市場はこう信じている。トランプ米大統領がロシア産軽油の制裁を外し、さらにロシアとウクライナの「エネルギー停戦」を宣言した。供給が増えて攻撃が止まれば、燃料高は峠を越える。週明け12日のアジア時間には、北海ブレント原油先物が一時2.3%下げた。
だが、本当か。今日はこの通説を尋問する。東京市場は祝日で休みで、再開は13日だ。それまでに確かめられる証拠を3つの方向から見ていく。供給の量、価格の値動き、そして日本の給油所に届くかどうかである。
通説の陳述:何が決まったのか
公平のために、通説を最も強い形で述べておく。根拠は2つある。
1つ目は制裁の緩和だ。米財務省外国資産管理局(OFAC)は米国時間9日、対ロシア制裁の一般許可135号を出した。ロシア産軽油の販売・輸送・荷揚げ・輸入にかかわる取引を、2027年4月7日午前0時1分(米東部夏時間)まで認める内容だ。米国への輸入も対象に含む。ただし、ロシア中央銀行・国民福祉基金・財務省の米銀口座からの引き落としは認めていない。これは許可書そのもので確認できる。
量はトランプ氏の投稿として各社が報じている。ロシアはまず30万トン超をすぐに出し、11月に50万トン、続けて100万トンを供給するという。その後の約300万トンは、ロシアの製油所の状態次第としている。ロシア側は、米国と世界の市場に石油と石油製品を供給する用意を確認したとの声明を出した。
2つ目が停戦だ。トランプ氏は米国時間11日の朝、SNSに「即時発効でエネルギー停戦」「双方が合意した」と書いた。米NBCニュースなどが伝えている。
尋問1:その軽油は、米国の何日分か
証拠を見よう。米エネルギー情報局(EIA)の週次統計によると、米国の留出油(軽油と暖房油)の消費は、10月2日までの4週平均で日量376万8,500バレルだった。軽油1トンを約7.45バレルとして、トランプ氏が挙げた量をこの消費で割る。
トランプ氏が挙げたロシア産軽油は、米国の消費の何日分か(日)
読み方:すぐに出る30万トンは米国の消費の0.6日分で、条件付きの300万トンまで全部足しても9.5日分。米国の手元の在庫だけで約28日分ある。出所:量はトランプ大統領の投稿(各社報道)、消費(10月2日までの4週平均で日量376万8,500バレル)と在庫は米エネルギー情報局。軽油1トン=約7.45バレルで本誌計算。
すぐに出る30万トンは約224万バレルで、米国の0.6日分にとどまる。11月の50万トンを足しても1.6日分だ。日付のない100万トンまで含めた180万トンで3.6日分、条件付きの300万トンを全部足しても9.5日分である。米CNNも、最初の分は米国の需要の約1日半分にあたると報じている。
しかも、この軽油は米国に来るとは限らない。許可の対象は米国への輸入に限らない。誰が代金を払い、いつ届くのかという報道機関の質問に、ホワイトハウスはすぐには答えなかったと米CNNは伝えている。
通説側の再反論も聞いておく。限界的な供給でも、先物市場は需給の引き締まりを先回りして織り込む。数日分の上乗せでも、品薄の心理を和らげる効果はある。この反論には一理ある。ただ、米国の留出油在庫は10月2日時点で1億514万バレル、消費の約28日分ある。在庫と比べれば、今回の量は小さい。
尋問2:原油は本当に下がったのか
次に値動きだ。12日のアジア時間、ブレント先物の期近12月物は一時102.33ドルまで下げた。9日の清算値104.72ドルから2.28%安い。米WTI先物も一時89.61ドルと、2.44%下げた。ここまでは通説どおりである。
だが、下げは続かなかった。日本時間12日15時40分ごろ(約10分遅れの気配値)、ブレントは104.55ドルで、前営業日比0.16%安に戻っている。一時は105.63ドルまで上げる場面もあった。WTIは91.29ドルで0.61%安だ。
この説明には穴がある。停戦の当事者が、停戦を確認していないのだ。キーウもモスクワも合意を確認していないと、米インベスティング・ドットコムは伝えた。ゼレンスキー大統領は「ロシアが同意するならウクライナも同意する」と述べた。そのうえで、発表から数時間のうちにロシアがハリコフの発電所などを攻撃したと述べている。米NBCニュースによれば、トランプ氏が同様の停戦を発表したのは約1カ月前にもあり、その後も双方の攻撃は続いた。
原油の値段を決めているのは、ロシアだけでもない。イランは米国のホルムズ海峡再開案を不十分として退け、9月下旬から船舶への攻撃を増やしている。週末にはイエメンの親イラン武装組織フーシ派がリヤドを攻撃したとも報じられた。中東の供給不安が残る限り、ロシアの停戦だけで原油の上値は消えない。ホルムズの経緯は9月27日の記事で扱った。
公平のために言えば、軽油そのものの先物はもう少しはっきり下げた。ニューヨーク港の超低硫黄軽油先物は、同じ時刻に1ガロン4.6652ドルで1.54%安い。一時は3.30%安だった。ただ、軽油の下げはこの合意の前から始まっている。EIAによると、ニューヨーク港の軽油の現物価格は9月16日の5.365ドルが直近の高値で、10月6日には4.713ドルと12%下げていた。
尋問3:日本の給油所に届くのか
最後に、日本の読者の財布だ。資源エネルギー庁が7日に公表した調査では、10月5日時点の軽油の全国平均は1リットル159.6円で、前週から0.1円上がった。同じ週の米国の軽油小売価格はEIAによると1ガロン6.199ドルで、前年同期の3.711ドルから67%高い。1ドル158.37円でリットル換算すると約259円になる。
日本の軽油が米国より約100円安いのは、補助金が価格を押さえているからだ。その補助金は8日から1リットル42.4円に縮小している。経緯は10月7日の記事に、日米の価格差の仕組みはこちらにまとめた。日本の店頭価格を動かすのは、原油の値段と円相場、そして補助金の幅である。ロシア産軽油の行き先ではない。
そして、この取引は米国内で覆る可能性がある。超党派の上院議員らが撤回を求めたと、ロイターや米AP通信が報じた。AP通信によると、上院民主党の指導部は「ウクライナと同盟国を売り渡すに等しい」と批判した。同通信は、ウクライナ侵攻後に軽油の制裁を通常の30日より長く緩める許可は、これが初めてだとも伝えている。許可は2027年4月まで有効だが、政治的には安定していない。
市場の受け止めも慎重だ。大阪取引所の日経平均先物12月物は、祝日取引で6万9,160円(日本時間15時40分ごろ、約10分遅れ)と、前営業日比310円安い。9日の日経平均の終値は6万9,030.92円だった。原油安を好感した買いは、少なくとも先物には見えない。13日の再開では、INPEX(1605)やENEOSホールディングス(5020)などの石油株がこの材料をどう織り込むかが最初の確認点になる。
生き残った主張と、死んだ主張
| 主張 | 判定 | 根拠 |
|---|---|---|
| 米国はロシア産軽油の制裁を外した | 生存 | OFAC一般許可135号。2027年4月7日まで、米国への輸入を含めて有効 |
| ロシア産軽油で燃料の需給が緩む | 重傷 | 即時分は米国の消費の0.6日分。全量でも9.5日分で、後半は製油所の状態次第 |
| エネルギー停戦が成立した | 未確認 | キーウもモスクワも確認せず。発表後も発電所への攻撃が伝えられた |
| 原油は停戦で下がった | 死亡 | ブレントは一時2.28%安から戻り、15時40分ごろは0.16%安 |
| 軽油の先物は下がった | 生存 | NY港の軽油先物は1.54%安。ただし現物は合意前から高値比12%安 |
| 日本の軽油価格が下がる | 死亡 | 日本の価格は原油・円・補助金で決まる。補助金は8日に42.4円へ縮小 |
評決
通説は、ほぼ崩れた。
制裁の緩和は事実で、軽油の先物も下げた。この2点は生き残る。だが、量は米国の数日分にすぎず、停戦は当事者が確認していない。原油はアジア時間の下げをほぼ取り戻した。市場自身が、この材料を一時的なものとして扱っている。
本誌の評決は、「燃料高は峠を越える」という見方に2割、「燃料高の構図は変わっていない」に8割である。原油の値段を決めているのは、今もホルムズ海峡と中東の供給だ。ロシアをめぐる発表は、その上に乗った短い揺れにとどまる。日本の個人投資家は、石油株や輸送株をこのニュースだけで売り買いしないほうがよい。
再審条件
この評決を覆す材料を、先に挙げておく。
- ロシア政府とウクライナ政府が、停戦の範囲と開始日を文書で示したら。製油所や港への攻撃が止まれば、ロシアの輸出余力は300万トンの上積みに近づく。
- 14日(米国時間)のEIA週次小売価格で、軽油が6ドルを割ったら。店頭まで下げが届いた証拠になる。
- 15日(米国時間)のEIA週次統計で、留出油の在庫が増えたら。需給の緩みが統計で確認できる。
- ブレント先物の清算値が100ドルを割ったら。朝の下げが一時的でなかったことになる。
- 15日の資源エネルギー庁の調査で、軽油が前週より下がったら。日本の給油所に影響が届いたことになる。
逆に、米議会が許可の撤回に動けば、残った2つの生存主張も弱まる。13日の東京市場の再開から、この順に確かめていきたい。
主な参照
- ロシア関連一般許可135号(2026年10月9日)/米財務省外国資産管理局
- 米国の留出油消費・在庫(週次、10月2日週)/米エネルギー情報局
- 米国の軽油小売価格(週次)/米エネルギー情報局
- ニューヨーク港の軽油現物価格(日次)/米エネルギー情報局
- 石油製品価格調査(10月5日時点)/資源エネルギー庁
- エネルギー停戦の発表とゼレンスキー大統領の発言/米NBCニュース
- 停戦が未確認であることと中東情勢/インベスティング・ドットコム
- 供給量の内訳と需要の約1日半分という試算/米CNN
- 議会の反発と許可の期間の異例さ/米AP通信(アトランタ・ジャーナル・コンスティテューション掲載)
- 先物の気配値(日本時間12日15時40分ごろ、約10分遅れ)/TradingView
データ基準日:2026年10月12日(日本時間15時40分ごろ)。原油・軽油・日経平均の先物は取引時間中の気配値で、約10分遅れのデータであり、終値ではない。前営業日比は9日の清算値との比較である。軽油の供給量はトランプ大統領の投稿として報じられたもので、ロシア政府の発表では量を確認できていない。バレル換算は軽油1トン=約7.45バレルとした本誌の計算で、比重によって数%ずれる。米国の何日分かは、EIAの留出油消費の4週平均(暖房油を含む)で割った本誌計算である。円換算は1ドル158.37円(同時刻の気配値)を使った。停戦の成否、議会の動き、今後の価格は保証できない。評決の比率は本誌の判断である。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。アイキャッチ画像:Mikael Moiner(CC BY 2.0、トリミング)。













