2024年5月3日の夜、東京のディーラーは米雇用統計の数字を待っていた。その週、円は政府・日銀の介入とみられる買いで急伸し、ドル円は160円台から153円台まで押し戻されていた。発表された4月の雇用者数は17万5,000人増と予想を大きく下回り、ドル円は151.86円まで下げた。2年半後のきょう、似た盤面がまた画面に浮かんでいる。
ドル円は日本時間5日22時54分に158.45円。2026年もすでに3度の介入を経験し、あす6日には10月の米雇用統計が控える。当時と今は韻を踏んでいるのか、それとも同じ話の繰り返しにはならないのか。対照表から始める。
2024年5月と2026年11月の対照表
| 項目 | 2024年5月(当時) | 2026年11月(今回) |
|---|---|---|
| 直前の介入 | 4月29日・5月1日、計約9.8兆円 | 4〜5月に約11.7兆円、7月30日〜8月26日に約15.4兆円 |
| 雇用統計前のドル円 | 153円台(介入で押し戻された後) | 158.45円(介入水準の手前) |
| 米国の金融政策 | 5.25〜5.50%で据え置き、利下げ待ち | 3.75〜4.00%、12月の利上げ観測 |
| 日銀の政策金利 | 0〜0.1% | 1.25%、12月の追加利上げを示唆 |
| 前回の雇用統計 | 3月分が30万人台の強い伸び | 9月分は2万9,000人増と弱い |
| 市場予想 | 24万人前後 | 6万5,000人増(ファクトセット集計) |
同じ点は2つある。介入の記憶が新しいこと、そして雇用統計が円買いの引き金になりうることだ。違う点はもっと多い。当時のドル円は介入で7円近く押し戻された後で、雇用統計はその流れに乗る形で効いた。今回は介入の後に相場が戻り、7月の介入水準に向けて再び近づいている途中である。米国の金利も、当時は「いつ下げるか」が焦点だったが、今は「12月に上げるか」が焦点だ。
当時その後に起きたこと
2024年5月3日、米労働省が発表した4月の雇用者数は17万5,000人増だった。失業率は3.9%に上がり、賃金の伸びも前年比3.9%と予想を下回った。ロイターによると、ドル円は一時151.86円と4月10日以来の円高水準を付け、円は1年余りで最大の週間上昇率に向かった。
だが、教訓はその先にある。円高は長続きしなかった。日米の金利差は大きく、ドル円は6月には160円台を回復し、7月初めには161.95円と当時の約38年ぶりの高値を付けた。介入と弱い雇用統計の組み合わせは、トレンドを止めたのではなく、一時的に押し戻しただけだった。トレンドが本当に転じたのは、日銀が利上げし、米国が利下げに向かった2024年7月末以降である。
ドル円の推移(2026年、ECB参照レートから計算)
読み方:4月末と7月末の2つの山の直後に急落があり、いずれも介入の時期と重なる。介入後の安値から相場は再び戻し、11月4日は158円台にある。出所:欧州中央銀行の参照レート(ユーロ円÷ユーロドル、Frankfurter経由で取得)を約1週間おきに表示、本誌計算。取引時間中の高値(7月23日163.99円)は含まない。
「今回は違う」論の検証
今回は違うと言える根拠は2つある。第1に、日米の金融政策の方向が当時と逆向きに近い。日銀は10月30日に政策金利1.25%で据え置いたが、高田委員は1.5%への利上げを提案し、植田総裁は12月の利上げの可能性を強く示した。12月17〜18日の決定会合が次の節目になる。一方、米連邦準備制度理事会(FRB)は10月28日に3.75〜4.00%で据え置いたものの、2人の理事・総裁が0.25%の利上げを主張して反対票を投じた。金利先物市場では12月の利上げ確率が8割前後とみられていると報じられている。日米がそろって利上げに向かうなら、金利差の縮小は当時ほど一方的には進まない。
第2に、介入の規模と形が違う。財務省の公表値を集計した国際通貨研究所の資料によると、2026年は4月30日から5月6日までに約11.7兆円、7月30日から8月26日までに約15.4兆円を投じ、合計は27兆円を超えた。7月31日には約28年ぶりの日米協調介入も実施されたと、片山財務相と米財務長官が8月3日に認めている。2024年の年間約15兆円と比べても規模は大きい。当局が守る意思を示した水準は、5月が160円台後半、7月が162円台後半だった。
ただし、この2点はドル円の上値を抑える材料ではあっても、下げを約束する材料ではない。5月の介入後、ドル円の安値は155円台にとどまった。7〜8月の介入後は9月の日銀利上げも重なり、ECB参照レートで153円台まで下げた。それでも、いずれもその後は戻している。当時と同じく、介入は相場の向きを変えるより、速度を落とす道具として働いている。
歴史が示す3つの教訓
- 弱い雇用統計は、介入の記憶があるときほど効く。2024年5月は予想を6万人以上下回った数字で、ドル円は発表後に一時1.5円超下げた。
- ただし、効き目は金利差の向きが変わるまでしか続かない。当時は2カ月後に高値を更新した。
- 転換点を作ったのは中央銀行だった。介入でも雇用統計でもなく、日米の政策金利の方向そのものである。
今回固有の監視点と見通し
前哨戦の数字はやや強い。米労働省が5日に発表した新規失業保険申請件数(10月31日終了週)は18万9,000件と、市場予想の19万6,000件を下回った。4日のADP全米雇用報告は8万6,000人増、ISM非製造業景況指数は54.5だった。いずれも、雇用が急に崩れている姿ではない。
10月の雇用統計は6日の日本時間22時30分(米東部時間8時30分)に発表される。米国が11月1日に冬時間へ切り替わったため、夏場より1時間遅い。発表時刻を自分の生活時間に置き換えておきたい人は、タイムゾーン変換ツールで米東部時間と日本時間を並べて確認できる。
| シナリオ | 条件 | ドル円の想定 | 確率(本誌) |
|---|---|---|---|
| 強い | 10万人超、失業率4.1%以下 | 12月利上げ観測が固まり159円台、160円手前で介入警戒 | 30% |
| 予想並み | 4万〜10万人 | 157.5〜159円の往来が続く | 45% |
| 弱い | 4万人未満、失業率4.3%以上 | 利上げ観測が後退し156円台へ | 25% |
短期(1〜2週間)の見立ては156.5〜159.5円のレンジ、中心は158円前後とみる。上は10月12日のECB参照レート158.60円と160円、下は10月下旬の156.80円が目安になる。12月の日銀会合までの中期では、日銀の利上げと介入警戒で上値は160円前後に抑えられやすく、155〜160円のなかで下寄りに傾くと考える。この見方は、日足の終値で160円を上回った場合に撤回する。そこから先は、当局が5月と7月に動いた水準の手前になる。
なお、7〜9月の介入の日次内訳は財務省が11月9日8時50分に公表する予定で、協調介入の実際の日付と金額がそこで確定する。朝の時点での見方は民主党勝利でも円安が続く理由を検証した記事に、米選挙後のドル全体の流れは金価格の見通し記事にまとめた。FX取引の基本はFX解説ページで確認できる。
主な参照
- 雇用統計の発表日程/米労働省労働統計局
- 9月の雇用統計/米労働省労働統計局
- 新規失業保険申請件数(10月31日終了週)/米労働省
- ADP全米雇用報告(10月)/ADP
- FOMC声明(10月28日)/米連邦準備制度理事会
- 日銀の決定会合日程/日本銀行
- 2026年の介入額と水準/国際通貨研究所
- 外国為替平衡操作の実施状況/財務省
- 2024年5月3日のドル円の動き/ロイター(Yahoo!ファイナンス転載)
- ドル円の参照レート/欧州中央銀行
データ基準日:2026年11月5日(日本時間22時54分)。ドル円158.45円は取引時間中の値で、終値ではない。チャートは欧州中央銀行の参照レート(毎営業日の中欧時間14時15分ごろ)から計算した対ドル円の値で、取引時間中の高値・安値とは異なる(2026年の取引時間中の高値は7月23日の163.99円、ブルームバーグ基準)。雇用統計の市場予想はファクトセット集計で、ロイターやブルームバーグの調査値は確認できていない。12月の利上げ確率は報道ベース。介入の日付別の内訳は一部が推計で、財務省の日次公表で変わる可能性がある。シナリオの確率と見通しは本誌の判断であり、将来の為替水準を保証しない。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。













