1グラム23,405円。10月16日の朝9時30分、田中貴金属工業が公表した金の店頭小売価格(税込み)である。前日より129円高い。3月3日に付けた29,969円から見れば21.9%安く、100グラムの地金なら65万6,400円安く買える計算になる。それでも店頭の数字はこの2週間、23,100〜23,500円の狭い幅から出ていない。米国の物価は強く、米国の金利は5%台にある。その中で金はなぜ下げ止まり、私たちの財布にとって何を意味するのか。店頭の値札から、ニューヨークの先物市場までたどってみる。
店頭の値札は1年でここまで動いた
田中貴金属の金・店頭小売価格(税込み、円/グラム、2025年11月〜2026年10月16日)
読み方:3万円の手前まで上った後、8月に一度22,624円まで下げ、いまは23,000円台でもみ合う。10月の値幅は398円しかない。出所:田中貴金属工業(各営業日9時30分公表の店頭小売価格)。
田中貴金属の店頭小売価格は、2025年11月5日の21,501円から上げ始め、1月29日に29,815円、3月3日に29,969円と3万円の手前まで上った。そこから春と初夏にかけて下げ、8月3日には22,624円まで戻った。8月25日には26,525円へ17%跳ねたが、9月末には再び23,000円台に沈んでいる。10月に入ってからの最高は7日の23,503円、最安は8日の23,105円で、値幅はわずか398円だ。荒れた1年のあとで、店頭はいま、凪(なぎ)に近い。
23,405円を分解する:ドル建て金価格×ドル円
店頭の円建て価格は、おおまかに3つの数字の掛け算で決まる。国際価格であるドル建ての金価格(1トロイオンス=約31.1グラムあたり)、ドル円相場、そして消費税の10%である。ここに業者の手数料や需給の上乗せが加わる。たとえば金が1オンス4,180ドル、ドル円が157.9円なら、1グラムあたり約21,220円、税込みで約23,350円になる。田中貴金属の16日の小売価格と近い水準だ。
この式から、店頭価格の「感応度」も分かる。ドル建て金価格が100ドル動くと、税込みの店頭価格は1グラムあたり約558円動く。ドル円が1円動くと、約148円動く。つまり、円安が5円進めば、金の国際価格が変わらなくても店頭の値札は約740円上がる。3月の29,969円は、ドル建ての金高と円安が重なった結果だった。米ニューヨーク先物(期近)の最高値は1月29日の日中5,586.2ドルで、店頭の最高値はその1カ月余り後の3月に付いている。日本の個人投資家にとって、金の値段は半分が為替の値段でもある。
川上へ:強い物価でも金が上がった1日
店頭の値札までの流れ(川上→川下)
読み方:強い物価は金の逆風のはずだったが、株安による金利とドルの低下がそれを打ち消した。最後に円相場が掛け算で効く。出所:米労働省、Yahoo Finance、Kitco、田中貴金属工業、本誌計算。
ドル建ての金を動かす上流に目を移す。米労働省が14日に発表した9月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比3.7%、15日の生産者物価指数(PPI)は前年同月比6.3%、前月比1.3%で2022年3月以来の大きな伸びだった。普通なら、物価高は利上げ観測を通じて金利を押し上げ、利子を生まない金には逆風になる。実際、ニューヨーク先物の清算値は14日に4,107.9ドルまで下げた。
ところが15日は4,170.1ドルへ約1.5%上げた。人工知能(AI)関連株の売りで資金が米国債に逃げ、米10年債利回りが14日の5.19%から5.09%へ下がったためだ。ドル指数も14日の102.55から、16日の日本時間19時35分には101.59へ下げた。16日の同じ時間帯、金の現物は1オンス4,180.60ドル(米キットコの気配値、ニューヨーク時間6時45分)、先物期近は4,204.7ドルで推移した。米連邦準備制度理事会(FRB)のウォーシュ議長は16日、10月の会合について予断を持たないと述べたと報じられ、追加利上げの観測は弱まったとされる。
もう1本の上流は、金を「買い続ける人たち」だ。ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)によれば、世界の金上場投資信託(ETF)には9月に100億ドルが流入し、7〜9月期の流入額は310億ドルと四半期で過去最高だった。保有量は9月に67トン増えて4,256トンと過去最高を更新している。価格が最高値から下げている間も、ETFの保有は増えていた。中央銀行の買いも続いていると報じられているが、9月分はWGCの暫定値を伝える報道ベースで、本誌は一次資料で確認できていない。
家計に換算する:積立1万円で買える量
| 家計の場面 | 10月16日(23,405円) | 3月3日の最高値(29,969円) | 差 |
|---|---|---|---|
| 毎月1万円の積立で買える量 | 約0.427グラム | 約0.334グラム | 約28%多く買える |
| 100グラムの地金の代金 | 234万500円 | 299万6,900円 | 65万6,400円安い |
| 買ってすぐ売った場合の差(1グラム) | 356円(小売23,405円−買取23,049円) | — | 約1.5%。別途手数料は含まない |
| ドル円が5円円高になった場合 | 約740円安くなる(1グラム) | — | 国際価格が不変の場合の試算 |
この表で見落としやすいのは3行目である。田中貴金属の店頭では、16日の小売価格と買取価格の差は1グラム356円あった。100グラムなら3万5,600円だ。金は株式と違って配当も利子も生まないので、この差を値上がりで取り戻すまでは評価損になる。価格が凪の時期ほど、この差は重く効く。
11月末までの3つの道筋
筆者は、11月末までのドル建て金価格を1オンス4,000〜4,350ドルの範囲を基本線とみる。米国の物価は強いが、株安による金利低下とETFの買いが下値を支えるという読みだ。確率は筆者の主観で、市場の予測ではない。円建ての目安はドル円158円、税込み、業者の上乗せを除いた単純計算である。
| シナリオ | 確率(筆者) | きっかけ | ドル建て(1オンス) | 円建ての目安(1グラム) |
|---|---|---|---|---|
| 上抜け | 25% | 10月28日のFOMCが据え置きで、AI株安が続き米金利がさらに下がる | 4,400ドル超 | 約24,600円超 |
| もみ合い(基本) | 50% | 物価高と株安の綱引きが続き、ETFの買いが下値を支える | 4,000〜4,350ドル | 約22,350〜24,300円 |
| 下抜け | 25% | FRBが10月にも追加利上げし、ドルと米金利が再び上がる | 3,950ドル割れ | 約22,070円割れ |
生活防衛と投資の接点
金との付き合い方は、大きく分けて3つある。1つは純金積立で、毎月決まった額を買うため、高値と安値をならす効果がある。2つ目は金のETFや投資信託で、証券口座で株と同じように売買でき、新NISAの対象になる商品もある。3つ目は地金や金貨の現物で、手元に置ける安心感と引き換えに、保管の手間と売買の差が大きくなる。どれが良いかは、持つ目的と期間で変わる。本記事はいずれも推奨しない。
ひとつ付け加えるなら、銀は金よりはるかに荒い。米キットコによれば、16日の銀の現物は1オンス57.66ドルだった。銀ETF(SLV)の終値は15日に51.92ドルで、1月28日の105.60ドルからほぼ半分になっている。金ETF(GLD)の15日終値382.71ドルは、20日平均(385.28ドル)、50日平均(397.34ドル)、200日平均(415.06ドル)のいずれも下回る。中長期の下げ基調はまだ終わっていない、というのがチャートの示すところだ。金と銀の関係は金銀比価の記事で、過去の金の下落局面は2011年との比較で扱った。
次に店頭の値札が動く日
- 毎朝9時30分、田中貴金属の公表価格。前日のニューヨーク市場とドル円が反映される。
- 10月28日(日本時間29日未明)、FOMCの結果。FRBの誘導目標は3.75〜4.00%。追加利上げか据え置きかで、金とドルの向きが変わる。
- 11月10日(火)、米10月CPI。9月の3.7%から加速するかどうか。
- ドル円の160円と介入警戒。円高に振れれば、ドル建ての金が上がっても店頭価格は下がりうる。
- WGCの月次ETFデータ。保有量の増加が止まれば、下値の支えが一つ消える。
9月下旬に金が原油高と利上げ観測で売られた局面はこの記事にまとめている。
主な参照
- 金の店頭小売・買取価格と日次推移(2026年10月16日9時30分公表)/田中貴金属工業
- 金・銀の現物気配値(2026年10月16日、ニューヨーク時間6時45分ごろ)/Kitco(金)、Kitco(銀)
- ニューヨーク金先物、米10年債利回り、ドル指数、GLD・SLVの日足/Yahoo Finance
- 金ETFの資金流入と保有量(2026年10月7日公表)/ワールド・ゴールド・カウンシル
- 米9月CPI(10月14日)/米労働省、米9月PPI(10月15日)/同
- 政策金利とFOMCの日程/米連邦準備制度理事会、同(会合日程)
データ基準日:田中貴金属の価格は2026年10月16日9時30分公表、金・銀の現物は同日ニューヨーク時間6時45分ごろ(日本時間19時45分ごろ)の気配値、先物の清算値とETFの終値は10月15日。ドル指数は16日日本時間19時35分の日中値。店頭価格の分解と感応度、家計換算、シナリオの円建て目安は本誌の単純計算で、業者の手数料や上乗せは含まない。ウォーシュ議長の発言と中央銀行の9月の買い越しは報道によるもので、一次資料では確認できていない。シナリオの確率は筆者の主観的な見立てであり、将来の価格を保証しない。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の商品の売買を推奨するものではない。投資判断はご自身の責任において行っていただきたい。
















