市場はこう信じている——ユーロはまだ下がる。投機筋のユーロ売り越しは2016年1月以来の大きさに膨らみ、フランスは格付け見通しを引き下げられ、欧州中央銀行(ECB)のラガルド総裁は任期途中で退く。材料はそろっている。ところが11月2日のアジア時間、ユーロドルは1.1188ドルと前週末比0.28%高で推移している(日本時間15時55分)。売る理由がこれだけあって、なぜ下がらないのか。
今日はこの通説を尋問する。証拠は3つ。投機筋の持ち高、フランスの格付け、そして欧米の金利の行方である。最後に1〜2週間と年末までの見通しを、確率つきで示す。
通説の陳述:ユーロ安には3本の柱がある
通説を最も強い形で要約しておく。第1の柱はフランスだ。格付け会社フィッチ・レーティングスは10月30日の欧州市場の取引終了後、フランスの格付けをA+に据え置いたうえで、見通しを「安定的」から「ネガティブ」に引き下げた。ロイターなどによると、フィッチは政府債務が2025年の国内総生産(GDP)比115.7%から2028年に約124%へ増えると見込む。フランスの10年国債利回りは前の週に5.14%を超え、2002年以来の高さを付けていた。
第2の柱はECBの指導部である。ECBは10月29日、ラガルド総裁が2027年2月7日に退任すると発表した。理由は示されていない。後任は欧州理事会が選ぶ。政策の継続性が揺らぐ時期に、通貨を買う理由は乏しい。
第3の柱は金利差だ。米連邦準備制度理事会(FRB)は10月28日に政策金利を3.75〜4.00%で据え置いたが、採決は10対2で、反対した2人は利上げを主張した。ECBの預金金利は2.50%である。ドルの金利がユーロより1.25〜1.50ポイント高い状態が続き、FRBが先に利上げに動くなら、資金はドルに向かう。
尋問1:売り越しの大きさは、ユーロ安の証拠か
ユーロ先物の非商業部門の差し引き持ち高(枚、各週火曜時点)
読み方:売り越しは9月15日の約2.7万枚から10月27日の約14.4万枚へ5倍超に膨らんだ。出所:米商品先物取引委員会(CFTC)の建玉明細。単位は万枚。
証拠を見よう。米商品先物取引委員会(CFTC)が10月30日に公表した建玉明細(10月27日時点)で、ユーロ先物の非商業部門は買い23万646枚、売り37万4,540枚。差し引き14万3,894枚の売り越しで、前週から9,370枚増えた。CFTCの公開データでこれより大きな売り越しは、2016年1月5日と12日の2回しかない。売りの総量37万4,540枚は、少なくとも2015年以降で最大である。9月15日の2万6,993枚から、6週間で5倍超に膨らんだ。
この説明には穴がある。売り越しが大きいことは、これから売る人が多いことを意味しない。すでに売った人が多いことを意味する。売り越しが13万7,573枚だった10月13日から14万3,894枚の27日までの2週間、ユーロドルの欧州中銀参照レートは1.1188ドルから1.1150ドルへ0.3%下げただけだった。売りを積み増しても値が下がりにくい状態は、売り手の弾が尽きかけている合図になりうる。2日のアジア時間にユーロが上げているのも、週末のフィッチの発表が予想の範囲内で、新しい売りを呼ばなかったためと読める。
前例もある。売り越しが14万6,451枚あった2016年1月12日、参照レートは1.0836ドルだった。1カ月後の2月11日には1.1347ドルと4.7%上げ、3月末には1.1385ドルに達した。公平のために言えば、当時と今では金融政策の環境が違い、同じ動きが繰り返すとは限らない。持ち高の偏りは「下げ余地が小さい」根拠にはなるが、上げの時期までは教えてくれない。
尋問2:フランスの見通し引き下げは、新しい材料か
フィッチの判断は格下げではなく、見通しの変更にとどまった。ムーディーズは10月下旬にフランスをAa3、見通しネガティブで据え置いており、市場には「財政は悪いが、格付けはすぐには落ちない」という認識が先にあった。本誌は当時の動きをムーディーズの記事で扱っている。
通説側の再反論も強い。ECBのラガルド総裁は10月29日の記者会見で、11月はフランス国債の償還が多い月で、ECBは再投資しないと述べた。つまり11月は、民間の投資家がフランス国債をより多く引き受ける必要がある。利回りがもう一段上がれば、ユーロの重しになる。この点は生き残る。
尋問3:金利差はドルの味方のままか
ここが本丸である。ラガルド総裁は同じ会見で「利上げをしないという意味ではない」「進む方向はかなり明確だ」と語り、ロイターは「ECBが12月の利上げを示唆」と報じた。ECBの政策金利は9月に引き上げられたばかりで、12月にもう一度上げる可能性を総裁自ら残した。ユーロ圏の9月の消費者物価は前年同月比3.8%と、8月の3.2%から加速している。
米国もFRBの次の一手は利上げと見られており、12月の利上げ確率は7割程度とする報道がある。つまり両方が利上げの方向を向いている。金利差を動かすのは「どちらが上げるか」ではなく、「どちらが予想より多く上げるか」に変わった。この点で通説はやや弱い。ユーロ圏の物価が加速している以上、ECBが12月に動く確率は、ラガルド総裁の発言の後に上がっているからだ。
生き残った主張と、死んだ主張
| 主張 | 判定 | 根拠 |
|---|---|---|
| 投機筋の売り越しは歴史的な大きさ | 生存 | 14万3,894枚は2016年1月以来。売りの総量は2015年以降で最大 |
| 売り越しが大きいので、ユーロはさらに下がる | 死亡 | 売り越しが増えた直近2週間の下げは0.3%。2016年は1カ月で4.7%反発 |
| フランスの財政がユーロの重し | 生存(弱体化) | 見通し引き下げは予想の範囲内。ただし11月は償還が多く、ECBは再投資しない |
| 金利差でドルが有利 | 五分 | 米国は利上げ観測。ECBも12月の利上げを否定せず、物価は3.8%に加速 |
| ラガルド総裁の退任はユーロ売り材料 | 未決 | 後任次第。2027年2月までは現体制で政策が決まる |
評決:下げは続くが、深くはない。通説に55%
ユーロドルの水準の地図(ドル)
読み方:基本シナリオは1.110〜1.130ドルのレンジ(45%)。下抜け30%、踏み上げ25%。出所:欧州中央銀行の参照レート、Google Finance。確率は本誌の判断。
評決を出す。ユーロ安という方向には55%で通説に傾く。ただし「1.10ドルを大きく割り込む」という強い版には乗らない。売り越しがここまで膨らんだ相場では、悪材料への反応が鈍り、良い材料への反応が大きくなりやすいからだ。
1〜2週間の見通しは次のとおりだ。基本シナリオは1.110〜1.130ドルのレンジで、確率は45%と置く。1.1130ドル(10月29日の参照レートで、2025年5月以来の安値)を明確に割り込み、1.110ドルを試す下抜けは30%。売り越しの買い戻しで、10月1日の参照レート1.1298ドルを超える踏み上げは25%とする。年末までの中心は1.12ドル前後と見る。INGは10月中旬、10〜12月期の予想を1.13ドルに引き下げたと報じられており、本誌の見方はそれよりやや低い。
再審の条件:評決を覆すデータ
今週は米国の夏時間が終わり、米指標の発表は日本時間で10月より1時間遅くなった。自分の生活時間に合わせて確認するなら、タイムゾーン変換ツールで米東部時間を日本時間に置き換えておくと見落としが減る。評決を覆しうる日程は次のとおりだ。
- 11月3日0時:米10月ISM製造業景況指数。市場予想は54.7(前回54.5)。大きく上振れすれば米利上げ観測が強まり、下抜けの確率が上がる。
- 11月4日19時:ユーロ圏10月消費者物価の速報値。9月の3.8%からさらに加速すれば、ECBの12月利上げ観測が強まり、踏み上げの確率が上がる。
- 11月6日22時30分:米10月雇用統計。市場予想は集計元によって5万5,000〜6万5,000人増で、9月は2万9,000人増だった。予想の見方は雇用統計の記事にまとめた。
- 次週以降のCFTC建玉明細。売り越しが減り始めれば、買い戻しが始まった証拠になる。
撤退線も示しておく。1.1298ドルを終値で上回れば、本誌の評決は誤りで、ユーロの底入れを認める。反対に1.110ドルを終値で割り込めば、強い版の通説が正しかったことになる。前回の論点整理はECB据え置き後の記事を参照してほしい。為替取引の基礎はFX解説ページにまとめている。
主な参照
- ユーロ先物の建玉明細(10月27日時点)/米商品先物取引委員会(CFTC)、過去データはCFTC公開データ
- 投機筋の売り越しに関する分析/FOREX.com
- フィッチによるフランスの見通し引き下げ/Investing.com(ロイター)、ユーロニュース
- ECBの政策決定と記者会見(10月29日)/欧州中央銀行
- ラガルド総裁の退任発表/欧州中央銀行
- FOMCの声明(10月28日)/米連邦準備制度理事会
- ユーロドルの参照レート/欧州中央銀行(Frankfurter経由)
- 今週の米経済指標の市場予想/finviz
- ユーロドルの気配値(11月2日15時55分)/Google Finance
データ基準日:2026年11月2日(日本時間15時55分)。ユーロドルの1.1188ドルは取引時間中の気配値であり、終値ではない。過去の水準は欧州中央銀行の参照レート(毎営業日の基準値)で、取引時間中の高値・安値とは異なる。建玉明細は10月27日時点の数字で、その後の持ち高の変化は反映していない。フィッチの判断は報道によるもので、本誌はフィッチの発表文を直接確認できていない。FRBの利上げ確率は報道ベースの数字である。INGの予想は報道によるもので、同社の資料は確認していない。確率と評決は本誌の判断であり、将来の相場を保証しない。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。












