1ビットコイン=1,294万8,026円。10月16日22時57分(日本時間)、取引時間中の円建て価格である。0.1ビットコインを持つ人なら、資産はおよそ129万円になる。この数字を守っているのは、取引所の金庫でも銀行の保証でもない。256ビットの暗号鍵1本だ。その鍵が、いつか量子コンピューターで解かれるかもしれない。16日、暗号資産の関連企業9社が「クォンタム・アライアンス(量子同盟)」を立ち上げ、ビットコイン全体の30.2%にあたる約640万BTCがすでに「公開鍵が見えている」状態にあると推計した。
640万BTCを16日の円建て価格で換算すると、約82兆9,000億円になる。ただし、今すぐ盗まれるという話ではない。同アライアンス自身も、現時点でそれを実行できる量子コンピューターは存在しないと認めている。問題は「いつか」と「誰が備えるのか」である。
公開鍵が見えているとされるビットコインを円に換算(兆円)
読み方:推計の全体は約82兆9,000億円、サトシ分だけで約14兆2,000億円になる。換算は10月16日22時57分のBTC/円1,294万8,026円(取引時間中)による本誌計算。推計値はクォンタム・アライアンス(コインデスク報道)。
「公開鍵が見えている」とはどういうことか
ビットコインの仕組みを、郵便受けにたとえてみる。アドレスは郵便受けの番号、秘密鍵は郵便受けを開ける鍵、公開鍵は鍵穴の形だ。普段は番号しか外から見えない。ところがビットコインを送金すると、その取引の中で鍵穴の形(公開鍵)が公開される。また、初期の形式や一部の新しい形式では、最初から鍵穴の形が見えている。
今のコンピューターでは、鍵穴の形から鍵そのもの(秘密鍵)を割り出すことはできない。だが十分に大きな量子コンピューターがあれば、「ショアのアルゴリズム」という計算手順でそれが可能になるとされる。専門家はこの機械を「暗号を破れる量子コンピューター(CRQC)」と呼ぶ。同じアドレスを何度も使い回していたり、古い形式のまま眠っていたりするコインほど、鍵穴の形が長く外にさらされていることになる。
640万BTCの中身——誰のコインか
米暗号資産メディアのコインデスクによると、640万BTCのうち約110万BTCは、ビットコインの考案者サトシ・ナカモトのものとされるコインだ。16日の価格で約14兆2,000億円。2009年ごろの初期の形式で保管されたまま一度も動いておらず、持ち主が現れない限り、新しい形式へ移されることもない。
ただし注意が要る。アライアンスは640万BTCという数字の計算方法を公表していない。どの形式のアドレスを数えたのか、外部からは検証できない状態だ。本誌はこの数字を「同アライアンスの推計」として扱う。名前が明らかになっている参加企業は、セキュリティ監査のハッケン、カルダノの創設者チャールズ・ホスキンソン氏が率いるミッドナイト財団、クオンタス、ポストクオント・ラボの4社で、残る5社は公表されていない。
上流をたどる——「いつ」については誰も分からない
クオンタスのクリストファー・スミス最高経営責任者(CEO)はコインデスクに対し、「最も可能性が高いのは、最初にCRQCを手にした者がそれらを奪うという筋書きだ」と語った。一方、暗号資産関連企業ザ・ボールトのブリン・ベネット氏は「誰もこの問題の責任者ではない。それが問題だ」と述べ、本当のコストは暗号技術ではなく、ウォレット、取引所、保管業者、開発者の足並みをそろえることにあると指摘している。
対策の議論はすでに始まっている。ビットコインの改善提案「BIP-360」は、量子コンピューターによる長時間の攻撃に強い新しいアドレス形式(P2MR)を、既存のルールと互換性を保ったまま追加する案だ。ただし状態はまだ「草案」で、提案書自身が、送金の承認待ちの間に鍵を割り出される「短時間の攻撃」への備えには、量子耐性のある別の署名方式が将来必要になると書いている。しかも新形式ができても、持ち主がコインを移さない限り古いコインは守られない。サトシのコインのように動かない110万BTCをどう扱うか、凍結するのか放置するのかは、ネットワーク全体の合意が必要な難題として残る。
暗号の世界全体では、米国立標準技術研究所(NIST)が2024年8月に量子耐性のある暗号の最初の標準を確定させた。銀行や政府のシステムは移行の準備を進めている。ビットコインは、管理者がいない分だけ移行の段取りが難しい。
私たちの財布に換算する
| 保有量 | 円建ての価値 | 1日に3%動いたときの増減 | 参考 |
|---|---|---|---|
| 0.01BTC | 約12万9,000円 | 約3,900円 | 積立で少しずつ買う個人の規模 |
| 0.1BTC | 約129万円 | 約3万9,000円 | 新NISAの成長投資枠の年間上限240万円の半分強 |
| 1BTC | 約1,295万円 | 約38万8,000円 | — |
| 110万BTC(サトシ分) | 約14兆2,000億円 | — | 動かせないコイン |
| 640万BTC(推計の全体) | 約82兆9,000億円 | — | 公開鍵が見えているとされる分 |
個人の財布にとって、量子リスクは「明日の損失」ではない。より現実的なのは、このリスクが話題になるたびに価格が揺さぶられることだ。0.1BTCなら、3%の値動きで約3万9,000円が増えたり減ったりする。
相場の現場——8万ドル割れと「大口の買い」
ビットコインの終値(2026年10月6日〜16日、ドル)
読み方:10日間で4%強下げた。15日には取引時間中に8万ドルを割ったが、終値では8万ドル台を保った。16日は取引時間中の値。出所:Yahoo!ファイナンス(世界標準時の日付で区切った終値、15分足)。
価格の足元も見ておく。ビットコインは15日のニューヨーク時間午前に一時7万9,700ドルまで下げ、今週初めて8万ドルを割り込んだ(Yahoo!ファイナンスの15分足)。すぐに8万ドル台を取り戻し、16日22時58分時点では8万1,910ドル。10月6日の終値8万5,558ドルからは約4.3%安い水準にある。
一方で、買い手の姿も見える。分析会社サンティメントのデータとして、10〜1万BTCを保有するウォレットの数が2万338件と過去最多になったと、米金融メディアの24/7ウォールストリートが報じている。ただしこれはウォレットの数であって、実際に買われたコインの量ではない。米国のビットコイン現物ETF(上場投資信託)は、12〜15日の4日間の資金流出入を合計すると約1億4,600万ドルの流出だったと報じられている。大口の財布は増えているが、ETF経由の資金は戻っていない。
生活防衛と投資の接点——現実的な選択肢
保有者が取れる行動を並べておく。どれかを勧めるものではない。
| 保管のしかた | 量子リスクとの関係 | できること |
|---|---|---|
| 国内の取引所に預けている | 鍵を管理するのは取引所。個人では形式を選べない | 取引所が量子対策をどう説明しているかを確認する |
| 自分のウォレットで管理している | 同じアドレスを使い回すほど公開鍵が長くさらされる | 受け取りのたびに新しいアドレスを使う設定にする |
| 古い形式のアドレスに長く眠らせている | 公開鍵が最初から見えている形式がある | 形式を確かめる。移す場合は手数料と送金ミスに注意 |
| 何もしない | CRQCが現れるまでは実害はない | BIP-360など対策提案の進み具合を追う |
量子リスクと値動きは分けて考えたい。コインデスクの記事に登場する専門家の間でも、量子コンピューターが暗号を破れる時期の見方は2028年から2035年まで大きく割れている。それまでの間、価格を動かすのはむしろ米国の金利と株式市場だ。年末までの見通しでは、7万4,000ドルを下値の土俵際として整理した。
次に財布へ届く変化の日付
| 日付 | 材料 | 見るところ |
|---|---|---|
| 未定 | クォンタム・アライアンスの指針公表 | 640万BTCの算出方法が示されるか |
| 10月29日 未明(日本時間) | 米連邦公開市場委員会(FOMC、27〜28日)の結果 | 利上げ観測の強弱。8万ドルの攻防 |
| 10月30日 | 日銀の金融政策決定会合 | 円建て価格を左右する円相場 |
| 11月30日 | MSCIの指数見直しの反映日 | ビットコイン保有企業の除外問題 |
主な参照
- クォンタム・アライアンスの発足、640万BTCの推計、関係者の発言(2026年10月16日6時52分、米東部時間)/CoinDesk
- BIP-360(Pay-to-Merkle-Root)の提案書/GitHub(bitcoin/bips)
- 量子耐性暗号の標準化(2024年8月)/米国立標準技術研究所
- 10〜1万BTCを持つウォレット数(サンティメントのデータ)、ETFの資金流出入/24/7 Wall St.
- ビットコインの価格(ドル建て・円建て)/Yahoo!ファイナンス
- FOMCの日程/米連邦準備制度理事会
データ基準日:2026年10月16日22時57分(日本時間)。ビットコインの価格は取引時間中の値で、終値ではない。過去の終値は世界標準時の日付で区切ったもの。640万BTC(供給量の30.2%)と110万BTCはクォンタム・アライアンスの推計としてコインデスクが報じたもので、算出方法は公表されておらず、本誌は検証できていない。ウォレット数とETFの資金流出入は報じられている内容にもとづく。円建ての換算は本誌の計算。量子コンピューターの実用化時期は専門家の見方を紹介したもので、予測ではない。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の暗号資産の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。
















