10月19日月曜、ニューヨーク。取引開始のベルが鳴る数時間前に、JPモルガンの半導体アナリスト、ハーラン・サーの顧客向けリポートが市場に流れた。インテル(INTC)の投資判断を「アンダーウエート」から「ニュートラル」に1段階引き上げる、という内容だった。米東部時間10時30分(日本時間23時30分)の株価は94.28ドル、前週末比4.93%高である。半導体株が8営業日続けて下げたあとの、最初の買い戻しの朝だった。
ただし、このリポートには一つ変わった点がある。目標株価は85ドルのまま据え置かれた。前週末16日の終値89.85ドルより5.4%低く、この朝の株価よりも1割ほど低い。つまりサーは「上がる」とは書いていない。「下がると言い続ける理由がなくなった」と書いたのである。6月に140ドルを超えた株が、なぜこの位置まで戻され、なぜ弱気派の一人が旗を降ろしたのか。半年の経緯をさかのぼって見ていく。
月曜の朝、サーが書いた3つの文
サーは2022年11月からインテルに弱気の判断を付けてきた。その間に、サーバー向けx86 CPUでのインテルのシェアは77%から53%へ、パソコン向けCPUでは81%から68%へ下がった、とリポートは数字を並べている。サーはサーバーでのシェア低下が「あと数四半期は続く」とみている。外部顧客から受託生産で得た売上高は、2026年1〜6月期の年率換算でわずか10億ドルほどで、TSMCの1,500億ドルとは比べようもない。弱気の材料は消えていない。
それでもサーは判断を変えた。リポートで最も引用された一文はこうだ。
「現在の水準では、リスクとリターンの釣り合いがとれている。ニュートラルに引き上げる」
理由として挙げたのは2つである。1つはAIエージェントの処理が増えていることだ。指示を受けて自分で作業を進めるAIは、画像処理半導体(GPU)だけでなくCPUを多く使う。もう1つは、最先端の半導体の供給網がきわめて逼迫していることだ。サーは、この2つが今回の決算期から2027年にかけて1株利益の上方修正を呼ぶとみる。JPモルガンの2028年の1株利益予想は、市場予想を約15%上回るという。
3つ目の文は人物評だった。リップブー・タンが最高経営責任者(CEO)に就いてから、主力のパソコン・データセンター向け事業でも、次世代の製造技術でも「実行力が大きく改善した」とサーは書いた。歩留まり、量産のしやすさ、先端パッケージングが例に挙がっている。弱気派が数年ぶりに経営陣を名指しで評価したことになる。
巻き戻し:44ドルから141ドル、そして90ドルへ
話は春にさかのぼる。3月31日のインテルの終値は44.13ドルだった。4月7日、インテルはイーロン・マスクが率いるテスラとスペースXの半導体工場構想「テラファブ」に加わった。4月22日には、マスクがテスラの決算説明会で、テキサス州オースティンのテラファブでインテルの次世代製造技術「14A」を使う計画を明らかにした。ロイターは、14Aにとって初めての大口顧客だと伝えた。マスクの言葉は「14Aは正しい選択に見える。インテルとは素晴らしい関係にある」だった。
株価は4月だけで2倍を超え、月間の上昇率は上場来で最大になったとバロンズは報じている。勢いは初夏まで続き、6月22日の終値は140.94ドル、6月30日の取引時間中には142.35ドルの52週高値を付けた。3月末からの上昇率は終値で3倍を超える。
インテル株の終値(2026年3月31日〜10月16日)
読み方:3月末からの上げは6月22日の終値140.94ドルで頂点を付け、10月16日には89.85ドルまで戻された。高値からの下落率は36.2%。出所:stockanalysis.comの日足終値、本誌計算。
その後の4カ月は、上り坂の裏返しだった。7月23日に発表した4〜6月期決算で、売上高は前年同期比25%増の161億ドルと、タンが「15年余りで最も強い伸び」と呼ぶ数字だった。それでも株価は翌24日に7.9%下げた。9月24日には127.39ドルまで戻したが、10月に入ると崩れた。10月2日の119.33ドルから16日の89.85ドルまで、2週間で24.7%の下げである。前週だけで14.2%下げた。
崩れたのはインテルだけではない。フィラデルフィア半導体株指数(SOX)は10月7日から16日まで8営業日続けて下げ、前週は11.4%安だった。AIへの設備投資が続くのか、その資金を借金でまかなう企業は持ちこたえられるのか。そうした疑いが半導体株全体を売らせた。ただしインテルの下げは同業より深い。サーによれば、半導体株全体が高値から20〜25%安にとどまるのに対し、インテルは約36%安だった。終値ベースで計算しても、6月22日の高値から10月16日まで36.2%の下げになる。
インテルとテラファブの半年
読み方:春の上げを支えたテラファブの物語は、秋にTSMCとの協議が伝わって不安の種に変わった。出所:ロイター、モトリーフール、インテルの発表資料、stockanalysis.com、Yahoo Finance。
もう一人の主役、マスクの「ただの話し合い」
10月の下げには、半導体全体の事情とは別の筋書きもあった。10月2日金曜、台湾の半導体業界を追うニュースレター「カルピウム」が、テラファブがTSMCと協議していると報じた。翌3日、マスクはX(旧ツイッター)でこれを認めた。「ただの話し合いだ。だが何かが生まれるかもしれない」。インテルはこれまで、テラファブの唯一の名前の挙がった半導体パートナーだった。
バロンズはCNBCの報道を引いて、TSMCが加われば、インテルの製造技術が採用から外れる可能性があると伝えた。一方でタンは、マスクとの協業を続けるとロイターに語っている。春に株価を2倍にした物語の主役が、秋には不安の種になった。
19日朝には、一部の投資情報サイトが「テスラとの受託生産契約」を当日の上げの材料として挙げた。だが本誌が確認した限り、16日から19日にかけてインテルからもテスラからも新たな発表はない。テスラが14Aを使うという話は4月22日のマスクの発言であり、半年前のニュースである。19日の上げを説明する材料として確認できたのは、JPモルガンの格上げと半導体株全体の買い戻しの2つだけだった。
取引開始の瞬間
寄り付き前の取引で、インテルはすでに3%を超えて上げていた。9時30分に取引が始まると、買いは半導体株全体に広がった。9時46分の株価は94.86ドル、前週末比5.58%高。10時30分には、AMDが3.74%高、マイクロンが4.22%高、フィラデルフィア半導体株指数が2.65%高となっている。8営業日で崩れた分のごく一部を取り戻したにすぎない。
ウォール街の目標株価の平均は、S&Pグローバルが集計する49人のアナリストで118.05ドルだった。最も低い80ドルから最も高い200ドルまで、2.5倍の開きがある。JPモルガンの85ドルは、その下限に近い。強気派はAIとテラファブの将来に値を付け、慎重派は足元のシェア低下と受託生産の小ささに値を付けている。サーの格上げは、慎重派の側から「ここまで下げれば十分だ」と言っただけで、強気派の陣営に移ったわけではない。
同じ頃、東京では日経平均株価が19日の取引を407円安で終えていた。半導体の製造装置や材料を手がける日本企業のなかには、インテルの取引先として名前が公になっている会社がある。インテルが3月に発表した2026年の優秀サプライヤー賞「EPIC」では、受賞41社のなかにレーザーテック(6920)と、EUV向けマスクブランクスで受賞したAGC(5201)が含まれる。両社が受賞を公表している。インテルの設備投資の行方は、東京の半導体関連株にとっても他人事ではない。
エピローグ:10月29日、物語の次の章
次の場面は10日後に来る。インテルは10月29日木曜の取引終了後に7〜9月期決算を発表し、太平洋時間14時(日本時間30日6時)から説明会を開くと発表している。会社が7月に示した7〜9月期の見通しは、売上高158億〜168億ドル、調整後の1株利益0.38ドル、調整後の粗利益率42.0%だった。S&Pグローバルが集計する市場予想は、売上高164億6,000万ドル、1株利益0.39ドルで、会社見通しの中ほどにある。
サーが賭けたのは、この決算で1株利益の上方修正が始まるかどうかだ。AIエージェント向けのCPU需要と供給の逼迫が数字に出れば、85ドルの目標はむしろ低すぎたことになる。出なければ、戻りは1日で終わる。テラファブとTSMCの協議に、インテル自身がどう触れるかも残された問いである。
決算を控えた主要銘柄の値動きの織り込みは米決算の織り込み値幅番付に、インテルが株数を大きく増やした夏の資本増強の経緯はインテル再資本化の記事にまとめた。前週の東京の半導体株の総崩れはTSMC決算と東京の半導体株で扱っている。
主な参照
- JPモルガンの格上げ(ニュートラル、目標85ドル据え置き)とリポートの内容/Yahoo Finance(Investing.com配信、10月19日)、Yahoo Finance(10月19日)、The Fly(Yahoo Finance掲載)
- テスラのテラファブでの14A採用計画(2026年4月22日)/ロイター(Yahoo Finance掲載)
- テラファブとTSMCの協議、マスク氏のX投稿(10月3日)/モトリーフール、4月の上昇率とTSMC参加の影響/バロンズ(Yahoo Finance掲載)
- 4〜6月期決算と7〜9月期の会社見通し(2026年7月23日)/インテル、7〜9月期決算の発表日程/インテル
- 株価の日足終値と取引時間中の株価、目標株価の分布と市場予想(S&Pグローバル集計)/stockanalysis.com
- EPICサプライヤー賞の受賞/レーザーテック、AGC
データ基準日:2026年10月19日10時30分(米東部時間)、日本時間23時30分。19日の株価は取引時間中の値で、終値ではない。それ以外の株価は終値で、騰落率と高値からの下落率はstockanalysis.comの日足終値から本誌が計算した。半導体株指数の8営業日続落と前週の下落率はYahoo Financeの日足終値から本誌が計算した。JPモルガンのリポートの内容とシェアの数字は報道にもとづくもので、本誌はリポートの原文を確認していない。リポートの公表が16日の取引終了後か19日朝かは報道によって異なる。テラファブとTSMCの協議の内容は報じられている段階で、両社からの正式な発表はない。市場予想は集計元によって異なる。アイキャッチ写真はカリフォルニア州サンタクララのインテル本社(撮影:Coolcaesar、ウィキメディア・コモンズ、CC BY-SA)。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の銘柄の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。
















