7月12日、イラン革命防衛隊(IRGC)がホルムズ海峡の「封鎖」を宣言し、警告射撃に踏み切った。米中央軍(CENTCOM)は3夜で300を超える目標を攻撃したと発表。13日にはUAE船籍のタンカー2隻が巡航ミサイルで攻撃され、船員1名が死亡した(UAE国防省発表)。同日、トランプ米大統領は米国を「ホルムズ海峡の守護者」と宣言し、通過貨物への20%の「償還金」徴収と対イラン海上封鎖の再開を表明した——執行は日本時間15日朝5時から。国際海事機関(IMO)は強制通行料に「法的根拠なし」と批判する。
それでもブレント原油は約86ドルにとどまる。13日の清算値は9.6%高の83.30ドルで、日次上昇率は2020年5月以来の大きさ。14日は約85.9ドルへ続伸し、2営業日で約13%上げた。だが4月30日の126.41ドル、5月平均の約107ドルには遠く及ばない。同じ海峡発の危機で、春は126ドル、今回は86ドル。この40ドルの差はどこから来たのか。答えは、世界がこの4カ月で急造した「緩衝材」にある。そして本当の問題は、その緩衝材がすでに目減りし始めていることだ(基準日2026年7月14日)。
ブレント原油:開戦から今日までの道のり
126ドルの春、覚書での急落、そして再燃。現在は「ピーク比4割安」の位置からの再上昇局面にある。
出所:CNBC・Bloomberg・EIA等の確定値(終値・月平均)を主要アンカーとして結んだ概略パス。単位:ドル/バレル。
海峡は「閉まった」のではなく「細くなった」
海峡は完全には閉じていない。水路は実質2レーン——北側はイラン管理、南側はオマーン沿岸沿いの米軍護衛コリドーだ。米海軍主導のJMICは「南回廊は開いている」と表明し、米側は「日曜だけで800万バレル超が米軍支援下で通過した」と主張する(米側発表)。ただし南回廊の船も攻撃されており、日曜の通過は14隻(うち原油タンカー4隻)と前週比60%減。平常時は1日約130隻である。AIS(船舶自動識別装置)を切った「闇航行」が増え、オマーン沖では洋上の船対船積み替えも衛星で確認された(ロイター)。船員は最大約2万人が域内で足止めされ(国連)、6月の退避作戦は攻撃で凍結された。
「通れるが、高い」——海運コストの跳ね上がり
流れは続いているが、保険と運賃という見えない通行料が価格に上乗せされる。
出所:新華社(ブローカー談・7月上旬)、ロイズリスト等。保険は船体価格比・1航海あたり。
つまり「流れているが、細く、高く、危険」。春の封鎖局面と違うのは、この細い流れを支える緩衝材が今回は最初から稼働していることだ。
4カ月で積み上がった4つの緩衝材
第一に戦略備蓄の放出だ。IEA主導の協調放出は総枠4億バレルと史上最大で、6月12日までに2.52億バレルを放出済み。7月末までにさらに7,900万バレルが出て、温存分は1.07億バレルとなる。代償は大きい。米戦略石油備蓄(SPR)の残高は3.19億バレル、容量比44%と1983年以来の低水準に落ちた。
第二に迂回パイプラインだ。サウジの東西パイプラインは名目700万バレル/日だが、ヤンブー港の積出がボトルネックで実質約430万。UAEのADCOP(フジャイラ向け)が約150万〜180万で、合計しても約590万——平常時にホルムズを通る約2,000万バレル/日の3割しか代替できない。
迂回路は「3割」しかない
パイプラインで海峡を迂回できるのは平常フローの約3割。門が閉じれば残り7割の行き場はない。単位:万バレル/日(概算)。
出所:Vortexa・Argus・CNBC(3〜5月時点の実績・能力)。ヤンブー積出の実質上限とADCOPの公称能力の合算。
第三に需要破壊だ。IEAの推計では4〜6月期の世界石油需要は前年比500万バレル/日の減少と、2020年以来の落ち込みになった。最大の犠牲はアジアの石油化学で、ナフサ・LPGの高騰により稼働が10〜30%低下し、強制減産やフォースマジュール(不可抗力)宣言が相次ぐ。価格が上がりきらないのは、需要側が先に壊れているからでもある。2026年通年でも需要は100万バレル/日減る予想だ(OPECは+97万と正反対で、両機関の見解差は約200万に開く)。
第四に調達替えだ。日本の7月調達は100%非ホルムズ(高市首相)。韓国は非ホルムズ原油2.73億バレルを確保し、インドは約7割を非ホルムズ化した。中国は公式販売価格の割引(対ドバイ7〜9ドル安)を使って湾岸原油を買い増し、山東の独立系製油所が数日で2,600万バレルを手当てしたとも報じられる(単一報道)。OPECプラスも8月に5カ月連続となる18.8万バレル/日の増産を決めた。
「86ドルで安定」ではなく「86ドルの均衡は脆い」
4つの緩衝材には共通の弱点がある。使えば減る、ということだ。SPRは44%まで消耗し、協調放出の残弾は1.07億バレル。OPECプラスの余剰生産能力の大半は「海峡の内側」にあり、封鎖が続く限り市場に出せない。迂回パイプは3割止まり。需要破壊は緩衝材であると同時に、世界経済への請求書でもある。
だから市場の関心は水準ではなく期限に移った。ゴールドマン・サックスは13日、長期の価格想定を9ドル引き上げて76ドルとし、「構造的な安全保障プレミアム」の定着を認めた上で、「7月末までに正常化しなければ年末に100ドル超」を標準シナリオに据える。TDセキュリティーズは「物理的な不足が現実になれば100ドルは十分あり得る」(14日)、Sparta Commoditiesは「SPRの緩衝が失われつつあり、暴力的な再値付けは排除できない」と警告する。判定日は7月末。米国の海上封鎖執行が15日朝に迫ることを踏まえれば、次のエスカレーションは今週にも起こり得る。
金も円も逃避先にならなかった
13日の市場の連鎖は示唆的だ。S&P500は0.79%安、ナスダック1.55%安、日経平均は約2%安(14日は0.75%高に反発)。ここまでは通常の有事だが、異例なのは金が2.8%安の4,004ドルへ売られたことだ。米10年債利回りは4.61%へ上昇し、円は1ドル=162.44円まで下落した。市場はこの危機を「地政学ショック」ではなく「インフレ→金利上昇ショック」として値付けしている。ドル高と利上げ観測が金を抑える構図はここでも生きており、エネルギー輸入国・日本の円は、もはや安全通貨として扱われない。86ドルという価格は安心の表れではなく、インフレ再燃の入り口として読まれている。
日本——短期は守られ、中期は再編へ
日本向けの原油タンカーは13日までに全隻がホルムズを通過済みで(日経報道)、積み荷は8月初旬に国内製油所へ届く。国家・民間の備蓄は約8カ月分。ガソリン店頭は全国平均169.9円/L(7月6日調査)と、補助金(補助単価2.8円+代替調達コスト補填の調整単価4.9円/L)により170円近辺に固定されている。JERAはLNGの7月分を確保済みだが、コスト上昇は遅れて電気代に届く。短期の防御は厚い——ただしその費用は財政と企業(三菱商事は関連リスクに300億円のバッファを計上)が先に払っている。
| 緩衝材 | 現在の残量・能力 | 弱点 |
|---|---|---|
| IEA協調備蓄放出(4億バレル) | 2.52億放出済み、温存1.07億バレル | 米SPRは44%=1983年以来最低へ消耗 |
| 迂回パイプライン | 実質約590万バレル/日 | 平常フロー約2,000万の3割止まり |
| 需要破壊 | Q2需要は前年比−500万バレル/日 | 世界経済への請求書(アジア石化が犠牲) |
| 調達替え・増産 | 日本100%非ホルムズ、韓国2.73億バレル、OPEC+増産 | OPEC+余剰能力の大半は「海峡の内側」 |
中期の絵はむしろ供給過剰だ。IEAは2027年に供給が800万バレル/日増える「巨大な余剰」を予測しており、危機そのものは循環的とみる。だが航路の再編は定着し得る。ビロルIEA事務局長は「湾岸の輸出国は信頼を修復しなければならない」と述べ(8日)、UAEは新パイプラインを前倒しした。米国産LNGは輸出収入が約500億ドル上積みされ、ブラジル・ガイアナ・カナダの大西洋岸産油国、そしてタンカー船主が受益者に回る。「海峡は本当に閉められる」ことが一度実証された以上、アジアの買い手は長期契約の分散へ動く。3月の119ドル超えから続く教訓だ——危機は循環的でも、再編は構造的である。
個人投資家が見るべき時計は2つ。日本時間15日朝5時の封鎖執行で海峡の流れが実際にどうなるか。そしてゴールドマンが線を引いた7月末——正常化か、100ドル超えか。86ドルは、緩衝材が機能している証拠であると同時に、その残量計でもある。針が振れるかどうかは、これからの2週間で決まる。
- 価格・市況:CNBC、Al Jazeera、Bloomberg
- 海峡・海運:The National(Kpler集計)、ロイター、ロイズリスト
- 備蓄・需給:IEA 7月月報・協調放出、米SPR残高(Rigzone/DOE)
- 迂回能力:Vortexa、CNBC(パイプライン解説)
- 日本:日本経済新聞、燃料油価格激変緩和事業
免責事項:本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品への投資を勧誘・推奨するものではない。記載の数値は2026年7月14日時点(価格は7月13日清算値および14日東京時間の気配)のものであり、軍事・外交情勢は時間単位で変化し得る。単一ソースの情報はその旨を明記した。投資判断の際は必ず最新の一次情報を確認し、最終的な判断はご自身の責任において行われたい。
















