。内閣官房の資料によれば、案件は米商務長官が議長を務める投資委員会が大統領に推薦し、大統領が選ぶ。日本側の資金は国際協力銀行(JBIC)の出融資と、日本貿易保険(NEXI)の保険が付いた民間銀行の融資でまかなう。
最初の束は2026年2月18日に決まった。財務省の資料によれば、工業用の人工ダイヤモンドの製造(約6億ドル)、米国産原油の輸出インフラ(約21億ドル)、AIデータセンターに電力を送るガス火力発電(約333億ドル)の3件で、合計約360億ドルである。2つ目の束は3月19日(米東部時間)、高市早苗首相の訪米に合わせて出た。テネシー州とアラバマ州の小型モジュール炉(最大400億ドル)、ペンシルベニア州とテキサス州の天然ガス発電(最大170億ドルと最大160億ドル)で、合計で最大730億ドルにのぼる。
2つの束はいずれも電力とエネルギーだった。半導体の工場が話題に上ったのは9月である。日本経済新聞は9月17日、次の協議の対象が半導体工場で、規模は2〜3兆円だと報じた。共同通信は今回の工場について、5,500億ドルの「第3弾」となる見通しだと伝えている。1つ目と2つ目の束の金額に今回の最大210億ドルを足すと約1,300億ドルで、5,500億ドルの約24%にあたる。いずれも「見込み」や「最大」の金額であり、実際にお金が動いた額ではない。
戦略的投資イニシアティブの案件規模(億ドル)
読み方:これまでの3つの束を足しても、約束の総額の4分の1に届かない。金額はいずれも見込みや最大値で、実際の出融資額ではない。出所:財務省、国際協力銀行、グローバルファウンドリーズの発表文、本誌計算。
お金を出す国と、利益を受け取る国
この枠組みには、最初から2つの読み方があった。トランプ大統領の言葉では、日本が資金を出し、米国が工場を得る。日本政府の資料では、話はもう少し込み入っている。案件は特別目的事業体を通じて運営され、そこから生まれるお金は、日本が出した資金の元利返済にあたる分(保証料を含む)を確保するまで日米で50対50に分ける。それを超えた分は、土地や電力、規制対応といった米国側の貢献を考慮して、米国90%、日本10%で分ける。
つまり日本政府の説明では、日本はまず貸したお金を取り戻す側に立つ。ただし、それは工場が稼いでいる場合の話だ。半導体工場は建ててから稼働まで数年かかり、需要が読み違えば稼働率は落ちる。今回の1棟目の稼働は2029年の予定である。工場がいつ、どれだけ稼ぐかが、日本の資金の戻り方を決める。同じ日、グローバルファウンドリーズは別の合意も明らかにした。米商務省が同社の株式の約4%を受け取り、既存の補助金のうち9億5,500万ドルをシリコンフォトニクスや先端パッケージングに振り向ける。米国は、工場とともに会社の持ち分も手にする。
ルネサスと東京エレクトロンが壇上に
では、日本の企業は何を得るのか。発表文には、日本企業のトップ2人の言葉が並んだ。ルネサスエレクトロニクス(6723)の柴田英利CEOは「ニューヨークの新たな生産能力を、ルネサス自身の生産拠点の延長として計画している」と述べた。自社の工場を建てずに、米国内で作る半導体を確保できるという意味になる。自動車向けのマイコンを主力とする同社にとって、米国の顧客に「米国製」を届ける道が開く。
東京エレクトロン(8035)の河合利樹CEOは「長年、グローバルファウンドリーズの世界中の拠点の製造を支えてきた。米国での先端半導体の生産能力の拡大に貢献できることをうれしく思う」と語った。共同通信は、東京エレクトロンが製造装置を納めると伝えている。ただし、装置の種類や受注額は開示されていない。政府の資料が第1陣で旭ダイヤモンド工業やノリタケを、第2陣で日立GEベルノバニュークリアエナジーやIHIを「関心を持つ企業」として名指ししたのと比べると、今回は誰がいくら受け取るのか、まだ見えていない。
米国勢も並んだ。アップルのサビー・カーン最高執行責任者(COO)は、6,000億ドルの対米投資の一環としてグローバルファウンドリーズと米国内で部品を作っていると述べ、ゼネラル・モーターズ(GM)のマーク・ロイス社長は自動車会社として初めて半導体の受託生産会社と直接の供給契約を結んだ間柄だと強調した。日本の資金で建つ工場の顧客には、米国の大企業も名を連ねている。
その夜の値動き
発表が日本に伝わったのは、東京の取引が終わった後だった。共同通信の配信は日本時間14日21時31分である。ルネサスの14日の終値は3,349円で、13日の3,387円から下げていた。東京エレクトロンは、オランダのASMLの決算を受けて1万1,240円で引けている。
その夜のニューヨークで、グローバルファウンドリーズ株は前日の46.70ドルから48.94ドルへ4.80%上げた。同じ日、フィラデルフィア半導体株指数は日本経済新聞によれば約4%下げ、AI向けクラウドのコアウィーブの社債急落で半導体株は総崩れだった。AI関連の借り入れへの不安が、半導体株全体に広がった日である。最先端のAI向けではない、基盤的な半導体の工場に、資金の出し手が決まった会社が逆行高した。この夜に限っていえば、市場は借りて建てる会社より、他人のお金で建てる会社を選んだと読むこともできる。
残された問い
物語はここで終わらない。グローバルファウンドリーズは年内に1棟目の起工式を開くとしており、日程は別に発表する。日本側では、JBICとNEXIがいつ、いくらの貸付契約を結ぶかが次の節目になる。第1陣では、合意から約2カ月半後の5月1日に初回の貸付契約と保険の引き受けが公表された。本誌が確認した範囲では、今回の案件について日本政府の発表文は見当たらず、日本企業の関与の範囲や金額も示されていない。
残る問いは3つある。日本の装置・材料メーカーのうち、誰がこの工場の発注を受けるのか。2029年に稼働したとき、自動車や産業機器向けの半導体の需要は、2棟目に踏み切るほど強いのか。そして、5,500億ドルのうち、まだ使い道の決まっていない約4,200億ドルが、次に何へ向かうのか。米国の関税交渉の経緯は関税の期限を扱った記事で、半導体装置株の足元の値動きはASMLの決算を扱った記事で読める。マルタの空き地に最初の杭が打たれる日が、その答えの最初の手がかりになる。
主な参照
- 新工場の発表文(2026年10月14日)/グローバルファウンドリーズ(米証券取引委員会への提出書類)
- トランプ大統領の投稿(2026年10月15日1時1分)/日本経済新聞
- 第3弾の見通し、ルネサスへの供給と東京エレクトロンの装置納入(2026年10月14日21時31分)/東京新聞(共同通信)
- 戦略的投資イニシアティブの仕組みと資金の分配/内閣官房
- 第1陣・第2陣のプロジェクトと貸付契約の公表日(2026年9月18日)/財務省、了解覚書の締結日/国際協力銀行
- 半導体工場の協議の報道(2026年9月17日)/日本経済新聞
- 米国株の日足(10月13日・14日)/stockanalysis.com、東京市場の終値/Yahoo!ファイナンス
データ基準日:米国市場は2026年10月14日の終値、東京市場は14日の終値(日本時間15時30分)。210億ドルの円換算(約3兆3,000億円)は共同通信の換算による。トランプ大統領の投稿の文言は日本経済新聞の報道によるもので、本誌は投稿そのものを確認していない。「第3弾」は共同通信が見通しとして伝えたもので、日本政府の発表文は本誌が確認した範囲では見当たらない。累計約1,300億ドルと約24%は、政府資料と発表文の「見込み」「最大」の金額を本誌が合計したもので、実際の出融資額ではない。資金の分配の仕組みは内閣官房の概要資料による。東京エレクトロンの受注額や装置の種類は開示されていない。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の銘柄の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。













