原油価格は世界経済の「血圧」だ。高すぎれば輸送・電力・素材というあらゆる血管に負荷がかかり、低すぎれば産油国と資源企業が立ちゆかない。その血圧計が、再び危険域へ向かい始めた。
7月12日(土)、イラン革命防衛隊(IRGC)海軍がホルムズ海峡の「封鎖」を宣言し、警告射撃を行ったとCNNが報じた。米軍は1週間で3度目となる約140目標への攻撃を実施したと同局は伝える。問題は、金曜(7月10日)の清算値——ブレント約76.0ドル、WTI約71.4ドル——がこの週末の展開を一切織り込んでいない点だ。月曜の寄り付きは金曜の延長線上にはない。ただし結論を先に言えば、月曜の寄り付きで慌てて売買する必要はない。必要なのは「どの水準で何を点検するか」を今のうちに決めておくことだ(基準日2026年7月12日)。
「需要は減るのに、価格は上がる」の逆説
直感に反する事実から始めたい。IEAは7月10日の月報で、2026年の世界石油需要を前年比100万バレル/日の減少と予測した。年間の需要減は2020年のコロナ以来初めてだ(OPECは逆に97万b/d増を予想し、両機関の差は約200万b/dに開く)。需要が減る見通しなのに、なぜ価格は上がるのか。
答えは、原油価格が「今の需給」だけでなく「届くかどうかの確率」を織り込むからだ。中東湾岸の原油の出口はホルムズ海峡という一本の水路であり、ここは高速道路の料金所に似る。料金所が閉まる「かもしれない」というだけで、通れた荷物にも保険と運賃という見えない料金が上乗せされる。実際、戦争保険料率は通常の0.15%から0.8〜1.5%/航海へ、米英イスラエル関連船では2.5〜5%へ跳ね、中東→中国のタンカー運賃は約3ドルから約11ドル/バレルに上がった。ブルームバーグによれば海峡の通航はほぼ停止し、国連は約6,000人の船員が足止めされていると集計する。日本関連船も7月7〜9日に22隻が湾外へ退避し、湾内残留は4隻だ(保険業界情報)。
もう一つの罠は「予備能力の場所」にある。OPECプラスの増産余力は名目約500万b/dだが、即応できるのは150〜250万b/dとの試算がある(Energy Aspects・Rapidan)。しかもその大半は湾岸の内側、つまり料金所の内側だ。門が閉じれば、余力はあっても外に出せない。供給はすでに戦前比940万b/d減っており、IEAの見通し自体が「速やかな緊張緩和」を前提としていた。その前提が、週末に崩れた。各社が見通しを上方修正した6月の局面と同じ構図が、より高い緊張度で戻ってきた形だ。
水準というものさし:80・100・126ドルの意味
ブレント原油の「ものさし」
現在はピーク比約4割低い位置にいる。だが週末の封鎖宣言は金曜の値段に入っていない。
出所:価格はTrading Economics等(7/10終値)、警告ラインはゴールドマン・サックス予想(7月末までに正常化しなければ年末100ドル超)、ピークはCNN/CNBC(4月30日)。
| 水準(ブレント) | 世界への含意 | 日本への含意 | 実証・根拠 |
|---|---|---|---|
| 80ドル未満 | 株式と共存可能 | 日経は7/8の−1,437円を2営業日で回復 | 7/10時点で実証済み |
| 80〜90ドル | インフレ再加速、FRB利上げ観測強化 | GDP−0.09%・CPI+0.16%(+10ドル時)、ガソリン180円/L超 | NRI試算 |
| 100ドル超 | 2カ月継続で世界GDP数十bp減(後退は回避) | GDP−0.18%・CPI+0.31%(+20ドル時)、ガソリン200円/L視野 | Oxford Economics・ゴールドマン警告ライン |
| 126ドル再テスト | 140ドル×2カ月なら米経済「ほぼ停止」・米CPI約5% | 戦時中は原油輸入が半減した前例 | Oxford Economics最悪シナリオ |
原油の影響:4本のパイプ
原油高の日本経済への感応度
1本ずつのパイプは細くても、4本同時に流れれば無視できない。
出所:NRI(野村総合研究所)試算。原油価格が+10ドル/+20ドル上昇した場合の影響。
日本株の勝ち負けマップ
日本は原油の95%超を中東に依存し(過去最高)、輸入の9割超がホルムズ海峡を経由する。戦時中には原油輸入が半減した(主要国で最悪・日経)。円安が円建てコストに上乗せされる分、打撃は米国より重い。ただし国家・民間備蓄は254日分あり、供給が即座に途絶える話ではない。
- INPEX・JAPEX(石油開発)
- ENEOS・出光・コスモ(製油)
- 資源を持つ商社
- 住友金属鉱山(金)・防衛関連
- 海運:タンカー運賃急騰(3→11ドル/バレル)の追い風、ただし自社燃料費は逆風の二面性
- JAL・ANA(燃料費+中東路線)
- HISなど旅行
- ブリヂストンなどタイヤ・化学
- 電力(燃料費調整の逆ざやリスク、東電はFY3/27見通し「未定」)
- 両義:自動車——円安メリットと原材料・輸送コスト増が相殺し合う
個人投資家のチェックリスト:月曜朝と、その後
- 月曜朝:①ブレント先物の寄り付き——80ドル未満なら先週の延長線、80ドル台なら警戒圏入り。②ドル円——リスクオフの円高か資源高の円安かで日本株への効き方が変わる。③日経平均先物のギャップ幅——7月8日の−2.1%が目安。
- 80ドル台に定着したら:エネルギー・資源のウェイトなど資産配分を確認。保有銘柄が4本のパイプの上流(受益側)と下流(負担側)のどちらにいるかを整理する。
- 100ドル接近なら:ガソリン・電気代など家計側の影響も含めて防御を検討。
- やってはいけないこと:寄り付きの成行売り。7月8日の急落は2営業日で埋まっており、地政学ショックのギャップは寄り付きが最悪値になりやすい。逆に「封鎖なら急騰」と決め打ちの飛び付き買いも危うい——6月には停戦観測で月間20%超の大幅安になった。事態はどちらにも急転する。
市場は6月17日の覚書で「危機は終わった」と値付けし、7月2日には開戦前の71ドル割れまで戻した。それが2週間で覆った。教訓は明確だ——地政学リスクは「解消」ではなく「休止」として扱う。一時119ドル超えの乱高下局面やゴールドマンの見通し上方修正で見た振れ幅は、今回も起こり得る。血圧計の数字に驚く前に、自分がどの血管につながっているかを知っておく。それが、この局面で最も実用的な準備だ。
- 週末の情勢:CNN(封鎖宣言・攻撃は同局報道)
- 需要見通し:IEA 7月月報、CNBC
- 価格・海運:Trading Economics、Bloomberg
- 日本の感応度・構造:NRI試算、日本経済新聞、燃料油価格激変緩和事業(補助金)
免責事項:本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品への投資を勧誘・推奨するものではない。記載の数値は2026年7月12日時点(価格は7月10日終値)のものであり、情勢は極めて流動的で実態と大きく異なり得る。水準別シナリオは各機関の試算・予想に基づく整理である。投資判断の際は必ず最新の一次情報を確認し、最終的な判断はご自身の責任において行われたい。
需要が減る見通しなのに、なぜ原油価格は上がるのか?
価格が「今の需給」ではなく「届くかどうかの確率」を織り込むからだ。戦争保険料の急騰(通常0.15%→0.8〜1.5%/航海)や運賃上昇という見えないコストに加え、OPECプラスの即応余力150〜250万b/dの大半が湾岸の内側にあり封鎖時に出せないため、IEAが需要100万b/d減を見込む中でも価格は上がる。
月曜の寄り付きで株を売るべきか?
基本は売らないのが合理的だ。7月8日の日経平均−2.1%急落は2営業日で回復しており、地政学ショックのギャップは寄り付きが最悪値になりやすい。判断すべきは資産配分の点検であって、成行での即断売買ではない。ただし「封鎖なら急騰」の決め打ち買いも危うい——6月には停戦観測で月間20%超の大幅安になった。
ガソリン価格はどこまで上がる可能性があるか?
原油+10ドルで全国平均180円/L超、+20ドルで200円/L超が目安だ(NRI試算)。3月に過去最高の190.8円/Lを付けて補助金が再導入されており(補助単価2.8円/L+7月調整単価4.9円/L)、上昇はいくらか緩和されるが、転嫁自体は避けにくい。円安162円台も押し上げ要因になる。
日本の石油供給は止まるのか?
直ちには止まらない。国家・民間合わせて254日分の備蓄という時間の緩衝材がある。ただし日本は原油の95%超を中東に依存し輸入の9割超がホルムズ経由のため、封鎖が長期化すれば主要国で最も影響が大きい——戦時中には原油輸入が半減した前例がある。
原油高の局面で追い風を受ける日本株は?
INPEX・JAPEX(石油開発)、ENEOS・出光・コスモ(製油)、資源を持つ商社、住友金属鉱山(金)、防衛関連が代表格だ。海運はタンカー運賃急騰(約3→11ドル/バレル)の追い風と燃料費増の逆風が同居する二面性、自動車は円安メリットとコスト増の両義に注意したい。
















