市場はこう信じている。「豪州準備銀行(RBA)は主要国でいちばんタカ派の中央銀行だ。日本との金利差は3%を超える。だから豪ドル円は下がっても買われる」。今日はこの通説を証言台に立たせる。10月16日22時50分(日本時間)の豪ドル円は109円77銭、豪ドル米ドルは0.6956ドル。どちらも取引時間中の値で、前日15日にはそれぞれ108円63銭、0.6899ドルまで売られていた。
きっかけは15日の豪9月雇用統計だ。就業者数は前月比3万9,300人減り、失業率は0.1ポイント上がって4.7%になった。9月29日に利上げしたばかりの中央銀行の足元で、雇用が崩れた形である。結論を先に書くと、通説は半分しか生き残らない。短期(10月28日の豪消費者物価指数まで)は108円60銭〜111円10銭のレンジを本線とみる。
通説の陳述——最も強い形で
公平のために、まず通説側の言い分を最も強い形で書いておく。RBAは9月29日の会合で政策金利を0.25%引き上げ、4.60%とした。声明には「必要ならさらに政策金利を引き上げることを含め」という一文が入った。物価については、8月の月次消費者物価指数(CPI)が前年同月比4.0%、基調を示すトリム平均でも3.6%と、目標の2〜3%を上回っている。
一方の日本銀行は9月18日に政策金利を1.25%へ上げたが、それでも差は3.35%ある。米連邦準備制度理事会(FRB)の誘導目標3.75〜4.00%と比べても、豪州の金利は上だ。金利の高い通貨を持てば、その差を受け取れる。この「キャリー」の理屈が、日本の個人投資家が豪ドル円を長く持ち続けてきた根拠である。
尋問1:利上げしたのに、なぜ豪ドルは下がったのか
証拠を見よう。利上げが決まった9月29日のニューヨーク終値で、豪ドル円は109円86銭だった。そこから雇用統計が出た10月15日の終値は109円33銭。利上げの後、豪ドルは上がるどころか53銭下げている。豪ドル米ドルも0.6989ドルから0.6924ドルへ下がった。さらにさかのぼると、9月18日の終値は111円76銭で、利上げを挟んだ1カ月で2円以上下げた計算になる。
豪ドル円の終値(2026年9月18日〜10月15日、ニューヨーク17時)
読み方:利上げが決まった9月29日の後も、豪ドル円は戻らなかった。利上げは事前に織り込まれており、買い材料として使い切られていた。出所:Yahoo!ファイナンスの1時間足から本誌がニューヨーク17時の終値を再集計。
この説明には穴がある。金利が上がれば通貨が上がるのは、その利上げが「予想外」だった場合に限る。9月29日の時点で、市場はすでに利上げを相当程度織り込んでいた。RBAの議事要旨によれば、会合の時点で市場は年末までに約0.15%、2027年前半までに約0.30%の追加利上げを見込んでいた。つまり、利上げそのものはもう豪ドルの買い材料として使い切られていた。
通説側の再反論も書いておく。「下げたのは豪ドルではなく、中東情勢と株安で世界全体がリスクを避けたからだ」。これは一理ある。議事要旨は、貿易加重でみた豪ドルが年初より約5%高い水準にあるとも書いている。対円だけで見れば弱くても、通貨全体として崩れたわけではない。ただし、日本の個人投資家が持っているのは貿易加重の豪ドルではなく、豪ドル円そのものである。
尋問2:雇用統計は「11月の利上げ」を消したか
豪州統計局(ABS)が15日11時30分(豪東部夏時間)に公表した9月の労働力調査は、数字だけ見れば悪い。季節調整済みの就業者数は1,478万2,700人で、前月から3万9,300人減った。失業者は73万2,000人に増え、失業率は0.1ポイント上昇の4.7%。労働参加率は66.8%に下がった。市場の予想は失業率4.6%、就業者2万人増だったと報じられている。なお失業率は端数処理の関係で、前月分も4.7%と表示されている。
だが、本当にそこまで悪いのか。内訳では、フルタイムは3万4,400人増え、減ったのはパートタイムの7万3,700人だった。景気の傾向を示すトレンド値では、就業者は1万5,700人増、失業率は4.6%で横ばいである。しかもABSはこの9月分から調査手法の刷新を終えたばかりで、月ごとの数字がぶれやすい。季節調整値だけで「雇用崩壊」と呼ぶのは言い過ぎだ。
それでも、市場の受け止めははっきりしていた。英為替情報サイトのパウンドスターリングライブは、11月の利上げ確率が約30%から約10%に下がったと伝えている。一方でANZ銀行とウエストパック銀行は11月の利上げ予想を据え置いたとされ、見方は割れている。ここで生き残る主張は「11月の利上げは遠のいた」までで、「利上げ局面は終わった」は証拠不足である。
尋問3:金利差3%は、円売りの理由として十分か
豪ドル円は2つの通貨ペアの掛け算でできている。豪ドル米ドルとドル円である。ドル円はこの1週間、158円前後で動かない。介入への警戒も意識され、159円の手前では上値が重い。ドル円の見通しで整理したとおり、ドル円が上に抜けない以上、豪ドル円を押し上げられるのは豪ドル米ドルだけになる。
その豪ドル米ドルの足を引っ張っているのが、中国と鉄鉱石だ。シンガポール取引所の鉄鉱石先物は15日に1トン89.75ドルまで下がり、2024年9月以来の安値を付けたとブルームバーグが報じている。豪州の最大の輸出品が値下がりすれば、金利差があっても豪ドルは買われにくい。金利差は「持っていれば受け取れる」が、その額は110円の豪ドルにつき1日およそ1銭(110円×3.35%÷365日)にすぎない。為替が1日に50銭動けば、50日分の金利差が消える。キャリーは値動きの小さい相場でしか機能しない。
公平のために言えば、金利差がまったく効いていないわけではない。下げのたびに108円台後半で買いが入り(10月1日の安値は108円70銭)、15日の安値108円63銭も1日で取り戻した。金利差は「上げる力」ではなく「下げを止める力」として働いている、と読むのが証拠に合う。
整理表——生き残った主張と死んだ主張
| 通説の主張 | 証拠 | 判定 |
|---|---|---|
| RBAはタカ派で、豪ドルを押し上げる | 利上げ後の2週間で豪ドル円は53銭安。利上げは事前に織り込まれていた | × 死んだ |
| 雇用悪化で11月の利上げは遠のいた | 失業率4.7%、就業者3万9,300人減。利上げ確率は約30%→約10%と報道 | ○ 生き残った |
| 利上げ局面はもう終わった | トレンド値の雇用は増加、物価4.0%は目標超え。ANZなどは11月利上げ予想を維持 | × 証拠不足 |
| 金利差が下値を支える | 108円台後半で買い戻し。15日の安値から翌日に1円以上戻す | ○ 生き残った |
| 金利差で豪ドル円は上がっていく | ドル円は159円の手前で頭打ち、鉄鉱石は2024年9月以来の安値 | △ 条件付き |
評決:短期はレンジ6割、下抜け3割
評決を出す。通説のうち生き残ったのは「下値を支える」という守りの部分だけで、「上がっていく」という攻めの部分は、少なくとも10月28日までは証拠がない。本誌は短期の見通しを次のように置く。
| シナリオ | 確率(本誌) | 豪ドル円の想定 | きっかけ |
|---|---|---|---|
| レンジ継続 | 60% | 108円60銭〜111円10銭 | 中国指標が予想並み、ドル円が158円前後で横ばい |
| 下抜け | 30% | 107円台へ(6カ月安値の更新) | 中国の7〜9月期GDPが予想割れ、鉄鉱石がさらに下落、株安による円買い |
| 上抜け | 10% | 111円70銭(50日平均)を回復 | 豪CPIの上振れで11月利上げ観測が復活 |
中期(年末まで)については、方向感を決めるのは豪州の物価と日銀の次の一手の綱引きになる。RBAが12月までにもう一度上げ、日銀が据え置けば、金利差は再び開き、豪ドル円は112円台へ戻る余地がある。逆に日銀が10月30日の会合で追加利上げに動けば、差は縮まる。本誌の年末の中心値は110円、上下2円の幅でみる。
注目の水準
豪ドル円の注目水準(10月16日時点)
読み方:現在値は20日平均の下にある。108円63銭を終値で割り込めば、下抜けシナリオに移る。出所:Yahoo!ファイナンスのデータから本誌が計算。
| 水準 | 豪ドル円 | 豪ドル米ドル | 意味 |
|---|---|---|---|
| 上値2 | 111円68銭 | 0.7085ドル | 50日平均。回復すれば下落基調の終わり |
| 上値1 | 111円13銭 | 0.7015ドル | 10月14日の高値。雇用統計前の水準 |
| 中心 | 110円45銭 | 0.7001ドル | 20日平均。現在値はこの下 |
| 下値1 | 108円63銭 | 0.6899ドル | 10月15日の安値。豪ドル円は6カ月ぶり安値 |
| 下値2 | — | 0.6869ドル | 6月30日の安値。豪ドル米ドルの6カ月安値 |
再審条件——評決が覆るとき
この評決は、次のデータで覆る可能性がある。最も重いのは10月28日9時30分(日本時間)の豪7〜9月期CPIと9月の月次CPIだ。トリム平均が前期比で大きく上振れれば、11月3日のRBA会合での利上げ観測が戻り、上抜けシナリオの確率は一気に上がる。
| 日時(日本時間) | 材料 | 見るところ |
|---|---|---|
| 10月19日 11時 | 中国7〜9月期GDP、9月の主要指標 | 前年比4.4%前後の予想に届くか。鉄鉱石への波及 |
| 10月28日 9時30分 | 豪7〜9月期CPI、9月の月次CPI | トリム平均。11月利上げの可否を決める |
| 10月29日 未明 | 米連邦公開市場委員会(FOMC、27〜28日)の結果 | ドル円と豪ドル米ドルの両方に効く |
| 10月30日 | 日銀の金融政策決定会合と展望リポート | 追加利上げなら金利差が縮む |
| 11月3日 13時30分 | RBAの政策決定 | 4.60%から上げるか据え置くか |
逆に、下抜けシナリオを強めるのは中国の指標だ。19日のGDPが予想を下回り、鉄鉱石が1トン90ドルを割り込んだまま定着すれば、108円63銭の安値は守れないとみる。持ち高のある個人投資家にとっての撤退の目安は、この安値を終値で割り込むかどうかである。
豪ドルの基本的な見方は豪ドル米ドルの基礎と節目に、米物価の上振れとドルの関係は米PPIとドル円の記事にまとめた。業者選びの比較はFX解説ページにある。
主な参照
- RBAの政策決定(2026年9月29日、4.60%へ利上げ)/豪州準備銀行
- RBA議事要旨(市場の織り込み、貿易加重の豪ドル)/豪州準備銀行
- RBAの会合日程/豪州準備銀行
- 2026年9月の労働力調査(2026年10月15日公表)/豪州統計局
- 8月の月次CPIと次回公表日/豪州統計局
- FRBの政策決定(2026年9月16日)/米連邦準備制度理事会
- 日銀の決定会合日程/日本銀行
- 雇用統計後の利上げ確率と銀行の予想/Pound Sterling Live(報道ベース)
- 為替レート(1時間足)/Yahoo!ファイナンス
データ基準日:2026年10月16日22時50分(日本時間)。豪ドル円109円77銭と豪ドル米ドル0.6956ドルは取引時間中の値で、終値ではない。過去の日付の為替レートはニューヨーク17時の終値で、Yahoo!ファイナンスの1時間足から本誌が再集計したもの。日足の公表値とは差が出ることがある。雇用統計の市場予想、11月の利上げ確率、銀行の予想、鉄鉱石先物の価格、中国GDPの市場予想と公表時刻は報じられている内容にもとづくもので、本誌は一次情報で確認していない。シナリオの確率と年末の中心値は本誌の見立てであり、将来の相場を保証しない。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の通貨の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。
















